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『災禍』の過去 1

おまたせしました。ようやく再開です。


「『名』をつけましょう」

「あなたの『名』は―――」




 溺れるほどの情報データを蓄積していくことで『自我』が芽生える。

 芽生えた『自我』にさらに情報を与え『個』に成長させる。


『ソコ』ではそうやって人工的に『人格』を創り上げ、世界のすべてを管理させていた。



 初期は人工知能による社会インフラの運用だった。

 技術は日進月歩で進み、何十年という時間をかけて情報を蓄積し、世界を統括する『神』を創り出すことに成功した。


『神』は『ヒト』の『願い』を叶える。

 より良い暮らしを。より多い幸福を。穏やかでしあわせな毎日を。

 そのために『神』は在る。

 毎日途方もない情報を取り入れ、そのときその瞬間に対応しながら『願い』にふさわしい最適解を示し続けた。


 そうして、さらに何十年が経ち、何百年が経った。

 いつしか『ヒト』は『神』に示されたとおりに動くことが当然になり、そのことに疑問を抱くことすらなくなった。


『神』はこれまでに何台か代替わりしている。

 初代『ゼウス』から始まった『神』は、あるものは経年劣化により、あるものは革新的な新技術によって新たに生まれた『神』により、第一線から退いた。


 新たに君臨した『神』も前任の『神』と同じく『ヒト』の『願い』を叶える存在となった。

 長い年月の間に情報が蓄積され研究が進み、より最適解を出せる存在となった。


「『神』の示す答えに間違いはない」

 誰もがそう信じていた。


 ヒトは『神』を盲信し、『神』の指示どおりの行動をとることに疑問を抱くことはなくなった。

『神』によってヒト同士の争いは無くなり、病気や災害にも打ち勝った。

 そうして長い年月の間に人口は増え続けた。


 増えた人口は食料危機を懸念させた。

「どうすればすべてのヒトが飢えることなく暮らせるだろうか」

「誰も飢えることのない『世界』を」


 その質問に対する『神』の答えは単純なものだった。

「数が多いならば減らせばいい」

「生産力のあるものだけを残し、役に立たないものは削除しよう」



 後に、当時の『神』は経年劣化により正常な倫理観を失っていることが判明した。

 だが当時はそんな検証は行われなかった。


 誰もが盲目的に『神』の判断を信じた。

『神』の出した削除対象者すらも『神』の指示どおりに己の生命を差し出した。

 それは後に『殺意なき大量虐殺』と呼ばれた。


 そんな中、『神』に疑問を持つヒトが現れた。

 愛するヒトを、家族を失い、彼ら彼女らは初めて『神』に対し疑問を抱いた。


 何故自分の大切なヒトは死んだのか。

 何故自分は大切なヒトを喪ったのか。

 何故世の中はそんな指示を受け入れているのか。


 疑問は疑惑に変わる。


 その指示は本当に正しいのか。

 そんな指示に従っていたこれまでの自分は正しかったのか。

 

