第百九十話 尋問6 保志の『願い』について
「………アンタが『願い』を受諾した根拠はわかったわ」
ため息まじりに西の姫がこぼした。
少し考える様子を見せた西の姫だったが、すぐに強い視線を『災禍』に向けた。
「……もう一度、確認するわね」
西の姫の声に「はい」と『災禍』が答える。
「現在の発願者はそこの保志叶多で間違いない?」
簀巻きで転がされているジジイを指差す西の姫に『災禍』が「はい」と答える。
「その『願い』は「『篠原泰造を陥れた人間全ての抹消』及び『京都の全ての人間の抹消』」
「そのとおりです」
「『篠原泰造を陥れた人間全ての抹消』についてはどういう状況にあるの?」
「完了しています」
「じゃあアンタは現在『京都の全ての人間の抹消』という『願い』を叶えるために動いているの?」
「そのとおりです」
西の姫の確認に淡々と答える『災禍』。
「その『願い』のためにこれまでになにをしてきたの? これからなにをしようとしているの?」
新たな質問にも『災禍』は変わらず淡々と答えた。
「まず、『願い』を叶えるための提案をしました」
「具体的には?」
「京都の人間を妖魔などに喰わせる提案をしました。そのときに発願者保志叶多が『ゲームみたい』と言ったので、ゲームを作り霊力を集め『異界』を作り、鬼を呼び寄せヒトを喰わせるという提案をしました」
「それでできたのが『バーチャルキョート』?」
西の姫の確認に「そのとおりです」と『災禍』が答える。
その間も保志は「ムムー!」「ムー!」となにやら叫びもがいている。が、南の姫がその背に乗りがっちり押さえ込んでいるので身動きひとつできない。憎々しげににらみつける目だけがギラギラとしていた。
そんな保志を西の姫も『災禍』も全く気にすることなく話を進めていく。
「あのゲームはアンタが作ったの?」
「ゲームを作ったのは発願者保志叶多です。アドバイスはしましたが、それだけです。私は出来上がったゲームに術式を仕込みました。そのためのログは提案しました」
「どんな術式を仕込んだの?」
「プレイした人間から自動的に霊力を集める術式です。そのためにふさわしいシステムを構築し、ゲームのシステムに入れ込みました」
「同時にデジタル環境が整備されるよう運を操作し、ゲームプレイヤーを増やすよう働きかけました。『現実世界』と遜色ないゲーム世界を創り、電脳空間内に『異界』を作りました」
そこで西の姫が口を挟んだ。
「なんでそんなところに『異界』を作ったのよ」
「姫にも守り役にも気付かれないと判断しました」
あっさりと『災禍』は答えた。
「これまでの経験上、多くの『贄』を必要とする『願い』に対しては高確率で姫達の妨害があると判断しました。そのために邪魔をされず満願を迎えられる場所を考えました」
その答えに西の姫は口をゆがめた。むう、と唸りそうな表情で『災禍』をにらみつけていた。
確かに『災禍』の狙いは正しい。
『バーチャルキョート』の存在に気付いたのは偶然だったと聞いている。『宿主』を探して『急成長している企業』をリストアップしていたときにデジタルプラネットの名が挙がった。社長と話をするきっかけになればとデジタルプラネットの展開している『バーチャルキョート』をプレイすることになり、ゲームに詳しいハルの婚約者から話を聞いて疑念を抱き調査が始まったと。
ひなさんが参謀に加わったこと、精神系能力者の晃がいたことで『バーチャルキョート』というゲームの中に『異界』を作り、そこで色々していたことが判明した。
偶然に偶然が重なって『宿主』とそのたくらみが判明したが、普通に考えたら以前聞いた滅びたふたつの国のように陣が展開するまで気付くことはなかったに違いない。
西の姫も同じようなことを考えているのだろう。悔しそうにしながらため息をついた。
「……………で? 『異界』を作って『鬼の世界』とつなげたの?」
続いた質問にも「そうです」と『災禍』はあっさりと答える。
「詳しく説明しなさい」の命令に口を開いた。
「発願者が『京都の全ての人間の抹消』という『願い』を叶える手段として望んだのが『鬼に喰わせる』ことでした」
