第百八十一話 ヒロの見解
『保志が「ボス鬼」ではないか』
この見解を示したのはヒロだった。
突入前の話し合いのとき、ヒロが言った。
「この『異界』に連れて来られたときに社長がゲーム説明をしたんだろ?」
俺とナツに向かって話すヒロ。
俺達と同じく『連れて来られた』梅様と南の姫もうなずいた。
「このゲームの『クリア条件』は『もう設定されてる』って話だったよね?」
そういやそんな話もあったな。すっかり忘れてた。
うなずく俺達にヒロはあっさりと言った。
「それってさ、『ボス鬼を見つけて倒す』じゃない?」
唖然とする一同にヒロは説明を続ける。
「竹さんが連れて行かれたときにさ。『北の姫、見ーつけた』っていうキーワードで転移陣が展開して連れて行かれただろ?
そんなふうに『ボス鬼』をみつけて『見ーつけた』って宣言することで『ボス戦』が開始されるんじゃない?」
「で、その『ボス鬼』を倒したら『ゲームクリア』になるんじゃない?」
ヒロの意見に「確かに」と納得する。
「ゲームがクリアされたら、少なくとも今回連れて来られたひと達は開放されると思うんだ」
「『開放』?」
晃の疑問に「『現実世界』の『元いた場所に戻る』ってこと」とヒロが説明する。
ラノベや漫画を読みまくっているヒロはあらゆるパターンが浮かんでいた。
そのヒロが、設定された『クリア条件』を満たしたら今回召喚された人間は元の場所に自動的に戻るだろうと考察する。
俺も『宗主様の高間原』から帰って来て妻のそばにいられるようになってから、妻が読んだ本がどんな内容なのか確認するために色々読んだ。
妻の攻略のために読み始めたが、実際かなり役に立ったが、その内容を参考に考えを巡らせると、『ボス鬼』についてひとつの答えが出た。
ひなさんは常々言っていた。「晃を守る」「死なせない」
その言葉の元になっていたのは春に俺が遭遇した鬼。
『異界』から『落ちて』きたその鬼は『中ボスレベル』だった。
その鬼と戦った修行前の俺は死にかけた。竹さんと蒼真様がいなければ間違いなく死んでいた。
あの鬼より強い『ボス鬼』がいつか出現する。
その『ボス鬼』と戦えるとしたら俺達霊玉守護者だけ。
晃をその戦いに行かせないために。戦いになっても生き残れるように。
ひなさんはそのために色々動いていた。
だから俺達も『ボス鬼』はあのときの『中ボスレベル』の鬼やこの『異界』で出現した鬼のように異世界からやって来ると思っていた。他に考えることすらなかった。
だが、このヒロの言い方。表情。ラノベで読んだ様々な話。それらを鑑みると――。
「――その『ボス鬼』の目星はついているのか?」
俺の確認にヒロは『わかってるくせに』と言いたげに目を細めた。
「え?」
「もう『ボス鬼』がどこかに『いる』ってこと? どこに?」
「あの門から出てくるんじゃないのか?」
わかっていない年少組にヒロは楽しそうに笑った。
「多分だけど」
もったいつけたようなヒロの言葉に年少組が食いつく。
「社長が『ボス鬼』だよ」
「「「――えええええええ!?」」」
……おいおい。年少組はともかく、なんで梅様と南の姫まで驚いてるんだよ。
「そうなの!?」「そんなこと、あるの!?」なんて愛しい妻がオロオロしている。かわいいなぁ。間抜けだなぁ。浅はかだなぁ。
俺の考えを『読んだ』らしい肩の守り役がため息をついた。
「社長を見つけて『ミッション挑戦中』の画面出したスマホ向けて『ボス鬼見ーつけた』って宣言したら、それで『ボス戦』が始まるんじゃないかな?
で、勝ったら『ゲームクリア』じゃない?
