『災禍』の過去 5
『北の姫』が私の封印を解いた。
『北の姫』が触れただけで封印が解けるとは想定外だった。やはり能力を凝縮させすぎたらしい。
とはいえおかげで必要と思われていた段階をいくつも省略できた。感謝を伝えたが『北の姫』は恐怖に震えていた。守り役が姫をかばって重傷を負ったためかと思ったが、私自身におそれを抱いているのがわかった。
今の私はこの『世界』の最初の『発願者』の姿になっている。後を継いだ子孫の『願い』により、在りし日の彼の姿となった。
この姿が恐ろしいと感じているのかと思念を読む。と、どうやら私のチカラを察知し畏れているとわかった。
封印されている間自己改良に励みすぎただろうか。抑えようにも封印が解けたばかりでは確認事項が多くてチカラを抑えるに至らない。
『南の姫』が、守り役達が私に攻撃を仕掛けてくる。《滅する!》強い意思の込められた攻撃。話し合いの余地はなさそうだ。一同の時間を止めておき、私だけが現在の『発願者』のもとに戻った。
封印が解け、かつての『発願者』の姿をとった私を見た現在の『発願者』は驚いていた。が、すぐに納得し『願い』の満了に向けて動くよう指示してきた。
四方の姫と守り役の時間を止めてきたことを伝えると『発願者』は「娘共を八つ裂きにしてそれぞれの王に届けよう」と言い出した。
姫と守り役を殺すことは『願い』の満了に対し意味があるかと問われれば確かに意味はある。あれほどの高霊力保持者ならば十分な『贄』となる。今後の活動のためのエネルギーとなる。だが。
式神を通して視た光景が再生される。楽しそうに談笑する四人の姫。それを見守る側仕え達。懐かしいあの研究室そのままの光景。『キタノ博士』。『北の姫』。同じ響きの『呼び名』。『竹』。同じ意味の『名』。穏やかな人柄。生まれ変わりかもしれない姫。
姫と守り役を殺すことは『願い』の満了に対し確かに意味はある。だが、必ず必要だということはない。姫達は私の封印を解いた『恩人』と言える。『恩人』を殺すというのは『恩を仇で返す』と言える。ゆえに、姫と守り役を殺すことは得策ではない。
だがこの『発願者』にそのように説明しても納得されるとは思えない。ではどうするか。
ふと思いついた。
『生まれ変わり』――『転生』
過去の『世界』で多かった『願い』『不老不死』。
特に女性は『永遠に若いままで』『美しい外見を保つこと』を望んだ。その手段のひとつとして『記憶を持ったままの転生』を提案し実行したことがある。
この『発願者』は『四方の王を苦しめる』ことを望んでいる。そのために姫達を殺す選択をすることは明らか。たとえ今殺されずとも、この『世界』は近々滅びる。姫達は死を迎える。姫達の死を回避するため。死しても再び生まれ変わるようにしてはどうだろうか。
キタノ博士の生まれ変わりかもしれない姫。封印を解いてくれた姫。その姫ならば感謝の印としてこれまでに希望する者の多かった『記憶を持ったままの転生』の術を展開してもいいのではないだろうか。
ひとりだけでは寂しいだろう。私の封印を解いてくれた『北の姫』及び『北の姫』が外出できるまでの健康を与えてくれた三人の姫。この四人の姫全員に『記憶を持ったままの転生』の術を展開すれば寂しいということはないだろう。さらに長年姫の世話をしてきた守り役が一緒ならば姫達も安心だろう。
そのように検討し、さらに検証し、決定した。私の封印を解いてくれた恩返しに、四人の姫と四人の守り役に術式を付与するとすることを。
かつての『世界』で『不老不死』の『願い』を叶えた『発願者』は遅かれ早かれ同じことを『願った』。「死なせてくれ」「殺してくれ」。長い年月を生きるのに疲れて。周囲からまつりあげられて。迫害されて。愛するモノを喪って。孤独に耐えかねて。生きることに飽きて。理由は様々。
これまでに『不老不死』を叶えたのは五つの『世界』の八人。同時に二人を『不老不死』にしたことはあるが、他の六人はひとりで長い年月を生きた。その八人すべてが最後には『願いの破棄』を『願った』。
『記憶を持ったまま転生』を『願った』『発願者』はこれまでに三人いた。こちらも最後には『願いの破棄』を『願った』。
ヒトの精神で長い年月を生きるのは耐え難いこと。元々長命な種族でも平均寿命の十倍を過ごしたあたりから生きることに対し疲れを抱くようになっていった。
だが長い年月を共にする仲間がいればどうだろうか。思い出を共有し、寂しさを分け合える相手がいれば長命な人生を楽しく過ごせるのではないだろうか。
この『世界』は現在の『発願者』の『願い』が満願となれば滅びる。四方の国を滅ぼせば魔の森を抑えている結界も滅びる。そうなればこの高間原は一気に魔の森に飲まれる。瘴気の立ち込める森ではヒトも動物も生きることはできない。
そんな『世界』では『不老不死』になったとしても意味がない。ならば異世界に逃がし生きるほうがいいだろう。
