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第百七十五話 話し合い 3

「そういえば、あの水はなんだったんだろうね」

 ヒロのつぶやきに全員が注目する。


「『あの水』って……ビルの五階から出た水のことか?」

 たずねると「そう」とうなずくヒロ。


「『霊力を奪う水』って蒼真様おっしゃってましたよね?

 竹さんから霊力を奪って、どうするつもりだったんだろう?」


「『どう』って……。『竹さんを殺すため』じゃないのか?」


『霊力を奪う理由』。

 普通に考えれば、『災禍(さいか)』の封印を解いて用済みになった竹さんを殺すためだろう。

 封印を解くことのできる妻は、同時に封印を(ほどこ)すことのできる人物だ。

 俺が逆の立場だったら、そんな可能性のある人物はさっさと始末する。実際彼女は死にかけた。西の姫の時間停止が間に合わなければ、『賢者の薬(エリクサー)』がなければ、間違いなく死んでいた。


 思い返すだけで恐怖が込み上げる。グッと拳を握る。

 と、固く握った拳がふわりとぬくもりに包まれた。

 拳に目を向けると、妻の手がそっと重ねられていた。

 その手をたどり顔を上げる。心配そうな眼差しと視線が重なった。


 彼女に気付かせるとは。俺もまだまだ修行が足りないなぁ。

 情けなさに眉が下がる。ごまかすようにどうにか口の端を上げた。


 拳を解き、掌を返して添えられた彼女の手を握る。

『大丈夫』と伝えるつもりで指をからめれば、彼女はようやくやさしい微笑みを浮かべた。


 かわいい。癒やされる。俺の妻、天使。


 微笑み合う俺達を無視してヒロは西の姫に向かって話した。


「社長が言ってたんです。

『せっかく貯めた水が!』って。

『計画が台無しだ』って」

  

「『計画』……」

 つぶやく西の姫にヒロがうなずく。


「『竹さんの生命を奪う』だけじゃなくて、なんかたくらんでたんじゃないかなーって」


「そこがはっきりしないと、突入しても罠に飛び込むことになるんじゃないかと思うんです」


 なるほど。確かに。


「晃、なんか『視えた』?」

 ヒロにたずねられ、晃はためらいがちにうなずいた。


「――あの水は『霊力を奪う水』」

「同時に『霊力を貯める水』」


 淡々と語る晃。

 息を飲む俺の横で愛しい妻も身体をこわばらせた。ぎゅう。つないだ手に力が入る。


「あの水に貯めた霊力は、術を使うときの媒介になる。電池みたいに」

「鬼にひとを食べさせて『(にえ)』にすることで『災禍(さいか)』のチカラを高めてたんだけど、同時に術の媒介となるものを準備していたんだ」

「『異界』に連れてきたひとの意識を奪って、あの水に沈めた。

 沈められたひとは霊力を奪われる。生命が無くなるまで。

 亡くなってもそのまま放置されて、魂も、肉体も、あの水に溶かされる」


 ゴクリと誰かの喉が鳴った。


「骨はなかなか溶けないみたいだね……。

 それでも何十年も放置しとけばいつかは溶けるみたい」



 晃が言うには。


 佑輝がビルを斬ったことであふれた水に、蒼真様が「触るな!」と警告した。

 俺は竹さんの気配を頼りに五階に突入したのでわからなかったが、晃には四階にひとがいるのがわかった。

 だから四階に突入した。「水に触れるな」と警告するために。


 そこにいたのが社長の保志 叶多。

 晃とヒロに文句を言い、晃につかみかかった。

 そのときに、社長の思念が『視えた』という。


 精神系能力者の晃にとって、まっすぐにぶつけられる思念は目の前にモニタを置かれ映像を映し出されているのと同義。

 そうして、あの水に関係する情報を手に入れた。



「長い時間をかけてようやく京都中に張り巡らせた陣に行き届くだけの『水』と成った」


「竹さんを沈めさらにチカラのある『水』に成った」


「その『水』を『現実世界』の京都市内に張り巡らせた陣に注ぐ。

 そうすることで陣のチカラが格段に上がる。

 今『異界(ここ)』に出現してる塀や門を出せるまでに成る」


「――最初は――『災禍(さいか)』が封印されてて、竹さんも見つかってないときは――市内に張り巡らせた陣を使って、少しずつひとを『異界(ここ)』に転移させる計画だった。

