第百七十話 『賢者の薬・エリクサー』
「もう質問はない?」
梅様の確認に「大丈夫です」と答える。
「じゃあ、はじめましょう」
梅様が立ち上がり、俺の後ろに立った。
黒陽は俺の横、蒼真様は梅様の肩に陣取った。
「これから時間停止を解除し、成長促進をかける。
花が咲く手前で止めるけど、『咲き始めたら一気に咲く』と文献にはあった。
こっちも注意して指示するけど、アンタが『今だ』と思ったら遠慮なく斬りなさい」
「はい」
「黒陽」
「はっ」
「『斬ったら水があふれる』らしいわ。一滴残らずまとめて。そのまま宙で待機。いい?」
「承知致しました」
指示を出した梅様は蒼真様と顔を見合わせ、うなずき合った。
「――じゃあ――」
すう、はあ。深呼吸のあと、梅様がギッと鋭い目を向けた!
「行くわよ! 蒼真!」
「『時間停止解除』!」
「『成長促進』!」
パリン。ナニカがほどける気配のあと、梅様のものらしい霊力が鉢植えを包む!
見る見るうちにそのつぼみは大きくなり、ひとかたまりだったものがパラリと房に分かれ、その先端をほころばせた!
「『成長促進停止』!」
梅様がそう叫んだが、つぼみのほころぶ早さは変わらない。
ハラリ。花弁が一枚開いた。
それだけで花から霊力が漏れ出ている!
まだだ。もう少し。あと少し!
ジリ、ジリ、と花弁が動くのを注視する。
茎のナカを霊力が上がっていくのがわかる。八つに分かれた茎を通り花に注がれていくのがわかる。
もう少し。あと少し―――!
「!」
「「! 今だ!!」」
梅様と蒼真様の叫びと同時に『紫吹』を振った!
なんの抵抗もなくあっさりと振り抜けた!
フラリと倒れる花の切り口からドッと水が吹き出した!
が、そのまま宙でひとかたまりの水球にまとまっていく。黒陽が操作しているようだ。
倒れた花は梅様がすぐさまキャッチした。
切り口が下になるように茎を持ち、水を出している。
青く染まっていた花弁の先端が徐々に白くなっていく。霊力が切り口から出ているためだろう。
たった一本の花にこんなに含んでいたのかというくらい水があふれた。
バケツ一杯はあろうかというその水を梅様が取り出した丸底フラスコに吸い込んでいく。
フラスコの表面だか内側だかにびっしりと陣が描かれている。
その陣が仕事をしているのか、バケツ一杯あった水はフラスコに収まった。
すかさずキュッと蓋をする梅様。
フラスコの中を慎重に観察していた梅様だったが、ホッと息をついた。
「――成功よ」
その言葉に、ドッと安堵が押し寄せる。
よかった! チャンスを活かせた! これで彼女は助かる!
手の中の『紫吹』の刀身にそっと触れた。
『ありがとな』感謝を伝えるとうれしそうな誇らしそうな思念が伝わってきた。
「さあ! 仕上げよ!!」
そう言って梅様と蒼真様はテキパキと作業を進めた。
ビニールシートの上に机を置き、複雑な陣の描かれた布を広げた。
その中央に白い粉の入ったボウルを置き、フラスコの水を慎重に、慎重に注ぎ入れた。
なにかブツブツ言いながら霊力を注ぎながら入れているのがわかる。
フラスコから出る水はキラキラと金色に輝いている。
蒼真様がボウルを押さえ、梅様が左手でフラスコを傾けながら右手に持った棒でかき混ぜる。
すべて注ぎ終えた梅様はフラスコを置き、空いた左手をボウルの上にかざした。
尚もブツブツ言いながら霊力を注ぎながらボウルの中身をかき混ぜる。
やがて、す、と棒を抜いた。
両手をボウルにかざし、梅様がどんどん霊力を注いでいく。ボウルからは光があふれはじめた。
梅様のブツブツは次第に大きくなる。まるで歌を歌っているかのよう。旋律にあわせ光が強くなる!
「――『結実せよ』!」
カッ!!
強い言霊に応えるようにボウルの中身が光った!!
スゥ、と光が引いた。
梅様と蒼真様はボウルの中身をじっと見つめた。
成功か!? どうなんだ!?
ハラハラしながら見守るしかできない。
ふたりはそろりと顔を上げ、お互いに見つめ合った。
「―――蒼真―――」
「姫―――!」
ふるふると震えるふたり。どうなんだ!?
ふたりはガシリと手をつなぎ合った!
「―――やった! ついにやったわ!!」
「完成だ! やったね姫!!」
「ついに! ついに完成したわ!
伝説の薬!『究極回復薬』――『賢者の薬・エリクサー』!!
