第百八十三話 VS保志 2
「おれは死んでも構わない!
それで京都の人間を全て抹消できるなら!
善人が苦しむことない世の中になるならば!!」
自分で自分に酔っているような保志の叫びに南の姫は「チッ」とちいさく舌打ちした。
「そうか」と一言つぶやき、南の姫は再び刀を振り上げた。
「ダメだ」
ピタリと南の姫が動きを止める。
「殺しちゃダメだ」
ヒロと妻以外の全員が声の方向に目を向ける。保志すらも。
強い眼差しをした晃が立っていた。
「『ボス鬼』が『降参を宣言する』こと
それが『クリア条件』」
保志が息を飲んだ。
「殺したら『宣言』できない」
「ここに連れて来られたひとは誰一人この『世界』から抜け出せなくなる」
「な」「な」と意味を成さない声をもらし保志はただ震える。
つまりは『正解』ということだ。
それは保志の顔が見えていない南の姫にもわかったようだ。
「じゃあどうすんだよ」
保志の背に乗ったまま、いつでも刀を振り下ろせる状態で南の姫が晃に問いかける。
答えたのはいつの間にかオカメインコの姿に戻り保志の顔をのぞきこんでいた緋炎様だった。
「『死んだほうがマシ』というところまで追い詰めます?」
「そっか。口さえきければいいんだもんな!」
『納得!』と言いたげな南の姫。
聞いた保志はギクリとこわばった。
「爪を一枚一枚剥ぐか。それとも骨を一本ずつ砕いていくか」
「指先から細切れにするのもいいかもしれませんね」
「足からいくか? それとも手からにするか?」
「パソコン使う人間なら手のほうが精神的ダメージ大きいんじゃないですか?」
ニコニコと物騒な話をする南の主従。明るく軽く話しているのに、脅しでも冗談でもなく『本当にやる』と思わせるナニカがある。
さしもの保志もその雰囲気を感じ取ったらしく、わかりやすく青くなった。
逃げようとジタバタともがくが南の姫がガッチリ取り押さえていて足をバタバタするしかできない。体力が尽きたらしく、すぐにそれすらもできなくなった。
「さあ、どうする? 痛い思いをする前に降参するか? それとも」
刀を持ったまま、拘束している保志の左手小指をツンと突いた南の姫。
「どこまで我慢できるか、ためしてみるか?」
「ヒッ」とちいさく悲鳴を上げた保志が再度もがく。が、やはり南の姫の拘束からは抜け出せない。
「――こ、こんなことをして、ゆ、ゆるされると、思うのか!?」
この状況でも負け惜しみが言えるとは。すごい根性だな。いや、ただのハッタリか。
南の姫にもそれはわかっているらしい。
「この状況でまだそんなこと言えるのか」と楽しそうに笑った。
「よーし! そこまで言うなら、どこまで我慢できるか、やってみよう!」
ノリノリになった南の姫に守り役までが「賛成です!」なんてノッてきた。
「や、やめろ! 逆だろう!?
『痛めつけられる』のはおれじゃない! お前達のほうだ!!」
「お前達は、お前達こそが、おれの『願い』を叶えるための『贄』だ!」
おお。まだ戯言を言っている。ジジイの妄執、すごいな。
「お前達は『搾取される側』なんだ!」
「なのに、なんで! なんで、こんな、」
「どうなってるんだ! なんでこんなことになっている!?」
ジタバタともがきながら妄言を喚くジジイを無視して南の主従はニコニコと話を進める。
「まずは爪、行くか!」
「アラ姫。骨を砕くんじゃなかったですか?」
「あ。そっちのがいいか。血が出ないもんな。
じゃあ、指先からちょっとずつ行ってみような!
なーに。心配するな! オレ、握力あるから! キッチリくだくぞ!」
楽しそうな南の主従を静観していたら保志が叫んだ。
「――おい!」
叫ぶ保志は妻の笛にとらえられている若い男をにらんでいる。
「どうにかしろ! こいつらを『贄』にしろ!」
――保志のこの態度。やはりあの男が『災禍』!
だが西の姫は『オズ』と呼んだ。つまり――?
ふと、記憶の中で晃の言葉が再生された。
『「真名」がわかればいいのにね』
そうだ。そう言っていた。あのとき。『呪い』が解けないかと相談したとき。
そうだ。あのとき晃は随分と『真名』にこだわっていた。
晃は言っていた。『自分達は「災禍」がわかる』
竹さんの暴走に『当てられた』精神系能力者の晃とひなさんは竹さんの記憶を『視た』。そこで『災禍』を『視た』。だから晃は『災禍』の気配がわかる。一目見れば『災禍』がわかる。たとえどんな姿形になっていても。
俺が竹さんを救出するためにビルに突入したとき、晃とヒロは四階に行った。
そこで晃が『災禍』の存在を確認し、向かってきた保志から『水』の情報を得た。
―――まさか。
晃は『火』の属性特化の能力者であると同時に精神系能力者。他人の思念を『視る』ことができ、身体に触れることで深層心理にまで『浸入』することができる。
そうして本人すら気付かなかった本音を明らかにしたり、隠しておきたい情報を知り得たりすることができる。
それだけでなく、晃は『記憶再生』という特殊能力保持者。本人すら忘れていた記憶も、封じていた記憶も『再生』させることができる。
『「真名」がわかればいいのにね』
まさか――晃、――『災禍』に『浸入』したのか!?
そこで『真名』を知ったのか!?
