第百九十六話 西の姫の命令
「さて。他にはなにかある?」
西の姫が一同を見回す。誰もがなにかを思案していたが、誰からも何も出ないようだった。
俺も再度考えてみたが、押さえるべきは押さえていると思う。
とはいえ、もう一度声に出して確認してみよう。
「姫と守り役にかけられた『呪い』については解呪できるということでしたね」
俺の狙いが分かったらしい西の姫。「そうね」と軽く答える。
「『呪い』を解いたらどうなるか、寿命についてや人化の術についてなんかも確認しました」
俺の大雑把なまとめに「ええ」と西の姫がうなずく。
「『災禍』がどういう存在なのか。これまでどのように過ごしどのような行動理念で活動してきたのかも聞きましたよね」
「そうね」
「今の『宿主』とその『願い』についても、そのためにこれまで何をしてきたかも確認しましたよね」
「そうね」
「『宿主』の『願い』を破棄できるか、破棄したらどうなるかも確認しました」
「そうね」
「今この『異界』にいる人間を『現実世界』に戻す方法も、どこにどんなふうに戻すかも問題ないですよね」
「そうよね?」
西の姫に視線を向けられたヒロが苦笑とともに「大丈夫だと思います」と答えた。
守り役達も俺の確認に改めて考察していた。どなたもが「大丈夫そう」と顔に書いてあった。
そんな皆様を確認し、西の姫は「じゃあ大丈夫そうね」と結論づけた。
「『オズ』」
姿勢を正し、改まった様子で西の姫が『災禍』に声をかける。
「はい」と応じる『災禍』には気負いもなにもない。ただこれまでと変わらない様子で立っていた。
「『管理者』として命じる」
その言葉に『災禍』がひとつうなずく。
西の姫が腕を伸ばし、人差し指を立てた。
「ひとつ。保志叶多の『願い』を破棄しなさい」
「!」
簀巻きで転がされている保志がビクンと跳ねた。
ジジイが「ムー!」「ムー!!」と叫ぶが、西の姫はそんな保志を無視し『災禍』をにらみつけていた。
ジタバタと暴れるジジイは南の姫が完璧に押さえつけている。
「保志叶多の『願い』を破棄し、そのために作った陣もなにもかも破棄しなさい」
理不尽とも言える命令。それなのに『災禍』は表情を一切変えることなく答えた。
「了解しました」
「―――!!」
「ムー!」「ムムムー!!」
息を飲んだ保志が顔を真っ赤にして文句を叫んでいる。が、簀巻きにされ南の姫に押さえられているからどうにもならない。
そんな保志をまるごと無視し、西の姫は続けた。
「ひとつ。この『異界』にいる人間をすべて『現実世界』に戻し、最終的にはこの『異界』を破棄しなさい」
「了解しました」
「ひとつ。私達と守り役達にかけた『呪い』を破棄しなさい」
「了解しました」
「ひとつ。すべてを終わらせたら、アンタは滅びなさい」
中指、薬指、小指と順に立て、西の姫はじっと自分の言葉を聞いている『災禍』に向け「以上よ」と告げた。
「了解しました」
あっさりと、拍子抜けするほどあっさりと『災禍』は受け入れた。
あまりにも呆気なく了承するから逆に意味がわからなくなった。ホントに理解してんのか? ちゃんと言うとおりにするのか!?
俺ですらそうなのだから愛しい妻は話が理解できずポカンとしていた。妻のそばの守り役は一見堂々として見えるが、付き合いが長くなってきたおかげで動揺しているのがわかった。
他の守り役達も、梅様も南の姫も表面上は堂々としているがビミョーに瞳が揺らいでいる。じっと、ただじっと『災禍』の様子をうかがっていた。
保志の叫び声だけが響く中、『災禍』が口を開いた。
「命令を遂行するにあたり、いくつか問題点があります」
「問題点?」
「はい」と答える『災禍』を西の姫はじっと見つめた。
「詳しく説明しなさい」の命令に『災禍』は「はい」と素直に答えた。
「現在『バーチャルキョート』の『ミッション』が発動中です。これは発動したら完了まで解除できないものです。私でも途中介入ができません」
「つまり?」
「『ミッション』が完了しない限り、管理者の命令の一部は遂行することができません」
条件付けした術式は術者であっても途中解除できないものがある。
この『バーチャルキョート』の『ミッション』もただの『ミッション』ではなくそういう系統の術式だったようだ。面倒なことを。
「現段階で遂行できないものはどれ?」
「『保志叶多の「願い」の破棄』『「願い」のために作った陣その他の破棄』『この「異界」にいる人間をすべて「現実世界」に戻す』『この「異界」の破棄』『すべて完了後自滅すること』
以上です」
「『「呪い」を解く』以外全部じゃないか」
思わずツッコんでしまった。
「その『姫と守り役の「呪い」の破棄』も、術式の解除は今できても発動するのは『界渡り』後――つまり『現実世界』に帰らないと解呪とはならないんですよね?」
ヒロもそう確認する。
