閑話 想定外 1(保志 叶多視点)
デジタルプラネットの社長・保志 叶多視点です。
長らくお待たせしました。
どうにか間に合いました…
くそっ! くそっ! くそっ!!
どうしてうまくいかない!? すべてはおれの思うとおりになるはずだろう!?
途中まではうまくいっていた。どこから狂った? なにがあった!?
『北の姫』を捕らえ『水』に落とした。
あの『水』のフロアは時間が早く進むようになっている。五分もあれば丸一日に相当する。ならば一時間程度漬けておけば十分だろう。
『アレ』とそう話をし、時間潰しに四階に降りた。
先程の『ミッション』でもひとつも『贄』を手に入れることはできなかった。あれだけ大量の鬼を投入したのに。悔しくて歯噛みする。
だが『北の姫』を捕らえることができた。しかも『アレ』も想定していなかったくらいに『チカラ』が満ちた状態で。
やはりおれに都合のいいように進んでいるのだ。神仏がおれに味方しているのだ。
そう思って、得意になった。
『北の姫』は捕らえたが『贄』はいくらあってもいいだろう。
四階に『アレ』を伴って行き、新たな『ミッション』について相談していた。
そのとき。
ズガガガガン! すさまじい音とともに壁の一部が破壊された!
連れてきたエンジニア達が悲鳴をあげて逃げようとする。なにが起こったのかわからぬまま共に押し出された。
机も、その上に置いたモニタもキーボードもぐちゃぐちゃに吹き飛ぶ。
ビル全体が揺れる衝撃に地震かと思った。
そのとき。
壁に入った亀裂の上階部分からドッと水が吐き出された。
あの水は。―――まさか!
まさか!!
何年も、何十年もかけて『贄』を沈めた。
連れてきたエンジニア。悪人。
眠らせて沈めたことも、生きたまま落とし苦しめて沈めたこともあった。
ようやく京都中に張り巡らせた陣に行き届くだけの『水』と成ったのに。
『北の姫』を沈めさらにチカラのある『水』に成ったのに!!
なんでこんなことになった!? 誰がこんなことをした!!
と、壁の亀裂から男がふたり入ってきた!
まだ若い、黒髪と茶髪の男。
「皆さん!」黒髪が叫ぶ。
「この水は危険です! 絶対に触れないようにしてください!」
―――!
この『水』のことを知っている!? 何者だ!
今回この『異界』に連れてきた人間はゲームで設定した服装になっている。
だが目の前のふたりはゲーム内のどこにも設定されていない格好をしている。
ガードマンのような防護服に黒いズボン。
揃いの服装はこのふたりが同じ組織の人間であると示している。
と、黒髪のほうがどこからか火を出した。水を蒸発させようとしているらしい。茶髪のほうも水を操作するような仕草をしている。
何の道具もなく火を出し、水を操る人間―――能力者か!
バージョンアップで『贄』を連れてきた。
『十五歳から三十五歳』『京都市で一人暮らしをしている』を召喚条件とし、一箇所に集めた。
そこを鬼に襲わせ、一気に『贄』とする計画だった。
それを邪魔したのが、あの男。
西村 智。
アイツも来ているとは思わなかった。
生意気にも召喚した鬼を次々に倒した。
手下らしき人間を使い連れてきた人間をひとりも『贄』とさせなかった。
そのときに西村の手下共が叫んでいた。
「我々は安倍家の人間です!」
「本拠地を用意しています!」
安倍家。
能力者と呼ばれる人間を取り仕切っている組織。
おかしな事件や昔のおれのように不可解な状態になった人間が最後にすがる場所。
その安倍家が関与していた!? いつから!? どこで気付いた!?
安倍家や『姫』が気付いたとしても関与できないように『異界』で計画を進めていたのに! 何故安倍家の人間が『異界』にいる!? どうして『本拠地を用意する』なんてことができる!?
人間をひとりも『贄』とできなかったことに苛立ったが、なんと「『東の姫』と『南の姫』の存在を確認した」と『アレ』が言う。
あれだけ探しても見つからなかった『姫』がふたりも『異界』に来ていた。
やはりおれの都合のいいように進んでいると、そのときは溜飲を下げた。
その後も『異界』向けのシステムからメッセージが勝手に送信される。
『これは「ゲーム」じゃない』
『「ミッション」は鬼に食わせることで「贄」とするためのもの』
『鬼と戦うな。本当に死ぬぞ』
何故そこまで知られている!?
何故こちらのシステムに侵入できる!?
