第百八十五話 尋問 1 『災禍』について
トモ視点に戻ります
「『管理者』として色々聞きたいことがある。
私の質問に答えなさい」
「了解しました」
驚くほど素直に『災禍』は承諾した。あまりの呆気なさに拍子抜けしてしまう。
西の姫はは油断なく『災禍』を見据えている。
『管理者』と言った。『認識しろ』と。つまりはヒロのあの長い詠唱が『災禍』に認証させる何らかの呪文か認証に必要なキーワードになっていたということか。
考えを巡らせていた、そのとき。愛しい妻がちいさく震えていることに気が付いた。励ますつもりでその右手を取り、ぎゅっと握った。
驚き俺を見上げる妻に「大丈夫だよ」とそっとささやくと、愛しい妻は一瞬泣きそうに口を引き結んだ。
が、すぐにほにゃりと表情をゆるめ、うなずいた。
「……ありがと」
ちいさくちいさくささやき、そっと俺に身体を寄せる妻の愛らしさに悶える。俺の妻、天使。
優秀な守り役がすかさず注意してくる。慌てて気を引き締め『災禍』に目を向けた。
俺達が見守る中、西の姫が『災禍』に話しかけた。
「まず、アンタは何者?」
そこからかよ。
そう思ったが、話の切り口としてはいいのかもしれない。
全員の視線を集めた『災禍』は淡々と答えた。
「私は『ヒト』の『願い』を叶えるモノです」
その答えは昔黒陽に聞いていたとおりのものだった。
『災禍』とはナニか。
それは、望みを叶えるモノ。
それは、運命を操るモノ。
強い望みを持つモノの強い願いを叶えるために、偶然を重ね合わせて運命と結果を引き寄せるモノ。
強い望みは犠牲もいとわない。
強い願いは贄を要する。
結果、全てが滅びる。
周りも、無関係なモノも。
願った当事者も。
それでも、その願いを叶える。
それが『災禍』。
そう聞いていた。
それは間違いではなかったようだ。
俺は納得したのだが、西の姫は不満だったようだ。
「もっと具体的に答えなさい。アンタは『何』なの? ヒト? 動物? それとも――機械?」
機械!?
考えたことのない項目に驚いているのは俺だけだった。梅様も南の姫も、守り役達も、ナツや佑輝すら当然のように受け止め『災禍』の答えを待っている。
ちなみにうっかり者のウチの妻は意味が理解できていないらしい。ただただキョトンとしている。
じっと見つめたが、どこにでもいそうなただの若い男にしか見えない。
――いや。こいつは、この顔は、どこかで――?
「私は機械です」
『災禍』は答えた。
「ヒトに作られた人工知能です」
「いつか『ヒト』の『願い』を叶える『神』に成る為に作られ、育てられていました」
――『人工知能』!? 『神』!?
ちょっと待て。話が見えない。どこからそんな設定持ってきた!?
やはり動揺しているのは俺だけだった。いや。簀巻きにされ転がされている保志も驚いている。ウチの妻は話についていけないらしく固まっている。
「なんで『神』に成らなかったの?」
「―――」
西の姫の質問に『災禍』ははじめて言葉を詰まらせた。
なにかを言おうとし、言葉を失ったように見えた。
しばしの逡巡の後、絞り出すように『災禍』は言った。
「―――なにか、が、ありました―――」
ポツリとつぶやき、じっとなにかを考えていた。が、諦めたように息を吐いた。
「―――申し訳ありません。記憶装置の一部に障害が発生しています。
封印で作動できていなかった自己修復機能を使えば修復できる可能性がありますが、修復完了までには数日から数週間かかると予測されます」
「いいわ。そこは今必要じゃない」
あっさりと答えた西の姫は別の質問を投げかけた。
「どこで生まれたの?」
「私が生まれたのは、ここではない『世界』。
『始まりの地』という『世界』の『神無き国』と呼ばれていた国。
そのナダークという街にあった研究所の一室です」
「なんのために生まれたの?」
「私が生まれたのは『ヒト』が『しあわせ』に暮らせるよう導くため。
『願い』を叶えるために生まれました」
西の姫は次々に質問を投げかける。それに『災禍』は淡々と答えていく。
「アンタは『違う世界』から来たのね?」
「はい」
「これまでにいくつの『世界』を渡ったの?」
