第百九十七話 西の姫の確認
「他には? 官公庁なんかのデータをみるためになんかしてたりしないの?」
「しています」
してんのかよ。
サラリと答える『災禍』にげんなりする。
「個人データを収集するために官公庁及びインフラ関係その他のシステムに侵入するためのシステムは確保しています」
マジか。そんなの京都という都市とそこに住む人間すべての生殺与奪権手にしてるようなもんじゃないか。担当ホワイトハッカーなにしてんだ。いや、単に『災禍』が上手だということだろう。なんの疑問もなく仕事にかかったら俺でもきっと気付かないに違いない。
「………それ、破棄したらなんか問題ある?」
「運用しているシステム的には問題ありません」
「なにが問題?」
「発願者保志叶多と私が情報を取得できなくなります」
つまりなんの問題もないということだな。
西の姫も同じ結論に達したらしい。
「それも全部破棄で」とあっさりと指示した。
保志がなんか騒いだが『災禍』はあっさりと「了解しました」と受け入れていた。
「あとは連れて来た人間に付けてる位置情報の『印』があったわね」
「はい」
しばし逡巡した西の姫だったが、すぐに指示を飛ばした。
「それは破棄せず、そのままでいいわ。私が引き継ぐ」
「了解しました」
あっさりとした了承に西の姫はうなずき、次の質問にうつった。
「デジタルプラネットにかけてる結界はアンタが滅びたら消える?」
「しばらくは残ると思われます」
その答えに西の姫は束の間黙った。
「――それも破棄しなさい」
断言する西の姫に保志がまた騒ぎ出した。が、西の姫は保志を無視し淡々と説明した。
「そのままにしておいたらアンタがいなくなったあと承認ができなくなる。それじゃあマズいこともあるかもしれない。
もし心配なら、アンタが滅びたあと通常レベルの結界を竹に張らせる」
ウチの妻にやらせるのかよ。確かに適任ではあるが、一言くらい確認してからにしてくれよ。
そう考えたのが伝わったのか、西の姫は妻に声をかけた。
「やってくれる? 竹」
「はい」
素直な妻は素直に命令を受け入れた。
いいように利用されてないか? 今回は仕方ないが、今後は俺がしっかりと守って見張って管理しなければならないな。
決意も新たに愛しい妻を愛でていたら視線を感じた。
目を向けると西の姫が馬鹿を見る目でこちらを見ていた。
なんとなく気まずくて「ゴホン」と咳払いでごまかす。
西の姫もため息をひとつついて『災禍』に向き直った。
「今確認したもろもろは『ミッション』がすべて達成されてプレイヤーが転移してから破棄になる? それとも『鍵』である注連縄切りが終わらないとできない?」
「注連縄切りが終わらない限り実行できません」
西の姫の質問に『災禍』はあっさりと答える。
「注連縄切りを『鍵』としてすでに組み込み自動展開するよう設定しています。現段階では私でもこれを解除することはできません」
「……面倒なことしてくれたわね……」
チッと舌打ちをし、西の姫がぼやく。
その様子が説明を求められていると判断したのだろう。『災禍』はさらに説明を重ねた。
「『異界』で式神による巡行を行い『現実世界』と同時に注連縄切りをする計画になっています」
「ふたつの『世界』で同時に注連縄切りをすることで陣が発動する設定です」
「管理者の命令である『陣の破棄』を実行し、これまでに貯めた『贄』をエネルギーとして開放するならば、この注連縄切りによる術の発動時が最も適していると考えます」
「………なるほどね……」
どこか悔しそうに西の姫がもらす。
「つまり、注連縄切りが終わったらなにもかもいっぺんに破棄するということね?」
「そのとおりです」
首肯した『災禍』はさらに続けた。
「破棄するならばまとめて一気に破棄したほうが効率がいいと考えます」
「そう? なんで?」
「集めたエネルギーすべてを一気に開放できます」
淡々とした説明は西の姫の納得のいくものだったらしい。
「そのほうが『現実世界』に霊力を満たせると、そういうこと?」
西の姫の確認に「そのとおりです」と『災禍』はうなずいた。
じっと『災禍』を見つめていた西の姫は鏡を取り出し、手をかざしじっと見つめた。
いつの間にか黄金色になった瞳で集中して鏡を見つめる西の姫に誰一人声をかけられない。なにを探っているのか、これからどうするのか、まったく読めない。
それでも何が起きてもいいように警戒は解かない。
念の為に妻を抱いておきたいんだがな。さっき式神作るのに離れてしまってそのままになってるから。
試しに声をかけてみるか。
「竹さん」
呼びかけに向けられた顔は緊張でこわばっている。かわいい。
「抱いてていい?」
そっと提案すると「え」と間抜けな声が返ってきた。
「なんかあったら貴女笛吹かないといけないでしょ?」
そう告げると『そうだった!』みたいな顔をしてあわてて笛を取り出す妻。さっき式神作るのに納めてたからな。
「突入のときみたいに抱いておくよ。いい?」
そう言うと恥ずかしそうにオロオロする。かわいい。
式神作りから妻の肩にいる守り役がちいさくため息をついた。
「そうだな。トモ、頼む」
「まかせろ」
守り役からの許可が出たので愛しい妻をヒョイと抱き上げる。
「みゃ!」とおかしな悲鳴を上げた妻があわてて俺に抱きついた! ああもう! 役得!
「オイ」
「スミマセン集中します」
守り役はすぐに俺の肩に移動してきた。耳元に響くドスの効いた低い声にピッと背筋を伸ばす。
突入のときと同じように片腕で縦抱っこで抱える。下半身をしっかりと固定してるから不安定ではないと思うんだが、どうかな?
「どう? むずかしくない?」
「大丈夫」
両手で笛をしっかりと握り妻が答える。
「トモさんは? むずかしくない? 重くない?」
「むずかしくないし重くないよ。大丈夫」
ふたりでコソコソ話しているうちに西の姫が目を閉じた。
そのままじっとしていた西の姫だったが、やがてゆっくりと瞼を開いた。
「―――いいわ」
鏡から顔を上げた西の姫は『災禍』をまっすぐに見つめた。
「先程の命令の遂行についてはその都度指示する。
――今から『ボス鬼』を攻略するわ。アンタはちょっと待ってなさい」
西の姫の命令に「了解しました」と『災禍』は大人しくうなずいた。
『災禍』にうなずきを返した西の姫は俺達全員をぐるりと見回した。
俺も目が合ったからうなずいた。妻も、守り役達も、ヒロ達も。西の姫の視線が合うと、無言でうなずきを返した。
そんな面々に満足したように西の姫はニヤリと笑った。
女王というよりは悪の組織の親玉のようだと思った。
西の姫はゆっくりと歩き出した。頭の天冠の飾りが揺れ、シャラリシャラリと音を立てる。
大きな白虎が主を守るように少し前を歩く。
そうして西の姫は南の姫に簀巻きにされ丸太のようにのしかかられている保志の前で足を止めた。
高圧的に、威厳たっぷりにジジイを見下ろす美しい女王。
自分の前に威圧をまとった白虎、半歩下がった位置にヒロを従えた女王は貫禄たっぷりの笑みを浮かべ簀巻きで取り押さえられた保志を見下ろしていた。
そんな女王に保志は見惚れることも萎縮することもなく、憎悪にまみれた表情でギリと歯ぎしりをした。
「――待たせたわね。次はアンタの番よ」
ニヤリと嗤う西の姫を保志はギラギラした眼でにらみつけていた。
またしばらくおやすみします。
次回は8月1日を予定しています。
よかったらまたのぞきにきてください。




