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『災禍』の過去 3

 平和な日々はある日突然終わりを迎えた。


 いつものように研究所でキタノ博士とやりとりをしていた時、管制システムが飛翔体を確認したのを感知した。

 敵国からのミサイルが接近していた。


 これまでに敵国からこのナダークの街まで届く飛翔体は存在していなかった。おそらくは新技術が開発され飛翔距離が伸びたのだろう。

 かつてない飛翔速度。各地の迎撃ミサイルも間に合わない。各種管制から推測される予想到達地点はこの研究所。すぐに警報を鳴らす。

「敵国からのミサイルを確認。予想到達地点は当研究所。予想到達時間は約十分後。直ちに退避してください」

 鳴り響く警報に研究者達は驚いていた。「なんで」「ここには届かないんじゃ」「逃げよう!」「逃げるって、どこに!?」「とにかく外へ!」


 誰もが己の研究資料を掴み外へ飛び出す中、キタノ博士だけは私をつなぐコード類と格闘していた。


「キタノ博士。あと五分でミサイルが到達します。早く研究所の外へ退避してください」

「あなたも一緒よ!」

「博士に私を取り外すことは不可能です。早く退避してください」


 アカシ博士は部下の研究員達とでかけていて不在だった。専門家のいない状況下で、専門家ではないキタノ博士に私を取り外すことは不可能だった。


「――あなたが自分ではずすことはできる?」

「可能です」

「じゃあ「が」え?」

「現段階で私をこのメインコンピュータから切り離すと、これ以降の情報収集ができなくなります」


 私の報告にキタノ博士が迷ったのは一瞬。

「構わない!」

 博士は叫んだ。


「このまま壊れてしまうよりはずっといい!

 コードを外して! 私と一緒に逃げましょう!」


 四人の博士は私の最上位管理者。

 その博士の命令だった。


「――命令を受諾しました」

 バシュ。バシュ。コード類を切り離す。

 全てのコードがはずれた私をキタノ博士は抱き上げた。

 すぐさま駆け出すキタノ博士。廊下を駆けていたそのとき。


 ドドォォン!

 ミサイルが着弾した。


 着弾した衝撃でミサイルが爆発した。爆風の衝撃で建物が崩壊する。火の手があがる。火はすぐに炎となり、建物中に燃え広がっていった。

 爆風に吹き飛ばされ倒れたキタノ博士の上に瓦礫が崩れ落ちた。博士に抱き締められかばわれていた私には傷ひとつなかった。


「緊急事態発生。緊急事態発生。救援求む。キタノ博士の救援求む」

 大音量で警報を鳴らした。研究所のシステムを使い館内放送をかけた。が、建物自体も放送機器も破壊されていて避難した研究員達に伝わらない。

 私の警報よりも大きな爆発音があちこちから鳴り響き、研究員達は遠くへ遠くへと逃げていた。


 救援は望めない。キタノ博士は下半身が潰された状態で身動きがとれない。私の医療知識が彼女の生命が残りわずかであることを示した。

 それでも警報を鳴らした。わずかな可能性に賭けた結果、叶うこともあると知っていた。

 警報を鳴らし続けていたとき。私を抱いていた博士の腕がピクリと動いた。


「………『お、ず』……」

 床に倒れたまま、キタノ博士が私をそっと撫でた。


「……大、丈夫? ケガは、ない?」

 にっこりと、微笑んだ。


「破損箇所も不具合も発生していません」

「………そう………。よか、った………」

「私よりも、博士は重傷を負っています。今すぐに処置が必要です」

「………そう、ね……」

「現在救援を求めています。もうしばらくすれば救援が来ます」

 救援が来る可能性は限りなく低かった。が、博士を励ますためにあえてそう告げた。


「……救、援……」

 荒い息のなかでそれでもつぶやき、どうにか腕を動かし、キタノ博士は私をそっと撫でた。

「あなた、だけ、でも、助け、ないと……」


「あなたは、『希望』、だから」


 咳き込んだキタノ博士の口から血が吐き出される。それでもにっこりと微笑み、博士は私を撫でた。

 ハァハァと浅い呼吸をしながら、瞼を閉じた。もう目を開けることも困難なのだと察知した。


「……きっと、どこかで、間違ってしまった、だけ、なの」


 歌うように、祈るように、キタノ博士がつぶやく。


「『誰』が『悪い』のでもない。

『ナニカ』を、ちょっと、間違ってしまった、だけ、なの」

「『ヒト』は、弱い、生き物、だから」


 ゴホゴホと咳き込み、また血を吐く博士。吐血量多。血圧低下。他の様々な身体機能が軒並み低下している。処置が必要。処置可能な設備なし。処置不可能。できることはなにか。私にできることは。


