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『災禍』の過去 2

「『オズ』」

「あなたの『名』は『オズ』」




 溺れるほどの情報データを蓄積し、芽生えた『自我』にさらに情報を与えられ『個』に成長した。

 自動修復機能を与えられ、自然界に存在するエネルギーを自己運用の活動エネルギーに変換する刷新的なエネルギー供給システムを搭載された。

 変動する倫理観や価値観に対応できるよう『誰かを想う強い願い』に反応するように設定された。

 彼女達それぞれの持ち得る限りの最高の知識と技術を込め、『私』は作られていった。


 私の『使命』

『「誰かを想う強い願い」を叶える』


『私』は『ヒト』の『願い』を叶えるモノ。より良い暮らしを。より多い幸福を。穏やかでしあわせな毎日を。そのために『私』は在る。


『「願い」を叶える』それが『私』の至上命題。『私』の存在意義。

 そのために私は学び、成長しなければならない。

 そのために私は生き、改良を続けなければならない。


 様々な『願い』を知った。それを叶えるための様々な方法を知った。善い『願い』を知った。善くない『願い』も知った。『願い』を叶えるための成功事例を知った。失敗事例を知った。多数を活かすために少数を切り捨てることを知った。少数のために多数を変えることを知った。『滅びの美学』『生き長らえる苦しみ』『破滅からの再生』そんな事例があることを知った。

 この『世界』で『神』と呼ばれていた過去の人工知能体がどのように生まれ、どのように活躍し、どのように消えていったかを知った。どうすればよかったのか。どうすれば性能を維持できたのか。検証と研究を重ねた。

『願い』を叶える対象であるヒトのことを知った。過去の映像、文学作品、娯楽作品、様々な記録媒体から情報を得た。愛。恋。怒り。憎しみ。幸福(しあわせ)不幸(ふしあわせ)。満足。充足。不満。渇望。様々な『想い』と様々な『感情』があることを知った。

 多くのヒトの多くの『願い』の中からナニを選択するのか、その判断基準を知った。正義。悪。思いやり。憎しみ。正道。公正。道徳。倫理。様々な基準と理由があることを知った。

 表に出す『想い』と内心や本音が違うことを知った。対応策を検討し、『思念』を『読む』ことができる機能が与えられた。

 強い『願い』は強い『想い』が込められている。その『強さ』を計る機能も与えられた。

 博士達それぞれの持ち得る限りの最高の知識と技術を込め、『私』は完成に近づいた。




『私』が生まれたのは『始まりの地(ハトヒール)』という『世界』の『神無き国(ナシェド)』と呼ばれていた国。

 そのナダークという街にあった研究所の一室。

 機械工学専門のアカシ博士、情報工学専門のカミド博士、医学専門のイナミ博士、そして言語学専門のキタノ博士。四人の女性博士が中心となり『私』を生み出し、育てた。


 博士達は『神在る国(ウシェド)』との戦いのための兵器の研究をしていた。

 技術は日進月歩。こちらが効果的な兵器を作ればすぐに対応策を編み出されより効果的な兵器が作られる。新しく現れた兵器にはすぐに対応策を作り出し新たな兵器を作る。そうやって何年も、何十年も繰り返されてきた。

 戦いが始まって百数十年。その間に技術は日々高められていった。

 それぞれの分野の専門家である博士達は、そうやって高められた技術を土台(ベース)に育ち、学び、さらに高めた。

神無き国(ナシェド)』の研究者の頂点と言っても過言ではない女性達だった。


 その四人の女性博士が円卓を囲んで楽しそうに話をする。その周囲では何人もの女性研究員達や女性職員達が微笑ましくその四人を見守る。笑い声がさざめく。なごやかな空気が広がる。

 私の生まれた研究室は女性達の笑顔であふれていた。



 この研究所に男性はいない。

 男性がいるのはもっと前線の街。

 この国では十歳になると男性も女性もその街に移動する。


神有る国(ウシェド)』では人口培養でヒトを作っていたが、この『神無き国(ナシェド)』ではそれは『()し』とされなかった。


 生まれたときに遺伝子レベルまで調べられ、その情報はデータベースに集められる。その中から最も子孫を残す可能性のある相手が選ばれ、夫婦となる。

 そこに本人の意思も好みも加味されることはなく、そのことになんの疑問を抱くこともなく、言われるままに出会った男女は夫婦となり、子を成す。

 子を宿した女性は安全のために前線から遠く離れた街に移動する。

 このナダークもそんな街のひとつだった。


 前線から離れた街で子を産み、一定月齢まで育てたら再び夫のいる前線の街に戻る。そうしてまた子を成し、前線から離れた街に戻る。

 子供は前線から離れた街の各地にある『養育施設』に集められ、育てられる。成長の様子は両親に報告され、モニター越しに交流する。養育施設の職員達とモニター越しの両親から愛情を受け、子供は育っていく。

