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第二百八話 食事とご挨拶行脚

「とにかく。『(いと)()』がこれだけ集まったから神々の協力が得られたってことね。

 そのおかげであれもこれもいいようになって、今回の結果になったってことね」


 梅様がそうまとめた。

 確かにな。どれひとつ取っても奇跡的な巡り合わせのおかげでここまで来れたと断言できる。


 デジタルプラネットの存在に気付いたこと。

 偶然『バーチャルキョート』に詳しいベテランプレイヤーが身近にいたこと。

 システムに強い人間がいたこと。

 宗主様の高間原(ところ)で修行できたこと。

『記憶再生』の能力者である晃がいたこと。

 他にもたくさんの偶然が重なってここまで来た。

 どれかひとつでも選択が違ったら今回の結果にはたどり着かなかったに違いない。


「京都中の神々にご挨拶に行った甲斐がありましたかね」

 そうつぶやくと「そんなことしてたの!?」と梅様蘭様が驚いた。

 菊様が「神々からの協力を得るために竹に京都のすべての神社仏閣と『(ヌシ)』にお願いに行かせた」と説明すると「相変わらず人使いひどいわね」と梅様が呆れていた。


「竹に無理させんじゃないわよ」と梅様が菊様に注意してくださる。が、菊様は知らん顔だ。


「竹も。嫌なときや無理なときはちゃんと断らないとダメよ!」

 ウチの妻にも厳しい声でそう言う梅様。いいひとだな。ありがたい。

 なのに当のウチの妻は困ったように微笑み「大丈夫です」「無理してません」「私にできることはそのくらいしかありませんでしたから」なんて言う。


 そんなことないだろう。水出したりアイテム作ったりしたじゃないか。そもそもあのご挨拶行脚だって、お伺いしたのが彼女だったからこそあれだけの協力を得られたに違いない。

 献上した彼女の笛や舞や霊力を皆様それは喜んでくださっていた。あれだけの見事な芸能と上質な霊力を献上したからこそ今回の結果になったのには違いない。


 なのに自己評価の低いお人好しにはそれが理解できない。あくまで自分は『ご挨拶しただけ』だと。『誰にでもできること』だと思い込んでいる。困ったひとだ。


 偉そうな菊様と困ったように微笑むウチの妻に梅様が呆れたようにため息をついた。

「まったく。あんた達は相変わらずね」なんてボヤいていることからこのひと達は昔からこうだったことがうかがえた。


「協力をお願いして、結果今回『呪い』が解けて『災禍(さいか)』も滅せるとなったわけね。

 ――それはお礼にあがらないといけないわね」


 梅様の指摘に「確かに」と誰もが納得の色を見せた。


「『災禍(さいか)』を滅して全部終わってからにする?」

 梅様の質問に菊様は目を伏せ、少しの間思案していた。


「―――いえ。その前に行ったほうがいいわ」


 目を上げた菊様が一同をぐるりと見回す。


「全部終わった御礼は終わってから改めてしましょう。

 最後の決戦に挑む前に、これまで助けていただいた御礼を申し上げて、最後までご助力いただくようお願いにあがったほうがいいわ」


「最後まで油断しない」


「『呪い』が解けたけれど、まだ『災禍(さいか)』は滅びていない」


「『災禍(さいか)』を滅すること。

 それこそが、私達の成すべき責務」


「この機会に、必ず滅する」


 強い言葉に、誰もがうなずいた。


「最後の最後に何が起こるかわからない。

 ここはもう一度ご助力いただくようお願いにあがったほうがいいわ」

 

 確かにな。

 これまであれこれと神々からの協力をいただいた。もし万が一これまでので協力のための対価が切れていたとしたら、このあとなにかあったときに対応できない可能性がある。それこそ最後の最後で『災禍(さいか)』を逃がすなんてなったら後悔してもしきれない。

