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第二百四話 解呪の喜びと検証

 守り役達が人間の姿に戻った。

 それぞれの主従で喜び合っている。

 俺の愛しい妻も黒い鎧の男と抱き合い涙を落としている。


 よかった。

 素直にそう思う。

 そして湧き上がるのはひとつの想い。


 『願い』が、叶った。



 守り役達が人間の姿に戻った。

 それはつまり『呪い』が解呪されたということ。

 姫と守り役にかけられた『呪い』が。


 妻は『二十歳まで生きられない』ことはなくなった。

 もういつ彼女を喪うかとおそれる必要はない。二十歳を過ぎても生きている。これから先、ずっとずっと共に在れる。


『記憶を持ったまま転生』することはなくなった。

 これから先に転生することがあっても『半身』である俺を探し求めて疲弊するなんてことはなくなった。


 ――よかった――。

 よかった―――!


 ジワジワと湧き上がる達成感と喜びに手が震える。身体のナカを風が吹く。颯々と。


 ずっとこのためにがんばってきた。これからもずっと彼女といられるために。彼女の苦しみを取り除くために。彼女を『しあわせ』にするために。


 俺の『願い』は、叶った。


 ああ。いつか誰かに言われたな。『強く強く願えば「願い」は叶うこともある』。

そのとおりだな。


 途方もないことに思えた。

 五千年かけても叶わないことだった。

 誰もが『呪い』の解呪を願いつつも、どこかで諦めてもいた。

 それが。


『願い』が、叶った。


 込み上げてくるものをこらえるためにグッと歯を食いしばった。それでも視界がにじむ。

 

