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第百九十九話 ナツの話

 自分勝手な理屈をわめくジジイにうんざりする。

 どうすんだよコイツ。こんなヤツに自分から『降参』て言わせるなんて無理だろう。

 やっぱり骨の一本や二本折ってみたらいいんじゃないか? 耐性訓練なんてしてるわけないし。口では威勢のいいことを騒いでても実際痛めつけられたらビビって言うことを聞くとかあるだろう。


 だが晃がジジイを痛めつけることを嫌がっている。

 晃はあくまでも保志を『救いたい』という姿勢を崩さない。

 保志のココロを。保志の『未来』を『救いたい』と。

 晃にとっては保志も『しいたげられた善人』であり『救うべき人間』なのだろう。


 あの俺達が初めて出会った騒動のあと、晃が言い出した。

「『善人がしいたげられることのない世の中』をつくる」

 あの『(まが)』と「約束した」と。

 晃はずっとその方法を探し求めている。


 そんな晃にとって『すべてを奪われた家族想いの少年』は庇護対象なんだろう。

 たとえすべてを奪われたあとどれほどの人間の生命を奪っていても。罪にまみれたジジイになっても。


 俺は晃に恩が、それも大恩がある。

 あの『(まが)』との戦い。晃がいなければ俺は間違いなく死んでいた。京都は滅びていた。

 ばーさんが死んだとき。『魂送り』を提案してくれた。遺されたじーさんと俺を支えてくれた。

 今回だって晃がいてくれたからわかったことばかり。

 正直恩が重なりすぎてどうすればいいかわからないレベルで恩がある。


 その晃が『願う』なら。

 保志を『救いたい』と『願う』なら。

 俺はその『願い』を叶えなければならない。


 だからムカツクジジイをぶちのめしたくても妄言をわめきちらすその口を永遠にふさいでやりたくても抑えなければならない。

 とはいえ、この状況どうするんだよ。


 その晃は南の姫に馬乗りにされたジジイのそばにひざまずき「カナタさん」「カナタさん」と必死に呼びかけている。その顔が痛そうにゆがんでいる。これだけの思念を放出してるんだ。精神系能力者の晃にはつらいだろう。



「お前達はもうすでに勝ったつもりでいるようだがな!

