第百八十二話 VS保志 1
「退治してやるよ」
ニヤリと嘲笑いそう言う俺に保志はわかりやすく怒りをさらけ出した。
「生意気な――!」
わなわなと怒りに震え、保志はロッドの先端を俺に突きつけた。
「なにが『退治してやる』だ!
おれは『正しいこと』をしているんだ!
『世の中のため』になることをしているんだ!!
それを邪魔するお前こそが『悪者』だ! 『退治される側』だ!!」
「ナニ言ってんだ。『ボス鬼』は退治されるモンだろうに」
さらりと言う俺に保志はグッと詰まり、その落ち窪んだ目に疑問を浮かべた。
「……何故おれが『ボス鬼』だと知っていた?」
悔しそうに苛立たしそうに言う保志がおかしくて「ハッ」と嘲笑った。
「ちょっと考えればわかるだろう」
俺の言い方が癇に障ったのか、保志がビキリと青筋を立てた。
「『開発者がボス』なんて、よくある話じゃないか。使い古された定番だよ」
俺の台詞に「な、な、なんだと!?」と保志はいきり立った。
「なにが『使い古された』だ! えらそうに! 生意気な!!」
両手で握ったロッドを闇雲に振り回し保志が襲いかかってくる。が、『宗主様の高間原』で複数の師範達にオモチャにされていた俺にとっては簡単にあしらえる程度の攻撃でしかない。
こんなもの『攻撃』なんて呼べない。子供が棒切れを振り回しているほうがまだ攻撃力がある。
左腕に妻を抱いたままスッと避ければ保志がさらに癇癪を起こす。ブンブンと意味もなくロッドを振り回す。
「あれだけ鬼を出したんだぞ!? 『宝玉持ち』を呼び寄せたんだぞ!! 普通はあの門から『ボス鬼』が出ると思うはずだ!!」
まあな。俺達もそう思ってたよ。
そう考えていることは微塵も出さず保志の攻撃とも言えない攻撃を躱す。
こうやって挑発し感情を剥き出しにすれば、精神系能力者の晃ならば保志の思考が『読める』。
俺が言ってみればエサになり、保志の感情を逆撫でし時間をかせいで『勝利条件』を探ろうという作戦だ。
俺に突っかかる保志を晃はじっと見つめている。ナツも佑輝も南の姫も警戒してはいるが様子見の構えだ。
若い男のほうはヒロの呪文と妻の笛で拘束されている。そちらは西の姫と白露様が注視しているので大丈夫だろう。
俺に一撃もくらわせられない保志はようやく立ち止まった。ゼエゼエと息を乱しフラフラとふらつきながら、それでも叫んだ。
「これまでの『バーチャルキョート』の『ボス鬼』は有名な鬼や歴史上の人物にしていた!
『おれ』が『ボス鬼』として設定されるなんて、誰も考えつかないはずなんだ!」
「なのになんでお前はおれが『ボス鬼』だと知っている!? なにかズルをしたんだろう!!」
ビッと俺を指差し、憎々しげににらみつけてきた。
「汚い! ズルをするなんて!
汚い人間は消えればいい! 消えろ!!」
保志がそう叫んだ。
途端。
バシッ!
ナニカを抵抗したのがわかった。
ナニか攻撃を仕掛けたのか? 保志が?
そして、ナニが抵抗したんだ?
疑問は浮かんだがまたしても保志が突っかかってきたのでひらりと躱す。
「『ズル』なんてしてないさ」
「『ズル』なんてしなくても誰にでも思いつくだろう?」
「『使い古された定番』だから」
俺の安い挑発に「なんだとぉぉぉ!?」と保志はあっさりと引っかかった。
「この!」「生意気な!!」とさらに闇雲にロッドを振り回してくる。
まあな。俺もあの大量のラノベを読んでなかったらこの考えにたどり着かなかっただろうけどな。
「アンタが言ったんだろう?
『これはゲームだ』『ゲームクリアを目指せ』『クリア条件を探せ』と。
だから『クリア条件』について考えただけさ」
考えたのは俺じゃなくてヒロだけどな。
それは言わなくてもいいだろう。
「ヒントをありがとうよ」と言ってやったら「ぎいぃぃぃ!!」と叫び保志がロッドを振り回した。
一撃も当たらないことにさらに癇癪を起こすジジイ。
「避けるな!」なんて阿呆なことを叫ぶから「阿呆じゃないのか?」とつい正直にこぼしてしまい、さらにジジイが怒り狂った。
「お前など、死ねばいい!」
立ち止まった保志がロッドを両手でガッと握り、その先を俺に向けて突き出した!
「『預言する』!」
「『お前は今すぐ死ぬ』!」
ロッドの先の天球儀のような部分がぐるりと回った次の瞬間!
天球儀からゾワリと骸骨が出てきた!
ボロボロのローブをまとった大きな骸骨が俺に向かって来る!
迎え撃とうと『紫吹』を構えた。が、『紫吹』の間合いに入る前に骸骨はナニカに弾かれた!
「ギャアアアア」と断末魔を上げて消える骸骨。
なにが起こったのかと驚いていたら黒陽が教えてくれた。
「姫のお守りだ」
「霊的守護が働いた」
なるほど。
さっきから抵抗してくれてたのもお守りだな。
『ありがとう』『助かったよ』そっと胸のお守りに念じるとほんのりと胸があたたかくなった。
反対に『紫吹』は『活躍の場を奪われた!』とプンスカしている。
『そう怒るなって』『次は頼むよ』と念じなだめると納得してくれたのが伝わってきた。
ピンピンしている俺に保志は唖然としている。
が、すぐにまたいきり立った。
「なんで死なない!?」
「知るか」
「ハッ」と嘲笑を浮かべ、馬鹿にもわかるように教えてやる。
「そんな何でもかんでも思い通りになるかよ」
「そんなことない!」
顔を真っ赤にしてジジイが叫ぶ。
「そんなことない! 全てはおれの『願い』通りになるんだ! おれの思う通りになるんだ!!