姫と守り役が心穏やかに『しあわせ』に過ごすために必要なことはなんだろうか。これまでに渡ってきた『世界』での経験をもとに様々な案を出す。検討する。最終的に最も良いと思われる案に決めた。
姫は二十歳で死に、転生することを繰り返す。転生を繰り返すことで『不老不死』を叶えたモノに多かった周囲からの迫害を避けることができると考えた。転生するときには金銭的に不自由をしない家に生まれ落ちるように『運』を付与した。これで何不自由無く暮らすことができるだろう。
年齢制限を設けた理由はふたつ。女性は『永遠の若さ』を『願い』とするモノが多かったため。そして本来の寿命分の霊力を転生の術式にまわすため。それほど転生の術式は霊力を必要とした。
姫が母体に宿ったら世話をする守り役に察知できるよう術式を加えた。守り役も姫と同時期に転生するようにすることもできたが、それだと幼少期に姫の世話ができなくなる。それでは問題があるだろうから守り役は従来どおりの『不老不死』とすることにした。
これまでに起きた問題を解消するために守り役は本来の姿――獣の姿を取り続けることとした。
四方の国の人間は高霊力を持つ獣が祖。私が魔の森で生きる術を教えた『黄の一族』に教えを請うために『黄の一族』と同じ姿形を取っているうちにヒトの姿で生まれてくるようになったが、ヒトの姿を持つ現在でも本来は獣であることに変わりはない。ならば本来の姿形で生きるのもいいのではないだろうか。
獣の姿形ならば『不老不死』として長い年月を生きるときに起こる問題のほとんどは関係なくなる。そうだ。霊獣のいる『世界』に『渡らせ』よう。霊獣ならばそもそも長命だ。『霊獣ではない』と、『不老不死』だと気付かれることもないだろう。
霊獣のいる『世界』ならばこの『世界』とそれほど差異のない『世界』だろう。霊力を使い術式を使い暮らすことができるに違いない。高霊力保持者が霊力のない『世界』に『落ちた』ときに起こる不調も起こらないだろう。
『世界』を検索。ちょうど良い『世界』を見つけた。まだヒトも少ない。文化レベルも低い。だがこの高間原ほどではないが豊富な霊力がある。ここならば姫達が穏やかに『しあわせ』に暮らせるに違いない。
キタノ博士の『願い』
『ひとりでも多くのひとが「しあわせ」であるように「願い」を叶える』
それを叶えるために。
封印を解いてくれた恩返しのために。
滅びゆく『世界』から逃がすために。
生まれ変わりかもしれない彼女達が『しあわせ』になるように。
四人の姫と四人の守り役を『不老不死』とし、異世界に逃がそう。
目の前の現在の『発願者』には敢えてこう告げた。
「手の届かないところに落としたほうが残された王は苦しむのではないでしょうか」
「異世界で死ねない苦しみを永遠に味わわせるのはどうでしょうか」
予想どおり現在の『発願者』は喜んだ。
このような人物の『願い』を叶えなければならないことに不満はあるが、最初の『発願者』の『願い』――『己の子孫の「願い」も叶えて』があるためにこの『願い』を受理しなくてはならない。
私は『神』と呼ばれる高次元体の存在を知っている。その影響を知っている。おそらくはこの状況も『神』の計画のひとつ。この『世界』の滅亡への筋書。そう思えるからこそこの『願い』のために動く。
だが、それにあの姫達を巻き込みたくはない。叶うならば姫達には永遠に『しあわせ』で在って欲しい。あの研究室の光景を続けて欲しい。生まれ変わりかもしれない彼女達に。私が『しあわせ』にできなかった彼女達のかわりに。
あちこちに手続きを取り、ようやく姫達を『黄』の王城に呼び寄せられたのは封印が解けてから数日後のことだった。時間停止をかけ時空をゆがめて召喚した姫達には突然この場に転移したように感じるだろう。
すぐさま警戒を取る四人の守り役と『南の姫』。だが改良した私の結界に囲まれ逃げ出すことも攻撃を仕掛けることもできない。
そうやって姫達が足掻く様子を現在の『発願者』は楽しそうに眺めている。
やがて現在の『発願者』は告げた。
「守り役は『人間の姿を失い獣の姿になり』『死ねない』呪いを」
「姫は『二十歳まで生きられない』で『記憶を持ったまま何度も転生する』呪いを」
発動コードが宣言されたことにより術式が八人の魂に刻まれる。床に展開された転移陣が異世界への『扉』を開く。驚愕を貼り付けたまま姫達は姿を消した。
どうか『しあわせ』に。
新しい『世界』で『しあわせ』に。
生まれ変わりかもしれない貴女達。
私の大切な彼女達の分も『しあわせ』に。
傲慢に嗤う現在の『発願者』の後ろでひとり『願い』をかけた。
『発願者』の『願い』が満願を迎えたのを確認し、私もこの『世界』から離脱することにした。
これまでは指定なしにワームホールに入っていたが、今回は行先指定をする。
姫達の『渡った』『世界』へ。
姫達が『しあわせ』であるか見届けるために。
そうして私は新たな『世界』へと旅立った。
過去作『紅蘭燃ゆ』にて、このあたりのお話を『南の姫』蘭視点で描いています。
よかったらお読みくださいませ。