 おれが『降参』を宣言しない限りこの『ゲーム』はおわらないんだ!」

「お前達は誰一人この『世界』から出られない!」

「大人しく『(にえ)』になれ!」


 わめくジジイにうんざりしつつも一理あるとも冷静に考える。

 が、西の姫はニンマリと表現したくなるような悪い笑みを浮かべた。


「アンタ、わかってないのね」

 どこか楽しそうに、西の姫が言う。


「私がその気になったらアンタの意志なんか関係ないのよ?」


 どういうことかと口を閉じたジジイに、噛んで含めるように西の姫は説明する。


「アンタの精神を乗っ取って『降参』って言わせることもできるのよ?」


「身体の自由を奪って操って『降参』て言わせることも。

 アンタを洗脳して『降参』て言わせることだって、できるのよ?」


 そんなことできるのかよ。

 ならさっさとやればいいのにと思っていたら西の姫は続けた。


「なんでそれをせずアンタの意志を奪わず話をしたと思ってるの?」


 黙ってにらみつける保志に西の姫はそれはそれは美しい笑みを向けた。


「アンタに自分の『罪』を理解させるためよ」


「自分のやったことをちゃんと理解して、自分の『罪』を『罪』と認識させるため」


「そのためにこんなめんどくさいことしてんのよ」


「―――『罪』、だと―――!?」


 震えていた保志だったが、ギッと西の姫をにらみつけ、叫んだ。


「おれがなんの『罪』を犯したというんだ!」

「おれは間違ってない! おれは正しいことをしたんだ!」

「悪人を退治したんだ! それのなにが悪い!?」

「おれが正しいからこれまでなにもかもうまくいったんだ! 神仏がおれに味方してるんだ!!」


 ギャンギャン吠える保志に西の姫は呆れたようにため息をついた。


「―――『正義』をふりかざす子供ね」


「な、ん、だ、と――?」


 顔を合わせる真っ赤にして怒りに震える保志に西の姫は淡々と告げた。


「『子供』って言ったの」


「な」と絶句する保志を見下し、西の姫は滔々(とうとう)と語った。


「アンタはなにも視えていない。なにもわかっていない」

「自己中心的で、わがままで、世の中自分の思うとおりになると信じてる、ただの子供」


「こんな子供に人生を奪われたひと達がかわいそうだわ」


「な、なんだとぉぉぉ!?」


 ハア、とどこか芝居がかったため息をつく西の姫に保志が激昂する。


「おれはえらいんだ!」

「子供なんかじゃない!!」

「お前達のほうが間違っているんだ! 邪魔するお前達が悪人だ!」


 わめきちらす保志に西の姫は侮蔑の笑みを向ける。美人だからか独特の凄味がある。

 そんな迫力にのまれることもなく、おそらくは侮蔑されていることにも気付かず保志はわめきちらす。


「カナタさん」

 みかねたのか晃が声をかけ止めようとする。が。


「馴れ馴れしく呼ぶな!」

 ピシャリと拒絶され、痛そうに口を閉じた。


「なにもしてくれなかったくせに! 助けてくれなかったくせに! えらそうにするな!!」


 さらなる罵倒(ばとう)に晃はグッと口を引き結んだ。苦しそうに目を細める晃に保志は八つ当たりのように感情をぶつける。


「どうせお前達にはわからないだろう!? おれがどれだけ苦しんだか!」


 もがいても南の姫にがっちり押さえ込まれて動けない保志。それでも晃をにらみ、西の姫をにらみつけ、叫んだ。


「おれの家族はあんなふうに死んでいい人間じゃない! なにもかも奪われて死ぬなんて、間違ってる!

 世の中が間違ってるんだ! だからおれが世の中を正すんだ! 邪魔するな!」


 癇癪(かんしゃく)を起こした子供のようにわめきちらすジジイに抱きかかえた妻がつらそうに眉をしかめた。俺の肩に添えた手にぎゅっと力が入った。


 俺の妻をこわがらせやがったなこのジジイ。しかも大恩ある晃に無礼ばかりはたらきやがって。

 もうこんなジジイ『救う』とか考えなくていいじゃないか。さっさといためつけて精神乗っ取って始末しよう。


 そう考えて西の姫に進言しようと口を開いた、そのとき。


「………おれ、わかる」


 ポツリとこぼれた声に一斉に注目が集まる。


 ナツだった。


 全員の注目を集めたナツはさみしそうに立っていた。

 その目に哀しみをたたえ、保志をまっすぐに見つめていた。


 静かになった場に、集まる視線に、ナツは自分のつぶやきが全員の注目を集めてしまったと気付いたらしい。一瞬動揺をみせたがすぐに立て直し、西の姫に顔を向けた。


「………発言しても、いいですか?」

「いいわ」


 あっさりと許可を出す西の姫にナツはホッとして表情をゆるめた。が、すぐに再び表情を引き締め保志に向けて話し始めた。


「……おれ、あなたの気持ち、わかる」


 ナツのその声に、その目に、あれだけ騒いでいた保志は黙った。

 ただじっとナツの目を見つめていた。

 そんな保志にナツは困ったようにちいさく微笑んだ。


「家族が大好きなんだよね」


 過去形で語らないことに気付いた。


「大好きな家族がいなくなって、かなしかったんだよね。『なんで』って思ったんだよね」

 

