第百九十三話 尋問9 『現実世界』への帰還について
俺達がコソコソ話をしている間にも西の姫の尋問は続いていた。
「『現実世界』の『扉』は壊れてないの? 今使えるの?」
新たな質問にも『災禍』は淡々と答える。
「『現実世界』の『扉』は破壊されていません。『異界』の『扉』の破壊には影響を受けていませんでした。現在は新たに設置した『扉』との連結も完了しています。使用は可能です」
その答えに西の姫はうなずいた。
「それを私達が使うことはできる?」
トンデモナイ質問だと思うのだが『災禍』はあっさりと「承認すれば可能です」と答えた。
「じゃあ承認しなさい」
その命令に簀巻きのジジイが頭を上げた。
「ここにいる全員、アンタの設置した『扉』を使って行き来できるようにしなさい」
「わかりました」
「ムムムー!!」「ムー!!」じったんばったんしてなにかを叫ぶ保志をまるっと無視し『災禍』は目を伏せた。
その目の色が一瞬変わったように見えた。
西の姫に目を戻した『災禍』は「完了しました」とあっさり報告した。
「これで私達もあの『扉』を使えるのね?」
「そのとおりです」
淡々と答える『災禍』に西の姫は満足そうにうなずいた。
それを見ていてふと気付いた。
「デジタルプラネット六階には『災禍』の結界がありますよ」
俺の指摘に西の姫は「そうだったわね」とつぶやいた。すぐに『災禍』に顔を向け西の姫は命じた。
「この場にいる私達全員のデジタルプラネットすべてのエリアへの立ち入りを承認しなさい」
「了解しました」と答えた『災禍』はまた目を伏せた。先程同様目の色が一瞬変わったように見えた。そして顔を上げた『災禍』はやはりあっさりと言った。
「この場の全員のデジタルプラネットすべてのエリアへの立ち入りを承認しました」
そんな簡単に。
あの社長室に行くまでにどれほど苦労したかを思い出し、げんなりしてしまう。
西の姫は満足そうにうなずいた。
「これで私達が『現実世界』に戻るときに蒼真に乗せてもらわなくてもいいわけね」
西の姫はなんの気なく言ったようだが、すぐさま『災禍』が「それは推奨しません」と言ってきた。
「あら。『扉』は使えないの?」
「使用可能です」
「じゃあ、なにが問題?」
その質問に『災禍』は淡々と答えた。
「『異界』へは、来た時と同じ方法で戻らなければ『歪み』が生じます」
俺にはなんのことか理解できなかったが、西の姫は「それもそうね」と納得した。
「じゃあやっぱり蒼真にがんばってもらわないといけないわね。――頼むわね。蒼真」
西の姫にそう声をかけられ、蒼真様が「はい」と答える。
その後ろに立つ梅様を視界に入れた西の姫は再び『災禍』に目を向けた。
「梅達はどうやって『現実世界』に戻るの?」
「方法を具体的に説明しなさい」と命じられ『災禍』は「はい」と説明を始めた。
「今回のバージョンアップで召喚したゲームプレイヤーに関しては、ゲームクリアと同時に自動的に元の場所に戻るよう最初から陣が組んであります」
「ふーん」とつぶやいた西の姫がチラリと簀巻きのジジイに目を向けた。
「『ゲームクリア』はそこの『ボス鬼』が『降参』を宣言すればいいのよね?」
「『ボス戦』に関してはそのとおりです」
その言い方に西の姫は眉を寄せた。
「……他に関しては?」
西の姫もこいつの扱いに慣れてきたらしい。
予想どおり『災禍』は続きを話しだした。
「現在進行中の『ミッション』をすべてクリアしなけば『ゲームクリア』とはなりません」
「『現在進行中のミッション』とは?」
西の姫の質問に『災禍』は淡々と答えた。
「『ミッション』『ゲームのクリア条件を見つける』
クリア条件のひとつである『ボス鬼発見』が宣言されたので、現在『ボス戦』に移行しています。『ボス鬼』に『降参』を宣言させること、これが『ボス戦』のクリア条件です」
「他のクリア条件としては『すべてのミッションを完了させる』があります。
『現在進行中』の残りの『ミッション』は『出現する鬼をすべて倒せ』のみです」
「つまり、そこの保志叶多に『降参』を宣言させて、この『異界』にいる鬼をすべて倒したら、今回のバージョンアップで連れて来られた人間はひとり残らず元いた場所に戻るのね?」
