ヒロ 42 突入
お久しぶりです。
どうにか間に合いました(汗)
本編第百七十二話 目覚めからのおはなしをヒロ視点でお送りします。
トモと竹さんが目を覚ました。ふたりとも体調は大丈夫そう。よかった。
トモは『しあわせいっぱい!』ってかんじでデレデレニマニマしてる。竹さん抱きしめたいのを必死で我慢してるのまでまるわかり。まさかトモがこんなふうになるなんて。
でも、よかった。
こんなふうにふたりがイチャイチャベタベタできたらいいなってずっと願ってきたから。
トモが本当にしあわせそうで、竹さんもなんかこれまでと別人みたいにトモに甘えてしあわせそうで。
お似合いのふたりにぼくもうれしくなった。
ふたりがこれからもずっと『しあわせ』でいるためにも『災禍』に『呪い』を解かせないとね!
寝てて話し合いに参加できなかったふたりに改めてあれこれ説明してたら電話がかかってきた。後方支援の坂本さんからだった。
鬼が出た!? 待機状態にしてた式神で確認。ホントだ! しかもこっちにもかなり来てる!
トモがパパッと対応を指示する。すごいねトモ。また頼もしくなってない? ぼくも負けないようにがんばらなくちゃ!
最終確認を済ませて突入! 佑輝の『絶対切断』が大活躍!
六階に行ってトモが『異界』の入口を見つけた。なんでわかるの。トモ、すごすぎない? そもそもなんで『異界』の中にさらに『異界』が在るなんて発想できるの。
そうして全員で『異界』に突入した。
目の前に広がるのは見事な日本庭園。写真でしか見たことのなかった篠原家の庭。
社長がどれだけあの家を大事に想っていたかを見せつけられるようで、なんだか――可哀想に、なった。
大事な家族をすべて喪った。
そのきっかけは自分かもしれなくて。
でも『災禍』がそこから目をそらさせた。そうして復讐に走った。
もし。
もしも。
霊力過多症にならなかったら。
安倍家のフォローがあったら。
おじいさん達がお互いに『願い』のことを話し合ってたら。
そしたら彼は『しあわせ』に暮らせたかもしれない。
家族は誰一人死ななくて、彼も霊力過多症を克服して普通のパソコン好きの学生になって普通のエンジニアになったかもしれない。『贄』にされたたくさんのひとも死ななくて、みんなみんな『しあわせ』に暮らせたかもしれない。
「『もしも』なんてあり得ない」
「『たられば』なんて意味がない」
いつもハルに怒られる。
でも、つい、考えちゃう。
なにかできたんじゃないかな。
もっといい結果にできたんじゃないかな。って。
もしかしたら、もっともっと大きな視点でみたら、今回の一連の出来事こそが『最善』なのかもしれない。実際『災禍』はそう判断してた。
でも。
たとえ『甘い』って言われても。
ぼくは『誰かの生命』を見捨てたくない。
『誰かの生命』を、『誰かのしあわせ』を諦めたくない。
ぼくは救ってもらったから。
余命宣告がくつがえされた。生命を救ってもらった。それから遊びまくった。『しあわせ』を、『楽しい』をもらった。
ぼくがもらった分、誰かにおすそ分けしたい。
だから。
ムカつくおじいさんも。言葉足らずな人工知能も。
助けられるのならば、助けたい。
お人好しで生真面目で頑固なお姫様も。ずっと一緒にがんばってきた親友も。
『しあわせ』になってほしい。
そのためにできること。
ぼくにしかできないこと。
じっとお庭を見つめて決意を固めていた、そのとき。ひとの来る気配がした。顔を向けた廊下の向こうから現れたのは、ひとりの青年。
「―――ようやく会えたわね―――」
ニヤリ。菊様が口の端を上げられた。
「『オズ』」
びっくりしたみたいに目をまんまるにしている、彼こそが『災禍』。
吊り目がちの目。怒ったみたいな眉。資料で見た『宿主』保志叶多の高校生の頃の顔形。
『災禍』は「姿が変えられる」と守り役様達がおっしゃっていた。竹さんの封印から開放されたのはついさっきのこと。とりあえず間に合わせで出会った頃の姿になってるのかな?
「ヒロ!」
菊様の声に考察を止める! パンと両手を合わせる! 集中!!
「管理者登録照会符丁、宣言開始!」
必死に言葉をつむぐ。一音でも間違えたらアウト。噛んだり詰まったりしたらアウト。記憶した発音をたどる。
めちゃくちゃにキーボード叩いたのが日本語に聞こえるなんて、どんな偶然だろう。これこそが『神様の思し召し』ってヤツなのかも。でもぼくの知識にある呪文とか単語とかとビミョーに似ててビミョーに違うところもあるから言い間違えそうになる。発音もビミョーに違うところもある。早口言葉みたいに似た音が続く。すごくすごく集中して、一音一音確認しながら声に出す。
《あとちょっと!》《がんばれヒロ!》晃の思念が伝わってくる。
《がんばれ》《がんばれ》《頼む》ナツの、佑輝の、トモの思念も伝わってくる。
みんなが応援してくれる。みんなが支えてくれる! あと一息! がんばる!!