私達、やったのよ! 蒼真!!」
きゃあきゃあと喜びついには抱き合うふたり。
成功した!? 完成した!?
つまり―――竹さんは、助かる―――!!
「早く! 早く彼女に!!」
きゃっきゃとはしゃぐふたりについ急かしてしまう。
「それもそうね」と梅様はちょっとバツが悪そうにお玉を取り出した。
蒼真様がすぐさま空瓶を並べる。
透明なガラス瓶に漏斗を差し込み、慎重に、しかし手早くボウルの中身を入れていく。
透明なガラス瓶に、その液体の色がはっきりと見えた。
あの花の先端を彩っていた鮮やかな青。その中に細かい粒子の金粉が踊っていた。
二十センチほどの高さの瓶、三本。
そこに同量を注いだ。
文字通り一滴残らず注ぎきり、封をし、時間停止をそれぞれにかける。
「――これで、本当の本当に完成!!」
「「いえーい!」」とハイタッチをする梅様と蒼真様。だからそんなことしてないでさっさと竹さんを診てくれよ!!
「それをどうしたらいいんですか!? 飲ませるんですか!? かけるんですか!?」
イライラと詰め寄ったら「刀を納めろ」と蒼真様に指摘された。
そういえば『紫吹』を手にしたままだった。
アイテムボックスに納めようとしたら黒陽に「待て」と止められた。
「『降魔の剣』は特別な刀だ。
『主』を鞘とする。
アイテムボックスに入れずとも、こうして出し入れできる」
言いながら黒陽がやって見せてくれたのは、俺達が霊力の刀を出す仕草。
左手の掌に握った右手を当て、そのまま引き抜く。
霊力を引き出すイメージで行うことで霊力を刀として形作っていた。
そうやって黒陽が取り出したのは紫がかった刀身の刀。『降魔の剣』『紫暮』。
これまでも黒陽はこの刀を出していたが、いつも『霊力の刀』だと思っていた。
出現までの手順が俺達が霊力の刀を出すのと同じだったから。
まさかこれが『降魔の剣』だとは、考えたこともなかった。
出したときの逆で、左の掌に『紫暮』を納めていく黒陽。
俺に教えるためだろう。ゆっくり、ゆっくりと納めていく。
そうして『紫暮』は完全に黒陽のナカに納まった。
「ホラ。やってみろ」と至って簡単に言ってくれる。
おそるおそる『紫吹』の切っ先を左の掌に近づける。
と、呆気ないくらいスルリと納まっていく!
いつもの霊力の刀を納めるようにパチンと右手を合わせると、手の中に残っていた柄もスッと呑み込まれていった。
霊力を貯める『器』と同じく、俺のナカに『ある』のが『わかる』。
そして俺のナカに納まった『紫吹』が喜んでいるのも『わかる』。
「ヘンなカンジだな」と正直にもらすと「じき慣れる」とあっさりと黒陽が答えた。
無事『紫吹』を納められたので、改めて梅様に詰め寄る!
「納めました! で!? どうしたらいいんですか!?」
「落ち着け」
梅様をかばうように間に入った蒼真様にペシリと額を叩かれた。
ムッとして口を閉じる俺に蒼真様は苦笑を浮かべながら説明してくれる。
「基本『賢者の薬』が必要な状況っていうのは、治癒術も薬も試し尽くして『もう他に手段がない』って状況だから。
全身に振りかければいいハズだよ」
蒼真様の説明に梅様も付け足す。
「文献には用法も用量も記してなかったのよ。
この、出来上がった三本全部使うのか、一本だけでいいのか。
だから投薬して様子を診るしかないわ」
「とりあえずやってみしょう」
そう言って梅様は三本の瓶を持って竹さんの横にひざまずいた。
「蒼真はそっちね」指示を受け蒼真様は反対側に待機する。
俺も彼女のそばにいたい。どこに陣取ろうかと思っていたら「こっち来い」と蒼真様が自分の横、竹さんの顔のすぐ横を示してくれた。
瞼を閉じ、穏やかに微笑む、愛しいひと。
俺の『半身』。俺の妻。
「――竹さん」
つい、呼びかける。
今にも『なあに?』と答えてくれそうで、なのに何の反応もない。
それが苦しくて、ぎゅっと拳を握る。
俺の横で、前で梅様と蒼真様が打ち合わせをする。
「時間停止解除のタイミングは蒼真、指示して」
「わかった」
「菊の『時間停止』がかけられたことからも、この『神域』なら、さっきは使えなかった術が使えると思う」
「試しに」となにやら陣を展開し「大丈夫そう」と結論付けた。
他にも打ち合わせをした梅様と蒼真様。
菊様を呼び寄せ、支度が整った。