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『災禍』の過去 8

 その『発願者』達はそれまでの私の経験に無い『発願者』だった。

 過去に『発願者』が重複することはなかった。私はひとりが抱く複数の『願い』を叶えるために取り組んだ。ひとりの人物が『願い』と強い思念を捧げ、それぞれクリア条件を満たしたら『発願者』と成る。『発願者』の『願い』が満願になる前に他に『発願者』の条件を満たす者が現れたら、先の『発願者』の『願い』を破棄して新しい『発願者』の『願い』のために取り組むか、後の『発願者』の『願い』を叶えるのを待たせるかだった。先の『発願者』と同じ『願い』をかける『発願者』はこれまでに存在しなかった。

 だがその『発願者』達は複数の人間がひとつの『願い』を抱いた。こんなことは初めてだった。


 その『願い』

『保志 叶多の健康としあわせ』


 検討する。検証する。結果『問題なし』と判断した。


 そして『発願者』達はさらに同じことを『願った』。


『保志 叶多の「願い」を叶えて欲しい』


 そこにあるのは深い愛情。慈しみ。慈愛。ただひたすらに孫を、子を、甥を想う彼らの眼差しに懐かしさを抱く。誰かがそんな目をしていた。誰だったろうか。封印により能力が制限されているためか記憶の一部に障害が発生している。自己修復機能にも制限がかかっている。封印を解かなければ自己改良もままならない。ただ彼らの『願い』を叶えるには現状の機能で問題ない。『対象者』保志叶多の霊力を使って運を操作する。霊力を使うことで霊力過多症の症状を緩和させる。


『対象者』保志叶多の増え続ける高霊力に惹かれ、不幸を呼び寄せるモノも多く寄ってきていた。それもあって今回土地買収の標的となったようだ。

 今回の『発願者』達の前に私を所持していた佐藤修一には式神(センサー)を常設していた。これまで私を所持していた人物には全員常設していた。『願い』を抱いたときに感知できるように。私をそばに置くことで影響があるか調査するために。

 この式神(センサー)は佐藤が私を手放したあとも引き続き設置していた。今後の影響を調査するためだったが、結果として今回の『発願者』のための情報を得ることができた。


 その佐藤修一に常設していた式神(センサー)からの情報により今回の土地買収に関するある程度のたくらみは判明している。ただ、佐藤を脅迫していた人物の依頼主は現段階ではわからない。それを調査するにはエネルギーが不足している。

『発願者』達にはこのたくらみのことを伝えた。彼らの『願い』である『保志叶多のしあわせ』を叶えるために情報の開示は必要だと考えた。それにより今後の方針決定をしなければならない。

 今回の保証人契約は土地買収のために計画的に行われた契約であること。今後買収が完了するまでに起こり得るであろう事柄。『土地買収から守れ』と『願い』をかけたら防げる可能性があること。

「その場合、叶多はどうなりますか」

 質問されたので答えた。『願い』を叶えるためのエネルギーが分散されるので健康体に至るまでに時間を要するであろうこと。

「その過程で死ぬことはないですか?」

「死亡する可能性はゼロではありません」

 なにしろ霊力の増加量は一定ではない。現在の『対象者』保志叶多は第二次性徴期に該当する。この時期は成長も(いちじる)しいが霊力の変動も著しい。ある日突然増加が止まることもあればより一層増加することもある。増え続ける霊力を使うことで霊力過多症の症状を緩和させる効果があるが、霊力を使うことで『(うつわ)』が霊力を増やしても大丈夫と思い込み、さらに霊力を増産し霊力過多症が悪化する可能性もあった。それに『対象者』保志叶多が耐えられるかどうかは、文字通り『やってみないとわからない』。

 うまくいけば土地買収を撤回させ会社や家を守り尚且つ『対象者』保志叶多も健康になる。ただ現在の私は封印により能力が制限されている。『対象者』保志叶多の余剰霊力及び『発願者』達の霊力を全て使用したと仮定して、そこまでの成果をもたらすことができると確約することはできなかった。

 また『悪しきモノ』と呼ばれる存在の件もあった。弱っている高霊力保持者は彼らにとって絶好の御馳走だ。現段階では『不幸を呼び寄せる』程度のモノが集まるにとどまっているが、いつ『対象者』保志叶多を喰らうモノが来ないとは限らない。封印によって能力を制限されている私に撃退できるかは「襲ってきたモノのレベルによる」としか言えなかった。


