第百六十九話 帰還
昨日は『小説家になろう』さんのメンテナンスでいつもの時間に投稿できませんでした。
いつもの時間(18時)にお越しいただき「更新されてない!」と読まれなかった方は一話前からお読みください。
「蒼真!」「トモ!」
呼びかけに顔をあげると、辺りは桜吹雪で埋め尽くされていた。
無事戻れた安堵にドッと力が抜ける。
が、愛しい妻の姿が目に入った途端、再び背筋が伸びた。
そうだ。戻って『終わり』じゃない。彼女の薬を作らなければ!
蒼真様は戻った途端に元の大きさに戻り俺達を振り落とした。
すぐさま地面に広げられたビニールシートの上にアイテムボックスから取り出したものを並べていく。
ポニーテールの女と話し合いながらテキパキと作業を進める。
その様子から、このポニーテールの女が報告にあった『東の姫』なのだとわかった。
『東の姫』は優秀な治癒師。
消し炭になった前世の俺である『青羽』をも蘇生させた人物。
その人物ならばきっと竹さんも治してくれる!
期待に胸を高鳴らせ、彼女のそばにひざまずいた。
出発前と変わらず穏やかな微笑みを浮かべている。
愛おしさに胸を鷲掴みにされる。
「……ただいま」
ささやき、そっと頬をなでた。
待ってて。もうすぐだから。
きっと大丈夫だから。
そう念じていると、ふと左の手の中があたたかいのに気が付いた。
握ったままの『紫吹』が励ましてくれているとわかった。
なんだかうれしくなって「ありがとな」と声をかける。『紫吹』がうれしそうに応えてくれたのがわかった。
「我らが出発してどのくらい経った?」
「五分くらいです」
黒陽とヒロのやりとりが耳に入ってきた。
つまり蒼真様の『界渡り』は狙い通りの時間で戻れたということ。すごいな蒼真様。
「姫達は回復薬は飲んだか?」
「はい。梅様も菊様もお飲みになりました。
蘭様は『不要だ』とおっしゃって、お飲みになりませんでした」
「そうか」と答える黒陽だったが……『蘭様』?
確か『南の姫』のことだよな?
どこにそんな女がいるんだ?
改めてこの桜吹雪のなかにいる人物を確認していく。
黒陽とヒロ。東の姫と蒼真様。西の姫は白露様にもたれている。
あっちに佑輝。ナツ。晃。緋炎様。と………?
………誰だ?
見知らぬ男がそこにいた。
『バーチャルキョート』の剣士の装備をまとっている。手にしている刀も『バーチャルキョート』のもの。
ただ、佇まいから只者でないことはわかる。
結界の向こうに目を向けていることから、晃達と同じく護衛を勤めてくれているのだろう。
一般人から腕の立つヤツを実働部隊として戦線に立たせていた。そのうちのひとりか? 腕が立つから護衛に連れてきたのか?
俺の視線に気付いたヒロが「ああ」とちいさく声を上げた。
「トモはまだご挨拶してなかったよね。
あの方が『南の姫』蘭様だよ」
……………。
今、なにか、理解できないことを言われた気がする………?
「……………『南の』……………『姫』?」
復唱する俺に苦笑を浮かべたヒロが「そう」と答える。
「………『姫』?」
「『姫』」
「………『女』、ということ、か?」
「そう」
嘘だろう!? どこからどう見ても男にしか見えないぞ!?
襟足を刈り込んだショートヘア。
背もヒロと同じくらいだから百七十三、四というところだろう。
装備を着けているからわからないだけかもしれないが、胸も腰も女らしさを微塵も感じない。
顔つきだってそうだ。
確かに『成人男性』とは言えないが『少年』としか見えない。
細めではあるが凛々しい眉。吊り目がちの丸い目。引き締まった口元。これのどこが『女』なんだ!?
