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ヒロ 38 本拠地の現状とこれからのこと

引き続きヒロ視点です

 安倍家の後方支援担当の坂本さんは三十代前半の働き盛りの男性。

 ご両親もそのまたご両親もずっと安倍家に仕えてきた、いわゆる生え抜き。

 霊力量が安倍家では『中の下』なことに加えて戦闘力も並で、最前線で戦う実働部隊には入れなかった。

 多分若い時は周りから色々言われただろうけど、腐ることなく後方支援としてずっとがんばってくれてるひと。

 オミさんもハルも信頼しているひと。


 そのひとが『異界(バーチャルキョート)』に来てみんなを支えてくれてるのも『運気上昇』や神様方のご加護のおかげかもしれない。




 電話から聞こえる坂本さんの声は安堵と涙が入り混じったようだった。

 それでも「そっちはどうなってますか?」のぼくの問いかけにキビキビと答えてくれた。


 ぼくらが飛び出してから約五十分だと。

 ああ。やっぱり結界の中でも時間経過はおんなじなんだね。『神域』にまで成ってるからちょっとは遅くなってたり早くなってたりするかと期待したんだけど。


 明らかな『北の姫』のピンチに、まず坂本さんが取り掛かったのは『犯人探し』。

 これはすぐに見つかった。

 本人が自慢げに周囲に言いふらしゲットしたアイテムを見せびらかしていたって。


 締め上げようとする血の気の多いひとたちをどうにか抑え、本拠地(ベース)にいるひと全員集めて、坂本さんは話をした。



異界(バーチャルキョート)』に連れてこられてからの四日間、坂本さんはトモの直属みたいなかんじだったみたい。

 トモをトップに、坂本さんや浅野さん達が全体を取りまとめてた。

 その間のトモの言葉の端々から事情は理解していた。

 まあ事前にある程度の情報公開はしてたしね。


 さらに菊様にこき使われた坂本さん。そのときにさらに突っ込んだ話を聞いたという。



 その坂本さんが、話をした。


 自分達が『異界(ここ)』にいるのは、とある術によって連れてこられたから。

 それは自分達を鬼に食わせ『(にえ)』とするため。

(にえ)』を集め、術を完成させ、『現実世界』の京都の人間全員をこの『異界』に連れてきて皆殺しにするため。


「これは『ゲーム』じゃありません。『現実』です」


 四日も経ってるのに、そのことを理解していないひとは多かった。

『普通のひと』にとって、回復術や治癒術であっという間に怪我が治るのは『ありえないこと』で『ゲームの世界だからできること』だと思っていた。


「鬼に食われたら、死にます」


「『食われたら現実世界に戻る』ということは、ありません。食われたら『死んで終わり』です。生き返ることは、ありません」


 そんな『当たり前のこと』がわかっていないひとが多かった。



 あれだけ安倍家でデジタルプラネットとその社長を調べていたし、連れてこられた最初に社長が姿を現したし、坂本さんにも他の安倍家のひと達も『社長がこの一連の事態を引き起こした』とわかっていた。