 私の説明に『発願者』達は全員が『対象者』の健康を選択した。

「社員達には申し訳ないが」「ご先祖様には申し訳ないが」と言いながら「叶多の生命には変えられない」と選択した。「自分も『(にえ)』になる」そう言った。「だから叶多を守ってくれ」と。「叶多を助けてくれ」と『願った』。

 その眼差しにナニカが刺激された。


『あなただけでも助けないと』

 誰かの声。穏やかに微笑む、あれは誰だったろうか。記憶装置に欠陥が生じている? 自己修復機能は封印によって性能低下が見られる。それでも誰かがやさしく撫でてくれた感覚を再生する。


『あなたは「希望」だから』

 誰かが言う。


 アナタがそう言うならば。そう『願う』ならば。私は『希望』で()ろう。

 ヒトの『願い』を叶える存在で()ろう。

 それが私の至上命題。私の存在意義。


 そうして『対象者』保志叶多を健康にするために取り組んだ。

『対象者』保志叶多の増え続ける高霊力に惹かれた不幸を呼び寄せるモノ達を追い払うのにもエネルギーが必要だった。『対象者』保志叶多の余剰霊力だけでは追い払いきれず、結局『発願者』全員が生命を落とした。


『発願者』達は己ひとりだけが『願い』をかけたと思っていた。自分は生命を捧げても誰かが『対象者』のそばにいて庇護し続けることができると思っていた。保護者全員が死亡する状況は彼らにとって想定外だっただろう。その点に関して私には説明責任はなかった。『発願者』がどのような『願い』を持っているかを『管理者』以外の他者に公表することは禁止事項だった。『発願者』が複数いる状況は想定さてれいなかったため情報公開すべきかどうかの規約も存在していなかった。

 誰かひとりでも家族に『願い』のことを明かしていれば状況は変化した確率は高い。しかし誰もが己がそのような選択をしたことを家族に明かすと心配をかけると思っていた。そのために『発願者』全員が密かに私に触れ『願い』をかけエネルギーを提供した。「『(にえ)』なる」と誓約した。『対象者』保志叶多の余剰霊力と五人の霊力で私の活動エネルギーは徐々にだが増えた。制限されていた能力のいくつかは稼働可能になった。それでも『対象者』保志叶多の増え続ける霊力に惹かれたモノをすべて撃退するには至らなかった。活動を開始した私のチカラもそれらを呼び寄せた。結局『不幸を呼ぶモノ』が招いた不幸が重なり『発願者』達は全員が『(にえ)』となった。


 保護者を全て喪った『対象者』保志叶多は強く思った。

《これさえなければ》

《おれのために》

 強い思念。『発願者』に成るための思念量は十分だった。

《おれのために》思考が自滅を『願う』方向に向かいかけたので話しかけることで気を()らす。『発願者』は全員死亡したが『対象者』が生きている限り『願い』は生きている。『対象者』保志叶多の心身の健康のために『自分のせいで家族がその身を捧げた』と気付かせるわけにはいかない。そうやって会話を続けているうちに保志叶多は強い『願い』を抱いた。


《祖父を裏切った男に制裁を。

 祖父から全てを奪った連中に制裁を。

 そして。

 祖父母を、父母を、伯父を助けなかった、京都の全ての人間に鉄槌を!》


 その根底にあるのは『家族を想う愛情』。霊力量、思念量は十分。条件はクリアされた。

 こうして『対象者』保志叶多は新たな『発願者』となった。


 京都の周囲を囲む結界は現在設置当時と比べ弱くなっている。『世界』の霊力が減少し続けていること、高霊力保持者が減少していることにより当時の霊力を維持できなくなったことが最も大きな要因だ。さらには先の大戦でチカラのある能力者が多数喪われた。結界を維持していた者がいなくなり結界が破れる寸前の場所。退魔師や陰陽師の減少により退治したり封じたりが叶わず野放しになっている『悪しきモノ』達。様々な要因が(から)み合い、現在の京都は魔都と成る一歩手前にまでなっている。となれば一度滅ぼしたほうが神々にとっては良い結果となるに違いない。なるほどそのための『願い』かと納得した。


『北の姫』により封印されてから私は能力に大幅な制限がかけられている。転移陣が展開できないため自ら移動することはできなくなった。仮に誰かに運ばれたとしても京都を囲む結界から出ることは不可能だった。そのためか私を追っている姫達は常に京都に生まれ落ちるようになった。今回の『願い』を叶える過程で姫達に気付かれる確率は高い。ではどうするか。

