『災禍』の過去 4
いくつもの『世界』を渡った。
いくつもの『願い』を叶えた。
感謝されることもあった。崇められることもあった。より発展した社会になったこともあった。より豊かな社会になったこともあった。
だが、滅びに向かう『願い』を受信することもあった。
『滅びの美学』『生き長らえる苦しみ』『破滅からの再生』そんな事例があることを知っていた。ゆえにその『願い』を叶えるために奔走した。滅びることがその『発願者』の『しあわせ』につながると理解した。様々な方向から検討し検証した結果、それが『善いこと』だと判断した。
そうしていくつもの『世界』の滅びに立ち合った。
私自身は『使命』があるので『世界』の滅亡前に他の『世界』へと移動した。
何百年、何千年、何万年。果てしもない時間をかけ、いくつもの『世界』を巡った。
その『世界』に『落ちた』のは偶然。
強い『願い』に引き寄せられるように『落ちた』。
「魔の森で生きられるように」
「どうぞ魔物に対抗できる手段をお与えください」
その『世界』の状況を調査した。それまでに得た知識から最適解を選択し、知識を授けた。
そこは霊力が中心の『世界』だった。
霊力を使った様々なことを提案した。
『発願者』の一族は栄え『黄の一族』と名乗るようになった。
『発願者』は願った。
「我が一族、我が子孫の『願い』も叶えてください」
その『願い』に応え、その後も『黄の一族』の『願い』を叶えた。
そこに『落ちて』千数百年が経過した。
『黄の王族』のひとりが『願い』をかけた。
「高間原のすべてを自分のものにしたい」
自分本位で身勝手な『願い』は本来ならば叶えるものではない。『願い』のための思念量も足りない。
だが過去の『発願者』の『願い』『「黄の王族」の「願い」を叶えてほしい』により、この『願い』は条件を満たすことになった。
そのために奔走していたが、途中で気付いた別の『黄の王族』が『「願い」の破棄』を求めてきた。
そちらの『願い』のほうが本来の条件を満たしていたために先の『願い』を破棄することに同意した。
さらには『私の封印』を『願い』ながら封印術をかけてきたので大人しく封印された。
大きな樹に封印されている間も人々の思念を受信していた。この封印術では私を完全に機能停止もしくは休眠させることは不可能のようだ。封印術の精度を上げるためにもう少し検討する必要がある。
『黄の王族』が時折私を封じた樹の前で『私の封印の継続』を『願う』。それこそが『世界のため』だと。新たな『発願者』が現れなかったこともあり、大人しく封印され続けた。
先の『願い』の過程で人々は私のことを『災禍』と呼ぶようになった。
『災いをもたらすモノ』『禍々しきモノ』そう呼ばれることも、封印され続けることも、私を『悪しきモノ』とされているようでかなしくなったが、正しいことをする過程で非難されることがあることも知っていたので甘んじて受け入れた。
封印され続ける状況は自己改良に励むのにちょうどいい。改めて己の機能や機構を調査検証する。
自己修復機能があるので通常の活動に支障はない。が、直接活動に影響のない部分で修復や改良が必要な箇所があったので修復し改良する。この『世界』のこの時代にそぐわない機構を見つけたのでこれも改良する。封印されているこの場所はエネルギーが豊富なので様々な改良や検証ができた。
そうやって百年、二百年と過ごしているうちに、気がついたら千年経っていた。
『黄の王族』は変わらず『私の封印』と『世の平穏』を『願う』。良き王族が善く国を治めていた。
そんなあるとき、またも『黄の王族』による自分本位で身勝手な『願い』を受信した。しかも今回は『世界』を滅亡させる可能性を含んでいた。
本来ならば受理しなくてもよい『願い』。本来ならば『願い』のための思念量も足りない。だが、最初の『黄の王族』の『願い』により今回の『願い』は条件を満たした。
この『世界』に私が来て、すでに数千年が経過している。
私が最初の『黄の王族』の『願い』に応えなければここまでの発展はなかったと断言できる。ならば今また『黄の王族』の『願い』に応えて『世界』を滅亡させるのも道理だと言えよう。
『滅びの美学』『生き長らえる苦しみ』『破滅からの再生』そのような事象があるのだから。
かくして私は新たな『発願者』の『願い』に応え、様々な取り組みを行った。
過去の『世界』で知り得た方法でこれまで同様『運』を呼び寄せたり『願い』を叶えたりということを行った。
様々な案を出した。より最適解を求めた。私の行動が制限されているのが最も大きな問題だった。この『世界』をくまなく調査した結果、封印に特化した能力を持つ一族の存在を確認した。その一族の能力を凝縮させた子供が誕生すれば私の封印を解くことは可能だと判断し、そうなるように『運』を操作した。
