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第二百話 『ボス戦』終了

ようやくトモ視点に戻ります。

前話から少し戻って『第百九十九話 ナツの話』のつづきからです。

「あなたは、あなたが憎いと思ってるヤツと同じことをしたんだ」


 わかりやすく顔色を変えた保志にナツはキッパリと断言した。

 そんなナツに晃がなにか言おうとしたのか口を開けた。が、何も言わずただそっと視線を外した。


 保志のあまりの狼狽(うろた)え様に俺の愛しい妻まで狼狽えた。オロオロと視線を彷徨(さまよ)わせ手にした笛をぎゅっと握り込む。

 不安そうな目を俺にも向けるから『大丈夫』と伝えるつもりで黙ってうなずいた。

 それでも妻は納得しない。情けなく眉を下げ、保志に目を向けた。


 ああもう。仕方のないひとだなあ。

 こんなジジイ、気にする必要なんかないのに。


 オロオロしているのはウチの妻だけ。他の姫も守り役達も堂々とした様子でことの成り行きを見守っている。南の姫は簀巻(すま)きにした保志の背に馬乗りになったまま。刀を手に、いつでもトドメを刺せる体勢だ。


 さて、これからどうする?

 ジジイにどうやって『降参』を宣言させる?


 と、視線を外していた晃がなにかに気付いた。

 バッと保志に顔を向け、その目を見つめた。

 晃はなにかを決意したらしい。さっきまでの情けなく頼りない表情が別人のように凛々しい顔つきになった。


「カナタさん」

「カナタさん」


 ひざまずいたまま何度も呼びかける晃に保志がようやく顔を向けた。

 顔面蒼白になった保志に、晃は強い目を向けた。


「これから、あなたに『記憶』を『()』せます」


 はっきりと、まっすぐに言う晃に保志は黙っている。

 そんな保志に構わず晃は続けた。


「あなたがこのまま道をすすんだらこうなったであろうひとの『記憶』

 あなたと同じような道を進んでいたけれど違う道に進んだひとの『記憶』

 ――どちらの『記憶』も、今のあなたの『救い』になると思う」


「おれに、『あなた』を預けてくれませんか?」


 保志は黙っている。黙ってじっと晃を見つめている。その真意を計るかのように。


 ふと、昔ばーさんから聞いた話を思い出した。

「精神系能力者であっても知りたいことがなんでもかんでもわかるわけじゃないのよ」「対象者のココロの隙間からちょっとだけ(のぞ)かせてもらうだけなの」と言っていた。

 その隙のない相手にはどうするのかと聞いたら「ココロを揺さぶる」のだと言った。

 図星を差したり意表を突くようなことを言ったりして対象者のココロが揺らいだ、その隙を突くのだと。

 その揺らぎは「ホンの一瞬あれば十分」なのだと。


 なるほど。これまで晃が何度呼びかけても見向きもしなかった保志が今晃の話を聞いているのは、ココロが揺らいで隙ができたからか。

 ナツの言葉に揺さぶられ、ようやく晃の声が届くようになったんだな。お手柄だなナツ。


「―――何故、お前が、そんなことを言う?」


 絞り出すような保志の言葉に、晃はにっこりと微笑んだ。


「おれは『たまもり』ですから」


 晃はいつもそう言う。己は『魂守り』だと。『「魂」を守るモノ』だと。

 俺は自分を『霊玉守護者(たまもり)』だと自覚しているが、晃のように自分が『魂守り』だと思ったことはない。ヒロや佑輝やナツにも聞いたことがあるが、あいつらもそう思ったことはないと言っていた。


 退魔師や陰陽師として妖魔と戦ってきた俺達と修験者で精神系能力者の晃では元々の立ち位置が違う。白露様に育てられたからもあるのかもしれない。生来のお人好しな性格もあるのかもしれない。

 あの『(まが)』の一件で、晃にとっては『たまもり』とは『霊玉守護者(たまもり)』であると同時に『魂守(たまも)り』になった。

 それからずっとこいつは『魂守り』で在ろうとしている。


「おれは、あなたの『魂』を救いたい」


 今もまたそんなことを言う。

 真摯な態度に保志も反論することなく大人しくしている。

 