さらに集中! 最後まで油断しない!!
「ひとふたみいよういつむうななやあここのつとお ゆらゆれゆれる」
「ふるえ ゆらゆらと ふるえ」
最初と最後の発動キーは言葉に意味を込めないと発動しない。その最後の発動キーまでたどり着いた!
すう、はあ。呼吸を整える。――集中!!
キッ! 竹さんの結界にとらわれている対象を視認! 宣言開始!!
「管理者登録照会符丁、宣言終了!」
どうだー!!
叩きつけるように叫んだ途端、とらえられていた『災禍』の身体がビクン! と跳ねた! そのまま硬直したかのように身動きを止めた。
どう? 効いた?
間違いないように言ったつもりなんだけど。
ハアハアと息が乱れる。効いたのかわからなくて、どうなってるのかわからなくて、合わせた両手はそのままにただじっと『災禍』見つめるしかできない。
竹さんの笛のメロディだけがあたりにただよう。誰も一言も発することができない。
身動きすらできない雰囲気の中、菊様がスッと足を出した。一歩、二歩と進む菊様に白露様が付き従う。
『災禍』まであと一メートルのところまで進んだ菊様は動きを止めた。
「――『オズ』」
菊様の声に『災禍』が反応を示した。それを確認し、菊様はさらに呼びかける。
「私は『管理者』」
「ここからはこの『世界』の『日本語』で命ずる。『認証』しなさい」
菊様の『宣言』に『災禍』はなにか考えているように見えた。どうなってるのか、なにが起こるのか。わからなくて、ただただ両手を合わせたまま『うまくいけ!』って祈った。
ふ。と。『災禍』の意識が戻ったのがわかった。
どこか呆然としていたその目にしっかりとした意志が浮かんだ。
その目を菊様に向け、はっきりと言った。
「――『管理者』とその『言語』を『認証』しました。
ここからは『日本語』で対応します」
―――やった―――!!
ドッとチカラが抜けた。やった! 成功した!!
膝が勝手に崩れた。その場で四つん這いになってゼエハアと呼吸をする。
やった! やった!! 成功した!!
実はめちゃめちゃ不安だった。めちゃめちゃこわかった。
ぼくが失敗してなにもかも台無しになったらどうしようって。
たった一音言い間違えただけでアウト。ホンの少し噛んだだけでもアウト。練習なし。ぶっつけ本番。やり直しは効かない一発勝負。
それで五千年苦しんできた姫様達を救えるかが決まる。京都のひと達を救えるかが決まる。トモと竹さんの『しあわせ』が決まる。
成功すれば万事解決。でも、少しでも失敗すれば――。
考えないように、成功イメージだけを見るようにして必死に言葉をつむいだ。必死に『記憶』をたどった。どうにかやり遂げた! 成功した! やった! やった!!
プレッシャーから開放された開放感。無事任務を果たせた達成感。他にもいろんな感情が込み上げてきてまぜこぜのぐちゃぐちゃになってる。でもイヤなものじゃなくて、うれしくて安心して、そう感じたら疲れがドッと押し寄せてきて、動けなくなった。
ボタボタ汗が落ちる。
「………やった………」言葉もポロリと落ちた。
ナツがペットボトルを渡してくれた。
その水を飲み干し、頭からぶっかけてようやく一息つけた。
ああもう疲れた。でも無事に任務を果たせた。よかった。安心した。こんなのもうこりごり。
ホッとして、やっと周囲を認識することができるようになった。
菊様は白露様を従えて『オズ』と対峙中。梅様と蒼真様は菊様になにかあったときのために控えておられる。
佑輝が『オズ』に向けて刀を構え警戒してくれてる。ナツはずっとぼくについてくれている。
蘭さんと緋炎様は社長を見張りつつ『オズ』も警戒してくれてる。社長は蘭さんに簀巻きされ転がされている。猿ぐつわをかまされて「むー!」「むー!」とずっと文句を言ってる。晃はその社長の横に膝をついて「ごめんねカナタさん」「ちょっと我慢しててね」なんて優しい言葉をかけている。
トモは竹さんを構い倒している。浮かれては肩の黒陽様に絞められている。竹さんも大丈夫そう。デレデレと竹さんに見惚れているトモに菊様がうんざりとしたように「もういい?」と声をかけられた。
トモでなく竹さんが「はい」「もう大丈夫です」と生真面目に答える。そんな竹さんをトモはデレデレと見つめている。まさかトモがこんなふうになるなんて。何度見ても信じられない。苦笑で顔が引きつっちゃう。
菊様がため息をつき「……いいわ」と諦めたように吐き捨てられた。そうですね。もうトモは放っといてください。ネジがゆるみまくってます。
菊様は改めて高校生の頃の社長の姿をした『オズ』に向き直った。
「『管理者』として色々聞きたいことがある。
私の質問に答えなさい」
「了解しました」
驚くほど素直に『オズ』は承諾した。