そういえば保志の記憶で『視た』。『異界を作り化け物を招きひとを喰わせる』案を『災禍』が提案したとき、招く化け物は『鬼がいい』と保志が言っていた。
「そこで、ヒトを喰う鬼がいる『世界』を探しました」
そんな検索システムついてんのかよこいつ。すごいな。
「そんな『世界』があるんだ……」ヒロがつぶやいていたが無視された。
「鬼を招くために『異界』を作り、鬼の『世界』とつなげました。最初はちいさな穴程度の『門』しかできませんでしたが、霊力が集まるにつれ徐々に大きな『門』を設置できるようになりました。
数年かかってようやく鬼を一体『異界』に招くことに成功しました」
うなずくことで話の先をうながす西の姫。無言の指示に従い『災禍』はさらに話を続けた。
「『異界』が問題なく運用できるかのテストと『篠原泰造を陥れた人間全ての抹消』を兼ねて『異界』に人間と鬼を放ち、試験を重ねました。そこで死んだモノも『贄』としました」
「実験を重ね、少しずつ『贄』を増やしました。使える霊力量が増えるごとに展開できる術も増えました。そのうちにオンライン環境が一定レベルに達しました」
「さらに多くの人間が集まる仮想空間ができました。『異界』はより『現実世界』に近づきました。そのなかに陣を組み込みました。ひとつは思念を集め、霊力を集める陣。もうひとつは『異界』と『現実世界』とを同調させる陣です。そのふたつの陣がうまく機能して『現実世界』にも『異界』と同じ場所に鬼を出現させることができるようになりました」
「鬼を複数呼び寄せることが可能になったこと、霊力が集まってきたこと、『異界』と『現実世界』の差がちいさくなってきたことを踏まえて集大成として今回のバージョンアップを行いました」
「バージョンアップで何をどうするつもりだったの?」
西の姫が質問する。簀巻きの保志が「ムー!!」とわめきジタバタする。さしずめ『言うな!』とでもわめいているんだろう。
そんな保志に気付いていないのか、敢えて無視しているのかはわからないが『災禍』はやはりあっさりと答えた。
「京都の人間をすべて抹消する予定です」
「そのためになにをしたの? なにをしようとしているの?」
『秘密裏に進めていた計画を公開しろ』という西の姫の言葉にも『災禍』はあっさりと答えた。
「今回のバージョンアップと同時に京都市内で一人暮らしをしている十五歳から三十五歳の人間二百名をこの『異界』に転移させました。対象者のゲーム画面にだけ転移陣を送り、それを網膜で認証することで指定の場所に転移させました。同時にゲームと同じ装備を身に着けられる術式も陣に込めました。」
「その二百名をすべて『贄』として使用し、次の術のエネルギーとする予定でした」
「現在『異界』と『現実世界』の両方に同じ陣を展開しています。鬼を『異界』に呼び寄せておき、京都の人間を一定数『異界』に連れてきて喰わせる計画でした。そのための『鍵』の設定も完了しています」
黙って聞いていた西の姫がピクリと反応する。
「――『鍵』はなに?」
「山鉾巡行における長刀鉾の注連縄切りです」
これにも『災禍』はさらりと答えた。
「『現実世界』と同時に『異界』でも山鉾巡行を行います。ふたつの『世界』で同時に同じことを行うことで『世界』を同調させ、その状態で術式を起動させます」
「『異界』って……『異界』で? ゲームのほうじゃなくて?」
「はい」
「誰が巡行するのよ。連れて来たプレイヤー? それとも鬼?」
「プレイヤーがすべて『贄』となったあと鬼も『贄』とします。誰もいなくなった状態で陣に霊力水を流し、式神で作ったヒトと山鉾で巡行を行う計画です」
「……その計画は現在どういう状態になってるの?」
「保留状態です」
「なんで」
「プレイヤーが死亡していませんので」
あっさりと答える『災禍』。
どうやら俺達が生き残るために必死に戦ってきたことで時間稼ぎができたらしい。
「プレイヤーが全員死亡したら次の段階に移行します」
つまりプレイヤーが死なない限り計画は進まないということ。現在の状況ならばこれ以上進むことはないだろう。
西の姫も同じ考えに至ったらしい。黙ってただうなずいた。