 と、ガッと肩を組まれた。


 ヒロだった。

「よかったね」

 涙に濡れた満面の笑顔でそんなことを言う。

 口を開くと嗚咽が漏れそうなので、黙ってただうなずいた。


 ニコッと笑ったヒロがポンと背中を押してくれた。

 その勢いで妻と黒陽のそばに足が動いた。


 座り込んで抱き合っていたふたりが涙でぐちゃぐちゃの顔を同時に上げた。

「トモさん」

「トモ」


 抱き合っていた腕をほどき、俺にその手を伸ばす愛しい妻。すぐさま膝をつき抱き締めた。

「よかったね」

「―――!」


「ふぐう」とおかしなうめきをもらし、それでも「ありがとう」と妻が泣く。


「ありがとう。ありがとう。トモさん。ありがとう」


「よかったね」

「これまでよくがんばったね」


 彼女の頭を、背を撫でる。愛しい妻は俺の首にしがみついて「ふうぅぅぅ」と泣いた。

「トモさん」「トモさん」「ありがとうトモさん」


 愛しいひとを抱き締めていると「トモ」と声がかかった。

 立派な鎧をまとった威風堂々とした壮年の男が、涙に濡れた穏やかな目を向けていた。


「ありがとうトモ。お前のおかげだ」


 見慣れないオッサンが万感を込めて俺に頭を下げる。


「姫が救われたのも。『呪い』が解けたのも。責務を果たせそうなのも。

 すべてお前のおかげだ。

 ありがとう。ありがとうトモ」


 生真面目な言葉と態度はすっかり慣れ親しんだ黒い亀のもので、やっぱり間違いなく黒陽なんだと思わされた。


 片腕で妻を抱いたまま右腕を差し出した。

 それだけで優秀な守り役は察してくれ、くしゃりと笑うと妻ごと俺を抱き締めた。


「ありがとう」

「ありがとうトモ」


 ぎゅう! と強く俺達を抱き、黒陽は泣いた。その腕が震えていた。だから俺も黒陽を強く抱いた。


「よかったな」

「おめでとう」

「! トモ――!」

「トモさん――!」


 三人で抱き合って泣いていたら「黒陽ざあぁぁん!」と声がした。

 顔を上げると青い鎧の少年が顔をぐちゃぐちゃにし両手を広げて駆け寄って来た。


 すぐさま立ち上がり少年を抱き止めた黒い鎧の男に少年が「わあぁぁん!」と泣き叫ぶ。


「やった! やったよ!! 『呪い』、解けたよ!!」

「ああ。よくがんばったな。蒼真」

「わあぁぁぁん!!」


 同時に俺の妻は梅様に引っ張って立たされ抱き締められた。

「やったわよ竹! やった! やったのよ!!」

「梅様―――!」


 ふたりが抱き合っているのを微笑ましく眺めていたら南の姫がやっぱり両手を広げて突撃してきた。

「梅! 竹!」

 抱き合うふたりを抱えるように抱きついた南の姫が「わあぁぁぁん!」と泣いた。


「長かった! 長かったな!」

「やったわね! やったのよ!」


「わあぁぁぁん」と泣き叫んだ南の姫と梅様に妻もわんわん泣いている。

 ひとしきり泣いた梅様がバッと顔を上げ、抱き合うふたりを振りほどき西の姫に向かって突撃した。


 余裕の表情で両手を広げて梅様を迎えた西の姫。

 ふたりしっかりと抱き合い、わんわん泣く梅様を西の姫が笑顔でなだめていた。

 そこに俺の妻を引っ張って南の姫が突撃。

 四人で団子のようにもみくちゃになりながら泣き叫び笑っていた。


 向こうでは銀髪の美女と赤髪の美女が抱き合っていた。

「相変わらず美人ね」「白露こそ」なんて軽口を叩き合いながら笑いながら泣いていた。

 そうして黒い鎧の男に抱きついて泣く少年を見つけ、ふたり揃って男達に抱きついた。


「白露ざあぁぁん! 緋炎ざあぁぁん!!」

「もう。蒼真。鼻垂れてるわよ」

「だっで。だっでえぇぇぇぇ!」

「がんばったわね。やったわね」

「ゔわあぁぁぁぁん!」


 守り役達も団子のように抱き合い笑いながら泣いていた。


 きっとこれまでの五千年、大変なことがたくさんあったのだろう。

 互いに讃え合い喜び合うひと達に勝手に笑みが浮かんだ。


 と、銀髪美女が顔を上げた。

 視線の先には晃とひなさんがいた。


「晃」

 あっという間に晃に近寄った銀髪美女は、ひなさんごと晃を抱き締めた。


「ありがとう。晃のおかげよ。ありがとう。貴方は自慢の息子よ」


「え」「あの」「その」と目を白黒させる晃に赤髪の美女も抱きついた。


「ホント。お手柄よ晃! 晃がいなかったらこんなにうまくいかなかったに違いないわ! ありがとう晃!」


「は、白露様!?」

「ええ」

「緋炎、様?」

「ええ」

 オロオロしながら晃が問いかける。ふたりの美女は涙を流しながらニコニコと答えた。


「びっくりした?」とお茶目に笑い、銀髪美女は晃とひなさんをやさしい眼差しで見つめた。

 その黄金色の穏やかな目は間違いなく白露様のもの。


「――白露様――」

「白露様………!」


 晃もひなさんも涙を浮かべ銀髪美女に腕を伸ばした。

 晃に抱かれたままのひなさんと、片腕を伸ばす晃、ふたりをまとめて抱き締めた銀髪美女は感極まったようにつぶやいた。


「――やっと――。やっと貴方達を抱き締められた」

「―――!!」

「白露、様―――!」


 晃もひなさんも子供のように銀髪美女に抱きつき声を上げて泣いた。

「白露様! よかった。よかった!」

「白露様ぁぁぁ!」

「うわあぁぁん!」


 抱き合い泣く三人に赤髪の美女は落ちた涙をぬぐった。

 そうして顔を向けた先にいたのはハルだった。


「晴明」

 赤髪の美女は黙って立っていたハルを抱き締めた。

 ハルはなすがままになっている。


「ありがとう。貴方のおかげで『呪い』が解けた。ありがとう」


 その声に姫達が顔を上げた。黒い鎧の男も青い鎧の少年もハルの前に行き、頭を下げた。


安倍晴明(あべのせいめい)殿。

 これまでのご助力、感謝の申し上げようもない。

 高間原(たかまがはら)の北、紫黒(しこく)の『黒の一族』がひとり、黒陽。我が名にかけ、この恩は必ず返す」

「ぼくも。ぼくにできることならなんでもするよ!