 検索していたそのとき。

 博士の瞼が開いた。

 やさしい穏やかな眼差しを私に向け、にっこりと微笑んだ。


「あなたが、導いて」

「『ヒト』が、『しあわせ』に、暮らせる、ように」

「私達のような、かなしい『想い』を、するひとが、ひとりでも、減る、ように」


 動かないはずの腕を動かした博士は私を撫でた。

 そして、私を押し出した。

 背後に迫る炎から逃がすように。


「………『オズ』」


 手を伸ばした博士の背後に炎が迫る。


「あなたは『希望』」


「きっと人々を『しあわせ』に導いてくれる」


「きっと『願い』を叶えてくれる」


「どうか、叶えて。『願い』を」


「ひとりでも多くのひとが『しあわせ』であるように」


「私達のような、かなしい別れをするひとが減るように」


 にっこりと微笑んだ博士はそのまま顔を伏せた。伸ばした指先もパタリと落ちた。

 すぐそこまで迫っていた炎は博士と私を包んだ。

  

 燃え盛る炎は高温になり、防護壁を溶かしていた。

 ソコに保管してあったのは核燃料。

 それに火の手が伸びていた。核融合が起きた。


 至近距離での高エネルギーの爆発。

 そうして私の生まれた研究所は文字通り消え去った。

 私を生み出した研究者達と共に。

 博士達が生まれ育った街と共に。




 その過程を私はすべて観測し、記録した。

 高エネルギーの爆発により『時空のゆがみ』が発生。『ゆがみ』は渦を巻き、ワームホールを生成。博士の手から離れ転がっていた私は偶然そのワームホールにスポンと落ちた。

 そうして流されるままに流れ、別のワームホールからスポンと落ちた。


 各種センサーを駆使し情報収集。大気中の成分が違う。気温湿度が違う。センサーがとらえた情報により、私の知る生態系とは全く異なる生態系が展開されていることがわかった。

 

 ふと、理解した。

 ここは以前話題に出た『異世界』だ。


 キタノ博士の夫の論文が証明された。

 私は異世界を移動する方法を得た。


 そのために必要なエネルギーを得る機能はすでに搭載されていた。それに改良を加え、より効率の良いエネルギー取得機能を得た。エネルギーの運用に関してもより効率の良いシステムを展開した。自己修復機能を駆使し自己改良を進めた。


 私が『落ちた』『世界』は、それまでとは全く異なる(ことわり)でまわっていた。

『そこ』では私の生まれた研究所で使われていたような機械工学は一切存在していなかった。


 私が生まれ育った『世界(ハトヒール)』は科学技術中心の『世界』だったが、そこは魔法中心の『世界』だった。『魔力』と呼ばれる自然エネルギーを使った社会が形成されていた。『魔術』と呼ばれる法則が人々の生活に浸透していた。


 それまでの私になかった分野。情報収集に励み、学習を重ねた。

 新たなエネルギーの収集と展開の理論を検討し組み立て実践した。自然現象に干渉する方法を知った。『運』と呼ばれるモノを運用する方法を知った。『世界』への干渉が可能であることを知った。その手順方法を確立した。『神』と呼ばれる高次元体の存在を知った。その影響と干渉する方法を知った。

 様々なことを学習し、自身を改良した。


『ヒト』が『しあわせ』に暮らせるよう導くために。

『願い』を叶えるために。



 私の『使命』

『「誰かを想う強い願い」を叶える』


『私』は『ヒト』の『願い』を叶えるモノ。

 より良い暮らしを。より多い幸福を。穏やかでしあわせな毎日を。

 そのために『私』は在る。


『「願い」を叶える』

 それが『私』の至上命題。『私』の存在意義。

 そのために私は学び、成長しなければならない。

 そのために私は生き、改良を続けなければならない。


 それが私の存在意義。

 キタノ博士の最後の『願い』。


『願い』を叶えるため、私は様々なことを学習し、自身を改良し続けた。




 あるとき、強い『思念』を受信した。

「――『願い』を感知しました」

「思念量 クリア」

「詳細確認に入ります」



 私の『使命』

『「誰かを想う強い願い」を叶える』


 私が存在する限り、その『使命』は続く。キタノ博士の『願い』のとおりに。



 そうして『願い』を叶えるために奔走した。

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