第百九十五話 尋問11 連れて来られたひとについて
妻と黒陽はちょっと話し合っただけでだいたいの術式が組めたらしい。非常識人どもめ。
「付与する術は『時間停止』と『強制睡眠』と、どっちがいいですか?」
愛しい妻の質問に西の姫は少し考え「『強制睡眠』にして」と告げた。
「竹か黒陽が術を解除するまで眠ったままになるようにしといて」
「わかりました!」と張り切って請け負い、妻と守り役はああだこうだと作業を再開した。
そんなふたりに西の姫は満足そうに微笑んだ。
「これで記憶操作が楽になるわ」
独り言のようにつぶやいた西の姫に律儀にヒロが応える。
「これまでのことはすべて夢だと思わせるんですね?」
「そうそう」軽く答えた西の姫だったが、ふとなにかに気付いた。
「今回のバージョンアップで連れて来たプレイヤーも夢だと思わせといたほうがいいかしら?」
「そのほうがいいかもしれませんね」
同意しながらもヒロは俺とナツに「どう思う?」と聞いてきた。
「夢だと思わせられるんならそうしてやってくれ」
答えたのは南の姫だった。
「かなりトラウマになってるヤツが何人もいる。あれじゃあ日常に戻れない」
梅様も南の姫の意見に賛成した。
「――確かに夢だと思わせたほうがいいかも。
安倍家の戦闘訓練受けてないひと達はやっぱ危なっかしいと思う」
一般人チームを率いていたナツもそう言う。
俺は別にどっちでもいい。
俺、パソコンに張り付いてるか風を展開して俯瞰で見るだけだったからな。
西の姫が問いかけるような視線を送ってきたが黙っておいた。
実際にプレイヤーとして参加し、一般人の様子を身近で理解している南の姫達の意見に西の姫は決めた。
「じゃあ、ここにいる四人を除いたプレイヤーも全員『夢だった』と思わせましょう」
『災禍』に指示しようとする西の姫にふと気が付いた。
「あ。安倍家のひとは別にそうしなくていいです。――だろ? ヒロ」
「そうできたら一番ですけど……大変じゃないですか?」
ふむ。と西の姫はおとがいに指を当て思案をはじめた。
そうして『災禍』に問いかけた。
「――アンタは召喚した二百人のプレイヤーの情報を持ってるの?」
「持っています」
「位置情報も把握してるの?」
「しています」
「どうやって?」
「転移させるときに『印』をつけています」
「なるほどね」とうなずき西の姫は再び思案する。
「その『印』、私が感知できるようにできる?」
その質問に『災禍』はしばし黙り込んだ。
と、右手を西の姫に向けて差し出した。その手のひらには一センチほどのちいさな透明な玉があった。
「――『印』と同じ術式を込めました。こちらを目印に検索をかけるのはいかがでしょう」
「いい考えね!」と西の姫は喜んだ。
なんの警戒もためらいもなく『災禍』に近寄り、その手の玉を受け取った。
「試しに」と西の姫はどこからか鏡を取り出した。片手で鏡を持ち、反対の手でつまんだ玉を映した。
傍目からはなにをしているのかわからなかったが、西の姫の納得のいく結果が出たらしい。
「梅達の位置情報も把握できる。これなら『現実世界』に戻ってプレイヤーを把握して、そのなかから記憶操作する人間としなくていい人間を分けられるでしょう。――ヒロ。協力しなさい」
当然のように命じる西の姫。ヒロも当然のように「はい」と応じる。
「プレイヤーの中には『現実世界』で誰かと一緒にプレイしてたひとがいますけど、どうします?」
俺達が『異界』に連れて行かれたあと、あちこちで『一緒にプレイしていたひとが消えた』と通報があったらしい。
「そういえばそうだったわね」
西の姫は少し考えを巡らせ、口を開いた。
「『現実世界』に戻ったらすぐに私がプレイヤーの位置情報を特定して、そこに式神を飛ばすわ。
そのときに誰か一緒にいるなら、まとめて記憶を操作しましょう」
簡単なことのように言うが、一体何百人が対象になるんだ。
ヒロもそのことに気付いたらしい。心配そうに「かなりの人数になりますよ?」と言った。
そんなヒロに西の姫はニヤリと笑った。
「京都市内だけでしょ? なら大したことないわ」
このひとも非常識人か。これだから高間原の人間は。
「ゲーム上で一緒にプレイしていただけの人間は放置しましょう。『急にログアウトしただけ』とか『トイレにでも行ってた』とか、向こうが勝手に解釈するでしょ」
あっさりと、雑に結論づける西の姫。
言われればまあそうかもしれないがな。
ヒロも「かしこまりました」と西の姫の意見を受け入れた。
「さて。他になんかある?」
西の姫の問いかけに今一度考えてみる。
なんかあるか?
