第百七十四話 話し合い 2
竹の結界についての説明が足りなかったので、5/1にこのお話を追加しました。
説明回なので読まなくても問題ありませんが、お読みいただけるとうれしいです。
「そういえば」
なにかに気付いたヒロが西の姫に問いかける。
「竹さんの結界って、展開できるんですか?」
「「「あ」」」
そうだ。うっかりしていた。
ここは『異界・バーチャルキョート』。
ある一定以上の霊力を必要とする術や技は使えない。
『現実世界』で使える術も『異界』では発動しない。
ということは、彼女の結界も展開できない――?
「――実際、私も結界を展開できなかったからな……」
優秀な守り役も「ううむ」とうなる。
そんな中、緋炎様はじっとなにかを考えていた。
「――竹様は普段から自衛のための結界をまとっているんですよね……?」
緋炎様の問いかけに「はい」と素直に答える愛しい妻。かわいい。
「それ、今も展開されてますか?」
「してます」
素直に答えるかわいい妻に緋炎様は納得顔でうなずいた。
「つまり、竹様は『結界が展開できている』」
緋炎様の指摘にうっかり主従はパカリと口を開けた。
「さっきヒロが言ってたでしょ?
『一定量以上の霊力使う術は使えない。でも一定量以下の霊力を使う術なら使える』」
「つまり、竹様の『自衛のための結界』は『一定量以下』だということ」
なるほど。確かに。
「そのくらいの霊力量の結界を広く展開することはできますか?」
緋炎様の質問に生真面目な妻は「ううんと」「ええと」と考えはじめた。
「………笛を使えば、多分……?」
竹さんの使う笛は高間原にいたときから五千年使ってきた笛。
彼女の霊力が染み込んでいるため、ただ吹くだけでも高霊力を吹き出してしまう。そのために笛を吹くときはしっかりと結界を展開してからでないと周囲に高霊力をまき散らすことになる。
普段も高霊力が必要な複雑な結界を展開するときなどは笛に補助してもらっている。彼女の笛は、いわば増幅装置だ。
今回結界を展開するにあたり、使用する彼女の霊力が少なくなければ展開できない。だが少ない霊力で展開した結界ではビル全体を包むにも『災禍』を逃さないようにするにも弱い。
そこで笛を使って弱く発動させた結界を増幅させようということのようだ。
「……『アイテムで増幅させる』というのはアリかも」
俺のつぶやきに愛しい妻は喜色を浮かべピョッと跳ねた。かわいい。
「俺達がいた四日の間に、そういうアイテム使って術や技の威力上げたひと、いた」
俺の言葉にナツも梅様も南の姫も「ああ」「確かに」と同意を示した。
「フム」と黒陽もうなずく。
「確かに『安倍家の者が使えるように』と少ない霊力で展開できるようにした結界石は先程も使えた。
笛で結界のチカラを増幅させ、さらにトモの風に音を乗せたら、ビル全体を包むことは可能でしょう」
なるほど。俺の風でビルを包むことは可能だ。その風で彼女の笛の音を運ぶと。
「できるか?」と問われたので「できる」と答える。
俺達がやりとりしている横で愛しい妻はなにやら考え込んでいる。
「結界石…術を…」
ブツブツつぶやく彼女。
「――ちょっと、試してみてもいい?」
問われた緋炎様が「どうぞ?」とうながす。
ひとつうなずいた彼女はどこからか霊玉を取り出した。
それをぎゅっと握りしめた彼女。
パッとてのひらを開くと同時に結界陣が展開された!
「これを……」つぶやきながらさらにいくつもの霊玉を取り出す彼女。最初の結界陣を宙に浮かべたまま、同じように結界陣を次々と出現させる。
まるでプラネタリウムのように結界陣が中空に広がる。その下で彼女は笛を取り出した。
ヒュイィィィィ…。
ささやきのような音が広がる。と、その音に流されるように中空の結界陣がさわさわとゆらめいた。
風にたなびくようにゆらめいた結界陣はまじわりからまり、ひとつの陣へと変貌していく。
やがていくつもあった結界陣は大きなひとつの陣になった。
「――これならどうですか?」
笛から口を離した彼女が守り役達にたずねる。
「ひとつひとつの陣に使う霊力は少ないんです。
それを連結させて大きな陣にしてみたんですけど……どうでしょうか?」
心配そうに、不安そうにたずねる愛しい妻。
「フム。いいのではないですか?」
黒陽があっさりと答えた。
「霊力量もさほど使っていないようですし。これなら十分『異界』でも使えるのではないですか?」
「ホント!? よかった!」
ホッとして笑顔を浮かべる妻。かわいい。
「まずはビル全体をおおう結界を作りましょう。姫。陣は足りますか?」
「大丈夫。いっぱい作ったから」
じゃらりと両手いっぱいに霊玉を取り出した妻。
ああ。そういえばめちゃめちゃ作ったな。
安倍家の結界陣の試作に作り、合格が出て作り、納品して、もういらないと言われても作ってたな。
「これだけあれば十分ビル全体をおおえますね」
守り役の太鼓判ににこーっと微笑む妻。かわいい。
「一階から侵入して、陣をせばめていきましょう。
展開する陣の数はそのままに、範囲だけをせばめることはできますか?」
「――うん。できる。と、思う。――密度を濃くするのね?」
「そうです。
使う霊力は少なくても、陣の密度を濃くすることで『災禍』をも捕らえる結界と成るでしょう」
ああだこうだと主従が話す横で、他の姫達と守り役達は絶句している。
気持ちはわかる。ものすごくわかる。俺も意味がわからない。
なんで少ない霊力量でこんな結界展開できるんだよ!? ホントに霊力量少ないのか!? コレ普通に『悪しきモノ』封じられるレベルだろう!?