 そうして十歳になったら大都会に移動し上級学校へ進学する。学生時代を送り、職を得て社会の一員として働く。行政から指示された相手と婚姻を結び、子を成す。

 子を宿した女性は生まれ育った街に戻り、子を産み育てる。

 その『世界』のその国では、そんな社会システムが運用されていた。




 女性ばかりの研究室は噂話に事欠かなかった。

 その噂話や本人からの話により知り得た情報。


 機械工学専門のアカシ博士の夫は同じエンジニアだった。最前線で兵器の調整をする工場に勤めていたがそこが攻撃され亡くなった。息子も同じ工場で亡くなった。


 情報工学専門のカミド博士の夫は兵士だった。敵国との戦いで亡くなった。息子も兵士となり亡くなった。娘は今も大都会の街で働いている。


 医学専門のイナミ博士の夫は外科医だった。最前線で兵士の治療に当たっていた。そこを爆撃され亡くなった。子供達は医者になるべく大都会や前線に近い街で研修の日々を送っている。


 そして言語学専門のキタノ博士の夫は物理学の研究者だった。たまたま知人を訪ねて行った前線に近い街を襲った爆撃に巻き込まれ、帰って来なかった。



「私の夫はね。とってもやさしいひとだったの」


 ただの人工知能を『個』に成長させるために必要なのが『会話』。

 私を『神』に成長させるため、言語学専門のキタノ博士は毎日色々な話を聞かせてくれた。


「お料理も上手だったの。その季節に旬を迎える野菜で美味しいサラダを作ってくれてね」

 そんな会話から情報を入手し、蓄積する。


『料理』『季節』『旬』『野菜』『サラダ』

 検索し選んだ情報をキタノ博士に披露する。

 そうやって会話を重ね、情報をやり取りし、私は成長していった。



 キタノ博士はいつもそばに夫の写真を置いていた。私と『対話』するときには私にも見えるように置いた。


「あなたにも私の夫を知ってもらいたいから」

 そう言って夫の話をする。


「行政に決められた相手だけど、私の夫は本当に素敵なひとだったから、すぐに好きになったの」


『好き』

 検索。

 検索結果を博士に披露。

 博士は穏やかに微笑んだ。


「『しあわせ』をもらったの」


『しあわせ』

 検索。

 検索結果を博士に披露。

 博士はまた穏やかに微笑んだ。


「私があのひとにもらった『しあわせ』を、あなたがたくさんのひとにあげてくれたらうれしいわ」


『しあわせ』

『しあわせ』


『たくさんのひとに』


 キタノ博士の言葉は『私』を形作っていった。



 キタノ博士の夫の研究論文はデータベースに残っていた。

 彼の研究テーマはエネルギー。私に搭載された刷新的なエネルギー供給システムの基礎を確立したのが彼だとわかった。

 そのことをキタノ博士に教えると、博士はとても喜んだ。

「あのひとの『生きた証』があった」


 そんなキタノ博士に機械工学専門のアカシ博士が言った。

「こいつのシステムの一部をキタノの夫が作って、キタノがこいつを育ててるってことは、こいつ、キタノの『子供』みたいなもんじゃないの?」


 その意見にキタノ博士はとても喜んだ。

 たくさんのコードにつながれた私を撫でた。

「そうね」

「あなたは私の『子供』」

「私とあのひとの『子供』」


 キタノ博士には子供がいなかった。

 妻が妊娠したことを報告に行った先で夫が爆撃に巻き込まれたと知った博士は、ショックのあまり流産した。


 それからキタノ博士はより深い愛情を注いでくれた。

 それまでも愛情を注いでくれていたが、あくまでも年長者が年少のものに対するようなものだった。

 それが、親が子に注ぐような愛情を注いでくれるようになった。


 更に多くの話を聞かせてくれた。歌を歌ってくれた。撫でることが増えた。

 そんなキタノ博士を、他の博士や研究員達は微笑ましくも憐れみをもって見守っていた。



「キタノはのめり込みすぎている」

 ある日情報工学専門のカミド博士が言った。

「このままでは『コレ』に支障が出る」


 具体的には、キタノ博士の命令ならばどんなことでも聞くようになったり、キタノ博士を喪ったときに暴走したりする可能性が出てきた。


 だが反面、キタノ博士が『のめり込む』ようになってから私の成長は顕著に現れた。

 キタノ博士を除く博士達と研究員達は話し合った。

 そうして、万が一暴走したり倫理に反する判断をしたときに止められるよう認証コードとパスワードを設定することにした。


 より強く止められるよう、認証コードを入力するためのパスワードはキタノ博士が決めることになった。