「そういうこと?」西の姫の確認に「そのとおりです」と『災禍』が答える。悪びれることも申し訳なさそうにすることも全くない、淡々とした様子にげんなりする。
そんな『災禍』に西の姫は黙って思案にふけった。
おとがいに指をあて、ジロリと簀巻きのジジイをにらみつける。
「………どうあってもそこの『ボス鬼』に『降参』を宣言させないといけないわけね……」
「そのとおりです」と『災禍』はあっさり答える。
「チッ」と舌打ちし、西の姫は悔しそうにつぶやいた。
「うまいこと考えたわね」
「ありがとうございます」
「褒めてないわよ」
ふう、とため息をついた西の姫。
『災禍』に戻していた視線を再び保志に向ける。
簀巻きにされころがされ南の姫に取り押さえられたジジイは、どこか勝ち誇ったように西の姫をにらみ返していた。
「………そこの『ボス鬼』に『降参』を宣言させて、現在『異界』にいる鬼五十九体すべてを討伐する。
そうすれば『ミッション』はすべて完了するのね」
「そのとおりです」
「『ミッション完了』したら『ゲームクリア』になる。
それと同時に二百人のプレイヤーと七人のエンジニアと八人の転移者は『現実世界』に転移するのね」
「そのとおりです」
「『ゲームクリア』と同時にこの『異界』を壊すことはできる?」
「できません」
「なんで」
「『鍵』を設定しています。長刀鉾の注連縄切りが『鍵』です。
これが完了するまでは『異界』を破棄することはできません」
「………それも組み込んでたの………」
げんなりといった様子で西の姫がつぶやく。
逆に保志は勝ち誇ったような顔をしている。ムカツク。
どうするのかと全員が見守る中、西の姫はじっと考えを巡らせていた。
やがて鏡に手をかざし、じっとしていた。
ようやく顔を上げた西の姫は『災禍』に話しかけた。
「『ボス鬼』についてはちょっと置いときましょう」
また保留かよ。大丈夫なのかよ。
ジジイが『どうせなにもできないだろう』みたいなドヤ顔をしていてムカツク。こんなジジイ、骨の一本や二本折ってもいいんじゃないか?
「ちょっと細かいところを確認しときたいんだけど、いいかしら?」
西の姫の言葉に「どうぞ」と『災禍』が了承する。
「アンタが『願い』のために作ったものを教えなさい」
「先程の私の命令『「願い」のために作った陣その他の破棄』の、破棄するものの詳細確認がしたいわ」
その命令に『災禍』は納得したようにうなずいた。そうして淡々と報告を始めた。
「『バーチャルキョート』というゲームについては、発願者保志叶多へのアドバイスはしましたが、製作したのは保志叶多本人だと断言できます。なので『私が作ったモノ』には含まれないと判断しますが、いかがでしょうか?」
「そうね。ゲームは含まなくていいわ」
西の姫の答えに『災禍』はうなずいた。
「この『異界』は私が術式を展開して作った『世界』です。これは『私が作ったモノ』に含まれますか?」
「含まれるわね。この『異界』は破棄しなさい」
「了解しました」
了承する『災禍』に西の姫がたたみかける。
「当然あの『鬼を呼ぶ門』も破棄よ」
「わかりました」
「『鬼の世界』に設置した門も鬼を呼ぶ香も破棄で」
「了解しました」
念には念を入れて指示をする西の姫。
確かにな。この短い間でも『災禍』が『言われたことしかしない』『言われなかったことはしない』ヤツだということはわかった。雑な指示でこちらの意図をすべて察してくれると期待するのは間違いだろう。
ならばひとつひとつ確認することは重要だ。
さすがだと西の姫に敬意を抱く。同時に洩れがないよう改めて集中して話を聞く。
万が一洩れがあったために愛しい妻になにかあったとしたら、後悔してもしきれない。
妻を守るために。妻と『しあわせ』に暮らすために。ここで確実に『災禍』を始末しなければならない。
集中する俺の目前で西の姫と『災禍』のやりとりは続いている。
「この『異界』を破棄したら『張り巡らせた陣』というのも一緒に破棄される?」
「この『異界』に展開させたものに関しては同時に破棄されます」
「『現実世界』の陣は?」
「『異界』を破棄しただけでは残ります」
「じゃあ『現実世界』に張り巡らせた陣も破棄しなさい」
「了解しました」
「他に保志叶多の『願い』に関係してアンタが設置したものはある?」
西の姫の確認に『災禍』は淡々と答える。
「大きなものはこの『異界』と張り巡らせた陣、鬼を呼び寄せるための門と香、『現実世界』に張り巡らせた陣、以上になります」
その答えに西の姫は眉を寄せた。
「……ちいさなものは?」
西の姫はこの短時間で『災禍』の扱いを学んだようだ。質問を重ねると案の定というか、答えが返ってきた。
「コンビニなどに『現実世界』のものを『異界』で使える、取り出せるようにするための術式を付与しています」
『やっぱり』みたいな顔をした西の姫はため息を落とした。
「それも破棄で」
あっさりした命令に、対する『災禍』もあっさりと「了解しました」と答えた。