 薬も言い値で提供する!」


 男達の言葉にハルが返答するより早く赤髪の美女が言葉を重ねた。


「この千年、貴方のおかげでとても助かった。

 それだけでもありがたかったのに、ついに『呪い』が解けるなんて。

 感謝してもしきれないわ。ホントに、ホントにありがとう。晴明」


「私は姫宮から受けた恩を返しただけです。どうぞお気になさらず」


 スタイル抜群の美女に抱き締められても平然としたままハルが答える。

 自分の名が出たからか俺の妻が焦ったような顔をした。多分余計なことを考えている。『自分のせいで晴明(ハル)を巻き込んでしまった』とか。『晴明(ハル)に迷惑をかけた』とか。仕方のないひとだなあ。


「それよりも」

 妻がなにか言い出すより早くハルが守り役達を、姫達を見つめ、微笑んだ。


「『呪い』の解呪、おめでとうございます」


 いつもの意地の悪い狐のような笑みではない、慈愛に満ちた笑顔にハルの想いが込められていた。目を向けられた愛しい妻は口を引き結びボロボロと涙を落とした。

 

「―――あり……と、ごじゃ……ましゅ……!」

 えぐえぐと泣きながら噛みまくりながら応える妻に続き守り役も「ありがとう」と頭を下げた。


 生真面目な主従にハルは初めて見るやさしい笑みを浮かべた。

「これで私の肩の荷も下りました」

 わざと肩を回し茶化したように言う。その目尻に涙が浮かんでいた。

 つられたように守り役達も姫達も笑った。



「あとは後始末ですね」

「そうね」

「まだもうひとがんばりしないとね」

 ハルの言葉に全員の意識が切り替わった。


「『災禍(さいか)』を滅するのは長刀鉾の注連縄切りのあとで間違いないですか?」

「そうよ。――トモ達から聞いた?」


 ハルの問いに西の姫が答える。「はい」とうなずくハルに西の姫もうなずいた。

 そしてやるべきことを思い出したのだろう。げんなりとした顔でため息をついた。


「ああ。そうよ。『バーチャルキョート』から戻ってきた召喚者達の記憶を操作しなきゃ」

「ですね」

「他にもやることいっぱいあったわね」


「のんきに喜んでる場合じゃなかったわ」とぼやく西の姫にハルがにっこりと微笑んだ。


「大丈夫です。

 皆様がおそろいになった時点でこの離れ一帯に時間停止の結界を展開しています。心置きなく、落ち着いて今後の段取りをしましょう」


「やるわね晴明!」「さすが!」

 西の姫だけでなく守り役達からも梅様や南の姫からも褒められてまんざらでもなさそうなハル。

 そして安心したらしい西の姫は「じゃあ早速」と鏡を取り出した。


 それを止めたのはやはりハルだった。

「菊様。よろしければ中へどうぞ。皆様も」


「それもそうね」と一同で移動することになった。




 広いテーブルのある二階のリビングダイニングで話し合うのかと思ったが、作戦本部と化している神棚の部屋になった。

 寝ている双子を隅に追いやり、狭い中でどうにか座る。


 神棚の正面に西の姫。その後ろに梅様と南の姫、そして俺に抱かれた妻。狭いことを理由に愛しい妻を胡坐をかいた俺の足の間に座らせることに成功した。役得役得。


 俺の後ろにハルとひなさんと晃。その後ろに保護者達が座る。守り役達は左右の壁に二人ずつ立ち、ヒロ、ナツ、佑輝は後ろの壁に立っていた。


 俺がこんな上座にいるのは本来はあり得ない。人前で妻にこんなにべったりくっついていることも。

 だが他ならぬ西の姫が「アンタは竹にくっついとけ」と命じてきた。だから仕方ない。仕方ないんだ。ウン。

 後ろから抱きすくめていられるとか、どんなご褒美だ。がんばってよかった!


 愛しい妻は恥ずかしそうに横座りで大人しくしている。クソかわいい。愛おしい。

 西の姫が『そこまでしろとは言ってない』みたいな顔をしていた。が、なにも言わないので無視していいだろう。


 西の姫も俺を無視することにしたらしい。

 なにも言わず神棚に正対し、呼吸を整え深々と拝礼した。俺達もそれに合わせて頭を下げる。


 西の姫は続いて自分の前に鏡を置いた。

 ハンドベルのような鈴を取り出し、鏡面に向け「リン」と鳴らした。


 音の波が広がった。

 と。

 部屋がぐんと広くなった!


