第二百六話 『しあわせ』になろう
黒陽と蒼真様は空いている二人部屋で休むという。
「一緒に寝ないのか?」とつい聞いたら「この身体では寝られまい」と言われた。確かにな。
神棚の部屋に行き風呂から上がったことを告げ妻と合流する。
「じゃあ、あとでな」と守り役ふたりはさっさと移動した。梅様と南の姫も離れ専属の式神達に案内され二人部屋へ。晃とひなさんはいつも泊まる部屋へ。俺も妻を伴い部屋に戻ろうとしたらリビングにあかりが灯っているのに気がついた。
のぞいてみるとキッチンでナツと佑輝がゴソゴソしていた。夜食でも作るのか?
声をかけ話を聞くと「朝ごはんを作る」と言う。
俺達が風呂に入っているとき、梅様が「朝ごはん食べてない!」と騒いだ。
なんでもナツの同僚に翌朝の朝食を食べさせてもらう約束をしていたらしい。
俺は寝ていたから知らなかったが、竹さん達が『異界』に来てからヒロ達が梅様達を迎えに行き本拠地に連れて来た。
そのときにナツの同僚のメシを食べた梅様が「もっと食べたい」と言ったら「明日の朝ごはんも作る」と約束してくれた。
「忘れてた! 朝ごはん食べてから突入すればよかった!」
心底悔しそうな梅様に可哀想になったナツが「自分が作る」と提案し、採用された。
ナツも本職の料理人だ。一応は修行中ということになっているが実力はプロと言って憚ることのないレベル。梅様だけでなく南の姫も西の姫も喜んだという。
そんなわけでナツが朝メシを作ることになった。俺達全員分作ってくれるという。
「手伝うか?」と声をかけたが「トモは他にやることあるだろ」と断られた。
「佑輝が手伝ってくれるから大丈夫」と。
佑輝は料理はできないが、あの場にひとり置いていても居心地が悪いだろうとナツが連れてきたのは明白だ。佑輝は気付いていないようだが。
「あれ取って」「これ運んで」とナツがうまく使っている。
「お水出します!」との妻の言葉にはナツも遠慮なく甘えていた。この四日で在庫少なくなってたもんな。
ナツがアイテムボックスから取り出した空になった容器に妻が生成した水を入れていく。キッチン備え付けの鍋やボウルにも入れていく。
「助かったよ! ありがとう!」喜ぶナツに妻もうれしそうだ。
材料はこの離れに備蓄していたものを使うという。
「大したものは作れないけど、起きたら食べてよ」とナツが微笑む。
が、俺達時間停止かけて休むんだぞ? すぐ起きてくるぞ? そんな短時間でできるか? 時間停止のアイテム持ってんのか?
「宗主様の高間原でいろんな術が使えるようになった。時間促進とか」
「だからすぐできるよ」と笑うナツに「すごいです」と妻がキラキラした目を向けている。くそう。俺の竹さんが!