驚きのままに晃に思念をぶつける。俺の思念を正しく受け取ったらしい晃は困ったように眉を下げ、微笑みとともにうなずいた。
「―――!!」
なんてことを! コイツ、なんてすごいことを!!
「言っただろう?」肩の亀がポソリとささやく。
「『呪い』については『解呪の可能性が見えた』と」
突入前の話し合いで確かに言っていた。詳しく聞く前に鬼が出現して急遽突入になったから詳細は聞けずじまいだった。
まさか『災禍』に『浸入』して『真名』を調べてくるだなんて、誰が考えつくんだよ!!
「大手柄だ」
そんな言葉じゃおさまらないだろう!? 『大恩』なんて言葉でも安いだろう!!
ああ。また晃に『借り』が重なった! これ、返せるのか? なんて礼をすればいいんだ?
《なにもいらないよ》
頭の中に突然晃の声が響いた。
驚き目を向けると晃はただ黙って微笑んでいた。
《お礼も言葉もなにもいらない。
おれがやりたくてやったことなんだから》
《トモが気になるなら、サトさんへの恩返しだと思ってて。
おれがサトさんから受けた恩を、サトさんに返したいモノを、トモに代わりに受けてもらってるんだ。
『恩送り』だよ》
穏やかな思念。あたたかな眼差し。晃が俺を包んでくれる。
ありがたくて、うれしくて、涙が込み上げてきた。
必死でそれをごまかそうとするのまで晃にはお見通しのようで、困ったように微笑んだ。
《まだ終わってないよ》
《ヒロががんばってる。うまくいったら『呪い』を解ける》
「!」
そうなのか! ヒロのこの長い長い詠唱は『災禍』に『呪い』を解かせるためなのか!
《きっと大丈夫》
《きっとうまくいく》
《だから、最後まで油断しないで》
《『願い』続けて》
《『呪い』は解けると。竹さんと『しあわせ』になると》
《竹さんを、トモの『半身』を、守って》
「―――!!」
魂が鼓舞される! 晃の『火』が注がれる! 俺のナカを熱い『火』が駆け巡る!!
晃の『火』が俺の『風』とひとつになる。
不動明王の炎のように俺の『風』が燃え上がる。不浄なものを焼き清める紅蓮になる。
この『風』で彼女を守る。
彼女を守る『チカラ』を晃が注いでくれた。
俺の妻。俺の『半身』。俺の唯一。
笛を吹き続ける彼女をぎゅ、と抱き締める。俺の『風』を注ぐ。少しでも彼女の『チカラ』になるように。
《ありがとう》
俺の思念に晃がにっこりと微笑んだ。
その間もジジイは喚き続けている。
南の姫に「離せ!」と叫んだり、じっと立ちすくむ『災禍』に「どうにかしろ!」と喚いたり。
「『北の姫』にしたように酸素濃度を下げろ! 窒息させろ!」
………そんなことをしやがったのか……?
《やはり殺そう》
《待って待って!!》
そう考えた途端、晃の慌てた思念が伝わる。
《ヒロが今がんばってるから! もーちょっとだから!!》
晃の思念にヒロに意識を向けると、汗だくになって必死に言葉をつむいでいた。
「『ふるえ ゆらゆらと ふるえ』」
「『ふるふるふれどふるときに』」
「『ゆるゆりゆらゆらゆれめぐる』」
日本語に聞こえる詠唱。俺の知っている祭文や呪文に似ているが少し文言が違うそれを、ヒロは必死に唱える。
「『ひふみよいつななここのたり』」
「『ひとふたみつよのいつむうななや』」
「『ここのつとおとおここのたり』」
「『まわれまわれくるくるとまわれ』」
「『くるくるとくるくるくるとまわれ』」
「『まわりまわれまいませれ』」
「『まいまいくるり くるくるり』」
「『ゆるりゆらゆら ゆれめぐれ』」
ヒロの詠唱に妻の笛が重なる。
ラップにも吟詠にも聞こえる詠唱。
《あとちょっと!》《がんばれヒロ!》晃が飛ばしているらしい思念が伝わってくる。
俺も《がんばれ》《頼む》とヒロに思念を送った。
俺達の思念が伝わったのか、ヒロの目にグッとチカラが込められた!
「『ひとふたみいよういつむうななやあここのつとお ゆらゆれゆれる』」
「『ふるえ ゆらゆらと ふるえ』」
「『ゆりこうゆりゆら、ゆりふるえ!!』」
叩きつけるような叫び!
最後の言葉が終わった途端、とらえられていた若い男の身体がビクン! と跳ねた!
そのまま硬直したかのように身動きを止めた若い男。
ヒロはハアハアと息を乱しながらも合わせた両手はそのままにじっと男を見つめている。
妻は俺に抱かれたまま笛を吹き続けている。
す、と西の姫が男の前に進んだ。
白露様が付き従う。
あと一メートルほどのところまで進んだ西の姫は動きを止め直立不動になっている男に向けて静かに告げた。
「――『オズ』」
その呼びかけに男の目に意識が戻った。
それを確認し、西の姫はさらに呼びかける。
「私は『管理者』」
「ここからはこの『世界』の『日本語』で命ずる。『認証』しなさい」
西の姫の言葉に男はなにか考えていた。どこか呆然として見えた。
やがて意識を取り戻した男は、西の姫に向かってはっきりと言った。
「――『管理者』とその『言語』を『認証』しました。
ここからは『日本語』で対応します」