第百九十一話 尋問7 『災禍』の計画について
保志の『願い』のためになにをしてきたか、そして今回の件について『災禍』の話を聞いている。
どうやら誰も死なないように必死で戦ってきたのが結果的に『災禍』の計画を妨害していたらしい。そう聞くとがんばった甲斐があるというものだ。
西の姫はそこまでの話を咀嚼するように無言でじっと『災禍』を見つめている。守り役達も、梅様も南の姫も俺達も油断なく『災禍』に目を向けている。
「ムー!」「ムー!!」
叫ぶ保志は無視されている。さしずめ『なんでバラした』とか『言うな』とか叫んでるんだろう。
「ごめんねカナタさん」時折晃がそっとささやいているが保志は全く耳に入っていない。
しかし一般人のジジイとはいえ仮にも成人男性が暴れているのにキッチリ拘束している。
南の姫はさほど力を込めているようにも体重をかけているようにも見えない。サラッと、そのへんの丸太にでも座っているような顔をしてジジイの身動きを完全に押さえている。
実力の一端を見せられているようで苦笑が浮かぶ。間違いなくこのひと俺達より強い。パッと見細っこいにーちゃんなのに。
俺がお姫様抱っこで抱き上げている愛しい妻は両手で口を押さえて固まっている。
口を押さえているのは余計なことを言わないようにか、叫びそうなのを抑えているのか、はたまた単に恐怖に耐えているからか。
なんにしても話についていくのに必死で、俺にお姫様抱っこされていることになんの疑問も抱いていない。いいことだ。今後もうっかりでいてもらおう。
愛しいひとのかわいい様子を愛でていたら西の姫が口を開いた。なにやら考えがまとまったらしい。
「『術式を展開させる』と言ったわね」
「はい」
「どんな術式を起動させるの?」
「ひとつは京都を囲む結界を檻にする術式です」
「その術式が起動すれば、結界の内側のモノは出ることができず、外側からはどんなモノも入れなくなります」
「つまりは、その術式が起動した時点で内側にいる人間がアンタの言う『抹消対象』の『京都の人間』?」
「そのとおりです」
「旅行客や仕事で来ただけのひともいるでしょうに」
「その日その時間にそこにいたというのも『大いなる存在』の導きかと」
あっさりと答える『災禍』に西の姫は「ふーん」と興味なさそうに相槌を打った。が、俺の愛しい妻は顔色を悪くしている。
口を押さえた両手にこれでもかと力が入っているのがわかる。ぷるぷるしているのはたまらなくかわいいのだが、ココロを痛めているのはかわいそうだ。励ますつもりでぎゅうっと強く抱く。
と。心細さからか心痛からか、彼女が俺にもたれかかってきた!
ナニその甘えた態度! そんなに俺のこと頼りにしてくれてんのか! ここで俺にすがってくれるのか! こんな場面なのに彼女に意識を持っていかれる! ああもう! かわいい!! キスしたい! いやダメだ人前だ。ああもうこのひとは! 忍耐力試してんのかよくそう!
「オイ」
肩の守り役の鋭い一言にピッと背筋が伸びる。
「集中しろ」
「スミマセン」
そうは言うけど、愛しいひとがかわいい攻撃仕掛けてくんだよ。抗えるわけないだろう。
「護衛失か「スミマセン集中します」
『失格』の烙印を押される前に意識を話し合いに戻す。
幸い西の姫は考えをまとめていたようで、まだ話は進んでいなかった。ちょうど西の姫が口を開いた。
「結界の中の人間が逃げられないように、外の人間が救援の手を差し伸べられないように。そして『贄』を結界内のみに集めるつもりだったのね」
「そのとおりです」
西の姫はうなずき、探るような目を『災禍』に向けた。
「―――『ひとつは』と言ったわね。――他には?」
「結界の中の人間の位置情報を得る術式です」
その答えに西の姫はピンときたらしい。
「―――京都中に張り巡らせた陣を使うの?」
「そのとおりです」
「どんなふうに?」
問いかけに『災禍』はすぐに答える。もがき叫ぶ保志は目に入っていないらしい。
「注連縄切りまでに『異界』に展開している陣に『霊力水』を流す計画でした。『異界』の陣に行き渡った『霊力水』は注連縄が切られた瞬間に鏡映しになっている『現実世界』の陣に流れ込みます」
「街中に行き渡った霊力水がセンサーとなり人間の位置情報を獲得します」
「そうして指定した個人のみを『現実世界』から『異界』に連れて来る計画でした」
「結界の中の人間全部連れて来るんじゃないの?」
「そのためには霊力量が不足していました」
西の姫の質問にさらりと答える『災禍』。
「バージョンアップ時点の私の使用可能霊力では一度に移動させられるのは五百人が限界だと判断しました。バージョンアップで連れてきた二百人を『贄』とすれば六百人は連れて来ることができるようになるだろうと試算していました」
