第百八十八話 尋問4 『発願者』と保志の事情について
「次に『発願者』について確認なんだけど」
西の姫が『災禍』に問いかけた。
「発願者になるための条件は?」
「『誰かを想う強い願い』を持っていることです」
「なにをもって『強い願い』を判断するの?」
「思念量です」
「『思念量』とは?」
「その『願い』に込めるエネルギー量です」
「霊力量、生命力量とも言い換えることが可能です」
「発願者になるには霊力量がなければなれないということ?」
「はい」
西の姫の質問に『災禍』は次々と答えていく。
「ただ、私の目の前もしくは近くで『願い』をかけられたならば、エネルギー量が少なくても届くこともあります」
納得したようにうなずく西の姫。先をうながされていると思ったのか『災禍』が説明を重ねる。
「『願い』に応じて必要となる霊力量は変わります」
「大きな『願い』には多くの霊力を、ちいさな『願い』には少しの霊力を用います。
発願者になるためには、第一にその『願い』が『誰かを想う強い願い』であるか、次にその『願い』に応じたエネルギー量があるか。その二点が重要になります」
なるほど。ハルや黒陽から聞いた神仏への願掛けと似てるな。
「保志 叶多やその家族は発願者になれるだけの霊力量があったということ?」
「はい」
自分の名が出たからか、簀巻きで転がされている保志がピクリと反応した。
そんな保志をチラリと視界に入れた西の姫がため息混じりに続ける。
「そこまでの高霊力保持者には見えないんだけど?」
それを質問と受け取ったらしい『災禍』が生真面目に答える。
「保志叶多の祖父母と両親と伯父の五名に関しては、私を手に取って『願い』をかけるという接触型だったこと、『願い』の内容も『保志叶多ひとりに対するもの』と規模がちいさなものだったことから、少ない霊力量でも発願者と成り得ました」
「保志叶多に関してですが、保志叶多はこれまでに『願い』のためにかなりの霊力を使用しています。そのために現在の発願者保志叶多の霊力量は現代の一般人並もしくは若干下になっていますが、当時は霊力過多症に苦しむほどの霊力を持っていました」
「ふーん」と納得を見せ「続けなさい」と西の姫が命じる。
「約三十年前、発願者となったのは保志叶多の祖父母と両親と伯父の五名。同じ『願い』をかけたので五名同時に発願者としました」
「その五名の霊力及び霊力過多症になっていた対象者保志叶多の余剰霊力を使って『願い』を叶えました」
「その『願い』は?」
「五名の発願者の『願い』
『保志叶多の健康としあわせ』」
「そのために対象者保志叶多を病気や災難から守って欲しいと、保志叶多の『願い』を叶えて欲しいと『願い』をかけられました」
保志の『記憶』で『視た』とおりのことを『災禍』は答えた。
「そのために五人は死んだの?」
西の姫の質問に保志が息を飲んだ。
そんな保志を構うことなく『災禍』は「断言はできかねます」とだけ言った。
「詳しく説明しなさい」の命令に『災禍』は続けた。
「当時は対象者保志叶多が霊力過多症に陥っていました。増え続ける霊力と弱っていく身体に『不幸を呼び寄せるモノ』が多く寄ってきていました。まだ対象者保志叶多を喰らうほどのモノは来ていませんでしたが、周囲に不幸を招くには十分でした」
「『不幸を除ける』等の『願い』をかければそのように動くことは可能でしたが、彼らが『願った』のは『保志叶多の健康としあわせ』でした。私は封印されていて満足な能力を発揮することができない状況下にあったため、『願い』以外の問題を解決するだけの能力がありませんでした」
「また発願者達も『願い』のほうに霊力を使っていたため、降りかかる不幸を跳ね除けるだけの霊力がありませんでした」
「以上のことを踏まえて考察すると、発願者五名は『保志叶多の健康としあわせ』という『願い』のために死んだと言えなくはありません。
しかしそもそもは対象者保志叶多が霊力過多症に陥ったこと、そのために『不幸を呼び寄せるモノ』が多く集まったために起こった出来事だと考えると、一概に『願いのために死んだ』と断言することはできかねると考えます」
『災禍』の答えに簀巻きで転がされている保志は顔色を変えていった。猿ぐつわを噛まされている口が細かく震え、やがて全身がガタガタと震えだした。
「カナタさん」
すぐに晃がそっと背を撫でる。が、保志は気付いていないらしい。落ち窪んだ目をいっぱいに開き『災禍』に向け、ただ固まっていた。
