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保志叶多 1 葛藤

『宿主』保志叶多視点です

「あなたは喪う痛みを知っているのに、どうして『京都中の人間を抹消する』なんて考えるんだ?」


 おれと同じ、大切なものを喪った目をした男がそんなことを言う。が、その言葉の意味がわからなかった。


『どうして』? どこかおかしいところがあるか? どうしてそんなことを聞くんだ?

 おれの家族はいい人間だった。善人だった。そんな善人を助けてくれなかった京都の人間は悪いヤツだ。悪いヤツは抹消しないと善人が『しあわせ』になれない。


 善人を助けるために。

 おれの家族のようなひとをこれ以上増やさないために。

 悪いヤツを抹消するのは、当然のことだ。


 おれにはチカラがある。

 悪いヤツを消し去るチカラがある。

 チカラがあるモノがチカラの無いモノを助けるのは当然のことだ。

 だから悪いヤツを消し去る。京都の人間を抹消する。

 おれはおれにできることをやる。それだけだ。


 そう思うのに、そう言い返せばいいのに、声が出ない。

 喉にナニカが貼り付いたみたいで息をするしかできない。

 ただ黙って見つめるおれに質問の意味が伝わっていないと思ったのか、男が言葉を重ねた。


「あなたが殺したひとは、誰かの家族だよ」

「誰かの『大事な家族』だ」


「―――」


 おれが 殺した


 殺した?


 誰かの家族を


 誰かの『大事な家族』を


 おれが


 おれが?


 おれと同じ痛みを持っているだろう男がさらに言葉を重ねた。


「あなたはあなたが殺したひとの家族に、あなたと同じ想いをさせたんだよ」


「―――」


 おれと 同じ 思い


 おれと 同じ ?


 同じ 思い を


 家族を喪う 痛み を


 おれが


 おれが 奪った


 家族を


 おれが 誰かの家族を 殺した


 死 な せ た


 おれ が


 お れ が


「―――!!」


 ザザザザザーッ!!

 一瞬で全身に怖気(おぞけ)が走った!


 これまで理解していなかったことを唐突に理解した!

 おれがナニをしてきたのか、おれがしてきたことがどういうことなのか、突然理解した!!


 おれは誰かの家族を奪っていた。

 あいつらと同じことをした。


 一人暮らしの人間を選んだ。他に家族がいなければいいと思った。

 悪人を選んだ。誰からも(うと)まれる人間ならば奪ってもいいと思った。


 でも、違った?

 これまで『(にえ)』にしてきた人間にも家族がいた? もしかしたら悪人にも一人暮らしの人間にも家族はいた? 家族を喪って苦しんだ? おれのように。この男のように。


 わなわな震えるおれに、男はさらに言った。


「あなたは、あなたが憎いと思ってるヤツと同じことをしたんだ」


 そんな


 そんな


 そんな!!


 キッパリと断言する男。その言葉が、その目がおれに『罪』を突きつける。おれがナニをしてきたのかを突きつける。

 責めるでもなく、怒鳴るでもなく、ただ静かに告げられるその声に、その目に、冷静に考えるよううながされる。


 そうだ。どんな人間にだって親はいる。家族はいる。善人にも、悪人にも。

 悪人の家族が悪人かどうかはわからない。が、おれが殺した悪人の家族はおれと同じく理不尽に家族を奪われたことになる。


 気付かなかった。

 考えもしなかった。

 なんで。


 おれはおれの目的を果たすことに必死だった。他のことは考えられなかった。

 だから?

 だから『罪』を『罪』と気付かなかった?


 どうすればいい。おれはどうすれば。

 いや。迷うことはない。このまま突き進めばいい。もうすぐおれの『願い』は叶う。京都の人間をすべて抹消できる。善人を苦しめる悪人を抹消できる。


 でも。

 そうだ。

 京都の人間ぜんぶが悪人じゃないのかもしれない。

 だっておれの家族は善人だった。もしかしたらほかにも善人がいるのかもしれない。


 ―――もしかしたら―――


 考えが渦を巻く。色々な情報が脳内を飛び交う。


 ―――まさか―――


 これまでの出来事が走馬灯のように浮かぶ。

 ナニを選択し、ナニをやってきたか。


 ―――おれは―――間違って、いた―――?


 ボロリ。

 これまで(つちか)ってきたものにヒビが入る。

 ボロリ。

 これまで信じていた正義が、信念が崩れる。


 ボロリ


 ボロリ


 ナニカが、崩れて いく。




「―――さん」


「カ―――さん」



「カナタさん」


 呼ばれていることに気付き、何も考えることなくそちらに顔を向ける。

 黒髪の若い男――日村が強い目をおれに向けていた。


「これから、あなたに『記憶』を『()』せます」


『記憶』?『視』せる?

 なんのことかわからず黙っていた。


「あなたがこのまま道をすすんだらこうなったであろうひとの『記憶』

 あなたと同じような道を進んでいたけれど違う道に進んだひとの『記憶』

 ――どちらの『記憶』も、今のあなたの『救い』になると思う」


「おれに、『あなた』を預けてくれませんか?」


 意味がわからない。

 意味はわからないが、日村が真剣なことはわかる。

 おれのためにと提案してくれているのはわかる。


「―――何故、お前が、そんなことを言う?」


 どうにか出た言葉に、日村はにっこりと微笑んだ。


「おれは『たまもり』ですから」


『たまもり』? なんだそれは?

 やはり意味がわからない。

 アレの言っていた『能力者』とは違うのか?


「おれは、『魂』を守るモノです」


 魂を守る

『魂守り』

 漢字がはまるとなるほどと納得した。

『たまもり』とは『(たま)()り』か。


 魂を守る

 そんなモノがいるのか。

 目の前の若い男がそうだというのか。


 信じられない、理解できないおれに向かって、日村ははっきりと言った。


「おれは、あなたの『魂』を救いたい」


 まっすぐに向けられたその目の奥に火が灯っているように感じた。

 人間の目に火が灯るなんて非現実的だ。そんな現象あるわけがない。

 なのに、感じた。

 あたたかな火を。


「お願いします。おれに『あなた』を預けてください」


 先程と同じことを言う日村。

『預ける』? どういうことだ? どうすればいい?


 迷うおれに日村はまたにっこりと微笑んだ


「手を、つないでも、いいですか?」


 差し出された右手に、うつ伏せたまま、動く右腕をどうにか動かして差し出す。

 すぐに日村がグッと強く手を握ってきた。


「これからあなたに『記憶』を『()』せます。

 ――つらい『記憶』です。

 でも、きっと、あなたを救ってくれると、信じています」


 おれの右手を両手でぎゅうっと握りしめ、日村が言う。

 その目の強さに、あたたかさに、勝手にのろりとうなずいていた。


「目を閉じて」

 言われるがままに瞼を閉じる。

 途端にフウッと沈み込んだ。

次回は来週8/22投稿予定です

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