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第百七十九話 遭遇

「―――ようやく会えたわね―――」

「『オズ』」


 ニヤリと笑った西の姫が妻の結界にとらえられている高校生くらいの男に向けてそう呼びかけた。



『オズ』? なんのことだ?

災禍(さいか)』ではないのか?


 姫と守り役がここまで警戒する相手。

 つまりはこの男こそが『災禍(さいか)』だと俺は考えたのだが、違うのだろうか?



 驚愕に染まっていた若い男が口を開いた。

「―――何故―――その『名』を―――」


 ちいさなつぶやきに西の姫は答えない。

 ギッと若い男をにらみつけ、叫んだ!


「ヒロ!」

「『ゆりこうゆりゆら、ゆりあるく』!」


 ヒロが意味不明な言葉を叫んだ!

 途端に妻の結界にとらわれた男はビシッと動きを止めた!


「『ふるえ ゆらゆらと ふるえ』」

「『ふるふるふれどふるときに

 ゆりゆりゆらゆらゆれめぐる』」


 ヒロは両手を合わせ集中し、意味不明な言葉をつむぎ続ける。

 なにかの呪文らしく、ヒロの声に男は抵抗することを忘れたようにじっとしている。


 妻はそれでも結界をゆるめない。繊細な霊力操作で男をとらえる結界を維持し続けている。

 俺にできることは彼女に霊力を注ぐことだけ。抱きしめてその身を守るだけ。《がんばれ》と念じるだけ。


 男は妻の笛の音に、ヒロの言葉に、縛られとらえられている。表情を無くし、どこも見ていない目でなにかを考えているように見えた。


 その間も男を取り囲む姫達も守り役達も警戒を解かない。もちろん俺達も。

 なにが起こっているのか、この男はなんなのか。わからないが、妻とヒロにかかっていることはわかる。だから、笛を吹き続ける妻を抱き締め、そっと耳元にささやいた。


「がんばれ」

「がんばれ」


 妻はちいさくうなずいた。額に汗が浮かんでいることに気がついた。

 少しでも涼しくなればと彼女の周りに風を展開する。そよ風で包むと愛しい妻はすぐに気付いてくれた。チラリと視線で感謝を向けてくる、その目に喜びと俺への愛情が見えて、こんなときなのに胸を貫かれた。


 絶対に守る! なにがなんでも彼女を助ける!!


 一気にやる気が吹き上がる! 魂が鼓舞される! ぎゅ、と彼女を抱き締め、俺の霊力をさらに注いだ。



 と、ドスドスと足音が近づいてきた。

 風を展開している俺にはやって来るソイツが視えた。


「――なんだこの音は――」

「おい。なにかしているのか」

「おい。どこだ。もうそろそろ鬼が来るぞ」


 妻が縛りあげている男を探しているらしい。

 妻の笛の音とヒロの声に不審そうに顔をしかめ、声をたよりにこの部屋に足を向けた。

 そうして、とらえられている男が目に入ったらしい。


「おい!? どうした! 一体なにが――」

 ギョッとしたソイツがさらに近寄り、部屋の中にいる人物をその目で見つけた。


「――その姿――青い龍――赤い鳥――」

 息を飲み、呆然とつぶやく。

 ソレが『誰』だか理解したソイツは徐々に喜色を浮かべた。


「『姫』と『守り役』か!」


「ハハハハハ!」

 狂気をはらんだような高らかな笑い声に、梅様は半歩引き、南の姫は構えた刀を向けた。

 蒼真様が大きくなり梅様の前に陣取る。


「まさかそっちから来てくれるとは!

 やはり神仏がおれの味方をしてくれているんだ!