『ゲームクリア』についてはとりあえず一旦保留。ジジイをどうにかしないとどうにもならないからな。
『現実世界』に戻る件は問題なさそう。この『異界』にいる人間も全員把握できている。それぞれの行き先の指示もできた。
『災禍』が展開した陣の破棄についても確認した。こんなことをしでかした理由も聞いた。なにより重要な妻の『呪い』も破棄できそう。あとは……?
「あの」
おずおずと声をあげたのは晃だった。
「もう死んでしまったひとの遺品とか遺骨とかはないですか?」
「そういうのを『現実世界』に持っていくことは、できませんか?」
晃らしい指摘になるほどと思いつつ、さすがに無理だろうと思った。
「どうなの?」と西の姫が『災禍』に問いかける。だんだん指示が雑になってきたなこのひと。
「不可能ではありません」
できるのかよ。こいつなんでもありだな。
「その場合どこに持っていくことになるんだ? この『異界』にあったのと同じ場所になるのか?」
気になってつい口をはさんだ。
「いきなり骨やら知らない物が現れたら、びっくりされるんじゃないですか?」
俺の意見に西の姫は少し考えた。
「――まとめて指定の場所に移動させることできる?」
「可能です」
「じゃあ遺骨や遺品など『現実世界』から連れてきた人間に関係する物品はすべて一箇所に移動させなさい。その場所は――ヒロ。安倍家の敷地内でどこか適当なところはない?」
ヒロが出したままの地図を見せ「ここなら問題ないと思います」と指差す。
「じゃあここで」西の姫の雑な指示に『災禍』は「了解しました」と答えた。
『災禍』が目を伏せた。先程と同様、目の色が一瞬変わったように見えた。
西の姫に目を戻した『災禍』は「設定完了しました」とあっさり報告した。
なんでもアリでなんでも即座に対応する。コイツにかかったらそりゃどんな『願い』もかなえられるだろうな。
そんなことを考えていたら「できた!」と妻がうれしそうに声を上げた。守り役と動作の再確認をし、大丈夫と確信が持てたらしい。
「菊様! できました!」
うれしそうに報告するかわいい妻。守り役もウンウンとうなずいている。
「ありがと」と軽く応えた西の姫は差し出された人形の紙を受け取った。手をかざし術式を確認し「さすがね」と一言つぶやいた。
その反応にウチの妻はニコーッ! と満面の笑みを浮かべた。かわいい。
「じゃあ早速だけど、これを四階にいる七人のエンジニアとコンビニにいる八人の転移者に取り付けてくれる?」
自分でやるんじゃないのかよ。さっき位置情報もらったんじゃなかったのかよ。
俺のそんな考えを気にすることなく西の姫は『災禍』に命じる。
『災禍』もまた不平不満を言うことなく素直に「わかりました」と人型を受け取った。
『災禍』が目を伏せ、その目の色が一瞬変わった。と同時に手の中にあった人形がフッと消えた。
西の姫に目を戻した『災禍』は「完了しました」とあっさり報告した。
ホントに便利だなこいつ。有能すぎてこっちが堕落しそうだ。
俺はげんなりしているのに対し、西の姫はただただ満足そうに微笑んでいた。