西の姫の確認に『災禍』は「そのとおりです」と答える。
「鬼はまだ出続けてるの?」
「停止命令が出ていませんので、出続けています」
出続けてんのかよ。
それじゃあむこうはかなり苦戦してるだろうな。
「じゃあ命令するわ。今すぐ『鬼の出現』を停止しなさい」
あっさりとした命令に「了解しました」と『災禍』もあっさりと答えた。
「ムー!」「ムムー!!」保志がなんか騒いでいたが誰一人気にしない。
『災禍』の伏せた目の色が一瞬変わったように見えた。
そうして西の姫に目を戻し「完了しました」とあっさり報告した。
そんな簡単に。
ホントに鬼が出現しなくなったのかよ。
確認したかったが『異界』にいるから風を展開できない。
目を閉じて集中していたヒロが目を開けた。
「式神で確認しました」
「市内の六つの門すべての扉が閉まっています」
「こちらも確認しました。ヒロの報告に間違いありません」
緋炎様からも報告を受け、西の姫は納得したようにうなずいた。
「ついでに今この『異界』に出現した鬼も始末してくれない?」
その提案に『災禍』は「それはできません」とはっきり言った。
「『出現した鬼を倒すこと』は『ゲームのクリア条件』に組み込んでいます。私が介入すれば『条件』を満たさなくなります」
「………なるほど」
『災禍』の説明に西の姫はおとがいに指を当て思案した。
「鬼を元の『世界』に戻すことはできないの?」
「不可能ではありませんが、推奨しません」
答える『災禍』に「詳しく説明しなさい」と西の姫が命じる。
「鬼は鬼の『世界』に出現させた『門』を通って来ました。召喚したわけでも転移させたわけでもないので逆送還や転移という手段が取れなません」
「『門』をくぐることで元の『世界』に戻れますが、誘導するには大変手間のかかる過程が必要となり、時間がかかります」
「また、元の『世界』に戻すことはゲームのミッション達成条件に当てはまらないので、仮に鬼を元の『世界』に戻したら『ゲームクリア』にはなりません」
面倒な設定しやがって。
なんとしてでも転移で連れて来たプレイヤーを鬼と戦わせる必要があったからそんな設定をしたんだろう。
西の姫もその意図に気付いた。
「あくまでもプレイヤーが倒さなければならないのね」
そう確認する西の姫に「そのとおりです」と『災禍』は答える。
「鬼を全部倒せばプレイヤーは自動的に元いた場所に戻る?」
「『ボス戦』が完了していれば、そのとおりです」
全員の注目が簀巻きのジジイに集まった。ジジイは『誰が降参なんて言うか!』みたいな顔をしていた。
「……そこの『ボス鬼』については一旦置いておきましょう」
ため息をついた西の姫は「確認するわね」と『災禍』に向け話しかけた。
「ゲームのプレイヤーとしてバージョンアップと同時に転移させられた人間が梅達を含めて二百人。これは『ゲームクリア』と同時に転移陣が発動して元いた場所に自動的に転移する。
私達蒼真の『界渡り』できたメンバーは同じく蒼真の『界渡り』で『現実世界』に戻る。
アンタとそこの発願者は『扉』を通って戻る。
鬼は返還不可能。全固体討伐する。
ここまでは間違いない?」
「間違いありません」
『災禍』の答えに西の姫はうなずいた。
「あとほかにこの『異界』にいるモノはいない?」
西の姫は念の為に確認したんだろう。
その質問に『災禍』はあっさりと答えた。
「います」
「いるの!?」
「いるのか!?」
西の姫も俺達も仰天する。と、ヒロが「あ!」と叫んだ。
「四階のエンジニアのひと!」
ヒロの声に「ああ!」と全員が納得した。そういえばいたな。すっかり忘れてた。
西の姫も納得したらしい。動揺を納め再び『災禍』に声をかけた。
「四階にいたひと達で連れて来た人間は全部?」
「いいえ」
「「「!?」」」
サラッと、なんでもないような顔をしてトンデモナイことを言う『災禍』。
おいおい待ってくれよ。他にどこに誰がいるっていうんだよ。
俺はこの四日あの『門』の内側を『風』でくまなく探索した。が、『バーチャルキョート』の装備を着けたプレイヤー以外は見ていない。
『門』の外側にいたのか? それともどこかのビルの中か?