『間違った人間達を懲らしめろ』と。

『正しい世界に導け』と!」


「ハハハハハ!」と笑うソイツに西の姫が顔をしかめた。

 ナツと佑輝もムッとしている。晃だけは痛そうに眉を下げた。


 その間もヒロは一心不乱に意味不明な言葉をつむぎ続けている。時折聞き取れる単語が出てくるが「『ら、るまぱ』『うくえ、うぃす』」などと何語かわからない言葉を必死に唱えている。そして俺の腕の中の妻も必死に笛を吹き続けている。


「『まわれまわれくるくるとまわれ』」

「『くるくるとくるくるとまわれ』」

「『まわりまわれまいませれ』」


 妻の笛に乗せるヒロの声。まるで歌を歌っているかのよう。

 そんな音楽を気にも止めないソイツは、どこかうっとりとしたようにニタリと(わら)った。

 梅様がさらに半歩下がり、蒼真様の警戒が上がった。


「――ああ。そうか。『東の守り役』が『ここ』に連れて来てくれたのか――。さしずめ『アレ』を追って来たのか? ご苦労なことだ」


 ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながらソイツが近づいてくる。

「『(にえ)』にされるとも知らず」


 廊下は若い男が立ちすくんで通れない。だからだろう。ソイツは一度隣の部屋に入り、写真がかけてある柱の側の襖を開けた。


 姿を現したのは、落ち窪んだ目をギラギラとさせた白髪の老人。

『宿主』 保志 叶多。


 ついに見つけた。

 ここで決着をつける!

 グッと保志をにらみつけた。



 ヒロと妻以外の全員の注目を集めた保志は、ニマニマと姫と守り役を目で追い、最後に俺と妻をその目に入れた。


 一瞬驚愕を浮かべた保志が俺をにらみつけてきた。

「―――西村―――ッ!」

 憎々しげにギリと歯ぎしりをし、俺の腕の中の妻に目を向け、息を飲んだ。


「何故『北の姫』が生きている!? 何故貴様がここにいる!」


 癇癪(かんしゃく)を起こしたように叫びながらズカズカと近寄ってくる男を晃が抱き止める。

「カナタさん!」

「邪魔をするな! どけ! 離せ!」

「待って! 話を聞いて!」


 騒ぐふたりに瞼を開けた妻。こわがり、不安そうに目を向けている。


「――大丈夫」

 そっとささやくと、妻の目が俺に向いた。

 愛おしさにヘラリと笑みがこぼれる。


「アイツは俺達にまかせて。

 貴女は貴女の成すべきことを」


「貴女のことは、俺が絶対に守るから」


 俺の言葉に彼女はその目をうれしそうに細めた。

 頬が色付く。恐怖にこわばっていた気配がふんわりとやわらかくなる。

 笛を吹きながらじっと俺を見つめてくれる、その目に『俺が好き』と書いてある!

 全幅の信頼を寄せてくれているのも、愛してくれているのもわかって、誇らしくてうれしくて、こんなときなのに『しあわせ』で満たされていく。


「大丈夫」

 ぎゅっと抱き締め霊力を注ぐ俺に、愛しい妻はちいさくうなずいた。

 そうして再び若い男をキッとにらみつけ、瞼を閉じて笛に集中した。


 その間もヒロの言葉は続いている。

 そして晃と保志の押し問答も続いている。


「貴様――日村か! 何故貴様までここにいる!? いつから安倍家が気付いていた!? なんでおれの邪魔をする!? あのとき助けてくれなかったくせに、何故今邪魔をする!!」