わけがわからなかった。
そういえばと思い出したのは先日西村が来たときのこと。
『北の姫』との関与があるとみて目の前にやってきた西村に追跡と監視をつけようとしたが、ことごとく「妨害された」と『アレ』が言う。
ならばと同行してきた目黒ともっさりした若い男につけようとしたが、こちらもダメだった。
「『北の姫』の強力な守護結界が展開されています」
「現在の私の能力ではこれを破ることは不可能です」
実際駐車場まで出た三人は突然立ち止まり手首や胸を気にしていた。おそらくはそこに『北の姫』によるアイテムを着けていたのだろう。
監視カメラでその様子を確認し、車を追わせた。
コンビニに立ち寄っただけでデータどおりの目黒の自宅にまっすぐに戻った車は、その日は動きがなかった。
その後何度か目黒が来た。
追跡監視をつけるためには目の前に、少なくとも六階に呼び寄せなければならない。
だがあまりの明るさに嫌気が先立ち、面会する気になれなかった。
失敗した。
せめて目黒にだけでも監視をつけるべきだった。
きっとあいつも安倍家と関わりがある。
西村のことを『弟子』と言っていたからには、もしかしたら『北の姫』とも関わりがあったかもしれない。
そこで気が付いた。
『伝説のホワイトハッカー』と呼ばれていたという目黒の弟子だという西村。
ならば、こちらのシステムに侵入することも可能なのでは――?
試しにと、メッセージを送っているパソコンめがけて攻撃を仕掛けた。が、撃退された。このおれが!
そして更に気付いた。
このエンジニア、おそらくはここ最近『デジタルプラネット』のシステムに侵入を仕掛けてきたヤツだ。ログの感じからなんとなくわかる。
―――まさか―――西村だったのか―――!?
ギリ。歯噛みをする。
邪魔な男だ。
ならばこいつから潰してやる。
そうして小刻みに攻撃を仕掛けた。
こちらは『アレ』の時間停止を使ってしっかりと休養を取って攻撃をする。が、実際の時間としては一、二時間程度、場合によっては三十分程度しか間隔が空いていない。ロクに眠ることもできずさぞ疲弊していることだろう。
西村が疲弊したところを狙って鬼を大量投入した。さらにシステムにも攻撃を仕掛けた。
『贄』を作り、西村も潰すつもりだった。
なのにまたしてもひとりも『贄』にできなかった。
そのうえ西村も潰せなかった。
逆に反撃されそうになったが、どういうわけかあっさりと手を引いた。
どうしたことかと思っていたら『アレ』が言った。
「『北の姫』と『西の姫』が四人の守り役とともに『異界』に来ました」
「―――!!」
ついに!
ついに『北の姫』が来た!
やはりおれの都合のいいように物事が進む! これは神仏がおれの味方をしているからに違いない!
すぐさま『北の姫』を捕獲するための『ミッション』を設定した。時間停止をかけさせて必要な陣やシステムを作る。
そうして呼び寄せた『北の姫』は、ごく普通の小娘だった。
しかし見事『アレ』の封印を解いた。
『アレ』の想定以上の能力を持っているという『北の姫』を『水』に沈め、あとは『現実世界』に鬼を送り込んで京都の人間を皆殺しにするだけだった。
なのに。
なんでこんなことになっている。
なにもかもがうまくいっていたはずなのに。
あと一歩のところだったのに。
『願い』の完成が目の前だったのに!
「なんのつもりだ!!」
腹が立ち侵入してきた男達に食って掛かる。
「この水は危険です! 下がって! 別の部屋に移動を――」
「うるさい!」
怒鳴りつけた黒髪の男がおれの横をすり抜けたのでムッとしたら茶髪の男に押さえられた。
生意気な茶髪をにらみつけていたが、黒髪がどこに向かったのかに気付いた。
「! そいつを離せ!」
黒髪の腕を取り排除しようとしたが、気持ちの悪い目でじっと見つめられひるんだ。
と、またしてもどこからか知らない男達が現れた。
新たに現れたふたりの男が黒髪と茶髪を連れて行った。
わけがわからず、ただ呆然とそれを見送るしかできなかった。
「………なんだったんですかね……」
ぽつりとこぼれたエンジニアの言葉にようやく再起動した。
いかん。ボーッとしている場合ではない。ここから状況を立て直さなければ。
エンジニア達にフロアの片付けを命じ、六階に戻るために部屋を出た。
「今の黒髪と茶髪、調べられるか」
歩きながら命じるおれに「はい」と答えが返る。
エレベーターは無事だった。
乗り込んですぐに『アレ』が話を続ける。
「黒髪は日村 晃。
先日、目黒 隆弘と共に面会に来た者です」
「――あのもっさりしたメガネの!?」
驚くおれに「はい」とあっさりと答える。
「茶髪は目黒 弘明。目黒 隆弘の長男です」
「―――!」
「……やはり目黒は安倍家と関わっていたのか……」
歯噛みしているとエレベーターが六階についた。
いつものように玄関を開け部屋に入る。
仕事場につながる扉を開け――絶句した。
明日も投稿予定です