第百八十九話 尋問5 『世界の成り立ち』と滅びた国について
美しい柳眉を寄せた西の姫はしばし黙った。瞼を閉じなにか思案しているように見えた。
ようやく瞼を開いた西の姫は、その大きな目に『災禍』をとらえた。
「―――その『世界の成り立ち』について説明しなさい」
「わかりました」
やはりあっさりと『災禍』は答えた。
「『世界』にはそれを構成する元素があります。その元素が集まり固まり、星を作り生物を作り『神』を作ります」
「もちろんヒトもこの元素で構成されています」
「『世界』とはひとつだけではありません。この『世界』以外にもたくさんの『世界』が存在します。『異世界』『異次元』『多重世界』様々に呼ばれています。それらは一見無関係なように見えますが、実は互いに影響を与えあっています」
「それぞれの『世界』を構成する元素は『世界』を運用するエネルギーとなります。
その運用エネルギーはその『世界』だけでなく他の『世界』にも循環しています。そうして『世界』のバランスを保っています」
トンデモナイ話が出ているが、西の姫はごく普通の顔でうなずいた。
話の先をうながされているとわかったのだろう。『災禍』は続けた。
「『世界』それぞれに『世界の管理者』が存在します。人々から『神』と呼ばれる存在です。
その『神』の役割は『世界』を巡る元素や運用エネルギーをつつがなく循環させること。
それが『さらに大きな存在』から任された責務です」
「その循環には生と死も含まれます」
「ヒトが生まれて死ぬように、星が生まれて死ぬように、国も『世界』も生まれては死に、また生まれます」
「『死』は『無』ではありません。元素に還り『世界』を運用するエネルギーと成り、『世界』を巡り生かします。そうしていずれまた元素が集まり形を作り新たな生命が生まれるのです」
「元素の循環。それが『世界の成り立ち』です」
『災禍』はそう話を締めた。
物理学研究者のウチのクソ親父が聞いたら狂喜乱舞しそうな話を淡々とした様子を変えることなく話しきった『災禍』に西の姫も黙ってうなずいた。
「―――アンタの言う『運用エネルギー』は、この『世界』で言うところの『霊力』で合ってる?」
西の姫の質問に「合っています」と答える『災禍』。
「循環のために多くの生命を犠牲にしても構わないと――?」
「多数を生かすために少数を犠牲にすることは往々にしてあることです」
続く質問にも淡々と答える。
「ならば高間原の滅びにも意味があったと?」
「はい」
「どんな意味が?」
「おそらくですが」
『災禍』は変わらず淡々と答える。
「あの『世界』は近い段階で滅びが予定されていたのでしょう。その滅びから人命を救うためにあの発願者の『願い』が在ったと考えます」
その答えに西の姫は眉を寄せた。
「……確かに結果だけ見れば、高間原の人間も神々も輪廻を巡る魂もみんなこの『世界』に来たことで救われたと言えるけれど……」
ブツブツ言う西の姫に『災禍』が「もうひとつ」と声をかけた。
「この『世界』の発展の支援の意味もあったと考えます」
「……………」
西の姫は黙り込んでしまった。
確かに高間原から人々が渡ってきたことにより文化レベルは一気に上がっただろう。人口も神々の数も増えたはずだ。
「『大いなる存在』の関与は十分に考えられます」と言われ、西の姫は眉を寄せた。
俺に抱かれている愛しいひとはやり取りするふたりをじっと見つめ静かに話を聞いている。俺の胸当ての端をぎゅっとつかんですがってくれている。頼りにしてくれてるのも甘えてくれているのもわかって誇らしい。
これだけの話となるとこのひとうっかり話を忘れたり勘違いして覚えたりしそうだな。許容量オーバーで熱も出すかもしれない。
うっかりでぼんやりなひとのためにも俺がしっかり話を聞いて覚えておかなくてはならない。
改めて決意し、西の姫と『災禍』のやり取りを注視した。
「………『ヒノ』の滅亡は?」
初めて耳にする単語になんのことかと思ったら肩の黒陽が「この『世界』に『落ちて』最初の国の名だ」と教えてくれた。