 その言葉に晃は痛そうに眉を寄せた。が、すぐにキッと表情を引き締め、わめくジジイに向かっていった。


「おれ達は――おれは、あなたを救いに来たんだ」

「『救う』だと!?」


「ハッ」と嘲笑を吐き捨て、保志は晃をにらみつけた。


「今更!?」

「あのときなにもしてくれなかったくせに!」

「この期に及んで、なにを寝言をほざいているんだ!」


 保志の叫びに晃はグッと息を飲んだ。

 言葉を探し口を開けては閉めていたが、結局はうなだれた。


「あのときは――『ゴメン』としか、言えない。

 安倍家も――おれ達も万能じゃない。聞こえなかった声も、救えなかった生命も、たくさん、ある」


 シュンとする晃にさしもの保志も勢いがわずかに()がれた。その隙を(のが)さず晃が顔を上げた。


「でも、あなたはまだ生きてる」

「まだ、間に合う」


 晃の目に『火』が宿っていた。

 強い眼差しが保志の目をまっすぐにとらえる。


「おれは、『火』の『霊玉守護者(たまもり)』」


「『魂守(たまも)り』です」


「おれは、あなたの『魂』を守りにきた者です」


 晃の眼差しに、言葉に、保志は狼狽(うろた)えた。

 その保志の両肩をガッと(つか)み、、晃はさらに訴えた。


「あなたも本当はわかってるんでしょう?

『こんなことしてもどうにもならない』って。

『こんなことしても家族はかえってこない』

『こんなことしても家族は喜ばない』って」


「―――うるさい!!」


 バッと腕を振り回し、晃から逃れた保志は(わめ)いた。


「うるさいうるさいうるさい!! あのとき助けてくれなかったくせに! なにもしてくれなかったくせに!!

 えらそうなことを言うな! わかったようなことを言うな!!」


「おれは間違っていない! ここまでうまくいっていたのがその証拠だ! おれが『世界』を変えるんだ!」


 (わめ)く保志を取り囲むようにナツと佑輝がそっと保志の後ろを取った。

「カナタさん」呼びかける晃に保志はさらに当たり散らす。


「なんでおれの家族があんな目に遭わないといけない!?

 なんで善人が傷付いて悪人がのさばっている!?

 こんな世の中、間違っている! そうだろう!?」


「こんな腐った人間ばかりの世界は壊れたらいいんだ!

 誰も腐っていることに気が付かないからおれが正してやるんだ!」


 自分勝手な理屈をわめく保志に晃はグッと拳を作った。なにか言おうとしてためらい、また口を閉じた。



「――もういいだろう。晃」

 俺の言葉に晃は痛そうに顔を向けてきた。


「もう十分だ」

「これ以上コイツの戯言(たわごと)を竹さんに聞かせたくない」


 愛しい妻は必死に笛を吹いている。過保護な守り役が俺の肩から妻にだけ遮音結界を展開しているらしく、これまでのやりとりに気付いてはいない。

 だからといってこれ以上コイツの妄言(もうげん)に付き合う筋合いはない。

 晃が「説得させてくれ」と事前に頼んできたから黙っていたが、もういいだろう。


 俺が引かないとわかったらしい晃は、しぶしぶながらもうなずいた。

 一歩引いた晃と交代するように目の前のジジイの前に立ち、にらみつける。


 興奮していた保志は俺を目に入れるなり憎悪に顔を歪めた。

「―――西村――!」

 憎々しげに呼ぶからわざと「ハン」と嘲笑(わら)って挑発する。


 狙い通りにいきりたち今にもつかみかかってきそうなジジイ。

 俺もコイツを目に入れるだけでムカつく。俺の妻を傷つけやがって。許さない。

 ムカつき腹が立ちイラつくが、そんなときほど冷静になるようにじーさんばーさんに叩き込まれた。



 霊力は乱さない。落ち着いて、全貌を把握。

 一時の感情に乱されない。目先のことにとらわれない。成すべきを忘れない。


 ――大丈夫だよじーさん。大丈夫だよばーさん。

 あなた達のおかげで、俺は戦うチカラを得た。

 愛する唯一を守るだけのチカラを得た。

 俺の成すべきは、この唯一を守ること。

 愛する妻を『しあわせ』にすること。


 愛する妻は必死に笛を吹いている。

 彼女は彼女で戦っている。

 俺は俺の戦いを。

 彼女を守るために。



 愛する妻を左腕に抱え、肩に亀を乗せたまま怒りに震えるジジイをにらみつける。


「――ようやく見つけたぞ。『宿主』保志 叶多――いや」


 余裕ぶって見えるように、わざとニヤリと笑みを作り、告げた。

 

「『ボス鬼』」

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