第百八十六話 尋問2 『呪い』について
西の姫は再び『災禍』に顔を向け、質問した。
「私達に『呪い』をかけたのは何故?」
「複数の理由があります」
『災禍』は淡々と答える。
「ひとつは『私の封印を解いてくれたお礼』」
その言葉に愛しい妻がピクリと反応する。
なにを言われたか理解できないらしくのろりと顔を上げ、問いかけるような目を俺に向けた。
そんな妻を解することのない『災禍』はあっさりと告げた。
「そしてもうひとつは『貴女方を救うため』です」
愛しい妻はやはりなにを言われたか理解できないらしい。ポカンとした目をのろりと『災禍』に向けた。
「『救う』とは、どういうこと?」
淡々と質問する西の姫に『災禍』も淡々と答える。
「当時の発願者は貴女方を殺そうとしていました。彼は封印が解けた私に向かって『娘共を八つ裂きにしてそれぞれの王に届けよう』と言い出しました」
「!」
過去の話だと理解していても怒りでカッとなる。
「オイ」黒陽のちいさな声が『抑えろ』と示す。
そうだ。こんなときこそ冷静に。彼女を守る。落ち着け。最後まで話を聞け。
すぐさま感情制御した俺に黒陽がちいさくうなずいた。
『災禍』は淡々と話を続けた。
「発願者が存在する場合、発願者の『願い』を優先させなければなりません」」
「もしすぐに殺されなくても『世界』が滅びるのは必至。遅かれ早かれ貴女方は死ぬ以外の結末はありませんでした」
「そのような状況下で私の封印を解いてくれた貴女方の恩に報いるためにはどうすればいいか、考えました」
意外と律儀なヤツなんだな。利用するだけ利用してポイなヤツがほとんどだろうに。
「『恩に報いる』と、アンタは考えるのね」
西の姫の問いかけに「はい」と答える『災禍』。
「まず第一に考えたのは、貴女方の生命を救うこと」
「そのためにどうすればいいか考えて、導き出した答えが『不老不死』と『記憶を持ったままの転生』でした」
なんでそうなるんだよ。
俺の考えを代弁するように西の姫が「なんで」と問いかける。
「過去多くの『世界』を巡った私の経験から導き出しました」
「これまでに『願い』として求められる率が高いのは『不老不死』または『永遠の若さ』でした」
「そこで、封印を解いてくれた姫達に『不老不死』を贈ろうと思いつきました」
「そのうえで違う『世界』に逃がそう、と」
「そうすれば『貴女方の生命を救う』と同時に『恩返し』になると考えました」
「ああ……」誰からともなく、どこか呆れたような、納得したような声がもれる。
「しかし、当時の発願者がそのことを許可するとはとても思えませんでした。
まあそうだろうな。ちょっと聞いただけでも自己中の根性曲がりだとわかるからな。
「そこで発願者には『呪い』だと伝えました」
「守り役は『人間の姿を失い獣の姿になり』『死ねない』呪いを」
「姫は『二十歳まで生きられない』で『記憶を持ったまま何度も転生する』呪いを」
「その言葉を『発動キー』として魂に術式を刻むことにしました」
性格の悪い当時の発願者は喜んで術式の発動キーワードを告げたという。
「―――封印を解いた竹だけでなく、同じ場所にいただけの私達にまで『呪い』をかけたのは何故?」
西の姫が重ねて質問する。
『災禍』は淡々と答えた。
「『北の姫』が私の封印を解くことができるまでになったのは、それまで守り育てた守り役と、健康にするために協力した姫達あってのことだと判断しました」
「なので『封印を解いてくれた恩』に報いるべきは、東西南北四人の姫と、その姫を守り育てた守り役達だと判断しました」
一理あるようなないような理屈だな。
なんにしても一概に『竹さんに巻き込まれて』というわけではなさそうだ。あとでちゃんと言い聞かせておこう。
「かつて『不老不死』や『記憶を持ったまま転生を繰り返す』を『願い』とした発願者は最後には『願いの破棄』を願ってきました。
ひとりで長い時間を過ごすのはヒトの身ではつらいこと――ならば、友人と、守り役と、主と共に在るならばいいのではないかと考えました」
つまり『親切でやった』ということか。ありがた迷惑の極みだな。
俺の腕の中の愛しい妻はずっと呆然としている。これ話覚えてるか? あとで確認が必要かもしれない。
「私達が生きられる期間を『二十年』と定めたのは何故?」
「『永遠の若さ』のためです」
この質問にもサラリと答えが返ってきた。
「女性は『永遠の若さ』を『願い』とするモノが多かったのですが『不老不死』として姿形が変わらないとわかると周囲から迫害を受けたり不幸を感じることが多々ありました。
そこで一定年齢が来たら死に、生まれ変わることで『永遠の若さ』を保つ方法を編み出しました」
愛しい妻が唖然としている。己への『罰』で二十歳まで生きられないと思っていたのが実はただ『若さを保つため』だけの理由だったと知らされたんだ。無理もない。
これ大丈夫か? 許容量オーバーで熱出さないか?