 それでも坂本さんは明言を避けて説明したという。


「さすがです」

 褒めると「イエイエ」なんて照れくさそうな声が返ってきた。


 まあね。いろんなパターンが考えられるからね。

『社長が犯人かと思ってたら操られてただけ』とか。『社長の姿をしたニセモノが名を(かた)ってやった』とか。


 長年安倍家の後方支援で揉まれている坂本さんはそのへんよくわかってる。つくづく『異界(こっち)』に連れてこられたのがこのひとでよかった。



 安倍家のなかでも血の気の多いひとや迂闊(うかつ)なひとはいる。そんなひとを抑えながら一般人相手に説明をした。


「『ミッション』は自分達を(おとしい)れるためのもの」

「自分達が死なないことが敵への一番の嫌がらせ」

「絶対全員生きて帰ろう」


 第一陣で本拠地(ベース)に入ったひと達はそのことをしっかりと理解していた。

「ナツさんがしっかり話をしてくれましたから」そうなんだ。すごいねナツ。

 そのひと達も一緒になって周囲を説得してくれ、今はどうにか全員の意思統一ができたところだという。


 得意満面になっていた『犯人』は理解するにつれ青くなっていったけど「知らなかったんだから仕方ない」と坂本さんがかばって励まして、今は落ち着いているらしい。



『北の姫』は「おそらく転移させられた」と坂本さんは皆さんに説明していた。


「トモさんが飛び出して行きましたから。

『北の姫』様を助けに行かれたのですよね?」


 本拠地(ベース)設営にも最初から携わっていた坂本さんは、トモの竹さんへの執着をしっかりと理解していた。

 死んだわけでも『犯人』のスマホに閉じ込められたのでもない。

 トモの向かった先が竹さんのいるところだと理解していた。

 さすがです坂本さん。


 心配そうな坂本さんにこちらの事情も話す。


 竹さんはトモが助けたこと、全員無事だと伝えると、坂本さんはようやく肩の力を抜いたようだった。



 あれから鬼も出ていないし『ミッション』も出ていないという。

 まあね。あれだけパソコンぐちゃぐちゃになったら『ミッション』出せないだろうね。

 きっと社長もパソコンの復旧にかかってるんだろうな。それか竹さんに逃げられて癇癪(かんしゃく)起こしてるか。


 他にも細々したことを話して「なにかあったら連絡ください」と通話を切った。

 スピーカーモードで話してたから、今の会話はみんなにも聞こえていた。


「ひとまずは安心ね」緋炎様の言葉に蘭さんもうなずく。


 壁を修復してるのは『災禍(さいか)』だろう。

 修復が完了するまでは『災禍(さいか)』も他に手が取れないに違いない。

 ぼくの意見に緋炎様も同意された。

「少しは時間が取れそうね」と安心したようにおやすみ中の皆さんに目を向けて。



「じゃあ今のうちに、こちらはこちらのことを考えましょうか」

「そうですね」と答えるぼくにナツが声をかけてきた。


「大丈夫そうならちょっと休もう。お茶煎れるから」


「そうだね」「いいわね」

 僕と緋炎様の同意にナツがすぐにちゃぶ台と座布団を出してくれる。手早くお茶の支度をしてくれた。

 アイテムボックスから取り出したポットからお湯を注ぐ。たちまちいい香りがあたりに広がる。ああ。ホッとする。


「このお湯『竹さんの水』だから。回復すると思うよ」


「ハイ」と差し出された湯呑を受け取り、一口。

「―――ゔわあぁぁぁ。おいしいぃぃぃ」

 めっっちゃ()みる。またナツがちょうどいい温度で煎れてくれてるからスルリと喉を通る。


「晃と佑輝も。お茶にしよう」

 ナツに声をかけられたふたりはためらった。


「寝てるひとがいるんだから警戒しないといけないだろ」

 それもそうだね。でも。


「結界あるから大丈夫じゃない?」

 ぼくに続けて緋炎様も意見を出される。

「ちょっと休憩したほうがいいわ。これから突撃になるのは間違いないから」


「それなら」とようやくちゃぶ台に来たふたりにもナツがお茶を出す。


「あとこれ。わらび餅。

 これも竹さんの水を使って作った」


 作ってすぐにアイテムボックスに入れたというわらび餅はトロトロタイプでよく冷えていた。

 もう、めっっちゃくちゃ美味しい!!


