第百八十話 『ボス鬼』
余裕ぶって見えるように、わざとニヤリと笑みを作った。
そんな俺に目の前のソイツは憎々しげに歯ぎしりをした。
「『ボス鬼』」
俺の告げたその言葉に、保志は絶句した。
「な」「な」と口をパクパクしていたが、次第に顔を赤くしていった。
「何故、それ、を――」
「さあ? なんでだろうな」
わざととぼけてやったら保志はわかりやすく震えはじめた。こめかみに青筋を立て、ついには怒りの形相で爆発した。
「――貴様さえいなければ――!」
ダン! 床を踏み、保志が癇癪を起こす。
「貴様さえいなければ新風館で全員『贄』にできたのに! 北の姫を沈めた『水』で京都の人間をすぐさま鬼に食わせることができたのに!!
邪魔ばかりしおって! 貴様なぞあのとき鬼に殺されておけばよかったんだ!!」
ダン! ダン! ダン! と地団駄を踏み、喚き散らす保志。「そりゃどーも」とわざと返すと「ぎいぃぃぃ!」と保志はさらに暴れ自分の頭を掻きむしった。
「こ、の――! 邪魔者めが!」
憎悪をぶつけてくるジジイに、晃がやりとりしている間に取り出しておいたスマホの画面を向け、告げた。
「『ボス鬼』『見ーつけた』」
パララパッパラー。
間抜けな音が妻の笛の音に重なった。
驚愕に息を飲む保志をよそにナツがスマホを取り出した。
スピーカーモードにして全員に聞こえるようにしてくれ、かつ画面を俺にも見せてくれた。
ナツが画面をタップすると、文字とともに音声が流れた。
「『ミッション』『ゲームのクリア条件を見つけろ!』」
「『クリア条件』のひとつである『ボス鬼』が発見されました」
「これより『ボス戦』が開始されます」
「『ボス戦』挑戦者は次の四名。
テン、ナツ、プラム、嵐」
宣言のあと、床に保志を中心とした陣が現れた!
透明な光る壁で周囲を囲まれた。おそらくは結界だろう。
戦闘を前提としているためかかなり広い。廊下で妻の結界に捕らえられいる男も、姫達も、もちろん守り役達も全員が壁の内側に入っている。
フシュン、と奇妙な音を耳が拾った瞬間、周囲の景色が変わった。
暗い空間に陣の描かれた白い床。
周囲を緑がかった透明な蛍光の壁が囲う。
まさにゲーム画面のようなシチュエーションだ。
手の中のスマホの画面には【ボス戦挑戦中】【挑戦者:テン ナツ プラム 嵐】の文字だけが現れては消えていた。
ここにドローンはないからか、『ボス鬼』の正体を広く明かさないためか、これまでのように戦闘場面が映されることはなく、ただ文字が点滅しながら繰り返し流れていた。
同じ文字が俺達の頭上をくるくると旋回している。ゲームの戦闘画面で見たが、実際現場でされると正直目ざわりだ。
頭上の文字を意識しないよう視線を保志に戻す。と、目の前の保志の格好が変わっていた。
白シャツに黒のスラックスだったのが新風館で見た預言者の格好になっていた。
頭からかぶっていた布を乱暴にむしり取り、床に叩きつける保志。
黒のローブに肩から胸にかけて金色の飾りをかけているのはあのときと変わらない。水晶玉を持っていた左手に長いロッドを持っていた。
先端に天球儀のような大きな飾りがついている。かなり重そうに見えるが保志は重さを感じさせず手にしている。
「――貴様――! よくも――!!」
わなわなと震えながら俺をにらみつける保志。
俺も刀を取り出そうとしたら黒陽がこっそりと耳打ちしてきた。
「『紫吹』を使え。他の刀を使ったら拗ねるぞ」
刀が拗ねるのかよ。と思ったが、確かに俺のナカで『紫吹』がプンスカしているのを感じる。
『ゴメンゴメン。悪かったよ』と念じ、妻を抱きかかえたままの左手の手のひらに握った右手を添えた。
そのままいつもの霊力の刀を出す要領で抜刀すれば、どういう原理か右手に『紫吹』を握っていた。
なんか張り切っているのを感じる。かわいいヤツだな。
『紫吹』はアイテム扱いになっているのか、この『世界』にはじかれることはなかった。
左腕に妻を抱きかかえ、右肩に黒陽を乗せたまま右手に握った『紫吹』の切っ先を保志に向けた。
俺とナツ、梅様と南の姫は『バーチャルキョート』で設定した装備のまま。梅様は回復役の装備、俺達は剣士の装備。
別ルートから来た妻と西の姫はいつもの巫女装束。ヒロと晃、佑輝は安倍家の仕事のときの装備のまま。
俺とナツも最初は安倍家の装備だったのに『バーチャルキョート』に連れて来られたら自動的にこの装備になっていた。
おそらくはあのバージョンアップで連れて来られた人間は『ゲームプレイヤー』として登録されている。
だからこそこの『ボス戦』で表記されるのは俺達『バージョンアップで連れて来られた人間』だけで、別ルートからこの『異界』に来た竹さん達は表記されていないのだろう。
「貴様――! 貴様、貴様――!!」
悔しそうに憎々しげに俺をにらみつける保志。
その視線を、憎悪を正面から受ける。負けじと俺も保志に威圧を向ける。
コイツは自分勝手な理屈で多くの生命を奪った。その罪を俺の最愛の妻は『封印を解いた自分のせい』と背負ってしまった。
俺の妻を苦しめやがって。許さない。絶対に許さない。
半歩引いて妻をかばいながら、保志に威圧を向けた。
俺の威圧は、自慢じゃないが、あの中ボスレベルの鬼を十分抑えられるものになっている。
そんな威圧を向けられても萎縮することも倒れることもない保志。いっそ気付いてないんじゃないかと思うくらいに俺に向けて憎悪を、威圧を向けてくる。
おそらくは『災禍』からなにか防御を受けている。晃の記憶で『視た』ときも鉄砲の弾丸もバイクの突撃も防いでいた。
ならば遠慮することはない。
全力でぶっ潰してやる。
「来いよ『ボス鬼』」
自分でも悪い顔になっている自覚はある。妻が瞼を閉じていてよかった。こんな顔彼女には見せられない。
が、目の前の怒気をぶつけてくるジジイ相手ならばいくらでも見せても問題ない。
妻を抱き肩に亀を乗せたままニヤリと嘲笑った。
「退治してやるよ」