 数十人、うまくいけば数百人を転移させて、鬼に食わせる計画だった」


「鬼に食わせることで『(にえ)』にする。

 そうしてまた次の数十人、数百人を連れて来る。

 何度も何度もそれを繰り返せば、近いうちに京都のヒトをひとり残らず滅することができる。

 ――そういう計画だった」


「封印されていた『災禍(さいか)』にとって、カナタさんの『願い』を叶えるには、たくさんの霊力が必要だった」


「『願い』のための都合のいい状況をたぐり寄せる。時間停止の『異界』を展開する。

 そんなことにも霊力が必要で、でも『災禍(さいか)』は封印されてるから能力に制限がかかってた。

 だから『(にえ)』が必要だった」


「その『(にえ)』も、俺達みたいな高霊力保持者ばかりを集められたらよかったんだけど、集まるのはフツーのひとがほとんどで。

 ――そりゃそうだよね。現代(いま)は高霊力保持者のほうが珍しいんだから――。

 だから『災禍(さいか)』はたくさんの『(にえ)』を集めなければならなかった」


「この『バーチャルキョート(異界)』を作り、鬼の『世界』を探してつなぎ、鬼が『バーチャルキョート(ここ)』に迷い込むよう陣を組んだ。

バーチャルキョート(ここ)』と『現実世界』とをつなぎ、鬼を『現実世界』に出現させた。

 そういう実験にも霊力を使った」


「使ったら補充しないといけない。

 そうしてまた『(にえ)』を集めた」


「そんな状態だったから、『災禍(さいか)』は効率よく術を展開する必要があった。

 そこで考えたのが、市内全域に張り巡らせた陣と、あの『水』」


「あの陣と『水』が展開できれば、封印された状態の『災禍(さいか)』でも大きな術を展開できる。カナタさんの『願い』を叶えることができる。

 ――そうして、少しずつ、少しずつ『水』にヒトを沈めていった」


「霊力を集めるために」


「でも、竹さんが手に入った。

災禍(さいか)』の封印が解けた」


「『水』はありえないレベルの高霊力を含む『水』に成った。術を展開する『災禍(さいか)』自身の霊力も無制限になった。

 だから、当初の計画を変更して、『現実世界』の京都市内にあの門を出現させて、鬼を直接送り込むことにしたんだ。

 それも一体二体じゃない。何十、何百の鬼を一気に送り込む」


「京都の外側の結界を竹さんが強くしてるから、鬼が京都から出ていくことはない。

 同時に京都のヒトも逃げ出せない。

 竹さんが強くした結界が(おり)に成って、中から逃げることも、外から救援に入ることもできない」


「そうして、京都は『鬼の世界』になる。

 すぐに瘴気が満ちて、神仏のチカラも弱くなる。

 逆に『悪しきモノ』はチカラを増して、そいつらもヒトを食べる。

 ――そうして、京都のヒトをひとり残らず食わせる計画だった」


「カナタさんの『願い』

『京都の全ての人間の抹消』」


「大好きなおじいさんを(おとしい)れた人間を。

 自分達家族を助けてくれなかった京都の全ての人間を『抹消』する」


「大好きな家族が味わった苦しみを少しでも思い知らせたい。

『喰い物』にされる苦しみを。痛みを。

 この京都の全ての人間に味わわせる」


「だから『災禍(さいか)』はこの計画を立てた。

 ヒトをひとり残らず食わせる計画を」



 晃はそこまで一気にしゃべった。

 ようやく口を閉じると瞼を閉じ、痛そうに顔をゆがめた。


 すう、と息を吸い、はあぁ、と吐く。

 瞼を開けた晃は視線を下げたまま、ボソボソと話を続けた。


「――でも、佑輝の一撃で計画が狂った。

『水』は全部無くなっちゃったし、『現実世界』とをつないだ『扉』まで破壊された」


 のろりと顔を上げて晃は西の姫に目を向けた。


「『災禍(さいか)』の霊力や能力をもってしても、しばらくは修復や修正に時間を取られると思います」


「―――そう………」

 そう応えた西の姫はちいさく息をついた。

 が、すぐににっこりと女王の笑みを晃に向けた。


「お手柄よ。晃。よくやってくれたわね」


 女王のねぎらいにも晃は痛そうな困ったような顔で首を振った。

 つらそうなその様子にナツがそっと湯呑を差し出した。

 湯気を立てる緑茶のいい香りが広がる。

 晃はなにも言わず口をつけ、一口一口味わうように飲んだ。



 湯呑の中身を飲み干した晃がさらに教えてくれた。


 竹さんが沈められてからすぐに救出したと思ったが、晃によるとあのフロアは時間が早く進むようになっていた。

 だから実際には彼女はほぼ丸二日あの水から霊力を奪われていたという。

 あと少し遅かったら魂も傷ついていただろうと。


 ―――許せない。


 ギリ。歯を食いしばり怒りを抑える。


 身勝手な理屈で俺の妻を傷つけやがって。殺す。絶対殺す。


 殺気を振りまく俺の手がぎゅっと握られた。

 目を向けると、愛しい妻が俺を見つめていた。


「――ありがとう。――助けてくれて」


 上目遣いで頬を染め、しあわせそうに微笑む妻。ズキュンと胸を貫かれた。


 指をからめた手をぎゅっと握りしめると、愛しい妻はほにゃりと笑った。


 なにそのかわいい顔!