その勝利条件まではわかんないけど…」
ヒロの推察は俺も同意見だ。
うなずく俺に愛しい妻が「そうなの!?」「そうなの!?」とすがってくれる。かわいい。
そんな妻や年少組に苦笑しながらもヒロが続ける。
「ゲームがクリアされたら、少なくとも今回連れて来られたひと達は開放されると思うんだ」
俺もそう思うからうなずいた。西の姫が鏡を取り出した。
「『当たり』ね」とニヤリと笑う西の姫。
つまり、ヒロの意見が正しいということだ。
「『社長』って、アレだろ!?『宿主』だろ!?
つまり『災禍』を見つけてぶった斬って、そばにいる『宿主』もぶっ倒したらいいんだな!?」
鼻息荒く今にも飛び出しそうな南の姫を「落ち着いて」と守り役がなだめる。
「それで間違ってはいませんが、その『勝利条件』がわからないことには対策がとれません。
――晃、なにか『視え』た?」
「……スミマセン……」
晃は特殊能力持ちの精神系能力者。触れることで対象者の精神に『浸入』し記憶を共有することができる。
その能力で保志のたくらみも『災禍』の居場所も明らかにしてきた。
対象者に『浸入』しなくても、精神系能力者である晃は目の前の人間がそのとき感じている感情や考えを『視る』ことができる。強い思念や感情をぶつけられたらそれは晃にとって目の前のモニターに映像を映し出されて居るのと同義だ。
その晃を以てしても保志の設定した『勝利条件』は「わからない」という。
「多分、前におれが『浸入』したときにはまだ決めてなかったんだと思うんです。
昨日行ったときにはおれ、カナタさんに会えなかったし、さっきは突然だったからカナタさんには『浸入』できなくて……」
「ゴメンナサイ」とシュンとする晃に「晃は悪くないわ。こっちこそ無理言ってごめんなさいね」と緋炎様があわてて謝る。
「ヒロはどう考える?」
しょげる晃にこれ以上気に病ませないようにだろう。緋炎様はヒロの意見を求めた。
そのヒロは顎に手を当て「うーん」と考え込んだ。
「――普通に考えたら『戦闘して倒したら勝ち』なんでしょうけど……。
仮に社長が『ボス鬼』だとして、あのひとに戦闘ができるとは思えないんですよねぇ……」
確かに。
ジジイなことを除外しても、あの外見では戦闘は無理っぽい。
体力もなさそうだし、腕も足もヒョロッヒョロに見えた。
「そう思わせておいて、術かなんかで攻撃してくるとかあるんじゃないのか?」
南の姫の意見に「なるほど」とヒロもうなずく。
晃の記憶で『視た』ときも、暴走族やら反社会的勢力やらに襲いかかられても返り討ちにしてたもんな。
「じゃあ『戦闘』は十分有り得ますね」
納得したヒロが再び考えながら言葉をつむぐ。
「戦闘になった社長がどのくらいの強さかはわかりませんが……そうなると問題が……」
ためらいつぶやくヒロ。
問題? なにかあるか?
確かに戦闘になった場合の『災禍』の影響についてはまだ不明だが…。
「なに?」とナツにうなかされ、ヒロは顔を上げた。
「みんな」
真剣に問いかけるヒロに全員が身構える。
「普通の人間相手に――おじいさんひとり相手に、本気で戦える……?」
「「「……………」」」
「場合によっては、殺すこと、できる……?」
……確かに。
普段相手をしている霊玉守護者の仲間達や『宗主様の高間原』の師範達とは話が違う。瘴気を撒き散らす異形の妖魔や『悪しきモノ』とも。
どう見ても戦闘能力のない、普通の人間相手に刀を向けられるか――?