「美味しいよナツ! すごいね!!」

「ホント? 喜んでくれてよかった」


 にっこりと笑うナツに佑輝は「おかわり」と空になった器を渡している。


「もう。佑輝。もーちょっと味わって食べなよ」

「美味すぎて気がついたらなくなってた」

「もう」


 ぷんぷん怒るぼくにナツは「いいよヒロ。ありがとな」とニコニコとおかわりを出す。

「ヒロも食べるだろ?」と聞かれたから当然うなずく。


「緋炎様と蘭さんは?」

 ナツの問いかけに緋炎様は「いただくわ!」とあっさり答えたけれど、蘭さんは「いいのか?」とちょっと心配そう。

 ハルは蘭さんのことを『傍若無人な乱暴者』なんて言ってたけど、ちゃんと気遣いとかできるひとみたい。


「おなかいっぱいだったらムリにとは言わないけど」

「いっぱいじゃない! いいなら、欲しい!!」


 前のめりになってかぶせ気味に叫ぶ蘭さんにナツはニコニコとおかわりを出した。


 晃にもおかわりを渡し、みんなのお茶のおかわりも出してからナツはようやく自分のわらび餅を取り出して食べ始めた。


 蘭さんはよほどわらび餅が気に入ったらしい。ちみちみと大事に食べている。

 そんな(あるじ)を気にすることなく緋炎様が話をはじめる。


「佑輝の『絶対切断』が『災禍(さいか)』の結界にも有効なのがわかったのは大きいわ。

 佑輝。あと何回撃てる?」


「――三回、ですかね」


 すごいね佑輝。昔は「一日に一回しか使えない」って言ってたのに。


「さっき竹様を助けるのに結界を破ったけど、これだけ時間があれば壁だけでなく結界も修復できるでしょう。

 これから突撃するときにはまた結界が展開されていると考えて間違いないと思うわ」


 緋炎様の意見に全員がうなずく。


「トモの『境界無効』で『災禍(さいか)』の結界を突破できない以上、佑輝が頼りよ。頼むわね」

「はい」


 うなずく佑輝。緋炎様が話を続ける。

「問題は竹様よね。どの程度チカラを失ってて、どの程度回復したのか……。

災禍(さいか)』を逃さないためにも竹様に結界を展開してもらいたいんだけど。

 離れたところからの広域結界で十分なのか、対象を視認しての高圧結界でないといけないのか…」


 当然だけど、展開する領域の広さで結界の強さは変わる。使う霊力の量も変わる。

 広域に展開するものは網目が大きいイメージ。

 狭い範囲のものは密度が詰まってるイメージ。

 同じ霊力量を使用するなら、当然だけど視認して狭い範囲の結界のほうが強い。


 四百年前に『災禍(さいか)』を封じたときは醍醐寺全体を範囲とする広域結界を展開した。

 そこから徐々に、徐々にせばめていき、最終的には『災禍(さいか)』の目の前に行き、しっかりと視認して範囲指定もちいさく密度濃くして結界を展開したという。


 今回も「最終的には竹様に『災禍(さいか)』のところに行ってもらう必要があるでしょうね」と緋炎様はおっしゃる。


「問題は『災禍(さいか)』が『どこにいるか』よね」


 むう、と緋炎様がビルの方向を見上げる。


「今回はたまたま気配のわかる晃が行った場所にいたからわかったけど、近づかないと特定できないのよね」


 緋炎様がおっしゃるには。

災禍(さいか)』の気配は強烈で、どれだけ『災禍(さいか)』が抑えていても「わかる」らしい。

 けど反面、強烈すぎて、いろんなひとや場所に『災禍(さいか)』の気配がついてしまう。

 だから特定が難しいと緋炎様がおっしゃる。


 竹さんの結界で逃さないようにして徐々に、徐々に調査範囲をせばめて、ようやく特定できるのだと。


「六階にいると思ってたのが四階にいたということは、『災禍(さいか)』はさらに移動している可能性があるわ」


 確かに。


「竹様の結界で徐々に追い詰めていくのが一番確実なのよね」


「で、蘭さんが斬るんですね?」

 ぼくの確認に緋炎様も蘭もうなずく。


「突撃するとき、周りがどんな状態かわからない。もしかしたらまた鬼を多数呼び寄せているかも。

 もしそうなったら、姫はなるべく戦わないでください。向かって来るモノは、みんな。頼むわよ」


 緋炎様の言葉に四人そろって「はい」と返事をする。