 そんなに俺のこと好きなの!?

 ああもう! 妻が愛おしすぎてつらい!!


「トモさんが来てくれなかったら、私、死んでた」

「もう貴方に逢えないところだった」

「ありがとう」


 荒んだココロが浄化される。俺の妻、天使か。女神か。


「――助かったのは、貴女ががんばってくれてたからだよ」

「諦めないでくれて。がんばってくれて。ありがとう」


 肩を寄せ、コツリと頭を合わせささやいた。



「佑輝がビルの結界もビルも斬ってくれたから竹さん救出が間に合ったんだよね。

 おまけに『災禍(さいか)』の計画も台無しにするなんて!

 大手柄だよ佑輝!!」


 場の空気を盛り上げるようなヒロの言葉にその通りだと思った。


「ありがとう佑輝」

 俺に続いて愛しい妻も「佑輝さん、ありがとうございました」と笑みを向ける。


 そんな俺達に佑輝は目を丸くして顔の前で手をブンブンと振った。


「そんな、オレ、緋炎様に言われたことをやっただけだから!

 そんな、そこまで礼を言われることじゃない」


「いやいや。佑輝だからできたことだよ。もっと誇っていいよ佑輝」

 ヒロの言葉に「その通りだ」と相槌を打った。

 佑輝は困ったように、照れくさそうに微笑んだ。



「じゃあ、これから突入するにあたって大きな問題はないかな」


 ヒロの確認に「多分」と晃が答える。

 ふたりのやり取りに西の姫はうなずき、妻に向けて話をはじめた。


「ヒロが式神で確認した限りだけど、あのビルにヒトの出入りはなかった。

 つまり『災禍(さいか)』はまだあのビルのどこかにいると思われる」


 西の姫の説明に生真面目な妻は固い表情でうなずいた。


「ここで決着をつける」


 決意のこもった西の姫の声に全員がうなずく。もちろん俺も。

 西の姫はぐるりと全員を見回し、ニヤリと口角を上げた。悪の女王のようだった。


「『災禍(さいか)』に私達の『呪い』を解かせ、滅するわよ」

「「!!」」


『呪い』を解かせる。どうやって? 俺達が寝ている間にその方法が見つかったのか!?

 息を飲む俺に黒陽が口を開いた。


「『呪い』については解呪の可能性が見えた」


 黒陽の言葉に愛しい妻が目を丸くしている。俺も動揺が抑えられない。


「そちらはヒロと菊様が対応される。

 姫は『災禍(さいか)』を逃さぬよう、結界をお願いします」


 黒陽の説明に生真面目な妻がピッと背筋を伸ばす。

「わかりました。がんばります」なんて気負って答えている。かわいい。


「智白」

 愛らしい妻を愛でていたら西の姫から声がかかった。

「はい」と答え意識を切り替える。


「アンタはとにかく竹についていなさい。

 竹を『災禍(さいか)』の前まで連れて行くこと。竹を護ること。

 それがアンタの役目よ」

「承知致しました」


 平伏する俺に愛しい妻が「お願いします」と声をかけてきた。

 姿勢を戻して目を向けると、彼女はすがるような目をしていた。


 頼られてる! 誇らしい!

 一気に上がるテンションをどうにか抑え、そっと彼女の手を取った。


「大丈夫だからね」

 ちいさくささやくとホッとしたように「うん」と答える彼女。かわいい。愛しい。絶対に俺が守る!



 しあわせそうにしていた愛しいひとだったが、なにかに気付いたようにハッとした。


「『災禍(さいか)』を滅することができたとして。

 ここに連れて来られたひとはどうするんですか?」


 妻の質問に答えたのはヒロだった。


「この『異界』に連れて来られたときに社長がゲーム説明をしたんだろ?」


 俺とナツに向けて聞いてくるヒロにうなずく。


「このゲームの『クリア条件』は『もう設定されてる』って話だったよね?」

 再びうなずく俺達にヒロもうなずく。


「それってさ―――」




 ヒロの意見に「確かに」と納得する。


「ゲームがクリアされたら、少なくとも今回連れて来られたひと達は開放されると思うんだ」


 ラノベや漫画を読みまくっているヒロはあらゆるパターンが浮かんでいた。

 そのヒロが、設定されたクリア条件を満たしたら今回召喚された人間は元の場所に自動的に戻るだろうと考察する。


 ヒロの意見に西の姫が鏡を取り出した。手をかざしてにらみつけている。


「―――『当たり』ね」

 顔を上げニヤリと口の端を上げる西の姫。

 つまり、ヒロの意見が正しいということだ。

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