閑話 想定外 2(保志 叶多視点)
引き続き保志 叶多視点です
いつものように玄関を開け部屋に入る。
仕事場につながる扉を開け――絶句した。
窓が、ない。
床も、ない。
「―――な―――」
何が起きた。一体何が。
わなわなと身体が震える。
大きな刀でざっくりと斬ったかのような惨状に絶句して立ちすくむ。
パソコンもモニタも机も無くなっていた。奥のスパコンはギリギリ無事のようだ。
あちらを見、こちらを見、浅い呼吸を繰り返しているうちにようやく頭が動き出した。
頭が動いたら腹が立った!
なんで!? なんでこんなことに!!
「お前の結界ならば『どんな攻撃からも守れる』んじゃなかったのか!?」
バッと『アレ』に食って掛かると、表情ひとつ変えずあっさりと答えた。
「おそらくは『特殊能力持ち』による攻撃です」
「『特殊能力持ち』?」
初めて聞く単語を繰り返すおれに「はい」と『アレ』はあっさりとうなずく。
「『特殊能力』にはどんな防御も効きません」
「『能力者』とは違うのか?」
「『能力者』のなかにまれに『特殊能力持ち』が現れます」
「――そんなヤツが、偶然『異界』に来たというのか――」
歯噛みするおれに「『北の姫』の同行者です」と『アレ』が言う。
そこではたと気が付いた。
「『北の姫』はどうやって『異界』に来れたんだ?」
「『東の守り役』に乗ってきました」
「『乗ってきた』?」
わけのわからない形容詞に虚を突かれたおれに『アレ』は「はい」と説明を続ける。
「おそらくは先に召喚した西村 智を目印に来たと思われます」
………意味がわからない……。
おれが『わからない』と思ったのがわかったらしい『アレ』が説明を始める。
「『東の守り役』は『龍の一族』です」
「『龍の一族』?」
「高間原の『龍の一族』は『界渡り』と呼ばれる、『世界』を越えた転移ができます」
「――そんなこと聞いてないぞ!」
「これまでに聞かれたことはありませんでした」
腹が立って怒鳴るも『アレ』は平気な顔をしている。
「チッ」と舌打ちをして苛立ちをぶつける。
顔をそむけた拍子に正面の壁が目に入った。
「―――『扉』が―――」
『異界』と『現実世界』とを行き来する『扉』を作った壁にも亀裂が入っていた。
その壁を呆然と見やる。
「破壊されています」
『アレ』があっさりと答えた。
「――どうするんだ!?『現実世界』に戻れないということか!?」
怒りのままにさらにぶつける。
「『水』も無くなった! パソコンも無くなった!! これからどうするんだ!!」
そこまで叫んで、気が付いた。
「――『姫』は。『北の姫』はどこだ!?」
「外にいます」
「外だと!?」
『アレ』がリビングに戻るのについていく。
窓から外に向けて指を指す、そこに目を向けると、はるか下に数人が固まってなにかしていた。
「視力矯正します」
『アレ』の言葉と同時にズームしたように下の連中が見えた。
『北の姫』は男に抱かれていた。
あの男は―――アイツは―――!
「――西村――!」
やはり西村は『北の姫』とつながっていた!