 ナツは保志の記憶を視ていない。

 それでも、まるであの記憶を視たかのような話をする。


「『なんでおれの家族が死んだの』って、くやしくて、かなしくて、わけわかんなくて、なんにもなくなって」


 拳を握り、たどたどしく言葉を(つら)ねるナツ。だがその気迫は真に迫っている。その勢いに()されたのか、保志はただ黙っていた。


「『返して』って、祈った。『返してくれるならなんでもする』って。『おれの生命だっていらない』って」


 保志の表情がわずかにこわばった。おそらくは目の前で熱弁をふるう男も家族を喪っているのだと、気付いた。


「――でも、こうも思ったんだ」


 それまでの熱が消え失せたように、静かに、静かにナツは言った。


「『もしかしたら、おれのせいかも』って」


「『おれのせいでおかあちゃんは死んだのかも』って」


 視線を落とすナツの横で佑輝がちいさくうなずいた。


「おれが高霊力を持って生まれたから、だから不幸を呼び寄せておかあちゃんが死んだんじゃないかって」


 静かな声は、不思議と大きく響いた。

 抱いた妻が悲しそうに眉を寄せた。

 反対の肩の亀も痛ましそうにしている。

 うつむいたナツはただ黙っていた。



 ―――ナツ。お前、そんなこと、これまで一度も言わなかったじゃないか。

 俺の前ではいつもニコニコしてたじゃないか。


 ヒロ達からナツの事情は聞いていた。新聞や雑誌に載った記事も読んだ。

 ナツはとある能楽師が舞で有名な芸妓を襲ってできた子供。母親がその能楽師から守るためにずっと女の子として育てられてきた。

 その母親が事故で亡くなり、ナツが男とバレた。

 ナツを奪おうとやってきた能楽師にナツは連れ去られた。そのときに霊力が暴走した。

 ナツの霊力の暴走に巻き込まれ具合が悪くなるひとが多数出た。そうして祖父母も亡くなった。


 祖父母までも喪ったことを知らず、ナツは能楽師の家で抜け殻のように生きた。虐待されていることにも無関心に、ただただ舞を舞っていた。

 そうしてあの中学一年の春休み。

 俺達と出会ったナツは晃に救われ、俺の家で一緒に暮らすことになった。


 ナツはいつもニコニコして、楽しそうで、子猫のようにじゃれてきた。あちこちになついてはかわいがられていた。ヒロ達の言うような『闇』なんて欠片も感じなかった。

 ただ、時折、ばーさんやじーさんと話をしているのは知っていた。

 ナツの過去やプライベートに関わることだろうからと俺は顔も口も出さなかった。


 だから、ナツがこんな想いを抱えているとは、俺は知らなかった。

 知らなかったことを情けなく思うと同時に、俺に気付かせなかったあの頃のナツの『強さ』を知った。


 きっとハルやヒロが支えていた。晃が救った。じーさんばーさんが話を聞いてやっていた。

 そうしてナツは『強く』なっていったんだろう。


 俺、なにもできなかったな。

 ゴメンな。ナツ。



 ナツは静かに、ただうつむいて立っていた。

 それでもどれだけ家族か大切だったか、そんな家族を喪ってどれだけ苦しかったかが伝わってくる。


 誰もがナツを見つめ、誰もがナツに声をかけることができずにいた。

 俺も言いたいことはあるはずなのに言葉になってくれなくて黙っていた。


 そんな中、ナツはゆっくりと顔を上げ、保志をまっすぐに見つめた。


「――だからおれ、あなたの気持ち、わかる」


「おれも同じだから」


『同じ』と言われた保志は、ただ黙っていた。

 それこそ『知ったようなことを言うな』とか『どうせわからないくせに』くらい言いそうなのに、保志はなにも言わずただ語りかけてくる男を見ていた。


 そんな保志にナツは困ったように微笑んだ。

 自嘲(じちょう)が浮かんだ笑みは、初めて見るナツの顔だった。


「『おれなんか生まれなければよかった』って思った。『おれがおかあちゃんを殺した』『おれがいなければおかあちゃんは生きてた』そう思って、つらくてつらくて、」


 一気にまくしたてたナツは、グッと言葉を飲み込んだ。

 自分の感情を制御するように息を整え、うつむき。


「………つらくて………」


 言葉を落とした。