「いいからさっさと休んできな」とナツに追い出され、ふたりで妻の部屋へと戻った。
今度は扉を閉めてすぐに時間停止を展開してもらう。「今度は大丈夫!」と妻が生真面目に教えてくれる。かわいい。
抱き締めると石鹸のいい香りがした。俺と同じ石鹸の香り。
「竹さん、石鹸の香りがする」
スンスンと彼女の首筋に鼻を埋めそう言うと愛しい妻はクスクスと笑い「トモさんもいいニオイ」と言った。かわいい。
ちゅ、と唇をついばんで「おつかれさま」と言うと「トモさんもおつかれさま」と妻が返してくれる。
ああ。いいな。こういうの。
ふたりでベッドに横になり、ぎゅうっと抱き合った。途端に睡魔が襲ってきた。ああ。まだ話をしたいのに。キスももっとしたいのに。
「……たけ、さ……ん」
「………んー」
妻ももう瞼が開いてない。とろんとした声でかろうじて返事をしてくれる。
「どこにも……行か、ない、で……ね」
「―――うん―――」
「ずっと……一緒、だよ……」
「―――うん―――」
その返事に安心して、沈むように眠りに落ちていった。
ふ、と目が覚めた。でもまだ眠い。
左腕に重みを感じる。あたたかくやわらかい塊がある。霊力が循環する。
彼女が、いる。
俺の腕の中に。俺のそばに。
薄く目を開けると穏やかな表情で眠る愛しい妻がいた。
生きてる。そばにいる。
そのことにひどく安心して、また眠りに沈んだ。
それを何度繰り返したのか。
ようやく完全に目が覚めた。
いつものように霊力を循環させる。自分の霊力だけでなく彼女の霊力も感じる。
満たされている。しあわせ。勝手に顔がゆるんでしまう。
体調も絶好調だ。疲れもない。完全に回復したな。
瞼を開くと目に入るのは愛しい妻。
生きてる。ちゃんといる。あたたかい。やわらかい。大好き。
へらりと微笑み、額にそっとキスをする。抱き締める。
大好き。大好き。俺の妻。俺の唯一。俺の『半身』。
抱き寄せた彼女の頭に頬ずりをする。
生きてる。
ずっとそばにいられる。
うれしくてありがたくて、なんだか胸がいっぱいになった。
彼女の呼吸も安定している。霊力も問題なさそう。熱もない。
無事な様子にホッと息をついた。
枕元に置いていたスマホを手探りで取り目の前に持っていく。時間停止をかけたのは確か……。
思い出し、現在時刻を確認する。
―――十二時間!? は!? 計算間違い……してない!? ショートスリーパーの俺が!? 十二時間寝た!? 確かに何度か目が覚めたが、だからって。
そう思いながらも納得もしている。
この四日、本当に大変だった。時間停止がかけられず小刻みにしか休養が取れなかった。常に風を展開して状況判断を強いられていた。保志とギリギリの攻防を繰り広げた。奪われた竹さんを助け出し高間原に行った。彼女を蘇生させるために霊力を注ぎ込んだ。何度か休息は取ったがやはり負担は解消しきれなかったんだろう。無意識に警戒もしていただろうしな。
時間停止の効いた安全な場所だという安心感が警戒を完全に解き放ち、蓄積された疲れや負担を解消するために深く長く眠ったんだろう。
実際ここ最近にないくらいに絶好調だと自分でも感じる。体力も霊力も集中力も万全だと断言できる。
試しにと、妻を腕に抱いたまま、軽く手を握ったり開いたりしてみる。足を伸ばす。風を展開する。ウン。完全に回復している。絶好調だ。
ゴソゴソしていたからか、腕の中の愛しい妻が「んん」と身じろぎした。
寝ぼけた状態で俺に抱きついてくる! かわいい! しあわせ!!
たまらずぎゅうっと抱き締める。ちゅ、ちゅ、とキスを落とす。額に、耳に。
それで彼女も目が覚めてしまったらしい。ちいさくクスクスと笑いだした。
そっと腕をゆるめ、彼女の顔をのぞきこむ。彼女は寝起きのとろんとした目を俺に向けていた。
「……おはよ……」
「おはよ」
短くやりとりし、軽く唇を重ねる。
しあわせいっぱいというのが伝わってくる彼女の笑顔にまたしても胸を貫かれた。
「熱はなさそうだけど、体調はどう?」
頬を、頭を撫でながら問いかけると「大丈夫。元気」と答えが返ってきた。
「寝られた?」
「うん」
うなずいた彼女がそのまま俺の肩に顔を埋める。寝起きだからかふたりきりだからか素直に甘えてくれている。かわいい。愛おしい。ぎゅうっと抱き締め頭を撫でる。かわいい。かわいい。大好き。
「もうちょっと寝る?」と聞いてみたが「もう大丈夫」と返ってきた。
「……私ね」
ポソリと聞こえた言葉に頭を撫でながら「うん」と答えると、彼女は俺に頭を擦り寄せた。かわいい。
「こんなにしっかり寝たの、はじめてかもしれない」
そんなにしっかり寝られたのか。よかった。
ショートスリーパーの俺でさえあんなに寝たんだ。彼女はもっと睡眠が必要だったろう。
あ。もしかして俺、彼女を起こしてしまったか? いやでも『しっかり寝た』って言ってるから大丈夫か?