「お願いします。おれに『あなた』を預けてください」


 そう言った晃はにっこりと微笑んで右手を差し出した。


「手を、つないでも、いいですか?」


 南の姫が晃の言葉に応じて保志の拘束を解く。簀巻(すま)きにしたのも一瞬だったが解除も一瞬とは。どんな捕縛術だよ。落ち着いたら是非ご教授願いたい。

 保志の拘束を解いた南の姫だったが、保志を開放することはなかった。その背に馬乗りになり油断なく左腕を背中に()め首筋に刀を突きつけた。晃の要請に応じたらしく右手だけは動くようにしてやっていた。


 自分の置かれた状況に気付いているのかどうなのか、保志がうつ伏せたまま右腕をのろのろと差し出した。

 すぐに晃がその手を両手で取り、グッと強く握った。


「これからあなたに『記憶』を『()』せます。

 ――つらい『記憶』です。

 でも、きっと、あなたを救ってくれると、信じています」


 真剣な眼差しで保志に強く告げる晃。どこか呆然とした保志はのろりとうなずいた。

 あれだけ敵意を剥き出しにして暴れたのと同一人物とは思えない保志の態度に内心驚きを隠せない。が、表面上はなんでもないような顔を作ってふたりを見守った。


「目を閉じて」

 晃の言葉に素直に瞼を閉じる保志。

 晃も同じように瞼を閉じた。



 すうぅぅぅ。はあぁぁぁ。

 

 いつもならそれだけで瞼を開ける晃が眉間にシワを寄せた。なんかトラブルか?

 常と違う事態に俺だけでなくヒロも緊張の面持ちで晃を見守る。


 さらに一呼吸。二呼吸。

 そうしてようやく、晃が瞼を開いた。


 まるで炎が宿っているかのような、強く熱い眼差(まなざ)し。

 それをじっと保志に向けている。


 誰もが固唾を飲んで見守る中、保志がようやく瞼を開けた。


 南の姫に乗っかられうつ伏せられたまま、ゆっくりと顔を上げる保志。

 目があった晃はやさしい笑みを浮かべた。


「―――日村―――」

「カナタさん」


 どこか呆然とした保志に、晃はやさしい声で呼びかけた。

 そのままじっと見つめ合う。

 その保志の表情が見る見る変化していった。


 さっきまでの般若のような表情はどこへ行ったのか。憎悪にまみれた気配はどこへやったのか。

 保志は穏やかな、落ち着いた表情で、じっと晃を見つめていた。


 ゆっくりと息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

 そんな保志を晃もじっと見つめている。


 慈愛に満ちた表情の晃に、保志はどこか眩しそうに目を細めた。ぎこちなく口角が上がった。


 ――笑った――?


 このジジイが笑うなんて思わなかった。

 あれだけ憎悪にまみれ『願い』に邁進(まいしん)していたのに。

 トゲトゲしかった雰囲気も落ち着いたやわらかなものに変わっている。


 この短時間でなにがあったのか、晃がなにをしたのかわからないが、晃の能力で保志は文字通り『変わった』らしい。

 まるで憑き物でも落ちたかのように、目をうるませてじっと晃を見つめている。


 なにか言いたいようだが言葉にならないらしい。口を開けては閉める。閉じた口元も震えていた。

 そんな保志に晃は穏やかに微笑んだ。


「カナタさん」

 保志の手を握ったまま、晃がやさしく呼びかける。


「あなたの『願い』を破棄してくれますか?」


 押し付けるでも。責めるでもない。やさしい問いかけ。

『晃らしい』と思いながらも『そんな言い方でこのジジイが聞くかよ』とも思う。

 と、ジジイはじっと晃を見つめたまま、ポツリと答えた。


「……………する」


 ―――は?


 する? なにを?

 ―――『願い』の破棄を!? 同意した!? あのカタブツジジイが!?


 驚いているのは俺だけじゃない。佑輝もヒロも唖然としている。守り役達と姫達は取り繕っているが内心驚いているのは透けて見えた。俺の愛しい妻はポカンとしている。理解できていないらしい。

 ただナツだけが『さすが晃』みたいなドヤ顔をしていた。


 俺達の動揺に意識を向けることなく、晃は嬉しそうな笑顔を保志に向けた。そしてそのまま続けた。


「『降参』してくれますか?」


 いやお前、そんな調子に乗って大丈夫かよ。

 そんな軽ーく言って聞くわけがないだろう。

 そう思ったのに、ジジイはまたもあっさりと言った。


「降参だ」


「「「―――!!」」」


 満面の笑みを浮かべる晃とぎこちない笑みを浮かべる保志。

 ウソだろ!? なんでそんなあっさりと『降参』宣言してんだよ!?


