第三十一話 日曜日ー昼食と片付け
客用布団のシーツにもアイロンをかけて、干していた布団にかけた。
竹さんが手伝ってくれた。
二人でシーツに入れた布団の両端を持ってバフンバフンと馴染ませる。彼女はそれはそれは楽しそうに笑った。
客用布団を二階に運び、俺のベッドのシーツもかける。
これも二人でやったら早く仕上がった。
だから新婚家庭か!!
しあわせ過ぎんだよ!
きっと俺は真っ赤になっていることだろう。でれでれとだらしない顔をしていることだろう。
自覚はあるよ。でも治んないんだよ。
じーさんがいなくてよかった。こんな姿見られたら間違いなく再修行だ。
「これでご用事は全部おしまいですか?」
「はい。ありがとうございました」
彼女はうれしそうに、誇らしげに微笑んだ。
いつもより幼く見えた。かわいい。
「隆弘さんの目標時間に間に合いましたか?」
「十分間に合いました」
「よかった」
黒陽にも「よくがんばりましたね姫」と褒められて「うふふ」とうれしそうな竹さん。かわいすぎか。
「こっち終わったよ」と台所に戻ると「おー。お疲れさーん」と軽い調子のタカさんに迎えられた。
「竹ちゃんもお疲れさん。さ。メシにしよ。座って座って」
だからアンタん家か。
大人しく座る竹さんを微笑ましく眺めながらタカさんの横に移動する。
抜かりなく米も炊いてくれている。さすがだ。
「黒陽、どのくらい食える?」
「少しでいいぞ」
「このくらいでどうだ」
「ウム。それに八分目くらいで頼む」
「了解」
黒陽用に小皿を選ぶ俺に「すみません」と竹さんが恐縮している。生真面目だなぁ。かわいいなあ。気にしなくていいのに。
するとタカさんが竹さんに向き直った。
「竹ちゃん。そういうときは『ありがとう』って言うんだよ」
「メッ」とわざと叱るタカさんにキョトンとした竹さんだったが、バツが悪そうに眉を下げた。
「ごめんなさい」
「ほらそれ」
またもタカさんに注意されてビクリとする竹さん。
「『教えてくれてありがとう』でしょ?」
ニヒヒッと笑うタカさんに竹さんは驚いたように目を丸くした。
それから照れくさそうに微笑み、言った。
「教えてくれてありがとうございます」
か わ い す ぎ か ー !
なんだこのひと。素直か。純真か!
なんでこんなに幼いんだ!
こんなひとすぐにだまくらかせるぞ。悪い奴にパックリされるぞ!
なんとしても俺がそばにいて守らなくては!
「そうそう」と笑っていたタカさんは「それで?」と問う。
キョトンとした竹さんだったが、すぐに思い当たったらしい。
俺のほうを向いた。
「ありがとうございます」
「―――!」
――生真面目か! かわいいか!
もう、もう、このひとは!!
ニヤニヤするタカさんに突かれてハッとした。返事!
「ど、どういたしまして」
かろうじて絞り出した答えに、彼女はふんわりと笑った。
笑った!! かわいい!!
