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第三十二話 日曜日ー伝説の男

前半は本編・トモ視点、後半はタカ視点です

 ホワイトハッカーの立場から言うと、これは犯罪だ。

 他人のアクセスコードを使って企業のデータにアクセスしようとするなんて。

 俺達がいつも戦っているハッカーの行為だ。


 本来ならば止めなければならない。

「馬鹿なこと言うな」と突っぱねないといけない。

 それが当然。そうするように俺達は教育されている。そんな倫理観を叩き込まれている。


 だが。


 その教育をしたのも、倫理観を叩き込んだのも、この目の前で犯罪行為に手を染めようとしている男なのだ。


 その師匠がけろっと「アクセスコード教えて」と言ってくる。


 どうすべきなんだ?



 ぐっと詰まって固まっていると、黒陽がローテーブルの上から見上げてきた。


「我らの責務を果たすために必要なのだ。頼むトモ」

「お前には迷惑かけないからさ。ちょろーっと教えて?」


 黒陽の深刻さを隠すようにタカさんが軽く言う。


 しばし葛藤。

 良心と、倫理観と、責任感と、彼女への想いと。

 色々なものが浮かんでは消えぐちゃぐちゃに混じり――。


「………」


 最終的に俺は自分のパソコンのアクセス画面を出した。

 入力したアクセスコードを一目見ただけでタカさんには十分だった。


「サンキュ」

「なんのことですか」


 俺は何も知らない。何も関わっていない。

 そうすることにした。


 プイッと目を合わせないようにして入力したコードを消す俺に、タカさんが「百点満点」とちいさくつぶやいた。


「今日オレ達はこの家に来ていない。トモはオレ達に会っていない。話もしていない。いいな」


 その声がいつものおちゃらけた感じと違って聞こえて、ゆっくりとタカさんに顔を向けた。


 タカさんは何事もなかったかのように眼鏡をかけ、ノートパソコンの前に胡座(あぐら)で座った。



 すううぅぅ、はあぁぁぁ。


 目を閉じて、深く深く深呼吸をしたタカさん。


 ゆっくりと瞼を開いたタカさんは、いつものタカさんではなかった。


 冷たい眼。

 表情を無くした顔で、モニタだけを見つめる。

 まるで機械のような冷酷さをまとわせたタカさんは、高速でキーボードを叩き始めた。



 思わず真後ろに陣取り仕事を見つめる。

 何箇所か経由したあと、タカさんは俺のアクセスコードから会社のシステムに入った。

 そこから他の社員のアクセスコードを手に入れた。

 すぐにログアウトして社員のアクセスコードで再びアクセス。

 それを数回繰り返したあと、新しいアクセスコードを発行した。

 再び社員のアクセスコードで侵入しては出て、新規のアクセスコードを発行。


 何度かそれを繰り返したあと、新しいアクセスコードで深く深く会社のシステムに入り込んだ。

 経理システム、総務システム。人事システム。ありとあらゆるシステムを(のぞ)いていく。

 おそらく繋げている外部ハードにバックアップを取っている。


 会社の概要を掌握したタカさんは、そのまま『バーチャルキョート』のシステムに侵入し始めた。

 が、向こうはさすがの防御システムを備えていた。

 侵入しようとするルートが次々と迎撃される。


 タカさんは無表情のまま、ただただ指だけが高速で動く。

 ダダダダ、とキーを叩く音だけが響く。

 流れるログを見極められない! 読解が追いつかない!



 と、それまで無表情だったタカさんが眉を寄せた。

 ぐっとモニタに乗り出すようにしたタカさんは指の動きをさらに早めた!


 ダダダダダ! ダダダダダダ! 

 凄まじい攻防が繰り広げられているとわかる。だが、その内容まではわからない。


 ――これが『伝説』か。



 昔、ホワイトハッカーの会社に入社したばかりの頃。

『タカさんの紹介』で入社した俺に色々な人が話を聞きたがった。


「『テイク』ってどんな人?」

「どんなふうに教わったの?」


 そこで聞いた、タカさんにまつわる『伝説』。



 タカさんは中学を卒業してカナダに留学した。

 字が汚くて『Taka』が『Take』と認識され、『テイク』の呼び名が定着した。


 カナダの入学時期は秋。

 春に中学を卒業してすぐに現地に渡ったタカさんは入学までの時間を語学習得にあてた。

 そのときにパソコンと出会った。


 タカさんは水が染み込むように様々なものを習得していったという。

 なんでも簡単にこなす様子に「テイクにはなんでも簡単(Anything is easy for Take)」と言われるようになり、難しい問題も気楽にこなすタカさんはいつしか「Take it easy(気楽にな)」という言葉と混同され、それがタカさんの代名詞となった。