悔しさにギリ、と歯噛みする。
その『北の姫』と西村のそばでポニーテールの女と青い龍がなにやらしている。生きた龍など初めて見た。
「あの青い龍が『東の守り役』か?」
たずねると「そうです」と答えが返る。
「龍のそばにいる女性が『東の姫』です」
「他の『姫』と守り役もいるのか?」
たずねると「います」と言う。
「『北の姫』を抱いている男の肩にいる黒い亀が『北の守り役』。
そちらの白い虎が『西の守り役』。
白い虎の横にいる髪の長い女性が『西の姫』。
そちらの剣士の装備の短髪の女性が『南の姫』。
その肩にいる小鳥が『南の守り役』です」
「東西南北、すべての『姫』と『守り役』が揃っているということか。あそこに」
確認の言葉に「はい」と『アレ』がうなずく。
「おそらくは『北の姫』はあのまま死亡します」
驚き目を向けるも『アレ』は平気な様子で淡々と続ける。
「しかし、他の三名の『姫』、四名の『守り役』がいれば、これまでに貯めた量を補充して余りある霊力が得られると考えます」
「……………」
「この『異界』のビルは破壊されましたが、街に張り巡らせた陣も召喚門もそのまま残っています。もちろん『現実世界』に展開している陣も生きています。
故に、当初の計画どおり『現実世界』に召喚門を出現させ鬼を招くことは可能です」
「……『北の姫』がいなくても可能なのか?」
おれの質問に「はい」と答えが返る。
「『北の姫』が必要だった一番の理由は、私の封印を解くためです」
「封印が解けた現段階において、術の展開のための霊力を提供してもらうのは、他の『姫』でも『守り役』でも構いません」
「………なるほど………」
そう言われたらその通りだ。
封印は解けた。ならば『北の姫』は用済みということか。
「以前の、私が封印された状態では、この『異界』と『現実世界』を逆転させる、もしくはこの『異界』に『現実世界』の人間を連れてくるといった手段しか取れませんでしたが、封印が解けた現状、このような段階を踏む必要は無くなりました」
視線で先をうながすと『アレ』は淡々と続けた。
「私の封印が解けた現段階ならば、『現実世界』に直接召喚門を出現させ、鬼の『世界』から鬼を呼び寄せることが可能となります」
「―――フム―――」
「『北の姫』が京都市の外周に展開されている結界を強化しています。
それを使い、京都の人間の他地域への脱出を不可能とし、一人残らず鬼に食わせることができると考えます」
「……つまり、俺の計画に支障はないと、そういうことか?」
「はい」
「………それならば………」
渋々ながら納得していると、『アレ』はさらに続けた。
「まずは『現実世界』に戻る『扉』を作り直します」
うなずくことで話の先をうながす。
「元々時間軸は調整していました。
『異界』では四日経ちましたが『現実世界』ではまだ一時間も経っていません」
「ならば、改めて『扉』を作り、そのうえでこの『異界』を閉じ、中にいるすべてのモノを『贄』としても、『鍵』である注連縄切りの時間には十分に間に合います」
「『異界』を……『閉じる』?」
「はい」
「この『異界』を『無くす』と、そういうことか?」
「そうです」
絶句するおれに構わず『アレ』は淡々と話を続ける。
「『姫』と『守り役』が『異界』に揃っている。
そして『異界』を介さず『現実世界』に鬼を召喚できるとなれば、この『異界』を維持するよりも『姫』と『守り役』もろとも『贄』とするのが効率的であると考えます」
「――今この『異界』にいる人間もすべて『贄』にする、ということか?」
おれの確認に「そうです」と『アレ』はあっさりとうなずく。
落ち着き払った様子に、こちらも段々と落ち着きを取り戻していく。
地上に目を向けると『姫』達がなにやらうごうごと動いていた。
まるでちいさな虫のようだと、踏み潰せそうだとチラリと浮かんだ。
そうだ。おれの『望み』は叶うんだ。
おれが『こうしたい』と強く願えば必ずその通りになるんだ。
ここまで想定外のことがいくつも起こったために動揺したが、まだ切り返しはできる。はずだ。
そうだ。おれにとって想定外なだけで、もしかしたらこれらですら予定調和なのかもしれない。
きっとうまくいく。
きっとおれの『願い』どおりの『世界』になる!
何十年もかけて造ったこの『世界』を捨てるのはもったいない気がするが、それもおれの『願い』のために必要ならば致し方ないだろう。
「―――いいだろう。その計画で進めろ」
「わかりました」
「『扉』を再びつけるのにどのくらい時間がかかる?」
「最短で一時間といったところでしょうか」
「そのあとは?」
「一度『現実世界』に戻り、陣の微調整を行ってから『異界』の陣を使って『世界』を閉じます。
その時点で『異界』にいるモノはすべて『贄』とし、その後の術を行使するためのエネルギーに変換します。
変換に多少時間が必要ですが、注連縄切りまでには間に合わうと考えます」
「―――で、注連縄切りが行われた瞬間に門を出現させ鬼を呼ぶと、そういう段取りか?」
「そうです」
説明を受け、考える。
『水』も『異界』も時間をかけて造ってきたものだから失うのは正直惜しい。
が、大願のためには犠牲も必要だと、そういうことなのだろう。
「―――わかった。それでいこう」
おれのうなずきに「了解しました」と答えが返る。
「早速『扉』を作り直せ。――どこに作る?」
そうして窓を背に部屋に戻った。
外でなにが行われているのか、もう気にすることはなかった。
ここまでが精一杯でした……。
またしばらくおやすみします。
申し訳ありません。
次回は4月1日を予定しています。
よろしければまたのぞきにきてくださいませ。