ヒロ 39 晃の提案
ヒロ視点です
ああもう疲れた。でも無事に任務を果たせた。よかった。安心した。こんなのもうこりごり。
最初の『管理者』が「万が一にも解読されないように」って適当にキーボード叩いて作ったこの認証コード。
おかしな単語も聞いたことのない発音も含まれてるけど、どう聞いても日本語にしか聞こえない言葉も含まれていた。
あんなにぐちゃぐちゃにキーボード叩いてたのが日本語に聞こえるなんて、なんの運命のイタズラなんだろうね。
とにかく、聞いたことのない意味不明な言葉と、どっかで聞いたことのあるようなフレーズが混じった、めっっちゃ長い認証コードをぼくが言うことになった。
ぼくは特殊能力『絶対記憶』があるからどうにか覚えられたし発音できたけど、これ、普通はまずムリだよ。それが最初の『管理者』の狙いだったとはいえ、もうちょっとどうにかできなかったのかなあ。
ナツが渡してくれたペットボトルの水を飲み干し、頭からぶっかけてようやく一息つけた。
菊様は白露様を従えて『オズ』と対峙中。梅様と蒼真様は菊様になにかあったときのために控えておられる。
佑輝は『オズ』に向けて刀を構え警戒してくれてる。最悪が起こった場合でも佑輝の『絶対切断』なら対抗できるだろう。佑輝に任せておけば大丈夫。
トモは竹さんを構い倒している。浮かれては肩の黒陽様に絞められている。
竹さんも大丈夫そう。よかった。
ナツはずっとぼくについてくれている。
「ありがと」「もう大丈夫」って言ったけど心配してそばにいてくれる。ありがたいなぁ。
蘭さんと緋炎様は社長を見張りつつ『オズ』も警戒してくれてる。頼もしい。
蘭さんはさっきぼくが認証コード宣言し終わって『オズ』が承認するやいなや目にも止まらぬ早業で社長を簀巻きにした。
すごいよね。ちょっと顔伏せて、次に顔上げたらもう簀巻きが出来上がってんだもん。
無事に戻れて落ち着いたら是非教えてもらいたいね。
猿ぐつわをかまされてころがされてても社長は「むー!」「むー!」とずっと文句を言ってる。
その社長の横に膝をついて晃はずっと声をかけている。
「ごめんねカナタさん」「ちょっと我慢しててね」なんて優しい言葉をかける晃だけど、社長は全然聞いてない。
社長はずっと『オズ』をにらみトモをにらみ、ぼくら全員をにらんでくる。視線だけでひと殺せそう。
こんなひとにどうやって『降参』て言わせるの? 説得なんて無理じゃない? 蘭さんの言うとおり痛い目見せたほうが確実じゃない?
でも晃が「どうしても」って『お願い』してくるから仕方ない。
ぼくらは晃に『恩』が、それも『大恩』がある。
その晃が『願う』ことなら、ぼくらは叶えないといけない。
そもそもこの状況だって晃がいてくれたから作れたものなんだし。
困り果てたように社長に声をかける晃を見て、突入前の話し合いのことが頭に浮かんだ。
ナツの作ったわらび餅を食べてああだこうだと話をしていたら、晃が言った。
「――聞いて欲しいことが、あります」
真剣な表情に『なんだろう』と思いつつ話の先をうながした。晃はそれでもためらいうつむき、でもなにか決心したようにグッと拳を握って顔を上げた。
「――おれ、『災禍』の記憶を『視』ました」
「―――!!」
『視た』!?『災禍』の記憶を!?
そんな、いつ!? なんでそんなことできるの!?
「さっき四階に行ったとき、おれが腕をつかんだひと。
あのひとが『災禍』だ」
「!」
あのひとが!? フツーのひとにしか見えなかったよ!?
え? 一目で『災禍』を見つけて、あの一瞬で記憶まで『視た』の!? ホントに!? 晃、すごくない!?