オロオロしているのはウチの妻だけ。他の姫も守り役も晃達も表面上は平然として西の姫の問答を見守っている。
「私達も守り役達と同じように『獣の姿』にして『不老不死』にすればよかったんじゃないの?」
「それは―――」
それまでの流れるような説明がプツンと途切れる。
『災禍』はじっとなにかを考えるようにしていた。
「―――申し訳ありません。記憶装置の一部に障害が発生しています。
封印で作動できていなかった自己修復機能を使えば修復できる可能性がありますが、修復完了までには数日から数週間かかると予測されます」
その回答に西の姫は「いいわ」とあっさり受け入れた。
「『ヒトの姿で』『若さを保つため』
そのために私達は二十年しか生きられず、前世の記憶をすべて持ったまま生まれ変わるのね?」
「はい」
「そういう術を私達の魂にかけたのね?」
「そうです」
「その術についてもう少し詳しく説明してくれる?」
西の姫の要請に『災禍』はあっさりと答えた。
「『若さ』を保つために姫達は二十年の時間または二十年分の霊力を使用したら死を迎え、残りの寿命分の霊力を使ってそれまでの記憶を留めたまま生まれ変わるようにしました」
「二十五年や三十年でもよかったんじゃないの?」
西の姫のツッコミに「理由は複数あります」と答える。
「ひとつには、二十年を超えると子を成す確率が上がります。子を成すと女性は転生を嫌がる確率が上がります」
「もうひとつには、残りの寿命分の霊力を転生のための術式に使う霊力とするためです」
「百年の寿命の八十年分を用いれば、亡くなってすぐの転生が可能だと計算しました」
「なかなか転生しないときもあったけど?」との西の姫のツッコミに「転生のための術式に使用する霊力を使ってしまった場合、転生までに時間がかかります」と『災禍』が答える。
「つまり、普通に過ごしていたら二十年生きて死んですぐに母胎に宿ってまた生まれ落ちるということ?」
「そのとおりです」
つまり竹さんが転生までに時間がかかってたのは、生きてるときに無茶してたからなんだな。
抱き締めている妻の様子をうかがうと、唖然としか言えない顔をしている。
「守り役達も同じ『呪い』にしなかったのは何故?」
「同じ術式を付与することもできましたが、そうなると幼少期に姫の世話ができなくなると判断しました」
納得の理由に内心うなずく俺と違い、愛しい妻はただただ呆然としている。
「守り役達を『獣の姿』にした理由は?」
「ヒトの姿で『不老不死』とするとなにかと問題が起こりますが、獣の姿ならば霊獣と判断され個体識別ができなくなる、または長命でも納得されると考えました」
「そのために姫達と守り役達を『落とす』『世界』は『霊獣のいる世界』とし、探し出し狙って『落とし』ました」
「つまりアンタの術式で『獣の姿』になってるの?」
この質問に『災禍』は「ある意味正解で、ある意味違います」と答えた。
「高間原の四方の国の人間は元々獣の姿です」
「最初の発願者のときに私が伝えた『人化の術』でヒトの姿を取るようになりました」
「ヒトの姿で過ごすことが多くなるにつれ無意識でも『人化の術』をかけられるようになりました」
「そうして世代を重ねるうちに胎児にも『人化の術』をかけられるようになりました。
胎児は親の霊力と無意識下の術式に影響されて自然と『人化の術』を覚え、八ヶ月あたりからヒトの姿を取ることができるようになります。そうしてヒトの姿で生まれ落ちるのです」
「四方の国の人間はヒトの姿で生まれ落ちヒトの姿で過ごしていましたが、私の封印が解けたあの頃も胎児の時点では獣の姿でした」
「なので、守り役達が無意識に己にかけている『人化の術』を解き、再度かけられないようにしました」
思ってもみなかった説明に驚いていたが、ふと気になることがあった。
「黒陽は亀の姿ということは、元々亀だったということか?」
俺の質問に『災禍』は答えない。徹底してるなくそう。
西の姫が「続けなさい」と命じたのでそのまま疑問を投げかける。
「こっちの『世界』では亀は卵生なんだが、高間原では違ったということか?」
「確かに」とつぶやいた西の姫が『災禍』に質問する。
「アンタはさっき『胎児にも「人化の術」をかけられるようになった』と言ったわね」
「はい」
西の姫の問いかけには素直に答える『災禍』。