 涙のようだと思った。


 うつむいていたナツは天を仰いだ。

 涙をこぼさないような仕草だと思った。


「『おかあちゃんに会いたい』

 毎日、そう思ってた」


 静かな声は淡々としているのに泣いているようだった。


「『こんな世の中いらない』って思った。おかあちゃんのいない『世界』なんて意味がないって思った」


 晃が、ヒロが、叫びを飲み込んだ。

 駆け出したいのを、ナツを抱きしめてやりたいのをこらえているのがわかった。

 ふたりとも表面上は平然としながらも拳が固く固く握られていた。


「でもね」


 つぶやき、ナツはようやく保志に顔を向けた。

 やさしい、穏やかな笑みを浮かべていた。


「あるひとが教えてくれたんだ」


 なにを、と。言葉にしなくても保志の目が問いかけた。

 ナツはそっと自分の胸を両手で押さえた。

 愛おしいモノを見るように、両手を重ねた自分の胸を見つめた。


「『おれのナカにおかあちゃんがいる』って」


 ―――そういえば、そんなことをばーさんが言っていた。

 あれは、初めてナツに会った日。

 ばーさんに母親のことを話したナツはわんわんと子供のように泣いた。


 そうか。ナツ。お前。

 お前もばーさんに『救われた』ひとりか。


 ナツは自分の胸を見つめたまま、やさしい声で言った。


「『おれが生きていることがおかあちゃんが存在した証になる』って」

「『おれがしあわせならおかあちゃんが生まれてきた意味がある』って」


 ばーさんやじーさんの言いそうな言葉。その言葉でナツは救われたのだろう。前を向けたのだろう。

 自分がそうやって救われたから、同じように苦しんでいるヤツを見捨てられなくて大事な『言葉』を教えてくれたのだろう。ひとのいいナツらしい。


 黙ったままの保志にナツは顔を向け、にっこりと微笑んだ。


「おれのおかあちゃんはおれが大好きなんだ」

「だから、おれが元気で『しあわせ』だったら、おかあちゃんは喜ぶはずなんだ」


 きっぱりと断言したナツは、どこか誇らしげだった。

 そんなナツに目を奪われている保志に、ナツが言った。


「あなたの家族も、きっとそうでしょ?」


「家も、会社も、仕事も、従業員も、自分の生命も、なにもかも捨ててもいいっていうくらいあなたのことを大切に想ってたんでしょ?」


 さてはヒロにでも聞いたな。

 保志の事情を知っている口ぶりにチラリとヒロに目を遣ると苦笑を浮かべうなずいた。

 俺達のやりとりを気にすることなく、ナツは保志に向かって真摯に語りかけた。


「あなたの家族がいなくなってしまったのは、あなたのせいかもしれない。でも、あなたのせいじゃないかもしれない。

 わかるのは、あなたが元気で『しあわせ』なら、ご家族はきっと喜んでくれるってことだけだ」


『そうだろ?』と言いたげにニコッと微笑むナツに保志は黙っていた。

 それでもその表情が落ち着いてきている。

 さっき西の姫と対峙していたときの般若のような表情は消えていた。


 そんな保志に、ナツは真顔になり問いかけた。


「あなたは喪う痛みを知っているのに、どうして『京都中の人間を抹消する』なんて考えるんだ?」


 その質問に保志は虚を突かれたような顔をした。

 質問の意味が伝わっていないと思ったのか、ナツが言葉を重ねた。


「あなたが殺したひとは、誰かの家族だよ」

「誰かの『大事な家族』だ」

「あなたはあなたが殺したひとの家族に、あなたと同じ想いをさせたんだよ」


「―――」


 ポカンとしていた保志だったが、その表情がみるみるこわばっていった。

 そして。


「―――!!」


 初めて保志が顔色を変えた。

 ナツの言葉が頭に、ココロに届いたのが傍目(はため)にもわかる変化だった。


「あなたは、あなたが憎いと思ってるヤツと同じことをしたんだ」


 キッパリと断言するナツ。

 晃がなにか言おうとしたのか口を開けた。が、何も言わずただそっと視線を外した。

次回は8/15(火)更新予定です。

よろしくお願いします。

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