 と。


 パララパッパラー。

 間抜けな音があたりに響いた。


 突然の音に抱いた妻がビクゥッと跳ねる。すぐさまナツがスマホを取り出した。

 スピーカーモードにして全員に聞こえるようにしてくれ、かつ画面を見せてくれた。

 ナツが画面をタップすると、文字とともに音声が流れた。


「『ボス鬼』による降参が宣言されました」

「現時点をもって『ボス戦』の終了を宣言します」


 え!? マジか!?


 動揺したのは俺だけではない。

「え?」「ホントに?」「は?」「終わり? これで?」あちこちからつぶやきがもれる。俺の愛しい妻はただ呆然としている。肩の守り役も唖然としている。

 そんな中、スマホからのアナウンスが続いた。


「勝者――(ラン)


「は!? オレ!?」

 保志の背に馬乗りになった南の姫が自分を指差し叫ぶ。


 スマホの画面ではいつ撮影したのか南の姫の戦闘シーンをつなげたショートムービーが映し出されていた。

「え」「ナニ」「どゆこと!?」戸惑う南の姫や周囲に構うことなくスマホは淡々と音声を流す。


「勝者にはボーナスが支給されます」

「現時点でミッションが残っているため、ゲーム終了の条件は満たされていません」

「ミッションがすべて完了した時点をもって『バーチャルキョート』完全クリアとなります」


 待て待て待て。色々追いつかない。

 ちょっと情報整理しよう。


「あのムービーなによ」

 西の姫の質問に『災禍(さいか)』が答える。

「撮影用ドローンに召喚したプレイヤーの個人情報を搭載しています。撮影時に個人を認識し、討伐ランキングやミッション達成などの報告時にショートムービーを生成するようシステムを組んでいます」


 そういえば俺達が鬼と戦ったときもミッション完了後にこんなの流れてたな。そのときの戦闘シーンから誰かが編集してたのかと思ってたが、まさかの自動生成だとは。二百人の個人を認識させ、撮影した動画から選択した人間だけを抽出し、見栄えのするシーンを組み合わせてムービーを作るなんて、どんだけ大変だと思ってるんだ。すごいシステム組みやがって。あとで検証できるかな?


「『ボーナス』ってなに」

「『バーチャルキョート』で使えるアイテムや術式、または金銭やポイントです。

 なにが付与されるはその時々で異なるため私にもわかりかねます。確認するにはステータス画面を開いてください」


 保志にもう歯向かう意思はないと見た南の姫が保志の背から立ち上がりステータス画面を開いた。

「ポイント増えてる!」と喜んでいる。


「ボーナスもらったのは蘭だけ?」

「そのようです」

「『降参』て言わせたのは晃でしょ?」

「日村晃は今回召喚されたプレイヤーではありませんので付与の対象外となります」

「………そういえば最初になんか言ってたわね……」


 そういや「『ボス戦』挑戦者」とか言ってたな。

 そこで挙げられていたのは俺とナツ、梅様と南の姫の四人だけだった。

 保志が「降参」を宣言した時に馬乗りになっていた南の姫だけが『ボス鬼討伐者』と認識されたらしい。


「それでは引き続きゲームクリアを目指しがんばってください」


 そんなアナウンスのあと、パキンと周囲の景色が割れた。

 細かい粒子が散ったと思ったら、元いた日本庭園を臨む和室に戻っていた。

『ボス戦』が完全に終わってステージが戻ったといったところか。


 残りのミッションについての説明はなかったな。

 ()えて言わなかったのかもしれないな。


 南の姫の拘束が解かれた保志を晃が起こしている。「大丈夫?」「ゴメンね」なんて謝る必要ないだろ。拘束されるだけのことしたんだぞそいつ。


 晃は完全に保志への警戒を解いている。が、俺はまだ油断しない。西の姫の管理下にあると理解している『災禍(さいか)』共々、まだなにか隠している可能性もなにかやらかす可能性もある。

 最後の最後まで気を抜かず警戒しなければ。妻のために。俺達の未来のために。


「そうだ。最後まで気を抜くなよ」

 俺の思念を読んだらしい肩の黒陽がちいさな、しかし厳しい声をかけてくる。


 俺がうなずくのと同時に抱いた妻もしっかりとうなずいた。

 目を向けると愛しい妻は顔をこわばらせ生真面目に保志をにらみつけていた。

 必死な様子が愛おしく、ますます『守らなければ!』と思わされた。

次回は来週10/3を予定しています

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