 万全の準備を用いて最後の決戦に臨むべきた。


 俺がそう考えている間にも菊様達がやり取りする。

「梅と蘭は親しい方に覚醒のご挨拶もしたほうがいいでしょう」

「『呪い』が解けたことに対しての御礼も申し上げないとね」


 そこにヒロが口を挟んだ。


「それに、いきなり高エネルギーが注がれたら、神様や『(ヌシ)』様、びっくりされるかもしれませんね。事前にご報告申し上げるのは必要かもしれませんね」


「そういえばそうね」と菊様も他の一同も納得する。


「じゃあ手分けして挨拶にあがりましょう。

 誰がどこを担当するかは、とりあえずごはん食べてから決めましょう」


 その言葉で食事に移る流れになった。が。


「ひなさんは?」

 ウチの愛しい妻がキョトンと声をあげた。


「アラ」「いけない。うっかりしてたわね」

 全員の注目を集めたひなさんはニコニコと作り物の笑顔を浮かべていた。

『余計なことを!!』とその顔に書いてあった。




「改めて。

 晃の幼なじみで『半身』で恋人のひなです」


 緋炎様の紹介にひなさんはしぶしぶと立ち上がった。


「………久木 陽奈と申します。高校二年生です」

「ひなも赤ちゃんのときから私がお世話してたんですよ」


 ペロリと白露様が付け足し、梅様と蘭様が「そうなの!?」「へえぇ!」と感嘆の声をあげる。期待に満ちた眼差しを向けられたひなさんが笑顔で固まった。


 そんなひなさんを放置して菊様がペロッと梅様蘭様に話しかける。


「このひなは私の『駒』よ。すごく役に立ってくれたわ」


 その言葉に対する反応は様々だった。

 言われたひなさんはさらに硬直した。隣の晃はひなさんを褒められて得意げな顔をしている。梅様蘭様は「菊がそこまで言うなんて!」「相当有能ね!」と驚いている。守り役達は菊様からひなさんへの高評価に『当然』という顔をしている。


 そんな中でウチの妻だけは憮然としている。どうも『駒』という表現が気に入らないらしい。

 文句を言いたいけれども気が弱い性格が邪魔して言えなくて、でも不満で、黙って目を伏せている。

 そんな妻の不機嫌に盛り上がっている他の姫も守り役達も気付いていない。唯一黒陽だけが困ったように妻をうかがっていた。


 不機嫌なのもかわいい。

 が、妻のひなさんへの信頼や好意を見せつけられて嫉妬してしまう。俺の妻なのに。


 頬を指でつついてやる。驚いてビクリと跳ねる妻。あわてたように俺に目を向けるからかわいくてつい笑みこぼれた。

 そんな俺の反応が気に入らなかったらしい妻が眉を寄せふてくされる。


「言いたいことがあったら言えば?」

 椅子を近づけ顔を寄せ、こっそりとアドバイスした。

 妻は不満そうにへの字口になって俺をにらみつけていたが、情けなく眉を寄せ、その目を伏せた。


「………ひなさんは『駒』じゃないのに……」


 ちいさなちいさな声。

 他の人間には吐き出せないことも俺には正直に吐き出してくれる。それはつまり、それだけ俺が信頼されているということ。それだけ俺に甘えてくれているということ。ああ! 俺、愛されてる!!


「そうだね」


 同意して手を握ってやると、こわばっていた彼女の身体から少し力が抜けた。

 そろりと俺を見上げてくるからかわいくて勝手に口角が上がる。


「ひなさんは貴女が尊敬してるひとだもんね」


 ちいさな声でそう言ってやると、途端に目をキラキラと輝かせうなずいた。

『わかってくれてる!』と叫びそうなその表情に複雑な気持ちになる。


 そんなにひなさんが好きなの?

 俺より?


 ひなさんが好きすぎる妻に、ちょっと意地悪したくなった。


「俺は?」

 そう問いかけたら「は?」と妻がポカンとした。


「俺は、貴女にとって、どんな相手?」

 わざと頭を低くし顔をのぞき込むようにして問いかけた。

 握った手にぎゅっと力を込めると、妻はわかりやすく赤くなった。


「そ」「それ、は」

 手を引っ込めようとするからさらにしっかりと握る。逃げられないように。


「い、今?」

「今」

「だ、だって、」


 ニコニコと笑顔で彼女を追い詰めていく。彼女はあちらこちらと視線をさまよわせ、口元をわななかせた。


「みんな、いる、の、に」

「うん」

「おはなし中、なの、に」

「そうだね」


 コソコソと言い合う俺達に黒陽がチラリと目を向けた。が、呆れた様子を見せただけで何も言わずひなさんに目を戻した。お許しくださるようだ。


「ね。教えて? 俺は貴女にとって、どんな相手?」

 さらにあざとく甘えて問えば、愛しい妻は息を飲みさらに赤くなった。

 そのままぶすうっとふくれて顔を伏せた。

 照れてる! かわいい!