そうはいっても心配になり彼女の顔をのぞき込む。
「しっかり寝たの?」と確認すると「すごく寝た」と彼女が答える。
「なんか、すごく回復してる気がする」
それならよかった。
へらりと勝手に笑みが浮かぶ。
「よかった」と言えば「トモさんのおかげ」「ありがとう」とかわいく微笑んでくれる。ああもお愛おしい。大好き!
ちゅ。
唇をついばむと愛しい妻はうれしそうに微笑み、また俺に抱きついてきた。かわいい。かわいすぎる。たまらず抱き締めこめかみや頭にキスを落とす。
ああもうどこも行きたくない。このままずっとイチャイチャしてたい。
そんなことを考えていたら、妻がポツリとつぶやいた。
「……………今まではね」
「うん」
「寝たらね」
「うん」
抱きついてくれている彼女の頭に頬ずりする。かわいい。彼女も俺に頭を擦り寄せてくれる。甘えてくれてる。かわいい。大好き。
「……………いつも夢をみてた―――こわい夢を」
その声色に、浮かれていた気持ちが引き締まった。
「たくさんのひとが死んでしまう夢。
たくさんのひとに責められる夢」
俺の肩に顔を埋めていて彼女がどんな表情をしているのかわからない。それでも不安そうにしていると思え、そっと背中を撫でた。
よしよしと撫でているうちに彼女から力が抜けていくのがわかった。
「それは私のせいだから仕方ないって思ってた」
「私が覚えていないといけないことだから、忘れちゃいけないことだから夢に見るんだって思ってた」
そういえば前に『呪い』について聞いたときにそんなようなこと言ってたな。生真面目で頑固でなんでもかんでも背負い込むひとだから仕方ないといえば仕方ないが、どうにか論破して納得させてやらないとな。
そう考えながらよしよしと頭や背中を撫でてやる。彼女のココロのこわばりが解けることを願って。
「でも、最近はそんな夢見ることなくて」
ポツリと落ちた声に『ん?』と一瞬手が止まった。
いつものマイナス思考ではない、落ち着いた調子の声。
―――どうした?
彼女の変化に気付かないフリをしてゆっくりとなでなでを再開すると、彼女はまたポツリポツリと話しだした。
「夢も見ないで深く眠るか、夢を見たとしても楽しいものばかりで」
「それって、なんでかなぁ。いつからだったっけなぁ。って考えたらね」
穏やかな話しぶりに「うん」と相槌を打つと、彼女は俺に頭をすりつけた。甘えてくれるのかわいい。
「貴方がこうして一緒に寝てくれるようになってからだったの」
「!」
「貴方がそばにいてくれてから、私、こわい夢を見なくなったの」
―――!!
俺が、俺の存在が、彼女の『救い』になっていた―――!
―――ぐわあぁぁぁ! うれしい!!
なんだこのうれしさ! こんなにうれしいとかあるのか!? 俺が貴女の『救い』になってたなんて! そんなに俺のこと好きなの!? うれしい! 俺も大好きだ!!