「戦える」
キッパリと言ったのは南の姫だった。
「老人だろうが幼子だろうが、向かって来る以上は『敵』だ。
油断すればこちらが死ぬ」
「『見た目』で相手を判断するなんてのは愚の骨頂よ。
――まあ現代は昔と違うから、そういうところまで求めるのは酷かもしれないけど……」
最後は苦笑でそんなことを言う緋炎様に南の姫も「まあな」と軽く同意する。
「お前らには無理かもな。
じゃあ、『宿主』はオレが斬るよ。お前らはサポート頼む」
至って簡単に、あっさりと言う南の姫に「そんな!」とヒロが気色ばむ。ナツも佑輝も、晃も息を飲んだ。
「オレ、これでも乱世を生きた記憶があるから。
こういう言い方するとアレかもだけど、数えきれないくらいの人間殺してるから。
今さらひとりふたり増えても、どってことない」
ニパッと笑って軽く言う南の姫に守り役も「ですよね」と軽く応えている。
本当にこのふたりにとっては『人間を殺す』ということは禁忌ではないのだと理解はできた。が――なんだか感情がおさまらない。納得がいかない。
「それはお前が『現代の常識』にとらわれているからだ」
俺の思考を読んだらしい肩の亀がそんなことを言う。
「まあそれが当然だ。お前達は我らのようになる必要はない」
俺がムッとしたのがわかったのだろう黒陽が困ったように笑ってそう言った。
と、隣の妻がなんだかソワソワしていることに気が付いた。
チラリと目を向けると泣きそうな顔で口を引き結んでいた。
………またマイナス思考が仕事をしているな……。
どうせ『保志を殺すなんて』とか『南の姫に人殺しをさせるなんて』とか考えているんだろう。困ったひとだ。
困ったひとを論破しようとしたら、それより早くずっとうつむいていた晃が顔を上げた。
「――おれが『勝利条件』を探ります」
「カナタさんの生命を奪わないといけないのか、他の条件なのか、おれが探ります!
だから、それがわかるまではカナタさんを傷つけないでください!」
「おれに時間をください。カナタさんを説得させてください!」
「カナタさんを、カナタさんの『魂』を、救わせてください!!」
両手をつきガバリと頭を下げる晃。
本気が伝わってくる。
ここまで請われたら俺には反論できない。
俺は晃に恩がある。晃の『望み』を、晃の『願い』を叶えると『誓約』した。
俺はあんなクズ、殺しても地獄に落としてもいいと思うが、大恩ある晃がそこまで言うのならば俺の考えは一旦置いておかなければならない。
チラリと周囲をうかがう。
俺と同じく晃に恩義を感じているヒロは困ったように俺に目を向けてきた。
晃に甘い白露様と緋炎様は『晃がそこまで言うなら』と了承の態度。南の姫は「緋炎がいいなら」とこちらも了承のよう。お人好しのナツと佑輝も同様。
蒼真様と梅様は静観の構え。俺の肩の黒陽も同じく。
そしてウチのかわいい妻は生真面目な顔つきで肩肘張り、晃と俺を交互に見つめ、チラチラと俺の様子をうかがっている。
『いいよね?』『ダメ?』『お願い』と考えているのが丸わかりの態度に庇護欲がそそられる。
くそう。かわいい。
大恩ある晃にここまで請われ、愛しい妻にこんなにかわいくおねだりをされては俺には折れる以外の選択肢はない。
俺の考えを見透かしたのか、西の姫がため息をついた。
「――いいでしょう」
その言葉にパッと笑顔になる晃と愛しい妻。
「そのかわり。『勝利条件』をきっちり調べなさい。そしてその『条件』を必ず満たすこと。
――たとえ『保志の生命を奪う』という条件であったとしても、アンタが責任持って必ず『条件』を満たしなさい」
強い眼差しに晃はグッと口を引き結んだ。
覚悟を決めた表情で「必ず」と誓う。
「たとえ『生命を奪う』としても、その前にカナタさんのココロを救います。
――おれは『魂守り』だから」
「それがおれの『成すべきこと』だから」