 俺のことが好きなことも、俺に『好き』と伝えたくても他にもひとがいる状況では言えないことも全部伝わってきて、愛されている実感にじーんと震えてしまう。


 ここで引けばいいとは思うのだが、せっかくだからもう少し恥ずかしがる妻を堪能したい。俺に翻弄される妻を愛でていたい。あわよくば『一番好き』『大事な夫』と言ってもらいたい。


 欲望全開でつないだままの彼女の手を親指で撫でる。『言って?』と催促する。

 と、うつむいていた妻が顔を上げ、ジトリと俺を見上げてきた。にらんでるつもりかな? その目がうるんでいる。

 赤く染まった目元と頬で、ちいさなちいさな声で彼女は言った。


「………いじわる………」


 ―――くっっ………っそかわいいぃぃぃ!!


 なんだその上目遣い! あざとすぎだろう! ()ねてる表情(かお)もかわいすぎ! 俺にしか見せないのがわかるから余計に愛おしい! 『俺のことが好きってわかってるのになんで言わせようとするんだ』『みんながいるところで何を言わせようとするんだ』ってところか!? そんなに俺のこと好きなの!? 俺が『貴女が俺のこと好き』ってわかってるって知ってるの!? 『いじわる』って! 『いじわる』って!! ああもうかわいすぎ! 俺の妻、小悪魔!


「ごめんね?」

 そう謝り、握っていた手を離してその手を撫でた。

「貴女がひなさんばかり大事にするから、()けちゃった」

 よしよしと手の甲を撫でて正直に明かせば彼女のご機嫌もなおったらしい。

 くるりと手の平を返し、俺の手に指を絡めてきた!


 彼女からの『恋人繋ぎ』に驚く俺に困ったように笑みをくれる愛しい妻。

 その目が『俺が好き』だと『俺が大切だ』と言っている! ああ! 俺、愛されてる!! 好き!



 ふたりでじゃれている間にひなさんはさらりと自己紹介を済ませていた。


「じゃあ今度こそごはんにしましょう。ナツ、お願い」

 緋炎様の言葉にナツが「はい」と立ち上がった。同時にひなさんとヒロも立ち上がりカウンターの向こうに向かう。


 手伝いがふたりだけじゃ大変だろう。

 俺も行こうと立ち上がるのに彼女と繋いでいた手をゆるめた。

 と。彼女が俺の手をぎゅっとつかんだ!


 驚いたように見上げてくる妻。『行っちゃうの?』『なんで?』とその目が言っている! そんなに俺といたいの!? そんなに俺が好きなの!? 俺、愛されてる!!


「ちょっと手伝ってくるから。待ってて」

 両手で彼女の手を包み、彼女の目をまっすぐに見つめてそう言った。

「私も」と彼女も腰を浮かすのを押し留める。

「貴女は待ってて。俺は慣れてるから」

「でも」

「姫。トモの言うとおりです。我らはここで待っていましょう」


 黒陽の指示にようやく自分の『姫』としての立場を思い出したのだろう。「わかりました」と俺の手をしぶしぶと離した愛しい妻。

「お願いします」とすがるように見つめられてまたも胸がキュンとなった。



 カウンターの向こうではヒロが米を、ひなさんが味噌汁をせっせと()いでいた。ナツはいくつものおかずを小鉢にそれぞれ盛り付けていた。


 飛龍頭(ひろうす)の炊いたの。茄子の浅漬け。温野菜のサラダ。ゆで玉子は半分にカットしてとろりとした半熟の黄身を見せていた。ひとつは普通のゆで玉子、ひとつはタレを染み込ませた味玉だった。


 最初は梅様と蘭様にだけ個別に配膳して俺達は大皿から好きなだけ勝手に取る予定だった。が、姫も守り役が勢揃いしてしまったので全員個別に配膳することにしたらしい。

「トモ。これ使って」

 ヒロに指示されたのは四角い盆。ここに配膳してこのまま出せと。了解。


 できている皿を適当に盆に並べナツに見せる。合格が出たのでカウンターに置き、同じように盆に配膳していった。

 カウンターがいっぱいになったので姫達に出そうとしたら緋炎様と白露様が取りに来てくれた。「ヒトの身体になったからやらせて!」と言われては断われない。大人しくお願いして俺は配膳だけをした。

 蒼真様も黒陽も来てくれてそれぞれ自分の姫に盆を出した。守り役達も姫達もうれしそうにしているのを微笑ましく見守る。

 守り役達は自分の分の盆も取りに来てくれた。晃と佑輝も取りに来てくれたので俺達も自分の分の盆を持って席に戻った。


 席につくと愛しい妻がちいさな声で「おかえりなさい」と微笑んだ。クソかわいい。「ただいま」とちいさく答えると妻がうれしくてたまらないという笑顔を浮かべる。俺、愛されてる! ああ! 好き!