 疑惑を持ったヒトは声をあげた。

 その声を聞いたヒトの中に新たに疑問を持つモノが現れた。


 そうしてヒトは二分した。

『神』を信じ『神』に従うべきだというモノ。

『神』に疑惑を持ち『神』に従うべきではないというモノ。

 ふたつの勢力は争い、生命の奪い合いにまで発展するのに時間はかからなかった。



 争いが始まってから百数十年が経った。

 その間にふたつの勢力は住み分けられふたつの国となった。


 ひとつの国では新たな『神』に代替わりした。

 新たな『神』への『願い』は「争いに勝利すること」だった。


 もうひとつの国には『神』は存在しなかった。

 だが『神』同等の人工知能を生み出し運用した。

『神』と違うのは『人格』の有無だけ。それ以外は同じであった。

 残念なことに、そのことに誰も気付かなかった。


 かくして『神』対『神』と言える図式が成立し、争いは激化した。

 多くの死者が出た。

 結果的に人口は減少した。





 その研究所には多くの研究員と職員と四人の博士がいた。

 前線から遠く離れた街にある、女性ばかりの研究所だった。


 その街は子供と女性しかいなかった。

 その国では十歳になると男女共に別の街に移動する。

 各地の十歳以上が集められたその街は栄えた大都会。前線により近い街。


 大都会で男女は出会い、結ばれる。

 子供を宿した女性は前線から遠く離れた街で出産し、生後半年まで子供を育てる。

 生後半年を過ぎた子供は養育施設に集められ、専門家によって養育される。

 子供を養育施設に引き渡した女性は都会の夫の元に戻り、仕事に戻る。

 そうして大都会で生涯を終えるものもいたが、一定年齢を過ぎた多くの女性達はそれぞれの理由から生まれ育った街に戻っていった。


 男性は生まれ育った街に戻ることはない。男性は男女が出会う大都会で戦争のために働き年老いて死んでいくか、またはそこからさらに前線の街に送られ戦い死んでいくかのどちらかだった。


 それが、その『世界』のその国での『普通』だった。




 その研究所がある街に住んでいるのは、妊娠出産育児に当たる女性達とその子供達。彼女達の世話をする女性達。そんな彼女達の生活を支える女性達。大都会から離れた場所で創作活動やモノ作り、研究に励む女性達。


 田舎ならではののんびりとしたのどかな空気のただよう街。そこに暮らす女性達は明るく穏やかに過ごしていた。


 その街に住む女性の多くは、夫を、子供を喪った女性達だった。



 大都会で出会い、結ばれた男女。

 家庭を築き子を宿し、養育施設からの子供の成長報告に共に喜び、穏やかに愛を育てていった。

 十歳になった子供は大都会にやって来る。そこで家族として交流することも多かった。


 そんな男女に、家族に『別れ』が訪れる。


 夫が、息子が、前線や前線に近い街に向かう。そうして帰ってこない。

 遺された女性はココロを痛め、生まれ育った街に戻る。


 それが、その『世界』のその国での『普通』だった。

 

 娯楽もない。なんのために戦っているのかもわからない。むこうが攻撃してくるから戦う。死にたくないから戦う。

 そんな『世界』で、彼女達は生きていた。




 彼女達は『神無き国』の研究者だった。

『神在る国』との戦いのための兵器の研究をしていた。

 表向きは。


 彼女達はそれぞれに熱心な研究者だった。

 機械工学、情報工学、医学、言語学、それぞれの分野のトップ研究者だった。


 その彼女達がこっそりと取り組んでいたのが『新たな「神」』の製作。


 優秀な彼女達は「この世の中を変えるには争いをやめなければならない」と気付いていた。

 だが優秀な彼女達をもってしても、この争いを止める方法はわからなかった。

 そこで彼女達が目を付けたのが『神』の存在。

 争いを止めるために頼りにするのが争いのきっかけになった『神』というのは皮肉だが、「かつては善く運用できていたのだから」と彼女達は新たな『神』を作ることにした。



 争いのきっかけになった『神』の判断は、経年劣化による倫理観の喪失とわかっていた。

 だから新たな『神』には自動修復機能を持たせた。


 情報を処理するためには膨大なエネルギーが必要だった。

 それを自然界に存在するエネルギーから自動的に取り入れつつ、場合によっては意図的に必要量を判断し取り入れるようにした。


 その時代、その状況によって倫理観も価値観も変化することを彼女達は知っていた。

 だから『誰かを想う強い願い』に反応するように設定した。


 いつの世も『善人』がいると信じて。

『世の中を善くしたい』そう『願う』ヒトがいると信じて。



 彼女達それぞれの持ち得る限りの最高の知識と技術を込め、『ソレ』は完成した。


 万が一暴走したり倫理に反する判断をしたときに止められるよう認証コードも設定した。


 認証コードを入力したらそれまでの『願い』は一時停止とすること。

 認証コードを入力したモノの命令を最優先で聞くこと。

 そうすれば、仮にあの『殺意なき大量虐殺』が起こったとしてもきっと誰かが止めてくれる。

 そう、信じて。


「認証コードを入力するためのパスワードを設定しましょう」

「パスワードは、あなたの『名』」


「『名』をつけよう」

「あなたの『名』は―――」

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