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第百七十七話 六階へ

お久しぶりです。

ようやく再開です。


ちょっと説明の足りなかった部分を割り込み投稿しました。

【第346部分 第百七十四話 話し合い 2】として、竹の結界の説明を足しています。


これまで【第346部分 第百七十四話 話し合い 2】だったお話が【第347部分 第百七十四話 話し合い 3】にズレています。


説明回なので読まなくてもわかりますが、よかったらのぞいてみてやってください。

 愛しい妻はずっと笛を吹き続けている。

 この『異界(バーチャルキョート)』では高霊力を必要とする術や技は使えない。だから妻は少ない霊力で展開できる陣をいくつも展開し組み合わせることで『災禍(さいか)』をも逃さないレベルの結界を作り出している。


 彼女の霊力を、術を増幅させる笛を使い、『世界』にはじかれない程度の霊力を注ぎ続ける。そうして陣を保ち続けている。

 恐ろしいほどの霊力制御。トンデモナイひとだとは思っていたがここまでハイスペックだったとは。


 瞼を閉じ、集中して術を展開している。

 時折瞼を開いて周囲を確認する。

 範囲をせばめるにつれ結界の密度が上がるのが俺にもわかる。

 集中して、密度を上げて、『災禍(さいか)』をとらえようとしている。


 これほどの結界を展開できるのは彼女だけ。

 彼女にしかできない。誰も肩代わりできない。

 俺にできるのは、彼女を運ぶこと。霊力を流し循環させ癒やすこと。抱き締め『大丈夫だ』と支えること。


 とはいえ、これほどの制御が必要な術を長時間展開し続けることがどれほどの負担を強いることになるか。

 彼女のためにも、逃さないためにも、一刻も早く『災禍(さいか)』を見つけなければ!


 五階も無人だった。壁のないだだっ広いフロア。その床の一部がなかった。佑輝の一撃を受けた壁は修復されていたが床は放置したらしい。

 残っている濡れた床に白骨が散らばっていた。彼女を捕らえていたという『水』は佑輝の一撃ですべてなくなっていた。



 残るは六階。全員で階段を駆け上がる!

 先陣で六階のフロアに入ろうとしたナツが弾かれた!


「佑輝!」

「はい!」


 真後ろを駆けていた佑輝がすかさず抜刀する!

 見えない壁に一閃し、そのまま突入する佑輝にナツが、晃が続く。

 妻を抱えた俺も続く。玄関も『現実世界』と同じく網膜認証のようだったが、これも佑輝が結界ごとぶった斬った。


 ガゴン! と大きな音を立てて玄関扉が室内に倒れる。

 ザッと風を展開させて部屋中を調べる。誰もいない。まさか『現実世界』に戻ったのか!?


 先に突入した佑輝が、ナツが、晃が片っ端から扉を開ける。

「いない」「こっちも」短い報告に応接室に留まる西の姫が眉をひそめる。

 妻が笛を吹きながら瞼を開けた。不安そうな視線に魂が鼓舞される!


「――大丈夫。貴女は結界をお願い」

 そう声をかけると明らかにホッとした表情になった。

 すぐに力強くうなずき、再び瞼を閉じる妻。このフロアにだけ結界を集中させたのだろう。フロア全体が強い結界に包まれた。



 西の姫が白露様の背の上で鏡を取り出し手をかざしていた。般若のような表情をしていることからなにも視えないらしい。

 梅様も蘭様も守り役達も必死に気配を探っている。ヒロも式神に調査をさせている。


 俺も部屋を確認。佑輝達が扉という扉をすべて開け放っているので近寄って部屋の中をのぞく。

 以前会社訪問したときに見た仕事場は床が半分無くなっていた。全面ガラス張りの壁はそのままだということは、五階と同じく『災禍(さいか)』が窓だけ修復したのだろう。


 あのときに『異界』への『扉』があると感じた壁も破壊されていた。もうこの壁に『扉』は感じない。

 ということは、『現実世界』に戻ったとは考えられない。


 ――いや。別に『扉』を作っている可能性はある。

 改めてあちこちに目を向ける。壁を、扉を確認する。

 俺の考えを読んだらしい黒陽が「トモが『扉』を探しています」と報告する。その声にあちこち散らばっていた晃達も集まってきた。


 美しいメロディと共に彼女の霊力が(かす)かに広がる。それなのになんの反応もないということは『災禍(さいか)』も保志もここにいないのだろう。

 とすると、やはり『扉』をとおってどこかに行った可能性が高い。

 そしてそれがわかるとすれば『境界無効』の能力持ちである俺だけ。


 集中しろ。集中しろ!

 絶対に見つける。逃してなるものか!