「リン」「リン」と音の波が広がるにつれ壁が、天井が押し出されていく。床も広がっているらしく、ぎゅうぎゅうだった間隔が広くなっていった。

 適度に広くなったところで西の姫は鈴を止め、再び深々と拝礼した。


 頭を上げた西の姫は鈴を納め鏡を手に取り、身体ごとこちらを向いた。


「さてと」


 説明なしかよ。

 ツッコミ不在かよ。


 なにをしたとツッコもうとしたがそれより早く西の姫が鏡を床に置き、手をかざした。

 と、西の姫を中心に半透明の板が数百も出現した!


 まるでカードゲームのイメージ画像のように宙に浮いた板。一枚一枚にこれまたカードゲームのように個人データが表示されていた。

 大きさは四つ切サイズくらい。上から三分の二に顔写真が、その下に個人情報が記載されている。


 見ると知った顔がいくつもある。

 それでようやく察した。『異界(バーチャルキョート)』に召喚された二百人だと。

 おそらくはさっき『異界(むこう)』でなんかしてたときに西の姫が作ったんだろう。


 さっき西の姫は『異界(バーチャルキョート)』で『災禍(さいか)』がプレイヤーにつけた『(しるし)』と同じ術式を込めたという玉を受け取った。

「試しに」と西の姫は鏡に玉を映しなにかしていた。

 そのときにこのカードゲームのような板を作ったんだろう。非常識人め。有能かよ。


「ヒロ。これ覚えて。あとでリスト作って」


 目を白黒させていたヒロだったが「はい」と応え集中して周囲に浮かぶ二百枚の板を注視した。

「大丈夫です」とのヒロの声に西の姫がうなずいた。


 そこからはひたすらに仕分け。

 安倍家の人間。第一陣で本拠地(ベース)に入った人間。一般人チームとして前線で戦った人間。梅様と南の姫がまとめていた人間。

 ああだったこうだったとの俺達の報告を聞き、西の姫が半透明の板にチェックを入れ、カードを動かしグループ分けをしていった。


 安倍家の人間はそのまま。明らかにPTSDになりそうな人間は問答無用で記憶を完全消去。警察や官公庁など事前に安倍家からの通達を知っていた人間は覚えたままにするか夢だと思うようにするか記憶消去するか本人に選ばせる。その他の人間は夢だと思うようにするか記憶を完全に消去するかの二択を本人に選ばせることにした。

 そうやってグループ分けし設定した事柄もヒロが覚えた。


 それから俺とナツ、梅様と南の姫が出演する説明動画を作った。なんの説明もなしよりは本人が納得したほうが術のかかりがいいからな。

『あのゲーム』は完全に終わったこと。経験したことを覚えていたいかどうか。そんな説明と質問を数パターン作った。西の姫の鏡がそれを記録した。


 誰にどの動画を送るかの設定も済ませてからハルが時間停止を解除。西の姫が俺達四人を除く百九十六人同時に術式を送りつけた。

 宙に浮いていた半透明の板が四方八方に飛んでいった。術式を付与されたそれは本人のところに戻り、選択を迫る。そうして選んだ術式が本人に展開される。


 ちなみに安倍家の人間には『すぐに報告に来い』との召集令状となっている。


 半透明の板が飛んでいってすぐに西の姫は鏡に手をかざし瞼を閉じていた。

 しばらくそうしてじっとしていたが、「ふう」と肩の力を抜いた。


「おっけー。全員完了」


 ホントかよ。

 ホントなんだろうな。

 非常識人め。これだから高間原(たかまがはら)の人間は。



 なにはともあれ。

 俺達を含めた二百人のプレイヤーへの対応は済んだ。エンジニアと生き残りが指定の場所に転移していることも確認した。全員眠っている。妻か黒陽が術を解除するまでこのままだ。一連の騒動が落ち着くまで放置することになった。

 晃が希望した亡くなったひとの遺骨や遺品も確認した。山中でひとまとめになっていた。これもあとで対応するとして放置することになった。



 ハルが再び時間停止の結界を展開し、次に確認したのは『呪い』が解けたと思われる守り役達の検証。


 守り役達にかけられた『呪い』は『獣の姿になり』『死ねない』呪い。

『獣の姿』は『災禍(さいか)』によると、胎児の頃から無意識にかけていた『人化の術』を再びかけられないようにするものだった。それが現在ヒトの姿になっているのだから『人化の術』が問題なくかかっているということ。