 以前聞いた。

 四百五十年前に『異国の神』を封じたときは、その神を斬る前に呼び出されたモノとの戦闘があったと。そのために蘭さんは魂を削るほどの負担を強いられたと。

 それを防ぐためにぼくらが前線で戦うことは姫達の助けになるに違いない。


「ホントは今のうちに突撃したいんだけど。

 竹様があの状態じゃ、無理よねぇ……」

「ですよねぇ」


 仮に今蘭さんだけで突撃したら、間違いなく気付いた『災禍(さいか)』に逃げられる。

 そうなったらなにもかもが台無しだ。

 だから結界で『災禍(さいか)』を逃さないようにすることができる竹さんの回復を待つしかない。


 そう頭ではわかっていても、やっぱりやきもきする。ああ。早く起きてくれないかなぁ。

 そんなぼくの考えはお見通しらしく、緋炎様が困ったように微笑まれた。


「まあ、仕方ないわ。回復と準備の時間が取れたと思いましょう。

 ここまで来たならあとは実行に移すのみ。

 必ずここで『災禍(さいか)』を滅する。

 頼むわよみんな」


 強い視線を向けられ「はい」と返事をする。

 蘭さんも力強くうなずいた。


 そんな中、晃だけはなにか言いたげに黙っていた。

 もじもじと落ち着かなくなった晃に気付いて「晃?」と声をかけるとビクッとする。

 そんな晃にナツも佑輝も「どうした?」「晃?」と声をかける。

 全員の注目を浴びてますます晃は落ち着かなくなった。



「………あのぅ………」


 おずおずと晃がようやく口を開いた。

 でも『やっぱりやめたほうがいいかな?』という顔をして黙ってしまった。


 自信なさげにおどおどする様子は中一の春休みに初めて会ったときのようで、なんだか懐かしくなった。

 ぼくらみんな『宗主様の高間原』で三年修行して大人になって図体も大きくなったのにね。


「なに? 晃」

 ぼくが重ねて問いかけると、晃はきょどきょどと視線をさまよわせた。

 けど、なにか決意したようにぎゅっと目を閉じた。


 瞼を開けた晃は、力強い、炎の宿った目をしていた。


「――聞いて欲しいことが、あります」




 そうして晃の話を聞いた。

 緋炎様は息を飲み「大手柄よ! 晃!!」と叫ばれた。


 そのまま菊様を叩き起す緋炎様。

 無理矢理起こされた菊様は不機嫌そうな顔で威圧が漏れ出していたけれど、緋炎様の報告にやっぱり顔色を変えられた。



 菊様の術で晃の記憶を『視た』。

 菊様と白露様と緋炎様、蘭さん、ぼくの五人が晃の記憶を『視』ている間はナツと佑輝が護衛をしてくれた。


 幸い鬼もなにも来ることはなく無事に全部の記憶を『視る』ことができた。


『視た』記憶をもとに戦略を考える。

「竹の状態によって変わるでしょうけど……。

 とりあえずこの方向で行きましょう」


 どうにか方針が決まった。

 これがうまくいけばなにもかもが片がつく。

 その鍵を握るのは竹さんと、ぼく。


 プレッシャーに潰されそう。胸も胃も痛い。

 でも、やらなきゃ。これができるとしたらぼくだけだから。


「ヒロなら絶対大丈夫。おれ、信じてる」


 晃の励ましにどうにか笑顔を返したけれど、引きつった苦笑になってしまった。




 話し合いが一段落した。

「とりあえず竹が起きないと動けない」

「竹が起きて、それからもう一度話し合いましょう」


 菊様の言葉に全員がうなずく。


 ちょうど梅様と蒼真様も目を覚まされた。

 おふたりとも体調は「問題ない」とおっしゃる。竹さんの蘇生で使った霊力も「戻っている」と。よかった。


 そんな話をしていたら黒陽様も起きてこられた。

 いつの間にか寝てしまったことにめちゃめちゃヘコんでおられたけど、どうにかみんなでなぐさめる。


「それより聞いてください。実は―――」

 さっきの話し合いでわかったこと、決めたことを梅様、蒼真様、黒陽様に伝える。お三方ともびっくりしておられた。そりゃそうだよね。ぼくもびっくりした。



 そうやってわあわあと騒いでいたからだろう。

 ようやくトモと竹さんが目覚めた。

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