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第百七十八話 『扉』

 妻の結界をせばめることなく次の部屋へ。この部屋が最後。

 部屋に入る前に壁も扉も調査。なにもないことを確認してから部屋に入った。



 明るい部屋だった。

 月明かりが部屋を照らしている。

 右の壁の一面がガラス張りになっている。正面の壁にも大きな窓。このビルで一番いい部屋だと感じた。


 部屋に入ってすぐ、左手に腹の高さほどの飾り棚があった。

 棚の上には仏壇。俺の家にあるような大きなものではなく、現代風のこぢんまりとしたもの。その両側には位牌が置かれ、水や菓子が供えられていた。


 仏壇の上の壁には遺影。晃の記憶で『視た』五人だった。

 五つの黒縁の額にひとりずつ。どの顔も穏やかに微笑んでいた。

 ガラス張りの壁に対面するように飾られている写真は、まるで窓からの景色を楽しんでいるかのように見えた。


 遺影だけでなく、その壁にはたくさんの写真が飾られていた。家族が揃っているものもあればひとりだけが写っているものもあった。保志の両親の結婚式らしき写真も祖父母ふたりの写真もあった。


 そのなかに、ひとつだけ風景写真があった。

 保志の記憶で『視た』庭の写真。

 庭の中心で桜の木が満開の花を咲かせていた。


 その写真を目にした途端――目が離せなくなった。

 なんだ? なにか感じる。これは――違和感? なにに? この写真に? それとも――。


 ちょうど手をまっすぐに差し出した高さに飾られた写真に向け、そっと手を伸ばす。

 触れる寸前まで近づいて――。


「――ここだ」

「ここに保志がいる」


 背後に顔を向けると、全員が揃って俺を見つめていた。

 西の姫の眼が黄金色になっていた。


「突入しましょう」

 西の姫が言う。

 強い言葉に他の面々もうなずいた。

 そっと妻をうかがう。視線が重なった愛しい妻も笛を吹きながらうなずいた。


「あの『(まが)』のときみたいにトモにくっついてたらいい?」

 声をかけてきたヒロに「おそらく」と答える。


「こういうちいさな『扉』は、吸い込まれるように移動することが多いんだ。触れることで転移陣が発動するようなもん」


 俺の説明にそれぞれにうなずいたり感心したりする。左腕の妻は笛を吹きながらキラキラとした尊敬の眼差しを送ってくれる! 誇らしい!