 本人もそれを面白がり「気楽にな」「なんとかなるさ」とよく口にしていたという。


 実際タカさんに任せておけば「なんとかなる」ということが重なり、やがてタカさんは「どんなトラブルもコイツに任せておけばなんとかなる男」と言われるようになった。らしい。



『どんな問題もなんとかしてくれる男』は、ある時期を境にパソコン関係からキッパリと消えた。

「あれほどの才能が、もったいない」

 友人知人が何度も復帰を求めたが、誰が何を言っても首を縦に振らなかった。


 そうしてタカさんは『伝説』になった。



 話を聞いたときには「へー」としか思わなかった。

 そのときはまだ千明さんのことは知らなかった。『半身』のことも知らなかった。

 タカさんは俺と同じ霊玉守護者(たまもり)であるヒロの父親で。

 たまに遊びに来るヒロとハルの付き添いで。

 なんか昔じーさんばーさんに助けられたひとり。


 ちょっとパソコンに詳しい、気のいいオジサン。

「オジサン」て言うと「『オニイサン』だろ!」と笑って訂正してくるような陽気なオジサン。


 まさかそんな大層な人だなんて、思ってもいなかった。



 これが『伝説』のシステムエンジニア。

 俺は今『伝説』を目にしている。



『伝説』にふさわしい攻防を繰り広げるタカさんに目を奪われる。

 タカさんもすごいが戦っている相手もすごい。

 数人がかりなのだろうか? それとも一人? だとしたらとんでもない相手だ。


 と、突然タカさんはコード類をガッとつかみ、一気に引き抜いた!

 ボン! と、ルーターが爆発した!



「あー。ルーター死んだなー」


 なんてことないようにつぶやいたタカさんは「ふうぅぅぅ〜……」と大きく息を吐き出した。


「はー。つっかれたー。トモ。コーヒー淹れてー」


 両腕を後ろに投げ出し支えにして天を仰ぐタカさん。

 すっかりいつものタカさんに戻った。

 俺のほうはさっきまでの迫力にのまれてまだザワザワしているのに。

 

「う、うん。ブラックでいい?」

「ブラックがいいー。マグいっぱい欲しいー」


 今度は机に突っ伏して駄々っ子のように言う。

 そんなタカさんにこわばりが少しほどけた。


「わかった。黒陽は?」

「私もコーヒー。ブラックで」

「了解。竹さんは――」


 ふと顔を向けると、竹さんは眠っていた。

 俺のベッドで横になり、すうすうと気持ちよさそうな寝息を立てている。


 ………何しに来たんだこのひと……。

 かわいいからいいけど……。


「あ。竹ちゃん、寝ちゃった?」

「私の結界だけで充分だったな」


 ああ。なんか探るタカさんの護衛だったのか。

 念には念を入れて護衛に来たけど、必要なさそうだからウトウトして寝ちゃった、といったところか?


「で、どうでした?」

「画面からは何も感じなかった。

 パソコン越しではわからないのか、そもそも相手が対象外なのかは、今回の一件では判断できない」

「そっかー。残念」


 どうやら『災禍(さいか)』が関わっているか判じるためにもついてきたようだ。

 で、わかんなくて寝ちゃったのか。



 すうすうと横を向いて眠るひとはあどけない顔をしている。

 俺に対する危険性とかまったく考えたこともないような、信頼しきった、安心しきった顔。


 気持ちよさそうに眠っていることを嬉しく思う反面、少しは警戒しろよと思う。



「トモー。コーヒーまだー?」

 タカさんの声にハッとする。

 や、ヤバい! また彼女に見とれていた!