吹き出しそうな霊力も風もどうにか押し込めたが、彼女が愛おしくてたまらないのは抑えられない。たまらず寝転んだままぎゅうっと抱き込むと彼女も俺を抱き締めてくれた。うれしい。しあわせ。俺、愛されてる。
俺の肩に顔を埋めた彼女がうれしそうにクスクスと笑う。それが耳に心地良い。ああ。しあわせ。大好き。
「いつか貴方が言ってくれたでしょう?」
抱き込んだ彼女が話しはじめたから腕をゆるめる。顔を上げた彼女とようやく目が合った。
不安も怯えもない、穏やかな眼差しをしていることに安堵した。
「私が『記憶を持ったまま転生』するのは『罰』だと思ってるって話したとき」
「ん?」
「『責務が果たせたら赦してもらえるよ』って、言ってくれたでしょ?」
ああ。決戦前に『呪い』について確認したときだね。確かに言った。
まさかあのときは本当に『呪い』が解けるなんて思ってもみなかった。『呪い』が解け、生きてこうしてイチャイチャしていられるなんて。がんばってよかった。諦めなくてよかった。
『災禍』を滅するという彼女が己に課した責務だって達成の目処がたった。彼女はもう赦されるべきた。もう自由になっていいんだ。
と、見つめる彼女の瞳に陰がさした。
「………私、赦してもらえたのかな……」
すがるように俺を見つめるその瞳に映るのは、不安。心細さ。迷い。そのなかに、ホンの少しの希望。
これまでの彼女には見えなかった希望が宿っていることに気付き、ジワジワと喜びが広がっていった。
「そうだよ」
その瞳をしっかりと見つめ、断言した。
「貴女はもう、赦されたんだよ」
「これまでよくがんばったね」
俺の言葉に彼女は息を飲んだ。
見つめるその目が潤んでいく。頬が赤く染まる。
震える口を開いたけれどなにも言葉にならずまた閉じた。
じわりとうれしそうに口角が上がる。
と、急にまた不安そうな表情になった。さてはまた余計なことを考えたな。
彼女は目を伏せ黙っていたが、ポツリとつぶやいた。
「………いいのかな」
「いいよ」
はっきりと告げる俺に彼女はそろりと伏せた目を上げた。
その目をまっすぐに見つめ、言い聞かせる。
「あともう少しだよ」
「あと少しで、貴女は自由だ」
断言する俺を彼女はじっと見つめてきた。だから『大丈夫だ』と伝えるために黙ってうなずいた。
しばらく見つめあった。
と、彼女の目がやわらかく細められた。その拍子に涙が一筋流れ落ちた。
横たわったままだから耳に流れたそれをぬぐうことなく、彼女はにっこりと微笑んだ。
「―――貴方のおかげ」
「ぜんぶ、ぜんぶ、貴方のおかげ」
しあわせそうに、彼女はそう言った。
そのまま俺に抱きついてくれる! ああもう! 誇らしい!!
「もう少しだからね」
「もう『呪い』は解けたから」
「あとは『災禍』を滅するだけ」
「それが終わったら、貴女は自由だ」
片腕でしっかりと彼女を抱き締め、片手でよしよしと頭を撫でながらしっかりと言い聞かせる。
「もうなにも背負わなくていい」
「ただの貴女になって、俺のそばにいて」
「俺の妻でいて」
「ずっとそばにいて」
願いが勝手に口からこぼれる。
彼女は嫌がることなく、黙ってうなずいた。
うなずいた―――!
これまで同じようなことを願ったら諦めたように微笑むだけで黙っていた彼女が―――!
はっきりとうなずいてくれたことがうれしくてしあわせでテンションが一気に上がった!
「よし。今すぐ『災禍』滅してこよう。行くぞ『紫吹』」
ガバリと起き上がる俺に『まかせろ!』と『紫吹』もやる気になっている。なのに愛しい妻は冗談だと受け取ったらしい。
「もう。トモさんたら」とクスクス笑っている。かわいい。
「行くならみんなで行かないと。勝手に私達だけで行ったら怒られちゃうよ?」
起き上がりベッドに座りほにゃりと笑う彼女がかわいい。油断しまくっている。俺がいるからと安心しまくっている彼女が愛おしすぎる。
「じゃあさっさと行こうか」
「もう」
クスクス笑う彼女はなんだかこれまでの彼女と違ってみえた。
これまでの彼女はいつも重荷を背負っていた。