「『視よう』と思って触れたから、『視えた』」
動揺するぼくの思念も読んだのか、晃がはにかんで説明してくれる。
ぼくに向けていた顔を緋炎様に向けた晃は、静かに言った。
「『災禍』の『真名』がわかりました」
「「「―――!!」」」
わかった!?『真名』が!?ホントに!? じゃあまさか――。
震えるぼくに、晃はうなずいた。
そしてまっすぐに緋炎様を見つめ、言った。
「皆さんの『呪い』を解くよう命じることも、カナタさんの『願い』を叶えさせないようにさせることも、できます」
「―――お手柄よ! 晃!!」
緋炎様は叫び、晃の顔ににべちゃりと飛びついた。
大興奮で晃の頭をエライエライと撫でる緋炎様。
ちいさなオカメインコにもみくちゃにされながら「ただ」と晃はどうにか口を開いた。
「命令を上書きさせるには、めちゃくちゃ長い認証コードを言わないといけないんです。
一音でも間違えたらアウトなやつで。
だから、ヒロ」
突然声をかけられて「ぼく?」と自分を指差す。
晃はうなずいた。
「おれの記憶をそのままヒロに『視』せる」
「ヒロの『絶対記憶』で、覚えて」
「!」
ぼくが? 覚える?
びっくりするぼくに晃は黙ってうなずいた。
「もしも『災禍』がまた姿を変えても、おれ、わかる。
おれが絶対『災禍』の前までヒロを連れていく。
目の前で認証コードを言って」
そんな。責任重大じゃないか。
ゴクリとつばを飲み込む。
ていうか、晃が『視た』記憶を再生しながら言えばいいんじゃ――。
そう考えたのも晃にはお見通しのようで、ふるりと頭を振った。
「おれにはとてもムリ。でも、ヒロなら、できる」
晃が説明してくれたところによると、晃は『視た』記憶を再生するときは再生しかできない。再生しながら声に出すとかは「できない」らしい。
再生したときに覚えられれば言えるけど「とても覚えられない」と言う。そんなに!?
ぼくの特殊能力である『絶対記憶』は、一度見聞きしたものは必ず覚えるというもの。
覚えたものを声に出すのも書き出すのも、できる。
「ホントは姫のどなたかに言ってもらうのが一番効果的なんだけど……。
――ちょっと、普通のひとには覚えきれないと思う」
「………そんなに?」
「そんなに」
真顔でうなずく晃に頬が引きつっちゃう。でも。
それが必要なことならば。
ぼくしかできないというならば。
晃が『ぼくならできる』と判断したならば。
「―――わかった」
やる。やってみせる。
覚悟を決めてうなずくぼくに晃も真剣な表情でうなずいた。
『災禍』の『真名』を知ったなんて、大手柄だと思うし『すぐに言ってよ!』ってぼくなんかは思うけど、『他人の記憶』を『視る』ことのできる精神系能力者にとっては『視たものを口に出す』ことは基本禁忌なんだそうだ。
『視た』物事をベラベラしゃべるようなひとは基本信用を失う。ついでに気味悪がられて疎外される。場合によっては虐待される。
そもそも『記憶』や『感情』、『思考』なんてものは『そのひとのモノ』だ。今風に言うなら『第一級の個人情報』だ。他人が勝手に覗き見したり開示したりしていいものじゃない。
そのことを晃はトモのおばあさんのサトさんから徹底的に叩き込まれた。ハルやひなさんからも教え込まれた。
だから今回の件で社長や『災禍』の記憶を『視た』とき、なかなかそれを言い出せなかった。
ぼくらのことを信用してくれてること、話すことが本当に必要なことだと判断したから、禁忌を侵して口を開いてくれたみたい。
なるほどね。
確かに、気軽にポンポン『記憶視た』って言ってくるひとは信用できないかも。そんなひと、いつ自分の記憶も他所でペラペラしゃべられるかわかったもんじゃない。
でも晃なら。
戦略的にとっても大事なことで必要なことでも『視た』本人のことを想ってこんなにためらうような晃なら。
信用できる。信頼できる。
その根底にあるのは、義務感もだろうけど、姫や守り役様達、トモ達を『助けたい』っていうお人好しな感情もあるだろうけど、一番はぼくらへの信頼。
『ぼくらになら話しても大丈夫』って晃が信じてくれたから。だから晃は禁忌を侵してくれた。
「信じてくれてありがと」
うれしくて言ったら、晃は困ったように笑った。
「じゃあ『視せる』ね」って晃がぼくに触れようとした。
それを緋炎様が「待って」と止めた。
「私もその『記憶』『視』たいわ。