 念の為に教わった『人化の術』を応用して解除すると、これまでどおりの獣の姿になった。俺達にとってはこちらのほうが見慣れた姿なのでホッとする。

 次に改めて『人化の術』をかけると、先程までのヒトの姿になった。


 獣の姿になっても再びヒトの姿がとれることに守り役達も姫達もものすごく喜んだ。「間違いなく『呪い』は解呪された!」と納得できたようだ。


 もうひとつの『呪い』である『死ねない』を試すのは「やめとこう」となった。

 いくら梅様蒼真様がいるとはいえ、万一のことがあれば取り返しがつかない。


「『呪い』が解けた感覚はありますか?」

 ハルが姫達と守り役達に聞いた。が、どなたも「わからない」と言う。

 だから守り役達の『死ねない』『呪い』についても、姫達の『二十歳まで生きられない』のも『記憶を持ったまま転生する』のも、そのときになってみないと本当に『呪い』が解呪されているかはわからない。


 ただ、あの『災禍(さいか)』の様子から嘘は言わないと思われる。西の姫も「『管理者』である私の命令どおり、すべての『呪い』を解呪したのに間違いはないだろう」と断言する。


 つまり、守り役達がヒトの姿になったそのことがすべての『呪い』が解けたことの証明になる。


 俺達もハルも保護者達も「おめでとうございます」と喜んでいるのに、他の姫達も守り役達も「やった」「よかった」と喜んでいるのに、俺の愛しいひとは困ったような微笑みを浮かべ眉を下げている。

 どうせ『本当に二十歳を迎えないと解呪できたとは言えないんじゃないか』とか余計なことを考えているに違いない。心配性のマイナス思考め。

 仕方のないひとの仕方のない考えに気付かないフリをして後ろからぎゅっと抱き締めた。


「これでずっと一緒にいられるね」

 そっと耳元にささやく。

 途端にビクリと跳ね、赤くなる愛しいひと。クソかわいい。


 ギギギ、とぎこちなく振り返る妻と目を合わせ、にっこりと微笑みかける。


「ずっと一緒だよ」

「勝手にいなくなっちゃ駄目だからね?」


 彼女のやらかしそうなことに先手を打ち釘を刺しておく。と、愛しい妻は困ったように微笑んだ。


「甘えんぼさんですね」


 その笑顔に、その口調に、胸を貫かれた。


 心臓をぎゅう! と鷲掴みにされる。

 その目が。その声が。『俺が好き』と言っている! ずっと一緒にいられることを喜んでくれている!! 俺、愛されてる!! ああ! 好き!!


「甘えん坊な男は、嫌い?」

 いつものようにあざとく甘えてささやけば、彼女もいつものように「嫌いじゃない」と微笑んでくれる。

 キスしたいのも叫び出したいのもグッとこらえた。それでも我慢できなくて彼女をこちらに向かせ抱き締めた。


「甘えさせて」

「俺が甘えたいのは貴女だけだから」

「ずっとそばにいて」

「オッサンになって、ジジイになって、死ぬまでそばにいて」

「どこにも行かないで」


 ポロポロこぼれる俺の願いに、彼女は俺の背に腕を回し抱き締めてくれた。

 が、すぐにハッとして逃げようともがきはじめた。


「と、トモさん! はなして!」

「やだ」

「『やだ』じゃなくて! みんないるから!!」

「甘えさせてくれるんでしょ?」

「そ、それ、は」


 ジタバタ暴れるかわいいひとを抱き締め堪能していると「ゴホン」とわざとらしい咳払いが聞こえた。

 顔を上げると全員が生ぬるい顔をしてこちらを向いていた。

 さすがに気まずさを覚え、彼女を開放し、ごまかすように咳払いをひとつした。


 周囲の生ぬるい顔に気付いていない愛しいひとが俺のことを叱るようににらみつけてきた。かわいいしかないのだが周囲の手前大人しく「ゴメン」と謝っておいた。

次回は来週10/31投稿予定です

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