第百九十八話 西の姫vs保志
お久しぶりです。
どうにか間に合いました(汗)
「――待たせたわね。次はアンタの番よ」
大きく美しい白虎を自分の前に、凛々しい青年を後ろに従え、女王がニヤリと嗤った。
長く艷やかな黒髪。煌めく天冠。光背のようにまとう繊細な領巾。
そのすべてが彼女の美しさを引き立て、まるで一枚の名画のような荘厳さがある。
が、そんな美しさをはるかに凌駕する強さと美しさを放っているのは彼女の瞳だった。
その高潔な魂を映し出しているかのような強さと輝きを持った黄金色の瞳。
目が合っただけでひれ伏してしまいそうな。
まさに生まれながらの女王の貫禄。
そんな女王に視線を向けられても保志は萎縮することも見惚れることもなく、憎々しげにギラギラした眼でにらみつけていた。
ジジイににらみつけられても西の姫は一切ビビることなく余裕たっぷりに微笑んでいる。
前後で警戒に当たる白露様とヒロは厳しい目で保志をにらみ返している。普段温厚なふたりからは考えられないような表情と気配に腕に抱いた妻が緊張しまくっている。
「さあ。観念しなさい」
鈴を転がすように、西の姫は告げた。
「アンタの『願い』は潰えた。
とっとと『降参』を宣言しなさい」
ニヤリと見下された保志は憎悪に顔をゆがめている。噛ませた猿ぐつわがギチリときしむ。
それに気付いたのか、西の姫が「口、外して」と南の姫に指示を出した。南の姫が猿ぐつわだけを外す。
「ぷはっ」と息をついた保志。ぜえぜえと呼吸を繰り返していたが、ギッと西の姫をにらみつけた。
「――『贄』の分際で、生意気な――!」
まだそんなこと言ってんのかこのジジイ。
どんな状況かわからないわけないだろうに。
おそらく、これまでまどろっこしいほどに『災禍』と問答していたことの理由のひとつに『保志のココロを折る』というものがあったと思われる。
問答を重ねることで『災禍』が完全に西の姫の支配下に入ったことを理解させる。これまで練っていた策が破棄される未来を見せる。自分の『願い』が叶わないことを思い知らせる。
これまで積み上げてきたものが無に帰す現実。なにもできない無力感。信じていた存在に裏切られる喪失感。
そんなものをあの問答で保志に刻みこんだ。
はずだった。
それなのにこのジジイはまだ諦めていない。
その目に憎悪を燃やし西の姫をにらみつけている。
これまでの話が理解できていないのか? ジジイだから新しい状況を受け入れられないのか? それともただ単にアタマ悪いのか?
西の姫に向けられる憎悪に、白露様が、ヒロが威圧を向ける。保志の背に乗っかったままの南の姫も威圧をかける。
普通の人間なら気を失ったり泣いて助けを乞うような威圧にも保志は気付いていないかのように憎悪を向けている。
ニブイのか? それとも『災禍』の守りが効いてんのか?
「――それだけこの男の憎悪が激しいということだろう」
肩の亀が俺の思念を読んだらしくコソリと耳打ちしてきた。
「大事な家族を喪ったのだ。――その気持ちは、理解、できる」
―――そういえば黒陽も家族を喪っているんだった。
それも『黄』の王の自分勝手な『願い』のせいで、理不尽に。
だからか、黒陽が保志に向ける目はどこか同情的だ。気のいい亀らしいと思うと同時に『甘い』とも思う。
俺のそんな考えも伝わったらしい。苦笑を漏らした黒陽は表情を改めた。
「理解はできるが、許すかどうかは別だ。
――あの男は『罪』を犯した。多くの人間を殺した。その『罪』は償わせなければならない」
守り役の厳しい言葉に愛しい妻は生真面目にうなずいた。
そのとき。
「おい! どうにかしろ!」
保志が叫んだ。
誰になにを言っているのかと思ったら『災禍』に向けて叫んでいた。
「こいつら全員『贄』にしろ! 早く!」
『災禍』をにらみつけ命令する保志に、当の『災禍』は反応しない。
まるで保志の声など聞こえていないかのように視線を合わせることすらしない。
「おい! なんとか言え!」
暴れながら叫ぶジジイに西の姫が呆れたようにため息をついた。
「さっきから話してたの、聞いてなかったの?
コイツはもう私の管理下にあるわ。もうアンタの言うことは聞かないわよ」
「なにを勝手にそんなことをしている!!」
西の姫に向け暴言を吐く保志に白露様とヒロがさらなる威圧を向ける。
が、やはり保志には威圧が効かないらしい。ギラギラした目で西の姫をにらみつけた。
「そいつはおれの『願い』を叶えるんだ!
お前達はおれに利用されるだけの存在だ!