「オイ」

 ボソリと耳元で聞こえた守り役のドスの効いた声に反射的に背筋を伸ばす。

 ギロリとにらんでいるのがわかったが敢えて無視して話を続ける。


「だから、身体の一部でもくっついてたら全員吸い込まれると思う」


 俺の説明は長い時間を生きてきた姫達にも守り役達にも納得のものだったらしい。

「じゃあ早速やってみましょう!」と緋炎様が指示を出していった。


 左腕に妻を抱き上げ右肩に黒陽を乗せた俺の背中からナツが抱きついた。

 そのナツが伸ばした手を佑輝が取る。晃、南の姫、梅様、西の姫と続き、ヒロが殿(しんがり)につく。

 姫を乗せて移動していた蒼真様と白露様はちいさくなり、それぞれの姫の肩に乗った。緋炎様も南の姫の肩にとまった。


 その間も妻は笛を吹き続けている。このまま『異界』に入っても『現実世界』に戻ってもこの結界は有効だろうか。


「姫」

 肩の黒陽が妻に声をかける。生真面目な妻が黒陽に目を向けた。


「これから行く先が『異界』にしても『現実世界』にしても、高確率でそこに『災禍(さいか)』がいます」


 それはそのとおりだと俺も思うのでうなずいた。妻も笛を吹きながらちいさくうなずく。


「ここの結界はこの状態で保存。

『扉』をくぐったら新たに結界を展開しましょう。できますか?」


 黒陽の問いかけに生真面目な妻はいつになく強い眼差しでうなずいた。

 瞼を閉じ、集中する妻。

 吹き続けていたメロディが一区切りとなったところで一拍あけた。その一拍ですうと息を吸い込み、再びメロディを奏で出した。


 静かな、優しいメロディ。こんなときでなければゆっくりと彼女の笛を楽しめるのにな。

 素晴らしい演奏が耳を楽しませてくれる。と、彼女が展開している結界陣に異変が起きた。


 ビル全体を包んでいた結界陣は現在隣の部屋とこの部屋に集約されている。

 妻の笛の音に合わせるように揺らめいていたその陣がピタリと動きを止めた。

 彼女の霊力が(かよ)っていることを示すように淡く光る結界陣が、部屋の壁に、天井にとどまった。


 す、と流れるような所作で妻が笛を唇から離した。

 と、笛を持つ腕がダランと落ちた! そのまま「はあぁぁぁ……」と息を吐いた彼女が俺に身体を預けてきた!


「……………できた……………」


 ぐったりとする妻に、どれほどの負担がかかっていたのか見せつけられて眉が寄る。

 空いた右手で彼女の肩を、背をよしよしと撫でる。撫でながらそっと回復をかける。霊力を流す。


「おつかれさま。よくがんばったね」

 そっとささやくとヘラリと微笑む愛しい妻。かわいい。撫でる手をそっと彼女の背にまわし、こっそりぎゅっと抱きしめる。

 一瞬驚いた彼女だったが、うれしそうにこっそりとすり寄ってきた!


 ああもう! かわいい!! 愛おしい!!

 ぎゅうぎゅうに抱きしめたくなったが人前だからとどうにか自制する。



 愛しい妻が結界を保存している間に後続の準備も整った。

「じゃあ、突入してもいいか?」

 肩の黒陽にたずねると「ウム」とえらそうなうなずきが返ってきた。


「結界陣はまだありますね?」

 黒陽にたずねられた妻がハッと身体を起こし「あります」と生真面目に答える。

 パッとその手の中に霊玉を出す妻。五つの霊玉に黒陽が「ウム」とうなずいた。


「トモ」

 黒陽の呼びかけに顔を向ける。


「突入したらすぐに風を展開できるか?」

「できる」

「では頼む。風を展開して『そこ』が『現実世界』か『異界』か確認。

『現実世界』ならばビル全体を。『異界』ならばその『世界』の大きさを把握。

 姫はトモの風に乗せるように結界陣を展開してください。

 全体掌握の後『災禍(さいか)』がいないと確定した場所は切り捨てていきましょう。

 無論『災禍(さいか)』を確認したらその場所に一点集中。できますか?」

「わかります。できます」


 生真面目に答える妻に守り役がうなずく。

 黒陽が後ろを向いたのがわかった。おそらくは緋炎様と西の姫に確認を取った。

 うなずいた黒陽は俺に視線を戻した。


「――では、トモ。頼む」

「まかせろ」


 ニヤリと笑って応える俺に黒陽もニヤリと笑った。

 俺の後ろにつながる面々に顔を向けると、誰もがやる気に満ちた顔をしていた。

 うなずく面々にうなずきを返し、目の前の写真を見つめた。


「――行くぞ」

 ぎゅ。愛しい妻を抱く左手に力が入る。

 妻は笛と霊玉を手にしたまま俺に身体を寄せた。


 愛おしい。俺の『半身』。俺の唯一。

 絶対に守る。彼女の責務を果たしてみせる。

 決意も新たに、そっと写真に手を伸ばした。

 トン、と指先が触れた、その瞬間――!


 ギュオ!