おれは正しいんだ! 神仏がおれに味方してるんだ!!」
「どこのご都合主義だよ」
呆れて吐き捨てるとジジイは「違う!」と叫ぶ。
「違う! 俺が正しいからだ!!」
そしてまたしてもロッドを振り回し俺に突っかかって来る。
「死ね! 死ね!!」と喚き散らす。
保志は怒りのためか俺しか目に入っていない。
これほどの守護がかけられているのは俺だけなのだからターゲットを替えればいいのにと思うが、そんなこと保志は知らないんだから無理もないかとも思う。
とはいえ、俺もいい加減疲れてきた。体力的なことでなく、精神的な面で。
同じことを繰り返すだけの馬鹿の戯言。これいつまで付き合えばいいんだ? 晃はまだか?
チラリと晃に目を向けたら申し訳なさそうに首を振った。
ううむ、だめか。これそろそろやり方変えたほうがいいんじゃないのか?
《黒陽》
そっと思念で黒陽を呼ぶと、それまで俺の思考を『読んで』いたらしい優秀な守り役はピョンと俺の肩から離れた。
それに気付かない保志は変わらず俺に向かってくる。「この! この!」と暴れるのを適当にあしらっている間に黒陽が緋炎様とボソボソと打ち合わせするのが見えた。
愛しい妻は必死に笛を吹いている。その邪魔にならないよう最小限の動きで避ける。
ジジイは無駄だらけの動きでロッドを振り回す。案の定すぐに体力尽きてゼエゼエと膝に手を当て息を整えようとしていた。
そこに黒陽が戻ってきた。
「荒療治をしよう」
「足を払って倒せるか?」
「了解」
ちいさく返事をし、肩で息をするジジイを挑発する。
「なんだよ。もう終わりか? 弱っちい『ボス鬼』だな」
狙い通り保志は「な、なんだとぉ!?」といきり立った。
再びロッドを構え「このぉぉぉぉ!」と向かって来た。
戦闘訓練を受けたわけでもない、ただのエンジニアの保志だから攻撃も隙だらけ。体幹もなってないから簡単に足を払えた。
ドシャリと転げたジジイの背にすかさず南の姫が馬乗りになる!
転げた拍子にロッドを手放した保志の左腕を取った南の姫。背中に左腕を極め押さえつけ動きを封じた。
ザッと逆手に持った刀を振り上げ、下ろす!
ガスッ!
保志の顔の真横、床に刀が突き刺さった。
自分のすぐそばに突き立てられた刃に、保志が愕然としている。
目の前に突きつけられた『死』がジワジワと理解されていく。
冷や汗を流し小刻みに震えるジジイに冷たい声がかかる。
「――降参するか? それとも――」
冷たい眼で南の姫は淡々と告げた。
「死ぬか?」
数えきれない耐性訓練を行い、それなりに場数を踏んできた俺でもゾッとする迫力。
これが『本物』か。
そう感じ、背中に冷や汗が流れた。
押さえつけられ、刃をほんの数センチのところに突きつけられた保志は言わずもがな。
ドッと汗を吹き出し、目を見開いて浅い息をしている。
が、ナニカに気付いたのかハッとし、グッと拳を握り叫んだ!
「殺したければ殺せばいい!」
「おれを殺したって変わらない!」
「お前達も道連れだ!
全員『贄』にしてやる!!」
バシッ!
またしてもナニカを抵抗した!
今度は俺だけでなく、南の姫も、ナツ達も攻撃されたらしい。ちょっと驚いたように眉を動かしていた。
察するに、保志の言葉が『言霊』となり『呪』になっているようだ。
以前聞いた。
『災禍』は『宿主』の『願い』を叶えると。
『宿主』が『こうなればいい』と『願う』だけで『そのとおりになる』と。
厄介だな。
だが幸い、各人に渡した妻のお守りがそれぞれを守ってくれている。
妻がせっせと作り、生真面目に『祈り』を込めたお守り。
どれも霊的守護、物理守護、毒耐性、運気上昇の四重付与がかかっている。
絶好調の妻が生真面目に作っただけあって『災禍』の『宿主』による『呪』をも抵抗できている。俺の妻、トンデモナイ。
覚醒前の南の姫と梅様にはそれぞれの守り役がお守りを見えない状態にしてこっそりと身に着けさせたと報告があった。
ふたりとも「なんかおかしいな?」と思いながらも日々の忙しさにスルーし、そのままこの『異界』に連れて来られ、覚醒した後もそのままお守りを着けている。
おかげで『宿主』による『呪』をも抵抗できた。これも『運気上昇』の効果か。ありがたい。
南の姫に取り押さえられ刀を突きつけられた保志はうつ伏せたまま喚き散らしている。
「おれは死んでも構わない!
それで京都の人間を全て抹消できるなら!
善人が苦しむことない世の中になるならば!!」
自分で自分に酔っているような保志の叫びに南の姫は「チッ」とちいさく舌打ちした。
「そうか」と一言つぶやき、南の姫は再び刀を振り上げた。