 ヒロが淹れた茶をひなさんが出してくれた。そのひなさんが着席したのを見計らった緋炎様が声をかけた。

「ナツ、ありがとう。では皆様ご一緒に。いただきます!」

「「「いただきます!」」」


 一口食べるなりあちこちから「美味しい!」「美味い!」と絶賛が上がる。ナツはカウンターの向こうでニコニコと喜ぶ一同を見ていた。


 ナツだけは食卓につかず料理を続けていた。

「佑輝とヒロはこれじゃ足りないだろ? ウインナーがあったから焼くから」

「待ってて」と言うナツに「オレも! オレも欲しい!」「ぼくも!」とあちこちから声がかかる。

「おかわりもありますから。お気軽にお申し付けください」と言われ姫達も守り役達も大喜びしている。

 さらには海苔や生卵を出され、姫達が「どれから食べればいいの!?」と悶絶していた。


 俺はさっさと一杯目を食い終わったのでおかわりに立つ。茶碗によそった土鍋飯に玉子と醤油をぶっかけて玉子ごはんを作る。それをちいさな小鉢に少しだけ取り分けた。

「竹さん。はい」

「ありがとう」

 立ったついでにもらってきたウインナーも一本乗せてやる。そうやっていつものように少しずつ少しずつ食べた妻は、雰囲気につられたのか身体が求めていたのかいつもより多く食べた。

「デザートに」と出されたヨーグルトもシャーベットも果物も食べた。大丈夫か? あとで腹痛くならないか?

「どれもすごく美味しかったです!」と喜んでいるから大丈夫だろう。



 食事を終えたあとはテーブルに京都の地図を広げ、誰がどこにお伺いするかの分担をしていった。

 式神を送りつければ一度で終わるが、さすがに神々相手にそれは無礼になる。先触れはそれでいいとしても、やはりキチンとお伺いしてこれまでの御礼とこれからの協力の要請をすべきだろう。

 注連縄切りの時間から逆算していって何時までに終わらせなければならないかを出す。神々にも格の違いがあるから、どこからどの順でお伺いするかをリストアップ。そこに誰が行くかを割り当てていった。


 常であれば姫には守り役が従うのだが、今回はそれでは間に合わなくなる。姫と守り役は別行動でひとりでご挨拶に行くことになった。

 ウチの妻は俺が同行する。これはゆずれない。このひとひとりで行かせたらいつまでも奉納させられる。そんなことになったらせっかく回復した霊力体力がなくなってしまう。それでなくてもすぐ無理するのに。


 俺の主張は認められ、俺の同行は許可された。黒陽が「頼むぞ」と言ってきたので「まかせろ」と答えておいた。


 ヒロと晃は『異界』に連れて行かれた人間のリストアップやらなんやらやることがある。ひなさんもそちらへ。ナツは料理を作れと命じられた。竹さんの水も、それを使ったおにぎりもこの四日でほぼなくなっていた。安倍家の人間も保護者達も手一杯の現状、補充が用意できるのはナツと佑輝だけだった。

 ふたりでせっせとおにぎりを作り水を小分けにし、安倍家に届けてくれることになった。もちろん俺達の分も確保してくれている。



 そうやって深夜にもかかわらずそれぞれに忙しく立ち回り続けた。神社仏閣に行ってはそこを護る『守護者』に説明をし(まつ)られている神仏にご挨拶。神域は時間停止がかかる。『守護者』への説明も時間停止をかけて行う。それでもいくつもいくつもとなると、どんどんと時間が経過していった。


 どうにか割り当てられた担当箇所をすべてまわりおわったときには夜が明けていた。ヘロヘロになった妻を抱きかかえて離れに戻る。

 また風呂をいただきナツのメシをいただき、時間停止をかけてふたりで寝た。

次回は11/28投稿予定です

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