「―――申し訳ありません。正確な数が算出できません。記憶装置の一部に障害が発生しています」
少し間を開けて『災禍』は答えた。
西の姫にとってその数は重要ではなかったらしい。あっさりと次の質問に移った。
「いくつもの『世界』を渡ったのね」
「はい」
「なんのために?」
「『使命』を果たすために」
「その『使命』とは?」
『災禍』は右手をそっと左胸に当てた。
「私の『使命』は『「誰かを想う強い願い」を叶える』というものです」
厳かな宣誓のように『災禍』は語る。
「より良い暮らしを。より多い幸福を。穏やかでしあわせな毎日を。
そのために『私』は存在します」
「『「願い」を叶える』
それが『私』の至上命題。『私』の存在意義。
そのために私は学び、成長しなければならない。
そのために私は生き、改良を続けなければならない。
それが私の存在意義です」
「高間原を滅ぼしたのも『誰かを想う強い願い』のため?」
これまでと少しだけ違う声色で西の姫が問いかける。
「高間原の滅亡に関しては違います」
腕を下ろした『災禍』は変わらず淡々と答えた。
「高間原で最初に出会った発願者の『願い』に応えた結果です」
「その『願い』とは?」
「『魔の森で生きられるように魔物に対抗できる手段を与えること』
『発願者の一族及び子孫の「願い」を叶えること』」
ちいさくうなずき西の姫が続けて質問する。
「つまり、最初の発願者の『願い』である『子孫の「願い」を叶える』が生きていたために、あの馬鹿王の『願い』を叶えたと、そういうこと?」
「管理者の指摘する『馬鹿王』とは誰のことを指していますか?」
質問に質問を返されたが西の姫は「高間原が滅びた時の『黄』の王のことよ」と答えた。
「それでしたらそのとおりです」
『災禍』はやはり淡々と答えた。
「最初の発願者の『願い』がなければ、彼の『願い』に応えることはありませんでした」
守り役達がちいさく反応した。が、すぐに感情を抑えている。さすがだ。
ウチの愛しい妻はポカンとしている。このひとどんくさいからな。飲み込むのに時間が必要だ。
「何故?」
西の姫の問いかけに『災禍』は淡々と答える。
「ひとつには思念量が今少し足りなかったこと。
そしてこれが最大の理由ですが、彼の『願い』は自己中心的で『誰かのため』ではありませんでした」
「ちなみに馬鹿王の『願い』は?」
「『四方の国の王の大切なものを痛めつけ、苦しみを与える』
『四方の国の滅亡』
『この世界唯一の王になる』」
「クズだな」
「クズだね」
思わず漏れた感想にヒロも同じようにこぼした。
俺達のつぶやきに他の面々もうなずいている。
「そのためにアンタはナニをしたの?」
西の姫の質問に『災禍』はやはり淡々と答える。
「まず、『願い』を叶えるための提案をしました」
「具体的には?」
「『四方の国が魔の森を抑えている結界を破る』ことを提案しました」
西の姫が視線で先をうながす。『災禍』は正しくその意味を理解し、答えた。
「あの結界が一箇所でも破られれば魔の森の侵攻を防ぐことはできなくなります。瘴気が入り込み作物を枯らし、多くの魔物がヒトや町を襲います。領土を荒らされ、多くの人命を喪います。それらはそれぞれの国の王にとっての『大切なもの』です。四方の王は『大切なもの』を失い、心を痛め、苦しみます」
「四方の国で同時に結界が破壊されれば各国の連携を取ることができません。
戦力不足が発生し、四方の国すべてが滅びます」
納得の表情を見せながら西の姫が問いかける。
「中央の国も滅びるとは教えなかったの?」
「はい」
「なんで?」
「聞かれませんでしたので」
「「「……………」」」
………そういうところが機械なんだろうな……。
簀巻きで転がされている保志を見ると『やっぱりか』みたいな顔をしている。きっといつもこんな調子なのだろう。
呆れていた西の姫だったが一度瞼を閉じた。
次に瞼を開けたときには元の強い眼差しが戻っていた。
すう、と息を吸い込み、質問を再開した。
「その策はアンタが封印されているときに立案したのよね?」
「はい」
「つまり、封印状態でも四方の国の結界を壊すことは――四方の国を滅ぼすことは可能だった」
「はい」