「す、すぐ持ってくる!」

 ドタバタと階下に下りる俺の後ろでため息が落ちた。






「………ホントにトモのそばだと眠るんですねー」

「これで今夜も一晩寝てくれるといいんだが」


 あどけない様子で眠る竹ちゃんにポロリと言葉を落とすと、黒陽様もどこかホッとしたようにつぶやいた。



 竹ちゃんが眠れていないという話はオレも聞いていた。

 だからといって何ができるわけでもなく、当たり障りのない話をすることしかできなかった。


 生真面目な竹ちゃんはオレ達大人に対しても生真面目に接していた。

 甘える様子も見せず、あくまでも客人として、礼儀正しく節度を持って接してきていた。


 それをオレの女神とアキちゃんがぶち壊すことでかなり態度がほぐれてきたが、それでも竹ちゃんは甘えるところを見せない。


 いつもどこか緊張していて、まるで昔の自分を見ているようだった。



 昔。

 なにもかも失って、誰一人信じることができなかった頃。


 突然の衝撃に目が覚めたら、世界が変わっていた。

 あとになって大きな震災が起きたと教えられた。

 そうしてのんきな中学生だったオレはなにもかも失った。


 その頃のオレは世界中の不幸が自分に押し付けられている気がしていて、世界中でオレたったひとりしかいないような気持ちになっていた。


 つらくて、苦しくて、だけど誰も何も信じられなくて、いつもピリピリしていた。

 あたたかなぬくもりを知っているから、それを失った苦しみでいつもよく眠れなかった。


 やることを詰め込んだ。

 他のことを考えなくて済むように。

 クタクタに疲れ果てて夜眠れるように。

 それでも眠ると夢を見る。しあわせだった頃の夢を。たったひとり置いていかれる夢を。


 苦しくて、かなしくて、でもそんな弱いところ誰にも見せられなくて。

 表面上はへらへらと人当たりのいい顔をしていた。

 同じように世界に裏切られて傷ついていたオミの世話を焼くことで少しだけ救われた。


 本当の意味でオレが救われたのは、『半身(ちーちゃん)』と結婚してから。


 ちーちゃんはオレの痛みも苦しみもかなしみも全部さらけ出させた。

 ずっと隠しておくつもりだったそれらをあばき、逃げ出そうとするオレを抱きしめた。


「もういいよ」と。

「私がいるよ」と。


 受け止めて、受け入れてくれた。


 泣いて泣いて泣いて、抱きしめてもらった。


 その夜、あの震災から初めて、深く深く眠った。

 夢も見なかった。

 気がついたら朝で、世界が変わったかのようにスッキリとしていた。


 ずっとずっとあとに生まれてきたハルから『半身』という存在について教えられたときには深く納得した。


『半身』は互いに補い合う存在。

 もともとひとつの『(カタマリ)』だった存在。


 だからこんなにちーちゃんを求めるのか。

 だからこんなにちーちゃんが愛おしいのか。

 オレの『半身』。オレの唯一。オレの女神。

 女神のおかげで、オレは救われた。



「トモのそばなら眠れる」

 黒陽様にそう聞いたとき、思った。

 ああ、オレと一緒だ。と。


 眠れないのはけっこう苦しい。

 判断力低下するし、ずっと頭痛がやまないし、体力だって削がれていく。

 でもそんなことがわかったのも『半身(ちーちゃん)』がそばにいてくれて眠れるようになってから。

 それまではそんな自分が当たり前すぎて『苦しい』ことにすら気付かなかった。


 だから竹ちゃんも自分の苦しみに気付いていない。

 気付かないまま、責務と罪を背負っている。


 だから「少しでも眠らせよう」というアキちゃんの策に賛成した。

 そうして竹ちゃんを連れてノコノコとトモの家に来た。

 実際試してみたいこともあったし。


 確かに集中して仕事してた。

 竹ちゃんに意識は向いていなかった。

 だからって、ホンの三十分程で寝てるなんて、思わなかったよ!?


 それだけ普段追い込まれているということだろうか。

 それだけ『半身』のそばが安らぐということだろうか。



 安心しきったように眠る竹ちゃんに、昔の自分がダブる。


「……早く『半身』を『受け入れ』たらいいのにな……」


 トモはもうすっかり『受け入れて』る。

 まさかあいつがあんなになるなんて。

 四歳からずっと見ているが、あんな顔見たことない。あんなポンコツな態度も。

 まるで昔のオミを見ているようで微笑ましい。


『半身持ち』は『半身』に『受け入れてもらう』と、または『受け入れる』と、安定する。

 感覚的すぎて言語化は難しいのだが、カチリとはまるというか、落ち着くというか、抱えている不安とか苦しさとかが凪いでいくのだ。


 晃も『半身』であるひなちゃんと付き合いはじめた報告に来たときに言っていた。

「それまで恥ずかしくて触れることもできなかったのに、ひなが『受け入れて』くれた途端、触りたくてたまらなくなった」

 その感覚はものすごくわかるから強く叱れなかった。


 トモの挙動不審も竹ちゃんが『受け入れ』たならば落ち着くはずだ。

 そうなればアイツは竹ちゃんにとって優秀な護衛になる。

 サト先生にとっての玄さんのように。


 何より竹ちゃんが楽になる。

 オレはそれを身を以て体験している。

半身(ちーちゃん)』のそばならば、ひとり生き残った苦しみも罪も(ゆる)されて楽になった。


 竹ちゃんが眠るためにも、楽になるためにも、息子同然の存在の『しあわせ』のためにも、この二人をくっつけられたらいいんだけどなぁ。


 優しすぎるこの生真面目な娘さんは、己の罪を『半身』に負わせることを良しとしないだろうことも理解できる。

 オレだってちーちゃんに負わせるつもりなんかなかった。

 誰にも悟らさせず、墓場まで持っていくつもりだった。

 それを、あの女神は、こじ開けた。

 輝かしい光を、オレにぶち当てた。



「……トモの頑張りに期待するしかないかぁ」

 ため息まじりに落とした言葉に、黒陽様は何も言わなかった。

 ただ口をへの字に結び、じっと竹ちゃんを見つめていた。

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