その国の『滅亡に関することを話せ』と暗に指示する西の姫に対し『災禍』はやはり素直に答えた。
「『能力者に頼らない国を』という『願い』の結果です」
その答えに西の姫は「もっと詳しく」と命令する。
「『能力者至上主義』が広まっていて差別が発生していました。そのために愛する者を失った発願者の『願い』に答えた結果です」
「それに『大いなる存在』の関与があると判断する根拠は?」
「当時『世界』を運用するエネルギーは常にギリギリでした。『能力者排斥運動』によって『能力者』が激減し、霊力を必要とする機材が使用できなくなったことにより運用エネルギーの使用量は減りました。それが神々の狙いだったと推察します」
なるほど。足りないなら使用量を減せばいいという考えか。
納得する俺の腕の中で愛しい妻はポカンとしている。
俺が目を向けたことに気付いたらしく視線を合わせてきた愛しいひと。
ぷるぷる震えて涙目で「ど、どういう、こと?」なんて言うから可愛くてたまらない。
「あとでゆっくり説明するね」とささやくと震えながらうなずいた。かわいい。
「能力者が減ったことによりエネルギーの使用量は減りましたが、献上量も減りました。
エネルギー問題の根本的な解決とはならず、時折『贄』を必要としました」
その答えに西の姫は開けた口をグッと閉じた。じっと『災禍』を見つめたあと、一度深呼吸をし、うなずいた。話の先をうながされているとわかったらしい『災禍』が続けた。
「当時は様々な事例で『贄』として獣や人命が捧げられていました。その理由のひとつが『世界』の運用エネルギーとするためでした」
「しかし『イヨ』の王になった発願者が『「贄」を必要としない国』を『願い』としました」
「当面の運用エネルギーとして、神々への『願い』の『対価』として、国中の人間の生命を『贄』として差し出しました」
「『対価』を受け取った神々は誓約に縛られることとなりました。それまでの運用システムではいずれ『贄』が必要になることは明白でした。誓約を守るために運用システムの見直しが行われ、それ以降『世界』を取り巻く霊力量が徐々に減少することになり、高霊力保持者が生まれる確率も下がっていきました」
「このように『願い』の裏には神々及び『大いなる存在』の関与が考えられます」
「今回の発願者保志叶多の『願い』『京都の全ての人間の抹消』に関しても同様です」
一気に喋った『災禍』は『続けていいか』と言いたげな視線を西の姫に向けた。それにうなずきを返した西の姫。それを確認した『災禍』は続けた。
「発願者保志叶多が『願い』をかけた三十年前、京都の周囲を囲む結界は設置当時と比べ弱くなっていました。さらには先の大戦でチカラのある能力者が多数喪われ、多くの結界が破れる寸前でした。『悪しきモノ』も退治されることなく野放しになっていました。様々な要因が絡み合い、当時の京都は魔都と成る一歩手前にまでなっていました。
そのような状況でしたので『一度街を滅ぼしたほうが神々にとっては良い結果となるに違いない』と判断しました」
「「「……………」」」
淡々とした説明に誰もが黙ってしまった。
『災禍』の説明は一理ある。実際俺達霊玉守護者が集まったあの『禍』の一件で京都の周囲を囲む結界は壊された。妻が覚醒してあちこち点検した結果、京都の周囲を囲む結界だけでなくどこも補修強化が必要と判断された。
『禍』の一件のあと霊玉守護者は安倍家からの依頼として様々な退魔などの仕事を受け処理している。
霊玉守護者と妻の存在がなかったら、安倍家主座であるハルが転生していなかったら、『災禍』の言うとおりこの京都は『魔都』に成っていたに違いない。
『あったかもしれない未来』にゾッとしていたが、ふと愛しいひとの反応が気になった。
そっと顔をうかがうと、彼女は『災禍』に目を向けたままポカンとしていた。
ああこれ話についていけていないな。ついていけなければ気に病むこともないだろう。
そう判断してこのまま放置しておくことにした。