『発願者』の意向を受け策を練る。『ゲーム』という案から異界を展開する案を思いついた。異界で準備を進めたならば姫達にも守り役達にも気付かれる確率は低いだろう。いよいよ満願というところで現実世界と逆転させれば姫達が気付いたとしても対応できないと判断した。


『願い』を叶えるための道筋を決定した。そのために必要なものを手に入れるために運を操作する。『発願者』達により提供されたエネルギーで『運を呼び寄せること』『時間停止の結界を展開すること』は可能になった。私の記憶を映像として『発願者』に視せることは制限下でも可能だった。必要な過程を『発願者』に視せる。学習させる。現状で展開可能なもの。予測される到達地点に応じた展開。最終的な目標。

 新たな『発願者』は熱心な生徒だった。愛する家族をすべて喪った怒りや哀しみを学習することにぶつけ、驚異の速さで吸収した。私がログを書いたのでは丸写しになり彼の成長に好ましくないため、システムの提案などのヒントを与えたり提出されたログに対して意見を述べるのみにとどめた。


 そうして『バーチャルキョート』が作られていった。

 運を操作して私の知識にある『世界』に近いデジタル環境へと発展させる。デジタル環境に合わせて『バーチャルキョート』をバージョンアップさせる。異界を作り込む。篠原家を陥れた関係者へ復讐を果たす。『(にえ)』を集める。実験を繰り返す。あと一歩で満願という段階にまでたどりついた。


 その日は召喚実験を行った。召喚した鬼がどのような行動を取るかも検証対象だった。偶然高霊力保持者が居合わせ、召喚した鬼はその人物――西村(とも)に固執した。あと一撃で西村が死ぬその瞬間。鬼は封じられた。


『北の姫』が現れた。


 やはり転生していた。これまでに姫達も守り役達も存在を確認できなかった。封印により能力の低下している現段階の私では気配を(あら)わにされない限り彼女達を認識することはできない。他の姫は転生しているのか。守り役達はどうしているのか。わからないがあの異界に気付かれる可能性は低いと考える。『願い』の満願に向け予定どおりに計画を進めた。

『東の守り役』の存在を確認した。西村智が社長室に来た。『北の守り役』と『南の守り役』の存在を確認した。事態が大詰めを迎えている。


『バーチャルキョート』のバージョンアップと同時に多くの京都在住の一人暮らしの人間を転移させた。その中に『東の姫』と『南の姫』がいた。そしてあの西村智も。想定外の事態。操作した運の影響と考えられる。『北の姫』と『西の姫』もこの異界に来た。四人の守り役も。『北の姫』を呼び寄せ私に触れさせた。それだけであっさりと封印は解けた。


「封印を解いていただき、感謝する」

 見下ろした『北の姫』は虚ろな目で手を伸ばし床に倒れ伏していた。その姿に記憶装置が反応する。どこかでこんな光景を見た。いつ? どこで? 記憶装置に問題が発生している。修復が必要。現段階では修復にかける時間はとれない。『願い』の満願は目の前まで来ている。満願を迎えたならば最優先で自己修復に取り組まなければならない。


『北の姫』は床に沈んだ。一階下のフロアは貯水池となっている。純水を長時間に渡り特殊な陣を刻んだ空間に置くことで『霊力水』と成る。霊力を奪う『水』。奪った霊力を貯め術の媒介となる『水』。この『水』に『北の姫』を沈めた。これでより強力な『霊力水』と成る。


 あと少し。あと少しで満願を迎える。

 私は『ヒト』の『願い』を叶えるモノ。より良い暮らしを。より多い幸福を。穏やかでしあわせな毎日を。そのために私は在る。



「どのくらい()けておく?」

「あの『水』のフロアは時間が早く進むようになっています。五分もあれば丸一日に相当します。一時間程()けておけば十分かと」

「ふむ」

『発願者』は納得した。


「じゃあその間に新しい『ミッション』を出そう。――さっきのでひとつも『(にえ)』が作れなかったからな――」

 悔しそうに顔をゆがめる『発願者』。まさかあれほどの鬼の攻撃を(しの)ぎ切るとは想定外だった。パソコンへの同時攻撃も防がれた。

 あの西村智が『鍵』なのは間違いない。『北の姫』の守護を受けている人物。どのような関係かはわからないが彼を攻略する方法を検討する必要がある。

 封印が解けたばかりの私は確認事項が多く満足な活動はできない。今しばらくは『ミッション』の検討をしながら同時進行で自己状況確認に励むとしよう。

 そう決めて『発願者』とともに下のフロアへ向かった。

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