「起動に使う霊力は少ないぞ?」
俺の思考を読んだらしい優秀な守り役が答えてくれる。
「『霊力量の少ない者でも使えるように』と陣を工夫したからな。
それを展開してから組み合わせているから、見た目に反して使用霊力は少ないぞ?」
ああそうかい。そういえば「陣の構成を見直そう」とかってやってたな。この天才どもめ。
「ただ、制御は難しいだろうな」
黒陽の意見に『そうなの?』と妻に目を向けると、愛しい妻は生真面目な顔でうなずいた。
「気を抜くとすぐにいつもの量の霊力を注ぎそうになる。だから、すごく、すごく集中しないといけないと思う」
「その陣を展開し続けながら範囲をせばめていくのだ。相当な霊力制御が求められる」
……そりゃ制御は大変だろうが……。霊力量が少ない分、負担も少ないんじゃないのか?
そんな俺の考えも見透かした優秀な守り役が説明を重ねてきた。
「例えばお前が『微かに頬に感じる程度の風を姫にだけ展開する』ようなものだ。
お前ならできるだろうが、相当の集中を要するだろう?」
「なるほど」
納得。それを長時間となると……かなりキツいんじゃないのか?
「……大丈夫……?」
心配でたずねると、愛しい妻はキリッと表情を引き締め「がんばる」とうなずいた。
「……………」
――そんなかわいい顔でやる気を出されたら止められないじゃないか! 無理させたくないのに!
ついムッとしてしまう。
そんな俺のしかめっ面に彼女は困ったように微笑んだ。
「トモさん」
………くそう。かわいい。
ねだるような声にさらに顔をしかめてしまう。
ジトリとうらみがましい目を向ける俺に、愛しい妻は甘えるようにコテンと首をかしげた。
「………支えて、くれる……?」
「―――!!」
――初めて素直に頼ってくれた! 初めてまっすぐに甘えてくれた!! ああもう! 誇らしい!! 愛おしい!!
「当たり前だろ?」
どうにか答えたが、顔が勝手にゆるむ。引き締めようとは思うのにニマニマデレデレとしてしまうのが自分でもわかる。
だらしのない顔をしていると自覚しているのに、彼女はそれはそれはしあわせそうにほにゃりと笑った。
くっそぉぉぉ! かわいいぃぃぃ!!
ああもう! 妻が愛おしすぎて死にそう!!
「貴女は俺の『半身』だ。俺の妻だ。
妻を支えるのは夫の義務だ。そうでしょ?」
俺の言葉に彼女は頬を染め、さらにうれしそうに微笑んだ。
『満面の笑み』ってこういう表情か。かわいすぎる。愛おしすぎる。天使。むしろ女神。
「………どうしたんだ……? ホントに竹か……?」
「………『賢者の薬』になにかヘンな効果があったのかしら……」
外野がなんかブツブツ言っているが放置でいいだろう。西の姫が真顔で鏡に手をかざしているのはきっと俺達には無関係だ。
ヒロがなんかキラッキラな視線を向けてきているのも、佑輝とナツが「信じられない」とかつぶやいているのも無視。晃と蒼真様は呆れたような生ぬるい表情をして黙っている。緋炎様と白露様はあごがはずれるんじゃないかというくらい大きな口を開け、ただ呆然としている。全部無視。俺は妻を愛でるのが忙しい。
そんな中、黒陽が「フム」とうなずいた。
「結界についてはどうにかなりそうだな。どうだ? ヒロ」
名指しされたヒロが途端にハッとして意識を切り替えた。
考えを巡らせたらしいヒロは「そうですね」とうなずいた。それで周囲もようやく話し合いに意識が戻った。
「他になにか懸念事項はあるか? 緋炎も」
黒陽に重ねて問われ、ヒロも緋炎様も「うーん」と検討しはじめた。
俺も改めて考えてみる。
結界については妻がどうにかできそう。『災禍』の結界については佑輝がどうにかできるだろう。あとは一階から突入して各フロアを確認しながら上を目指し、保志と『災禍』を見つける。
『災禍』を見つけたら妻が結界範囲をせばめて密度を上げることで対応。そこを南の姫が斬る――。
――ウン。一応は問題ないだろう。
唯一の心配は妻の体力と精神力が保つか。
そこは俺がべったりくっついて霊力注げばどうにかなるだろう。俺達は『半身』だから。
そう結論づけたが、ヒロが「そういえば」と顔を上げた。