 彼女を抱いたまま順に部屋を、壁を、扉を確認していく。

 一番奥、床の抜けた仕事場も念の為に入ってみた。床がなくても風で宙に浮ける俺には問題ない。

 以前訪問したときに『扉』を感じた壁はひび割れている。再度確認したがやはりもうなにも感じない。ここにあった『扉』は佑輝の一撃で破壊されたとみて間違いないだろう。

 奥のスパコンは無事だがここにもなにも感じない。次。


 前回通された応接室。ぐるりと見回す。なにもない。天井も一面ガラス張りの窓も確認したがやはりなにもない。

 応接室にあった扉を入ると玄関だった。靴のまま廊下に上がる。

 トイレ。洗面所。風呂場。物置。ここもない。廊下にもなにもない。

 ひとつひとつ念入りに確認していくが、生活感のない、モデルルームのような空間が続くだけだった。


 俺が『ない』と判断するのに合わせて妻が結界をせばめていく。その分密度が上がる。

 大丈夫。この結界から逃げられるモノなどいない。落ち着け。ひとつひとつ、確実に。


 次の扉を入るとリビングキッチンだった。正面が一面ガラス張りになっていて月明かりが室内を照らしている。その壁も、冷蔵庫も、収納扉も確認。ない。他の壁にもなにもない。次。


 再び廊下を進み左の部屋から確認していく。

 物置なのか資料部屋なのか、正面と左側の壁一面に棚が並べられ、本や置物がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。

 右側の壁はウォークインクローゼット。可動式の扉がついていた。

 この扉も普通の扉。晃達が開けたらしく開けっ放しになったその中も確認。吊り下げられた服をかき分け奥の奥までみたがなにも感じない。


 左腕で抱き上げている妻は笛を吹き続けている。息吹に、音に微弱な霊力を乗せ、結界を展開し続けている。

 そうしながらも時折心配そうに目を開け俺に視線を向ける。


「――大丈夫。ひとつずつ確認していこう」

 安心させるように笑みを作って言えば、愛しい妻はホッとしたように表情をゆるめてうなずいた。

 そうしてまた瞼を閉じ、結界に集中した。



 残る部屋はあとふたつ。

 風を展開している俺にはそれがわかる。どちらも無人なことも。


 どちらかに『現実世界』への『扉』があって移動している可能性が高い。

 ならば俺達もその『扉』を通って保志と『災禍(さいか)』を追いかけるまで。


 やるべきことは変わらない。落ち着け。まずは『扉』を見つける。


 自分に言い聞かせ、次の部屋に入る。

 寝室だった。ベッドがひとつ、ちいさな机がひとつ。

 机の上にはノートや書類が散らばっていた。

 よく見える場所に紙が貼り付けてあった。


『京都の人間を抹消する』

 その一行の下にいくつもの項目が記されていた。いくつかはチェックが入れてある。棒線で消して下に別の項目が書かれているものも。


 どの項目も反吐(へど)が出る。こんなものを純真な妻の目に入れるわけにはいかない。ここにはなにもなさそうだ。さっさと別の場所の確認をしよう。


 ベッドの枕元は飾り棚のようになっていた。所狭しと額に入れられた写真が並んでいた。

 どれもしあわせそうな家族の写真。

 中央に立つこの笑顔の子供が保志だろう。


 俺達が『視た』保志の記憶は『保志の視点』で物事を見ていた。だから俺達は保志が相対した人間の顔はわかるが保志自身がそのときどんな姿形をしていたかわからない。

 記憶で『視た』保志の家族に囲まれているという状況から察するに、この子供が保志に間違いないだろう。


 正直、別人のようだ。

 歳を取った、というだけではない。

 写真の子供には現在の保志が持つすさんだ様子は欠片もない。

 どこまでもしあわせそうな、甘やかされて愛されているのがよくわかるような、屈託のない笑顔を浮かべていた。


 この甘ったれのボンボンが、数年後、すべてを失う。人間が変わるほどの苦しみを味わう。


 ――だからといって他人を傷つけていい理由にはならない。

 こいつは俺の妻を殺そうとした。それだけで万死に値する。絶対に許さない。どこまでも追いかけて思い知らせてやる。



 ここにもウォークインクローゼットがあった。そこをのぞこうとして、ふと気付いた。


 机とウォークインクローゼットの間。部屋に入った目の前の壁。そこに違和感を感じる。これは――。


 手を伸ばし。

 触れる、その瞬間。


 ――違う。ここじゃない。


 何故かはわからない。だが、わかる。

 ここに『扉』がある。

 おそらくは『現実世界』へとつながっている。

 だが、この先に保志はいない。


 しばし考えを巡らせる。動きを止めた俺に妻が心配そうな目を向ける。俺の思考を読んでいるらしい黒陽もじっと俺を見つめている。


 ここが『扉』だ。わかる。

 だが、ここじゃない。わかる。

 なら、どこだ? 保志はどこに行った?

 別に『扉』がある? そっちにいる?


 迷う俺に「トモ」と黒陽から声がかかる。

「ひとまず残りの部屋も確認してはどうだ?」


 確かにそのほうが確実だな。

「そうだな」と答え、全員に向けて告げる。


「――ここは保留。次の部屋を確認する」

 俺の決断に妻は黙ってうなずいた。

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