さっさと『贄』になれ!」
ジタバタともがきながら叫ぶジジイ。
「殴っていいか?」
「まだダメですよ」
南の姫と緋炎様がちいさくやりとりしている。
『まだ』ダメなのであって、殴ること自体はダメじゃないんだな緋炎様。
そんなウザいジジイに、西の姫はそれはそれは美しい笑みを向けた。
「まだわからないのね」
クスクスと笑いながら、西の姫は噛んで含めるように告げた。
「アンタの『願い』は破棄されるの。
『管理者』である私がそう命じたの。
『宿主』より『管理者』のほうが上なの。
あきらめなさい?」
慈愛に満ちた余裕の笑みを浮かべる西の姫に保志は絶句した。
が、息を吸い込み、頭を振った。
「―――ウソだ」
自分がこぼしたつぶやきに保志がハッとする。そして西の姫をにらみつけ、叫んだ。
「ウソだ!!」
「ウソじゃないわ。さっきからずっと見てたでしょ? 話聞いてたでしょ?
アンタがずっと従えてたのは、異世界の人工知能『オズ』。
神様でもなんでもない。上位者の命令に従うだけの機械よ」
余裕たっぷりに説明する西の姫。
それだけ説明されても保志はまたジタバタと暴れ、叫んだ。
「機械だろうがなんだろうが構わない!
おい! おれの命令を聞け! こいつらを『贄』にしろ! 京都の人間をすべて抹消しろ!!」
同じことを繰り返してばかりの保志。理解していないのか、認めたくないのか。
いいジジイなのに、まるで子供がヒステリーを起こしてわめいているよう。
そこまで考えて、理解した。
こいつは子供のままなんだ。
晃が『視』せてくれたあの『記憶』が思い出される。
きっと『あの日』からこいつの時間は止まっているんだ。
家族をすべて喪い、『災禍』の『宿主』と成った『あの日』から。
ただ仇を討つためだけに生きた。
仇を討つためにすべてを注ぎ込んだ。時間も、霊力も、青春も、人並みの『しあわせ』も。
仇を討つ、それだけを追い求め、他人と関わることも、誰かのためにココロを動かすこともなかった。
そうして子供のまま時間だけを重ねてきたんだろう。
『災禍』が言っていた。
『保志叶多の健康としあわせ』のために『自分のせいで家族が死んだ』と考えるのは不適切だと考えたと。
そのために思考を誘導したと。
『自分のせいで家族が死んだ』なんて、中学卒業したばかりのガキに背負えるもんじゃない。
自分のせいでと責任を感じ、申し訳なさとさみしさと虚無感で自死する可能性は高い。
だからこそ『災禍』はそのことから目をそらさせたのだろう。
そのために『家族の仇討ち』に思考を向けさせたのだろう。
実際その策は成功と言えなくもない。
こんなジジイになるまで生きているのだから。
と、突然思い出した。
そうだ。『災禍』のあの姿。あの若い男は、資料で見た高校入学当時の保志の姿だ。
どこかで見た気がしていたが、そうだ。今のジジイの保志に面影が似ている。
それこそ血縁と説明されれば納得するくらいに。
なんの理由があってそんな姿をしているのかはわからないが、今『災禍』が取っている外見は高校入学当時の保志の姿だ。
こんなガキがこんなジジイになるまで必死に『家族の仇討ち』に取り組んできた。
そうすることで己の罪から目をふさぎ背を向けた。
『災禍』がそうさせた。
目をふさいだ保志は『罪』に対する感覚もふさいだ。
だからこいつは『家族の仇』を殺すことも、八つ当たりのように京都の人間を殺すことも『殺す』と言わず『抹消』なんて表現を使うのだろう。
『自分は正しい』と。
『人殺し』でも『殺人鬼』でもないと。
そう思っているのだろう。
保志にとっては俺達は『正しいことをしている自分を邪魔する悪いヤツ』なんだろう。
だからあれだけ西の姫が『災禍』とやり取りして話を聞かせても動じない。むしろ自分の邪魔をする俺達に憎悪を向けてくる。
どうにかこいつに自分がなにをしてきたかわからせないといけない。
どれだけたくさんのひとの生命を奪ったのか。
それがどれほどの『罪』なのか。
自分が他人に傷つけられたからといって、それを免罪符に他人を傷つけていいわけじゃない。
自分がどれほど不幸だからといって他人を不幸にしていいわけじゃない。
そんな根本的なことが、この中身ガキのジジイはわかっていない。
『自分は正しい』だから『自分の都合のいいようになる』と信じている。
どうすんだよこいつ。
どう説得すんだよ。
ぎゃあぎゃあと騒ぐジジイにうんざりしてしまった。
思った以上にストックが作れなかったので、しばらく週一更新とさせていただきます(泣)
次回は8/8(火)更新予定です。
よろしくお願いします。