西の姫は無言でじっと『災禍』を見つめていた。その眼が黄金色になっていた。
「………今この『異界』にいるすべての生命体の数と場所及びどうやって連れて来たのか、報告しなさい」
西の姫の命令に『災禍』は素直に「はい」と答えた。
「現在この『異界』に存在している生命体について報告します」
「今回のバージョンアップで携帯端末に表示させた転移陣により来た人間が二百名。これには現在ここにいる四名が含まれます。その他の百九十六名は現在烏丸御池周辺に点在しています。一部は鬼と戦闘中です」
「『東の守り役』の『界渡り』により『異界』に来たのは『管理者』を含めた六名」
「発願者保志叶多は『現実世界』と『異界』をつなぐ『扉』を通って来ました」
「『鬼寄せの香』に誘われ『門』を通って来た鬼が六十二体いました。現在は三体が討たれ残り五十九体になっています。
『門』の内側に現在二十一体、外側に三十八体。外側の三十八体のうち二十三体が現在このビル周辺で結界にはばまれています」
本拠地に残してきたひと達ががんばってくれてるようだ。そして鬼の数は討伐数と現存数が報告されたのにプレイヤーにそれがないということは、誰も死んでいないということ。よかった。
「バージョンアップ前からこのビルでエンジニアとして働いている人間が七名。転移陣で連れて来たエンジニアです」
「転移陣というと、バージョンアップのときの転移陣?」
西の姫の確認に「いいえ」と答える『災禍』。
「現在この『異界』にいるエンジニアはそれぞれバージョンアップ前に個別契約したエンジニアです。
契約が発生したときにパソコンまたは携帯端末に転移陣のデータを送り、それぞれの端末から転移してきました」
「バージョンアップのときとは違う転移陣でも『ゲームクリア』と同時に転移陣を発動させて元いた場所に自動的に転移させることができる?」
西の姫の確認に「可能です」と『災禍』が答える。
「その七名が四階にいたひと達?」
「はい」
「四階にいる人間はその七名だけ?」
「はい」
「このビルにいるのはここにいる人間とその四階の人間だけ? 他にも誰かいる?」
「いません」
「他の人間はどこにいるの?」
「このビルの外にいます」
「どういう人間が何人いるの」
「これまでに実験で連れて来た人間及びエンジニアとして連れて来た人間が合計八名生きています」
「そうなの!?」驚愕の声を上げるのはナツ。
ナツはこの四日、何度も出撃していた。そのたびに何人も本拠地に連れて戻っていた。そのナツでも今回のバージョンアップで連れて来られた人間以外は見ていないと驚いている。
俺も驚いた。俺はずっと風を展開して調査していたが、それっぽい人間は確認していない。
どういうことかと思ったら予想どおり「今回作った『門』の外側にいます」という。
なるほど。俺、基本的には『門』の内側しか確認してなかったからな。
そうして『災禍』はそいつらについての説明をはじめた。