 吸い込まれる感覚に抵抗することなく身をまかせた。




 ドドドッと背後から押され数歩前に出た。

 顔を上げると、目の前に見事な日本庭園が広がっていた。

 どう見ても『現実世界』ではない。新たな『異界』だろう。


 とりあえず全員揃っている。抱き上げている妻も大丈夫そうだ。

 無事『異界』に着いたとわかったらしい面々はすぐさまつないでいた手を離し、それぞれに警戒態勢を取った。

 俺もすぐさま周囲を警戒。風を展開。特に危険はなさそうだ。


 俺達がいるこの場所は広い和室。

 角部屋で、庭に面した二面は襖がすべてはずされ開け放たれていた。庭がよく見えるようにだろう。

 廊下? 濡れ縁? から直接庭に出られるようになっているらしく、飛び石が並んでいる。角度的に見えないが、おそらくはすぐそこに踏み石と外履きがあるに違いない。


 あの写真にあった桜の樹が庭の中心に立っている。季節感は『現実世界』と同じなのか、青々とした葉を繁らせている。

 整えられた植え込み。池にはちいさな滝もある。巡る水路のところどころにちいさな橋。控えめに立つ石灯篭。そんな庭の全容が眺められた。


「これは……見事なお庭だねぇ……」

 ポツリとヒロがつぶやく。

 ハルやオミさんにくっついてあちこちに出入りしているヒロにはこの庭の価値がわかるらしい。


 振り返ると太い柱に先程と同じ写真がかけてあった。

 おそらくはこれが『扉』。

 同じモノを裏表に配置することで『扉』としているのだろう。


 緋炎様が式神を出現させた。赤い小鳥がパッと飛び立つのを見て、ヒロもあわてたように式神を飛ばした。


 風で『視た』ところ、どうやらここは報告書にあった昔の保志の祖父の家を再現しているようだ。

 外観は報告書のまま。敷地を囲む生け垣から外側には行けない。つまりこの『異界』はそれだけのサイズだということ。


 俺の思考を読んだらしい黒陽が妻に声をかけた。

「姫。トモの展開している風がわかりますか」

「わかります」

「トモ。今展開しているのが最も外側だな」

「ああ」

「では姫。この風の範囲に結界を」

「はい」


 妻が手の中の霊玉から結界陣を展開させる。それだけでは足りないと判断したのかさらに霊玉を取り出しては結界陣を展開させた。

 中空にいくつも浮いた結界陣は、あるものは天井を抜け、あるものは庭に出た。そうして俺の風に絡まるように『異界』の一番外側に広がっていった。


 左腕に座らせた妻は背筋を伸ばしたまま瞼を閉じた。集中している。そうしてすう、と息を吸い、笛を構えた。


 ヒュイィィィィ……。

 そよ風のような静かな音が広がる。音が俺の風に絡まる。いつもふたり手をつなぐときのように。

 なんだか嬉しくなって風を巡らせる。俺の風に乗って彼女の笛の音も巡る。いくつもの結界陣が絡まり、ひとつの陣に成る。そうして半円形の結界がこの『世界』に展開された。


 家も庭も包む大きな結界を展開した妻がホッとしたのがわかった。無事に結界が展開できて安心したらしい。

「ありがとう」そっとささやくと、笛を吹きながらうれしそうに微笑んだ。かわいい。


 と、彼女がなにかに気付いたようにハッとして息を飲んだのがわかった。

 一瞬乱れたメロディを、それでもどうにか立て直す。

 俺の肩越しにどこかを見ている気配に振り返った。


 写真がかけてある柱の側は一面襖が閉められている。

 その横。庭に面した廊下に若い男が立っていた。おそらくは高校生くらい。

 唖然としているのが伝わってくる。

 ――誰だ? どこかで見たような――?


 即座に守り役と姫達が臨戦態勢を取る。俺も抱いた妻をかばい半身を引いた。

 その妻が笛のメロディを変えた。ゆったりとりたメロディだったのが、早く強いものになった。


 と、『世界』の外周を取り囲んでいた結界が一気に集約された!

 あっと思った次の瞬間には目の前の男を縛りあげていた!


 瞬時に結界にとらわれた男が動揺を見せる。

 (のが)れようともがいているが妻の結界がそれを許さない。

 その妻はいつにない強い眼差しで目の前の男をにらみつけている。必死で結界を維持している。


 抜刀し斬りかかろうとする南の姫を「まだです!」と緋炎様が抑えている。

 梅様も胸の霊玉に霊力を溜めていっている。

 蒼真様と黒陽も白露様も臨戦態勢を取ったまま目の前の男をにらみつけている。


 姫と守り役がそこまで警戒する相手。

 つまりはこいつが―――。

 


「―――ようやく会えたわね―――」

 西の姫がこわばった顔で、それでもニヤリと笑った。

 すう、と呼吸を整えた西の姫。

 女王の貫録で、目の前の男に向けて西の姫は一言告げた。



「『オズ』」

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