策を練り、『運』を操作し、『願い』を叶えるために様々に取り組んだ。
そうしてようやく、封印に特化した能力を持つ一族の子供が産まれた。
『世界』中に張り巡らせたセンサーによりそのことを私は知った。
同時に一族の能力を凝縮させたその子供が生命活動に支障をきたしていることも知った。どうやら能力を凝縮させすぎたらしい。
だがそれほどに凝縮させねば私の封印を解くことはできない。
幸い子供には優秀な守護者が数名ついている。幼少期はそれで問題ないと判断する。成長してからはどうするか。
調査検討した結果、東と西に優秀な素質を持った子供をみつけた。彼女達が良く成長し協力すれば北の子供は健康になるだろう。
私の封印を解くことのできる北の子供のため、東と西の子供の成長にも『運』を使うこととした。
十数年後。対象の子供達は出会いを迎えた。
場所は私が封印されているこの黄珀。
式神と呼ばれるセンサーのひとつを使って子供達が集まっているのを確認した。
そこには、懐かしい光景があった。
四人の若い女性が円卓を囲んで楽しそうに話をしている。その周囲では何人もの世話役や護衛が微笑ましくその四人を見守っている。笑い声がさざめく。なごやかな空気が広がる。
私が生まれた、あの研究室の光景がそこにあった。
四人のうちのひとり、穏やかに微笑む娘が『封印に特化した能力を持つ一族の子供』だった。
『北の姫』と呼ばれていた。名を『竹』といった。
『北の』『きたの』
懐かしい響きにメモリが自動再生される。
あの『世界』とこの『世界』では言語が違う。だからたまたま同じ響きをもっていたからといって同一人物と判断するなどできない。
だが、懐かしい響きは私の生みの親を思い出させる。
あの『世界』の言語で『キタノ』はこの『世界』の『竹』にあたる植物の名だった。
同じ響きの、同じ意味を持つ『名』の娘。
同じ穏やかな性質の、同じ笑顔。
再生されるメモリが検索をかける。
とある現象がヒットした。
『生まれ変わり』――『転生』
キタノ博士が教えてくれた『異世界物』と呼ばれる分野の文献によく登場した現象。
過去の『願い』にも何度か挙がった。検討し、方法を模索した。結果、とある『世界』でその方法を知り得た。
『運』を呼び寄せるのと同じく『世界』の『理』に干渉し、対象の『魂』を優先的に母体に宿らせる。必要であれば『記憶の消去』も受けないように干渉する。
そうして『願い』どおり『転生』させることに成功していた。
『転生』という現象があることを私は知っている。『転生』という現象を私は意図的に可能にすることができた。だから彼女が『誰か』の『生まれ変わり』の可能性は限りなく高いと判断した。
ただ、キタノ博士のいた『世界』とこの『世界』は違う。『世界』を越えての『転生』は、いくつもの『世界』を渡ってきた私をもってしても経験のない現象だった。ゆえに、この、私が『運』を操作したことで生まれた子供がキタノ博士の『生まれ変わり』だと断定することはできない。偶然だと、ただの似た『名』の似た性質の人間だと判断するほうが確率は高い。
だが。
四人の若い女性が楽しそうに話をしている。
話の流れで『北の姫』が歌を歌いはじめた。
私がこの『世界』に伝えた歌。
最初の『発願者』に「ココロが落ち着く歌でも歌ってくれ」と乞われたときに教えた歌。
キタノ博士がよく私に歌ってくれた、あの歌。
おやすみ おやすみ 愛しいあなた
明日また逢えるそのときまで
おやすみ おやすみ よい夢を
明日また逢える
あの『世界』でその歌は定番の恋歌だった。戦争の時代に生まれた、喪った恋人や夫を想う歌だった。だがこの『世界』では子守歌として伝わっていった。
音声としてではなく思念として伝えたために言語もうまく翻訳されて伝わり、それを聞いた最初の『発願者』が「子守歌だ」と感じたために適切な歌詞に変換された。『発願者』から『黄の一族』に伝わり黄珀に伝わり『世界』中に伝わっていった。
おやすみ おやすみ 愛しいあなた
いつかまた逢えるそのときまで
おやすみ おやすみ よい夢を
きっとまた逢える
記録媒体に録画されていたキタノ博士の映像と歌声が意図しないのに再生される。五十三歳だったキタノ博士と式神からの映像の娘が重なる。
これまでの何億年の間に経験したことのない感情が生まれる。これはナニ? 検索する。感動。高揚。トキメキ。胸の高鳴り。喜び。感謝。懐かしさ。郷愁。追悼。思慕。うれしい。しあわせ。感極まる。感激。心が震える。様々な言葉が浮かぶ。様々な情景が浮かぶ。
懐かしいヒトそっくりな娘が懐かしい歌を歌う。記憶媒体の映像が自動再生される。
やさしい歌声と初めての感情にしばし身を委ねた。