『黒の姫』としての、そして『災禍』の封印を解いた者としての意識が強かった。
自分のことを『罪人』だと考え、楽しいこともうれしいことも『いけないこと』だと考えていた。
『自分のやりたいこと』ではなく『自分がしなければならないこと』だけを考えていた。
穏やかでやさしい笑顔を浮かべる陰で苦しみにとらわれていた。
それが。
今の彼女はなんだか吹っ切れたような軽やかさを感じる。クスクス微笑むのも心の底から楽しんでくれているのが伝わってくる。まるで、これまでの彼女とは別人のような―――そう。まるで、生まれ変わったかのような。
そこまで考えて、スコンと納得した。
彼女は生まれ変わったんだ。
これまで彼女を縛っていた『呪い』が解けたことで、彼女をとらえていた罪悪感や責任感から解放されたんだ。
俺と一緒に深く深く眠ったことで俺の霊力が注がれて『新しい竹さん』に生まれ変わったんだ。
『俺だけの竹さん』に。
ああ。死んで再び生まれることだけが『生まれ変わる』というわけではないんだな。
こうやって生きている間にも生まれ変わることはできるんだな。
なんだかうれしくて、しあわせで、胸がいっぱいになった。
彼女と共に未来を歩んでいきたいと、自然に思えた。
―――この想いを、今、伝えたい――。
ふと、そんな衝動が沸き起こった。
ベッドの上できちんと正座で座り彼女に正面から向き合った。
そんな俺になにか感じてくれたようで、彼女もきちんと正座で向き合ってくれた。
「竹さん」
「はい」
「これからずっと、貴女のそばにいさせてください」
「貴女のこれからの人生の、隣にいさせてください」
「貴女と共に、未来を生きていきたい」
俺の言葉に彼女は黙っていた。
黙って、受け入れてくれていた。
昔のように『ダメ』とも『罪人だから』とも言わなかった。
「一緒に『しあわせ』になろう」
「ずっと一緒に歩いていこう」
彼女は俺の言葉に黙っていた。
膝に置いた手が拳になりちいさく震えていた。
頬が赤く染まり、目に涙が浮かんでいた。
嫌がっていないことはわかる。喜んでくれているのもわかる。泣くのを我慢しているのも。
だから黙って彼女の答えを待った。
せわしなくまばたきをする間もまっすぐに俺を見つめてくれる愛しいひと。かわいい様子についニマニマとしてしまう。そんな俺に向かい彼女は口を開いた。
『は』の形で開いた口から声が出る直前。
ふ、と彼女の瞳が陰った。
ああ。またなんか余計なことに気がついたな。
そういうところは変わらないんだな。仕方のないひとだなあ。
開いた口をまた閉じた彼女は、しばし逡巡したあと不安そうにつぶやいた。
「―――いいの、かな……」
「それを決めるのは貴女だ」
まっすぐにその目を見つめ、はっきりと言ってやる。
彼女はくしゃりと顔をゆがめた。それでも俺から目をそらさない。じっと俺を見つめてくれている。
そのままじっと彼女の答えを待った。彼女のココロが落ち着くのを待った。
急かしちゃいけない。きっとこれはチャンスだ。彼女のココロが本当に納得するチャンス。
自分はもう『罪人』ではないと。自分は『赦された』と。『俺と共に生きてもいい』と。彼女自身が心の底から納得するために。そのために、今は急かしちゃいけない。
彼女は間違いなく最後には俺を選んでくれる。
その自信があったから、じっと待てた。
待っている間、彼女はずっと俺を見つめてくれていた。まっすぐに向けられたその瞳が揺らぐのをじっと見ていた。
不安。心配。希望。期待。後悔。自虐。好意。愛情。
様々な感情がその瞳に浮かぶ。その間ずっと俺の姿が映っていた。
どのくらい見つめ合っていたのか。
ようやく彼女が口を開いた。
「……………私……………」
すう、はあ、と呼吸を整え、彼女は吐き出した。
「貴方といても、いいのかな……」
「『しあわせ』になっても、いいのかな……」
―――初めて彼女が『しあわせ』を考えてくれた―――!
ずっと『罪人』だと、『しあわせ』になってはいけないと言っていたひとが。
初めて前向きに考えてくれた―――!