そんな保志をチラリと見た西の姫。すぐに再び『災禍』に目を戻し問いかけた。
「対象者はそれを知らなかったみたいだけど?」
「知られないようにすべての情報を開示することはしませんでした。また、気付かないよう思考を誘導しました」
「何故?」
「発願者達がすべて死亡しても対象者が生きている限り『願い』は有効です。
『保志叶多の健康としあわせ』のために『自分のせいで家族が死んだ』と考えるのは不適切だと考察しました」
「なるほど」とひとつうなずき、西の姫は問いかけた。
「今私に教えてくれてる理由は?」
「『管理者』にはすべての情報を開示することが義務付けられています」
その答えに西の姫は満足そうにうなずいた。
「では、答えなさい」
ピリ。西の姫のまとう空気が変わった。
囲む俺達にも緊張感が走る。
「現在の『宿主』――発願者は、そこにいる保志叶多で間違いない?」
「はい」
「その『願い』は?」
「『篠原泰造を陥れた人間全ての抹消』
『京都の全ての人間の抹消』」
保志本人を前にしても一切構うことなく『災禍』は答える。
「どうしてその『願い』を受けたの? 前の発願者から『保志叶多の「願い」を叶えて』と言われていたから?」
西の姫の質問に「それもあります」と答える『災禍』。
「発願者保志叶多の『願い』は『誰かを想う願い』という項目に当てはまっていました」
「彼の『願い』の根底にあるのは『家族を想う愛情』。霊力量、思念量は十分。条件はクリアされていました」
「『京都の全ての人間の抹消』という点に関してはどうなの? 高間原のときも、この『世界』に落ちてからのふたつの国のときもそうだけど、罪もない人間を殺すことについては問題ないわけ?」
責めるような西の姫の言葉に『災禍』は淡々と答えた。
「問題ないと判断しました」
「その根拠は?」
「『大いなる存在』の意思だと判断しました」
………なんだそりゃ?
俺は意味がわからなかったのだが、肩の黒陽も、腕の中の妻も表情を変えた。西の姫も。
「………アンタは『大いなる存在』を知ってるの……?」
「はい」
「会ったことがあるの?」
「ありません」
「じゃあなんで知ってるの?」
「過去にいた『世界』のいくつかで『神』と呼ばれる存在と遭遇しました。その『神』から聞きました」
表情をゆがめ「チッ」と舌打ちをする西の姫。どうやら極秘事項らしい。
と、抱いた妻がぷるぷると震えていることに気が付いた。
「―――じゃあ―――」
震える声で妻がちいさくちいさくつぶやいた。
「―――高間原が滅んだのも―――あのふたつの国が滅びたのも―――たくさんのひとが死んだのも―――『大いなる存在』の意思、なの―――?」
「そんなの―――だからって―――」
どこも見ていない目にいっぱい涙を浮かべ、両手をぎゅうっと握る妻。痛々しい様子が可哀想でぎゅうっと抱き込んで霊力を注ぐ。
西の姫に視線を向けると視線が合った。俺の言いたいことを察してくれたらしい。うなずいてくれたのでうなずきを返した。
「『大いなる存在』から直接依頼されたの?『国を滅ぼせ』と。『人々を贄にしろ』と」
「違います」
「アンタか勝手にやったこと?」
「違います」
「じゃあ、なに?」
「発願者の『願い』に応えた結果です」
埒が明かない問答に西の姫は質問を変えた。
「アンタが発願者の『願い』に応えた結果『世界』が滅びると理解していてもその『願い』を叶えた、その根拠は?」
「『滅びること』が『善いこと』だと判断したからです」
「その判断材料を教えなさい」
西の姫の命令に『災禍』は素直に「はい」と答えた。
「『多数を生かすために少数を犠牲にする』『滅びの美学』『生き長らえる苦しみ』『破滅からの再生』そんな事例があります。
ゆえに『滅び』につながるとわかっている『願い』であったとしても叶えるために奔走しました。滅びることがその『発願者』の『しあわせ』につながると、ひいては『世界』のためになると理解した結果出した結論です」
「それはアンタと発願者の価値観でしょう。巻き込まれるほうはたまったもんじゃないわ」
責めるような西の姫の言葉に『災禍』はやはり淡々と答えた。
「『世界』の成り立ちを考慮した上で『滅びること』が『必要なこと』だと判断しました」
その美しい柳眉を寄せた西の姫はしばし黙った。瞼を閉じなにか思案しているように見えた。
ようやく瞼を開いた西の姫は、その大きな目に『災禍』をとらえた。