彼女のかわいらしさに固まってしまった俺をそっちのけに、タカさんがテキパキと食卓を整えていく。
「ほらトモ。食うぞ」と声をかけられるまで俺は彼女から目が離せなくて固まっていた。
食が細いとヒロが言っていたが、彼女は本当に少ししか食べなかった。
一口もちいさい。しかも食べるのが遅い。
彼女の三倍、もしかしたら四倍は食う俺とほとんど同じスピードで食事を進めていった。
俺の目の前の席に座って食事をする竹さんを見つめているだけで胸がいっぱいになる。
なんだか新婚家庭みたいだ。
一緒に家事をして、一緒にメシ食って、他愛もない話して、なんて。
しあわせだ。
こんな何気ないことでこんなにしあわせな気持ちになるなんて初めて知った。
彼女がそばにいる。
それだけでしあわせで満たされる。
ああ。俺、彼女のこと好きなんだなあ。
そんな気持ちがじんわりと身体中に広がっていって、なんだかポカポカしてしまう。
隣でタカさんがせっせと竹さんに話しかけている。竹さんは楽しそうに受け答えする。時々俺と目が合う。「ふふっ」と微笑む。そのたびに心臓わしづかみにされる。
何ひとつ話せないまま、ただただメシを食った。
全員で「ごちそうさま」と手を合わせ、片付けをする。
タカさんが洗い物をし、竹さんが拭いてくれた。俺はその食器を片付ける係。
「ごめんねー。『お姫様』にこんなことさせて」
タカさんが軽ーい調子で竹さんと黒陽に言うのを、竹さんは「大丈夫です」と笑った。
「もう王族でも貴族でもありません。今生は普通のおうちの普通の娘として育ちました。
おうちではお手伝いだってしてたんですよ」
えっへん! と自慢げに言う竹さんがめずらしくてかわいい。
「お皿洗いもやってました」
「おおー。えらいねぇ」
タカさんに褒められて「うふふ」とうれしそうな竹さん。
「他にはどんなお手伝いしてたの?」
「お洗濯物たたんだり、お豆の筋取りしたり……」
「料理もしてたの?」
『豆の筋取り』に反応したのか、タカさんがそんなことを聞く。その間も手は止まらない。
「お料理はあんまり……。母も祖母もいたので、やることなくて」
「そっかー」と話すタカさんも彼女の家族構成を知っているらしい。
「あ。でも、卵焼きだけは作れます! あと、目玉焼きとスクランブルエッグも! あ、あと、ハムも焼けます!」
自信満々に、得意満面にそう言うけど。
それ、小学生低学年でもできるからね?
他の人間がそんなふざけたことを言っていたら「馬鹿か」と侮蔑していたに違いない。
なのに彼女が言うと、ただひたすらにかわいらしい。
なんだろうなコレ。やっぱり『呪い』か?
「じゃあ今度トモに作ってやってよー」
「!」
「わかりました! がんばります!!」
「!!」
――え!? それって、俺に手料理を振舞ってくれるってこと!?
俺のために料理作ってくれるってこと!?
また来てくれるってこと!?
うれしくてしあわせで、なんか身体が宙に浮き上がってる気がする。
「よかったなトモ」なんてタカさんがニヒヒッと笑うから、彼女も俺のほうに顔を向けた。
目があった!
ニコッ。
彼女が、笑った。
――ズキュゥゥゥン!!
本日何発目かもわからない心臓への一撃に、胸を押さえてうつむき震えることしかできなかった。
「? どうされました?」
「あー、大丈夫大丈夫。気にしないで。時々ああなるんだ」
「? そうなんですか…?」
「姫。それよりも早く片付けてしまいましょう」
「あ。いけない。ごめんなさい」
「急がなくて大丈夫だよー。手伝ってくれるだけで助かってるんだからね」
「ありがとうございます」
タカさんに蹴り飛ばされてようやく再起動した。ありがとう。
うう。カッコ悪いところは見せたくないのに。ポンコツなところばかり彼女にさらしている気がする。
テーブルも流しもキッチリ拭いたタカさんの指示で二階の俺の部屋に移動する。
しまっておいたローテーブルを再び出すと、タカさんが黒陽に声をかけた。
「お願いします」
「ウム」
出てきたのはノートパソコンといくつかのハード、ケーブル類と眼鏡。
タカさんの仕事道具だろう。
「トモ。電源貸して」
言われるままにそれらをつなげていく。
「竹ちゃん。ごめんだけど、狭いからそっちのベッドの上に座っててくれる?」
「!」
待て! また好きな女性を俺のベッドに上げるのか!?
止める間もなく「はい」と素直に返事をした竹さんは、これまた素直に俺のベッドの上でちょこんと正座した。
――だから! かわいいんだよ!!
ギッとタカさんをにらんだけれど、どこ吹く風でまったく気にしていない。くそう。
……ま、まあ、今日は保護者がいるわけだし。俺、不埒なこと、しないし。部屋狭いし。
仕方ない。仕方ないんだ。そうだ仕方ない。
ブツブツと自分に言い聞かせる俺に、彼女は不思議そうに首をかしげていた。
「さーて、やるかあ」
のんきにそう言ったタカさんはパソコンの設定を始めた。
「? なに? ニューマシン?」
「そ」
軽く答えるが違和感しかない。
「足がついたらマズいからねー」
「……………」
それは、足がつくとマズいようなことを今からするということか?
――つまり――。
「トモ」
見守る俺にタカさんは予想通りのことを言った。
「『バーチャルキョート』のアクセスコード教えて」