「高間原の南は『鳥の国』北は『蛇の国』と言われていた――つまりは南の民と北の民は元々鳥類と爬虫類だったということ?」
「そのとおりです」
「こちらの『世界』では鳥類と爬虫類は卵生なんだけど、高間原では違ったの?」
「高間原においても卵生でした」
………じゃあなんで『胎児』がヒトの姿で『産まれる』なんてことになるんだよ……。
「どうやって『胎児』の『出産』が成立していたの? それもアンタの術?」
「そうです」
「詳しく説明しなさい」の命令に『災禍』はサラリと答える。
「東の『龍の国』南の『鳥の国』北の『蛇の国』のモノは本来卵生でした。
ところが『人化の術』の影響で、産み落とすべき受精卵を胎内に留めるようになってしまいました。母胎に受精卵を留め孵化させ、その後一定期間胎内で育ててから出産するという、ヒトの妊娠出産と同じ形態を取るようになったのです」
「孵化直後はそれぞれの元々の姿で生まれ胎内に留まります。その後の一定期間の間に『人化の術』を無意識に胎児にかけ、また胎児もそれを覚え、ヒトと同じ形、同じ出産形態で生まれてきていました」
この説明には守り役達も驚いていた。表面上は冷静な態度を崩していないが、退魔師として相手の感情を読む訓練をさせられた俺には守り役達が驚いているのがわかった。どなたも目がまんまるになったり、不自然に表情が固まったりしている。梅様と南の姫も同じことになっている。
ウチのかわいい妻はオロオロし「え」「じゃあ、あれは」とかブツブツ言いながら腕や腹をさすっている。
そして西の姫はいつの間にか黄金色になった瞳でじっと『災禍』を見つめていた。
しばらくそうしていたが、ふと瞼を閉じ、ひとつ息をついた。
「そうだったのね」とちいさくつぶやいた西の姫。深呼吸を繰り返し、ようやく瞼を開いた。
チラリと俺に視線を寄越す西の姫。『他になにかあるか』と問われているとわかったので首を横に振る。ちいさくうなずいた西の姫は俺の腕の中の妻に目を向けた。
オロオロオタオタしている妻はそんな視線に気付かない。呆れたように、諦めたようにため息を落とした西の姫は再び『災禍』に向き直った。
「――もう一度確認するわ」
西の姫の言葉に妻がハッとした。
あわてたように西の姫に意識を向ける。
「発願者の手前『呪い』と言ったけれど、アンタは『呪い』のつもりじゃなかった」
「はい」
「私達を助けようとした」
「はい」
「封印を解いた『お礼』に?」
「はい」
ようやく話が理解できたらしい妻が硬直した。抱いていたので妻の反応がよくわかった。
と、突然その身体がガクッと沈んだ!
あまりのことにショックで膝が崩れたらしい。慌てて抱き止めお姫様抱っこに抱き上げる。
「竹さん!?」「しっかり!」
ゆさゆさと揺すっても呆然としている。
「そんな」「まさか」「ウソ」なんてちいさなつぶやきが聞こえる。
まあな。気持ちはわかるよ。
あんなに思い詰めてたのがまさか『お礼』なんて。『呪い』じゃなかったなんて。
愕然としているのはウチの妻だけ。他の姫も守り役達も苦笑を浮かべたり苦虫を噛み潰したような顔をしたりして黙っている。どうやら俺達が寝ている間に聞いたらしい。
肩の黒陽に『知ってたのか』と思念を送る。
優秀な守り役は「突入前の話し合いで聞いた」と教えてくれた。
「晃が『災禍』の記憶を『視た』」
これも晃の手柄か。恩が重なりすぎてどうしたらいいのかわからないんだが。
動揺する妻を抱いたままチラリと目を向ける。目が合った晃は困ったように笑うだけで黙っていた。
思ってもみなかった話に呆然としていた俺の愛しい妻だったが、次第に話の内容を思い出し理解していったらしい。ぷるぷると震えていたが、ついに顔を両手でおおって半べそになってしまった。
「あうぅぅぅぅ」なんてうめきながら俺の首元にグリグリと頭を擦り付ける。かわいすぎるんだが。
「なんでお前平気な顔をしているんだ」
肩の黒陽がにらみつけるように聞いてくる。
「……いや、もしかしたらそうかなー、と考えたことがあって……」
正直に答えたら愛しい妻がビョッと顔を上げた。肩の黒陽も目を丸くして絶句した。
「な! な、な、なん、な」
「なんでそんなこと考えられたんだ!」
「ラノベのおかげ?」
ペロリと答えたら愛しいひともその守り役も絶句した。
「……私、同じ本読んでたのに……なんで……」
『貴女うっかりだからね』なんて言ったらまた落ち込むに違いない。黙っておこう。