第四話 集合
スマホをにらみつけ、手に取る。
メッセージアプリを起動してリストを表示させる。
『ハル』の欄を押そうと指をのばし――。
「――はぁ」
がっくりとうなだれ、スマホを戻す。
そんなことを丸二日やっている。
二日前。
彼女に出会った。
俺の唯一。俺の『半身』。
『竹』さん。
出会った瞬間『とらわれた』。
理屈でなく『わかった』。
彼女が俺の『半身』だと。俺の唯一だと。
なのに、ロクに話もできず別れた。
交流したのはほんの数分。
それなのに、あれからずっと彼女のことが忘れられない。
やさしい笛の音が。おだやかな微笑みが。
「ありがとうございます」とかわいい声で微笑んでくれた。
「トモさん」と俺の名を呼んでくれた。
突然の電話にわたわたと戸惑っていた。
――かわいい。
何を思い出してもかわいい。
かわいいしか言葉が浮かばない。
まさか自分が女を見て『かわいい』と思う日が来るとは思わなかった。
女なんてのはうるさくてしつこくてすぐ泣く面倒な生き物だと思っていた。
できれば関わりたくない。俺とは違う種類の生き物だと思っていた。
中学に入った頃から周りの男共が「あの子がいい」「この子がいい」と言っていたのは知っているが、俺には関係ない話だと思っていた。
「胸が」「尻が」なんて話も聞こえたが、全く興味がなかった。
だが。
彼女の姿が思い浮かぶ。
にっこりとおだやかに微笑んでいた。
垂れた目がやさしく甘い。
ふっくらした頬はやわらかそうだった。
実際触れたらどんな感触なんだろう。
女性にしては高めの背。服のせいでスタイルはわからなかった。でも胸は大きそうだった。
……………胸……………。
「ぐわあぁぁぁぁ!!」
ガン!
邪念を振り払うように自分の頭を机に打ち付ける!
なんだコレ! なんなんだ!!
今まで女の胸なんてどうでもよかっただろう!?
クラスの男共が際どい画像を見せてきても「へー」で済んでただろう!?
「牛の乳と何が違うんだ?」と聞いてドン引かれただろう!!
なのに、なんで、こんな。
頭がグルグルする。わけがわからない。意味がわからない。
なんでこんなに彼女が気になる!?
『半身』だからか!?『静原の呪い』に『とらわれた』からか!?
彼女に出会ってからずっとこんな調子だ。
自分が自分でなくなる。
ふわふわしたり、ギューっとなったり、赤くなったり青くなったり。
感情が制御できない。思考が安定しない。落ち着かない。どうしていいのかわからない。
じったんばったんと一人暴れまわり、ぜえぜえと無理矢理落ち着かせたところでスマホをにらみつける。
そしてスマホを手に取り、メッセージアプリを起動してリストを表示させ、『ハル』の欄を押そうと指をのばし――。
「――はぁ」
がっくりとうなだれ、スマホを戻す。
何十回目かの行動に、自分で「何やってんだ」とため息が落ちる。
さっさとハルに言えばいい。
「『半身』に会った」と。
「今どこにいる」「会わせろ」と言えばいい。
頭ではわかっている。
フジもツヅキもそう勧めてくれた。
だが。
いざ連絡を取ろうとすると、指が震えてしまう。
一言言えばいいだけだと理解している。
言わなくても、メッセージを送ればいいだけだと理解している。
それなのに、身体がうまく動かない。
恥ずかしい? 照れくさい? いたたまれない?
自分の行動と心理を分析しようとするがうまくいかない。
何か考えようとするとすぐに彼女が出てきてしまう。
やさしく微笑んで「トモさん」と呼んでくれる。
それだけでまた脳味噌が沸騰して何も考えられなくなる。
どうしたらいいんだ?
どうすべきなんだ?