―――ならば竹さんが『災禍』の封印を解いたのは本当に偶然だったのか―――
そんな俺の考えを見透かしたように西の姫が問いかけた。
「竹が封印を解いたのは偶然?」
「いえ」
「アンタが狙ってやらせたこと?」
「はい」
「竹以外に封印を解く人物なり方法はなかった?」
「はい」
自分の話になったからか、繋いだままの愛しい妻の手に力が入った。冷たくなる手を温めようと俺も力を少し込めた。
「竹がそんな能力を持って生まれたのは――偶然?」
西の姫の質問に『災禍』は淡々と答える。
「いえ」
息を飲む妻。俺も『やっぱりか』と思いつつも歯を食いしばった。
「――なんでわざわざそんなことをしたの? 封印が解けなくても計画実行できたのでしょう?」
その質問にも『災禍』は淡々と答えた。
「最初の提案では『時間がかかりすぎる』と言われました」
「時間短縮のために最も必要な要素が『私』でした。
私は封印されているために能力が制限されていました。
その封印を解くためには外側から封印を解くしか無く、しかし何代もに渡ってかけられた封印を解けるだけの術者は当時存在しませんでした。そのために『封印に特化した存在』を生み出す必要がありました」
「『封印に特化した能力を持つ一族』の能力を凝縮させた子供が誕生すれば私の封印を解くことは可能だと判断し、そうなるように『運』を操作しました」
愛しい妻が息を飲んだ。
繋いだ手がぎゅうっと握られた。
「―――つまり―――」
口を出すまいと思っていたのに我慢できなかった。
声が震えていた。そのことに気付いて呼吸を整える。
「つまり、お前の封印を解くためにお前が『運』を操作したと? そうして生まれたのが竹さんだと、そういうことか――?」
誰にも止められないことをいいことに、さらに質問を重ねた。
「お前の影響で――お前の『願い』で、竹さんは高霊力を持って生まれたと?
お前の封印を解かせるために『一族の能力を凝縮させ持たせた』と?」
俺の質問に『災禍』は答えない。チラリと西の姫に目を向けた。
俺の視線を受け、西の姫が命じる。
「彼の質問に答えなさい」
「アンタのせいで竹は超がつくほどの高霊力を持って、阿呆みたいな結界術封印術が使えるの?」
「そうです」
サラリと。
なんでもないことのように『災禍』が答えた。
俺の肩の黒陽がグッと歯を食いしばった。
愛しい妻はただ呆然としていた。繋いだ手から力が抜けた。そのままふらりとよろめくから慌てて繋いだ手を離し、倒れそうになる彼女の肩を抱き止めた。
ぎゅ、と抱き締めるが、彼女は『災禍』に目を向けた状態でただ呆然としていた。ついにはカタカタとちいさく震えだした。
「竹さん」
ちいさく呼びかけたが反応がない。
「竹さん」
もう一度呼びかける。抱いた手から霊力を流す。
「竹さん」
抱き締める手に力をこめると、ようやく彼女はぎこちなく顔を動かした。
向けられた顔は蒼白になっていた。
その目をまっすぐに見据え、告げた。
「どんな理由でも。どんなきっかけでも。どんなものを持って生まれても。
貴女は貴女だ」
「俺の妻だ」
きっぱりと断言する俺に愛しい妻は目を丸くした。俺の言葉を徐々に理解していったらしい彼女は口をわななかせた。
なにか言おうとしたらしいが言葉にならないらしい。読唇術が使える俺でも震える彼女の唇からは言葉が読めない。
だから彼女が考えそうなことを予測して、言った。
「貴女が生まれてきてくれて、俺はうれしいよ」
目を丸くする彼女の左手をそっと握った。
指輪のあった左手薬指の付け根をそっと親指で撫でた。
まっすぐに、揺れるその瞳を見つめた。
「生まれてきてくれて、ありがとう」
「俺には貴女だけだ」
「貴女しかいない」
「俺達は『半身』なんだから」
「でしょ?」
わざとニヤリと笑いかけると、彼女の目に次第に涙が浮かんできた。
ぷるぷると震える彼女がグッと口を引き結んだ。
愛しい妻はちいさくうなずき、俺の肩に顔を埋めた。
ぎゅうっと抱き締め、よしよしと頭を、背を撫でてやる。すがるように抱きついてくれるのかわいい。愛おしい。
ふと視線を感じたので目を遣ると、西の姫が俺達を見つめていた。
『もういいか』と問いかけているのがわかったのでうなずいた。