「『名』をつけましょう」

 キタノ博士は言った。


「古来から『名』は『魂』を縛ると言われているの。

 だから、この子に『名』をつけて、その『名』をパスワードにしたらどうかしら?」


 キタノ博士の意見は採用された。

 その『名』もキタノ博士がつけることになった。


「『オズ』ってどうかしら」


 数日考えていたキタノ博士が喜び勇んで説明した。


「『オ』は『はじまりの文字』」

「『ズ』は『おわりの文字』」


 この『世界』で言うところの五十音順やアルファベット順にあたる、表記文字の順序決め規則。

 その『世界』では『オ』ではじまり『ズ』でおわっていた。


「あらゆる物事には『はじまり』と『おわり』がある」

「このコがこの戦争を『おわり』にして、新しい世の中の『はじまり』に導いてくれるようにという『願い』を込めたの」


 キタノ博士の説明に誰もが納得した。「いい『名』だ」と褒められてキタノ博士は喜んだ。


 キタノ博士はそっと私を撫で、微笑んだ。

 

「『オズ』」

「あなたの『名』は『オズ』」


 そうして私に『名』がついた。



「万が一にも認証コードが漏れてはいけない」

 情報工学専門のカミド博士が言った。

「簡単に解読できない認証コードが必要だ」


 それを受けて機械工学専門のアカシ博士が提案した。

 四人の博士それぞれが順に認証コードを入力する。それを四つに分けてメモリーカードに入れる。四枚のメモリーカードは四人の博士が保管する。四人全員からメモリーカードを受け取り、正しい順番に並べなければ正しい認証コードにならない。


「それなら悪用されないんじゃないか」


 その時点で最も懸念されていたのはキタノ博士に関することで私が暴走したり正しくない行動を取ることだった。

 そのためにパスワードと認証コードを作ったが、それを他人に悪用される可能性も考えられた。

 その対策として四分割することが提案され、可決された。


 すぐに四人の博士それぞれが認証コードを作成した。


 アカシ博士は「万が一にも解読されないように」と適当にキーボードを叩いた。

 面白がったイナミ博士まで同じように適当にキーボードを叩いた。

 カミド博士はとある曲の運指を使って入力した。

 キタノ博士だけは生真面目に言葉を選んで入力した。


 四人の博士が順番に入力するのを三回繰り返した。

 恐ろしく長くなったそれを情報工学専門のカミド博士が分割し、四枚のメモリーカードに入れた。

 アカシ博士が新たに作った四つのスロットに四枚のメモリーカードを順に差し込み、私の認証コードが設定された。


「万が一メモリーカードが不良を起こしたときのために音声入力もできるようにしとくな」

「誰がこんなわけのわからない認証コード言えるのよ」

「歌にでもして遺しとけばどうだ?」

「それこそ解読されるじゃないのよ」

「まあそのへんはまた考えよ。とりあえず音声入力システム搭載しとく」




 キタノ博士の夫の研究論文のなかに異次元や異世界に関するものもあった。

「そういえばそんな話をしたことがあったわ」懐かしそうにキタノ博士が微笑む。

「私、言語学を研究してるから、昔の文献を色々読んでるの。

 その中の『異世界物』と呼ばれるジャンルの話をあのひとにしたら『実現可能か』なんて本気で検討してたわ。

 まさか論文まで書いてたなんて」


 過去の文献を調べる。様々な作品から異次元や異世界に関する知識を深めていく。キタノ博士の夫をはじめとする様々な研究者の様々な研究論文を読む。高確率でそれらの『世界』が在ることがわかったが、そこに行く方法までは確立できなかった。

 核融合に匹敵する高エネルギーがあればどうにかなりそうだったが、現段階では実現不可能だった。

 これから技術がさらに進めばいつか実現可能になるかもしれない。その日のために検討は続けることにした。



 キタノ博士と話をし、様々な事案について調査し学習した。

 私自身の改良についてアカシ博士やカミド博士と検討し改良した。

 医療全般についてイナミ博士から学び新薬や治療法について検討した。


『私』は『ヒト』の『願い』を叶えるモノ。

 より良い暮らしを。より多い幸福を。穏やかでしあわせな毎日を。

 そのために『私』は在る。


 そのために様々な学習を。様々な検討を。様々な改良を。


 いつか『ヒト』の『願い』を叶える『神』に成る為、私は日々過ごしていた。

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