機械的に学校に行って機械的に飯を食ってはいるが、頭の中はずっと彼女のことでいっぱいになっている。
これでは駄目だとは思うのだが、そう思う端から彼女のことが思い出されてまたポーッとしてしまう。
ちらりと机の上のスマホを見る。
のろりと手を伸ばし、メッセージアプリを起動し――。
「――はぁ」
ホントどうしたんだよ俺。
がっくりとうなだれて、またスマホを戻す。
帰宅してから何回目かもわからないそんなことを繰り返す自分に呆れ、べしゃりと机に突っ伏す。
ボーッとしていたら、また彼女が浮かんできた。
何歳かな。高校生くらいに見えたけど。
年上かな。年下かな。同い年かな。
今何してるのかな。部活とか入ってるのかな。
体育系よりは文化系のイメージだな。
好きなことはなんだろう。
好きな食べ物はなんだろう。
一緒に出かけられたら楽しいだろうな。
出かけるならどこがいいかな。
「―――」
そこまで考えてハッとした。
「ぐわあぁぁぁぁ!!」
ガン!
目を覚ますように自分の頭を机に打ち付ける!
ば、馬鹿か俺は!!
何を勝手に一緒に出かけることを考えているんだ!?
ほんの数分会っただけの相手に対して!!
自分が馬鹿すぎて頭を抱える。
何度目かの行動に自分でもどうしていいのかわからない。
うんうんとひとりでうなっていたその時。
スマホが鳴った。
『重要な話がある』『この時間都合はどうか』
ヒロからのグループへのメッセージに気が引き締まる。
いつもは遊びの誘いばかりなのに、今回のメッセージは明らかにそれとは違う。
何かあった。
ホワイトハッカーの方も明日は予定がない。
他に用事もないので了承のメッセージを返信する。
他の仲間達もそれぞれにメッセージを返し、明日の夜安倍家のいつもの離れに集まることになった。
どのような要件かはともかく、これで嫌でもハルに会うことになる。
ハルに会って、『半身』に会ったことを話そう。
それからどうするかは、また考えよう。
ハルが何かいい意見をくれるかもしれない。
そう考えて、ようやく少し落ち着いた。
安倍家の離れに来るのも久々だ。
中学の頃は毎週ここに集まっては修行したり遊んだりしていたが、高校に入ってなかなか集まれなくなった。
ナツが就職したのが大きい。
ナツの就職先は料亭。土日も仕事がある。
夜の営業もあるから夜集まるのも難しい。
自然と集まらなくなった。
佑輝も剣道部が忙しい。毎週のように試合がある。
ハルもヒロも安倍家の仕事関係で忙しそうだし、晃も修験者として毎週のように山に入っている。
だから、仲間達に会うのも本当に久しぶり。
それでもいつものように玄関をくぐると、いつものように二階のリビングダイニングに行き、先に来ていたヒロに挨拶をしていつものように席についた。
それからナツと佑輝が来た。
ヒロと三人固まってなにやらコソコソ話している。が、話を聞く気になれずボーッとしていた。
「こんばんはー。久しぶりー」
最後に晃が来た。
「おー」とだけ返事はしたが、相手をする気力がない。
なんとなくボーッとしていたら、ヒロ達に引っ張られコソコソ話をしていた晃の雰囲気が変わった。
「――あれ。トモ――」
にこお! と向けられた微笑みに、瞬時に察知した!
バッと晃の首根っこを抱え、口を押さえる。
「言うな」
なんで? と目で訴える晃。
「いいから。言うな」
晃は精神系の能力者だ。
『記憶再生』なんて特殊能力まで持っている。
ウチの死んだばーさんとハルと修行をして、それなりの能力者になっている。
その晃ならば、一目で俺の変化に気付いてもおかしくない。
案の定、手をゆるめてやると不満げにこっそりと言ってきた。
「なんで? よかったじゃないか」
「だから言うな」
「ナイショなの?」
「そう」
「いいことなのに」
「それでも言うな」
しつこく口止めして、やっと晃はしぶしぶながらも納得してくれた。やれやれ。
ドッと疲れたのを感じていると、ハルが来た。
「全員集まったか? 下に移動してくれ」
リビングでなく下――祭壇のある、強い結界の張られた部屋で話すと言われ、全員に緊張が走った。