彼女の膝の上で固く握られていた拳を手に取り、両手でそっと包んだ。
「―――貴女はどうしたいの?」
歓喜に震えながらそうたずねた。
彼女は自信なさそうに眉を下げた。
ああ。まだこういう質問は答えにくいか。
それならと答えやすい質問に変えた。
「俺がそばにいるのは、嫌?」
いつものようにあざとく問いかければ彼女もいつものように「いやじゃない」と答える。
「俺とずっと一緒にいてくれる?」
「………貴方は、いやじゃない?」
自信なさそうにそんなことを聞いてくるから「嫌じゃないよ」と即答する。
「俺が『そばにいて』ってお願いしてるんだから」
「そうだろ?」と微笑む俺に、彼女はつられて微笑んだ。
それでも心配そうに問いかけてきた。
「………そばにいて、いいの?」
「いいよ」
「いやじゃない?」
「ないよ」
「迷惑じゃない?」
「ないよ」
いつものやりとりにおかしく思い、ついヘラヘラと笑みこぼれる。
そんな俺に彼女がふんわりと微笑んだ。
やさしい笑顔。俺の好きな。
愛おしい、俺の妻。俺の『半身』。俺の唯一。
「俺には貴女だけだ」
「俺の『半身』。俺の唯一」
「ずっと、貴女のそばにいたい」
俺の告白に彼女は意を決したように「私も」と答えてくれた。
「私も、貴方だけなの」
「赦されるならば、できるならば―――」
「―――ずっと、貴方と、いたい」
「―――!!」
―――ようやく―――!
ようやく、彼女が、自分から俺と共に在ることを望んでくれた―――!
感極まって思わず彼女を抱き締めた。好き。大好き。俺の妻。俺の唯一。俺の、俺だけの愛しいひと。
「もう離さない」
「うん」
彼女は怒ることなく、それどころか腕を俺の背中にまわし抱きついてくれた。俺、愛されてる!
「ずっと一緒だよ」
「うん」
「一緒に『しあわせ』になろう」
「ずっと一緒に歩いていこう」
さっきと同じ告白に、彼女は「うん」と答えてくれた! うれしい! しあわせ!
そっと重ねた身体を離し、彼女の顔をじっと見つめた。
彼女はしあわせそうに頬を染め、微笑んでいた。
そっと唇を近づけるだけで俺がナニをシようとしているのかわかってくれたらしく、彼女はうれしそうに瞼を閉じた。
差し出された唇に、そっと唇を重ねた。
やわらかい。あたたかい。ああ。俺達、今、ひとつになってる。
なんて『しあわせ』。
こんな幸福で満たされた気持ちになれるなんて。
うれしくてしあわせで、何故か涙があふれた。
どちらからともなく重ねた唇を離した。
見つめた彼女も満面の笑みで涙を流していた。
かわいくて愛おしくて、両手でその頬をはさんで涙をぬぐってあげた。ついでに唇もついばんだ。
「竹さん」
「はい」
「俺の妻でいてください」
何度目かの告白に、彼女はこぼれるような笑顔を浮かべた。花が開いて光があふれたようだと思った。
「はい」
しあわせそうに答えてくれた彼女と見つめ合った。
「えへへ」とくすぐったそうに笑う彼女が愛おしくて胸がキュンキュンする。しあわせ。俺、キュン死するかも。
と、うれしそうにしていた彼女が突然ハッとなにかに気付いた。
またなにを言い出すのかと身構えたら、彼女は頬をはさむ俺の両手を取り、そのまま俺の膝に置いた。
そうしておいて自分の両手も膝の上に置き、きちんと姿勢を正し、生真面目に頭を下げた。
「ふつつか者ではごさいますが、どうぞよろしくお願いいたします」
――ああ。もう。このひとは。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
同じように生真面目に頭を下げた。
同時に頭を上げたことで目が合った。
彼女は初めて見る晴れやかな笑顔を浮かべていた。
次回は11/14投稿予定です
2025.08.27追記
番外編のどこかで明かそうとして敢えて書いていなかったのですが、書けそうにないので追記します
トモが「12時間寝た」と言っていますが、実際は60時間(二日半)寝ていました。そんな半日寝たくらいで回復できるようなダメージじゃないです。
時計の時間だけ見ていたのと、普段3時間睡眠のショートスリーパーなこと、深く眠った感覚から「12時間も寝た」と納得しています。
二日半しっかり眠り、ふたりの霊力を循環させていたことで回復しました。ふたりともが回復したので目が覚めました。