「そうなのね」と納得した西の姫は「続けなさい」と命じた。
ちいさくうなずいた『災禍』が話を続ける。
「当初は陣の中の百名から五百名程度を順次『異界』に連れて来る計画でした。それだけの霊力量しかなかったからです」
「連れて来て喰わせた人間を『贄』として新たな術式を展開するためのエネルギーとし、また次の百名から五百名を連れて来る。それを繰り返すことで最終的に京都の人間をすべて抹消する計画でした」
「しかし『北の姫』が私の封印を解きました。現段階ならばこの『異界』と『現実世界』をそのまま逆転させるという考えられる上で最も理想的な手段を取ることが可能です」
その言葉に西の姫が眉を寄せた。
「………京都の人間をすべて『異界』に連れて来るということ?」
「いえ」
「『異界』に連れて来た鬼を『現実世界』にそのまま出現させるということ?」
「そうとも言えるし、違うとも言えます」
『災禍』の答えに「詳しく説明しなさい」と西の姫が命じる。
「現在この『異界』に展開している『鬼を招く門』をそのまま『現実世界』に出現させます」
「そうすれば『現実世界』に直接鬼を招くことが可能になります」
と、そこで西の姫がなにかに気付き質問した。
「そもそもどうやって鬼を招くの?」
「『鬼寄せの香』があります」
サラリと、至って簡単なことのように『災禍』が答える。
「今回のバージョンアップに伴い『鬼の世界』に現在京都市内中心部に具現化させているのと同じ門を出現させ、その門に『鬼寄せの香』を付与しています。普段は香りを発生させず、鬼を呼びたいときに香りを発生させ鬼を呼びます。多くの鬼が必要なときは香りを強くします。その香りに引き寄せられた鬼がそのまま『門』をくぐりこの『異界』に来るという流れです」
なんか鬼を呼ぶアイテムがあるらしい。なんでもあるなこいつ。
「これまでは鬼が偶然通りかかるのを待つだけでしたが、今回のバージョンアップではこの門を設置したことにより多数の鬼を集め招くことに成功しています」
そのおかげで俺達が苦労したわけか。くそう。余計なことを。
「三十年前、計画立案した時点では京都を取り囲む結界は弱くなっていました。鬼を『現実世界』に連れて行っても自衛隊などの武装集団が介入する可能性がありました」
自衛隊や近代兵器で鬼を倒せるのか? まあ『災禍』からしたら邪魔には違いないか。
「また、連れて行った鬼が結界を破壊し京都から出ていく可能性がありました。
そうなると『京都の人間の滅亡』という『願い』の到達までに時間がかかるうえに、瘴気が際限なく広がることになるために京都一箇所が魔都と成るのにも時間がかかります」
「問題はそこじゃないよね…」ボソリとつぶやいたヒロのツッコミに思わずうなずく。こいつちょっとズレてるな。機械だからか?
「それらの問題を解決するためにも今回のバージョンアップのデータ集めに乗じて京都中に陣を張り巡らせました。街中の人間から霊力を集め、京都を囲む結界を檻にする術式が少しでも強いものになるようにと」
「しかし『北の姫』が京都の結界を強化しました。あの結界ならば京都の人間が外に出ることも、外部の人間が中に入ることもできません。『異界』に人間を連れて来るよりも鬼を連れて行くほうが効率がいいと判断しました」
その答えに俺の愛しいひとが顔色を変えた。これまた『余計なことをした』とか考えてるぞ。困ったひとだ。
「『現実世界』に鬼を連れて行きヒトを喰わせることにより、元から『現実世界』にいる妖魔や『悪しきモノ』と呼ばれるモノも活性化しヒトを襲うと推察されます。神々のチカラも弱まり、魔都と成るのに時間はかからないでしょう」
「ヒトを喰らい尽くした鬼や妖魔は、次は互いを喰らうために争いはじめます。最後の一体になるまで争いは続くでしょう。いずれその最後の一体も朽ち、結界に満ちる瘴気も薄まります。そうして無になった場所は、新たな土地として生まれ変わります。
結界の中で失われた生命はすべて元素に還りエネルギーと成り結界内に充満しているはずなので、新たな『神』が生まれると考えます。その『神』が土地を浄化し新たな生命を招き、京都は『清らかな土地』として生まれ変わると予測します」
そんな説明を『災禍』は告げた。
が、それ、何年かかる話だよ。
人間を喰い尽くすのはすぐだろうが、『悪しきモノ』同士が喰い合いをしていなくなるなんて、何十年、いや、何百年もかかるだろう。そこから瘴気が自然浄化するまでなんていったら何千年単位の話だろう。
長命なヤツは時間の感覚が俺達人間とは違うらしい。しれっとしている『災禍』にげんなりしてしまった。