戦略を立てるのに参考にしたいの」
緋炎様の申し出は、なるほどその通りだと思えた。晃もそう思ったみたい。黙ってうなずいた。
「菊様を起こしましょう。
菊様なら前みたいに複数人に一度に『視せる』ことができるでしょう」
言うが早いかかわいいオカメインコがパタパタと飛び、ふかふかのお布団へと降り立った。
「菊様! 至急案件です! 起きてください! 菊様!!」
ギャアギャアと騒ぎベシベシと布団を叩くオカメインコに、白い猫が布団からスルリと出てきた。
「どうしたの緋炎」
「緊急案件よ白露! 菊様起こして!!」
その剣幕になにかを察したらしい守り役様はあっという間に大きな白虎の姿になった。
そうしてベリッと掛布団を剥ぎ取る。
寒さに菊様は顔をしかめ丸くなる。
「姫ー。おはようございます。起きますよー」
長年の守り役は容赦なく菊様の上半身を物理的に起こす。
布団の上に座らされた菊様はぐらぐらしておられた。
「はいはい。姫。起きてください」
白露様の呼びかけに不機嫌そうに顔をしかめ威圧が漏れ出した菊様だったけど、緋炎様の「至急です! 緊急です!」の叫びにバチッと大きな目を開かれた。
「状況報告」
守り役様からペットボトルを受け取り、あおる菊様に緋炎様が手短に報告していく。
晃が『災禍』の記憶を『視た』こと。
『真名』がわかったこと。認証コードを言うことが必要なこと。恐ろしく長いそれを言えるとしたらぼくだけなこと。そのためにぼくに記憶を『視』せようと晃が言ったけど、戦略を立てるために緋炎様もその記憶を『視』たいこと。菊様にそれをお願いしたいこと。
「わかったわ」と了承された菊様。
すぐにお布団から出て天冠と千早をまとわれる。
「ベッド、片付けて」と指示されたので了承する。
「梅と蒼真は放置」
「了解です」
アイテムボックスにお布団とダンボールベッドを片付ける。
広くなったその場所に菊様が以前のようにひもを輪っかにして置かれた。
これまた以前使ったものらしい竹さんの水をとぷりと取り出し、輪っかの中へ。浅い水たまりになったその中心へ鏡を沈められた。
「晃」「はい」
二度目とあって晃もやるべきことを理解していた。すぐにおそばに向かい、水たまりに手を突っ込んだ。
「蘭はどうする?」
それまで黙って周囲の警戒にあたってくれていた蘭さんに菊様が声をかける。
「視ていいなら、視る」
蘭さんはニッと笑った。
「おれも背負う」
『災禍』の記憶を『視る』ことが言葉どおりの単純なことでないことを、重責を負うことになることをちゃんと理解し、その覚悟をちゃんとして、蘭さんは受け入れ、笑った。
強いひとだな。
そう、思った。
ハルは蘭さんのことを『傍若無人の暴れん坊』なんて評してたけど、ちゃんと気遣いもできるし、やさしい、強いひとだなって思う。
菊様とはちがう『強さ』を持ったひとだなって。
そういえば梅様も強そうなひとだ。
あの目。強い意志を持ったひとにしか持てない、輝く目。
最初にコンビニに迎えに行ったときも。
竹さんのための薬を作ってたときも。
彼女は強い意志を持って行動していた。
五千年という長い時間を生まれては死に、また生まれてきた、異世界の姫達。
元々強いひとだったのか。五千年という長い時間の間に強く成ったのか。
わからないけれど、今、目の前にいる姫達はどなたも美しく強い。
その姫達のためにも。
昔からお世話になった守り役の皆様のためにも。
今生、ここで決着をつけよう。
こんなチャンスはきっと二度とない。
そのために、ぼくらに、ぼくにできる限りのことを。
水たまりの周りに記憶を『視る』ために集まった。
ぼくと晃、白露様と緋炎様、蘭さん、そして菊様。
梅様と蒼真様、トモと竹さんと黒陽様はまだおやすみ中。
ぼくらがこっちに集中している間はナツと佑輝が警戒にあたってくれる。
チラリと視線を送るとすぐにふたりは気付いてくれた。
ナツはうなずき、佑輝はドンと自分の胸を叩いた。
頼もしいふたりにぼくもうなずきを返す。
「――じゃあ、いい? やるわよ」
ぐるりとぼくらを見回す菊様。全員のうなずきにうなずきを返し、そっとその白い手を水たまりの上にかざされた。
またもうしばらくおやすみします。
申し訳ありません(汗)
次回は6月1日を予定しております。
よろしければまたのぞきにきてやってくださいませ。