唖然として見つめてしまった。
俺の視線に気付いたのだろう。蘭様と紹介された人物がこちらに顔を向けた。
ニッと笑って『またあとでな』と口を動かす。
その様子も頼もしい男としか思えない。呆然とうなずくしかできない。
そんな俺に蘭様は楽しそうに笑った。
人懐っこい笑顔だと思った。
再び前を向き警戒を取るその顔つきはもう凛々しいもので、余計に男らしく、わけがわからなくなった。
動揺する俺に「わかるよ」とヒロが声をかける。
「ぼくらもわけわかんなかったもんね。佑輝なんかパニックおこしたよ」
うんうんとうなずくヒロ。
「まあでも姫様方も守り役の皆様も『蘭様だ』っておっしゃるし。
誰より緋炎様が『ウチの姫』っておっしゃるし。
それにナツが『女の子だ』って断言してる。
だから、あの方が女性なのも、『南の姫』なのも間違いないよ」
苦笑で説明してくれるヒロに「……そうか……」以外の言葉が出ない。
唖然としていたら「トモ!」と声をかけられた。
そちらに顔を向けると、蒼真様が『こっちに来い』と手招きしていた。
すぐに『紫吹』を持ったまま蒼真様のところへ行く。
様々な器材や瓶が並べられていたブルーシートの上は、ボウルがひとつと鉢植えがひとつだけになっていた。
ボウルの中には白い粉状のナニカが入っている。
そして鉢植えには彼岸花に似ている植物が一本伸びていた。
よく見る彼岸花と違うのは、その茎の太さ。
俺の親指よりも太い。ペットボトルのキャップほどもありそうな茎の先端に彼岸花のようなつぼみがついている。
固くがくに包まれたその白いつぼみの先端部分が青く染まっている。
見たことのない植物に、なるほど異世界の植物だと納得する。
蒼真様の隣にはポニーテールの女が座っていた。
『東の姫』梅様。
大きな目は二重の吊り目。キッと俺に向けられた視線は鋭い。
いかにも『仕事のできる女』という雰囲気。
まずはご挨拶をせねばと、正座で座り平伏する。
「お初にお目にかかります。
竹の夫、西村 智と申します。
『東の姫』におかれましては、この度のご助力、大変ありがたく感謝しております」
深々と頭を下げる俺に「ああ。いいわよ」と軽く言う東の姫。
「『梅』でいいわ。私も『トモ』って呼ぶから」
にっこりと微笑む梅様に「は」と答え再び平伏する。
「私もアンタに言いたいことがあるのよ」
なにを言い出すのかと顔を上げると、梅様はそれはそれはやさしい笑顔を浮かべた。
「竹のこと、しあわせにしてくれて、ありがと」
「―――!」
慈愛に満ちた言祝ぎに、グッとキた。
涙がせりあがってくるのをうつむいてごまかす。
「――夫として、妻を『しあわせ』にするのは、当然の義務かと」
どうにかそれだけ言うと、梅様は「ふーん?」と楽しそうに笑った。
「さてトモ」
「はっ」
「これから、この曼珠沙華を咲かせる」
そうして梅様は曼珠沙華という花について説明をはじめた。
この花は地中から霊力を吸い取り、蓄えること。
蓄える間にその霊力は凝縮されること。
開花時にそれまで溜め込んだ霊力を吐き出すこと。
今回の薬に使うのは、その溜め込んだ霊力が込められた、花の中にある水。
茎を斬ることで道管から植物の中を通る水を取り出すと説明される。
霊力が放出される一歩手前、茎から花へ向かって霊力が吸い上げられていくその一瞬に茎を斬り、溜め込んだ霊力のこもった水を取り出すのが俺に課せられた役割。
「タイミングが命よ。頼むわね」
「はっ」
頭を下げる俺にひとつうなずいた梅様は「黒陽」と声をかけられた。
「取り出す水をまとめて」
「承知」
黒陽が俺の隣に陣取る。
俺も片膝立ちになり刀を構えた。
ふと、どう斬ればいいのか気になった。
「あの」
「ん?」
「どのあたりを斬ればいいですか?」
俺の質問に「そうねぇ」と考えた梅様は「このあたり?」と茎の真ん中あたりを示した。
蒼真様も「そうだね」と同意している。
「了解しました」とうなずき、ついでだからと聞いてみた。
「斬るときに霊力は込めたほうがいいですか? それとも『降魔の剣』に任せて俺はなるべく霊力を込めないほうがいいですか?」
その質問におふたりは「ううん」と考えこんでしまった。
「金属性でしょ? なら霊力込めても……」
「文献には『降魔の剣で斬る』しかなかったもんねぇ……」
どうするのがいいか話し合いをはじめたおふたりは「蘭ー!」と蘭様に声をかけた。
「どう思うー?」
問われた蘭様は「は!?」と驚きを見せた。
「知らねーよ! オレ、薬師じゃないもん!」
「アンタ昔採取に協力してくれたじゃないの!」
「昔のことなんて覚えてねーよ!」
「なによ。使えないわね」
「ひでぇ!!」
軽口を叩き合う姫達に緋炎様が口を挟む。
「ウチの姫は火属性特化ですから。最初に試したときに薬草を燃やしてしまって、それからは霊力込めないように斬っていましたよ」
「あー。そういえばそうだったわねー。
………チッ。参考にならないわね……」
「梅がひどい!!」嘆く蘭様に「いつものことじゃないですか」と緋炎様がフォローだかなんだかわからない言葉をかける。
「黒陽も『降魔の剣』の使い手でしょ? どう思う?」
意見を求められた黒陽は「フム」と少し考える素振りを見せた。
「トモの属性と『紫吹』ならば、霊力を込めて斬るほうがいいでしょうね」
黒陽の意見に「じゃあそれで」と梅様が俺に命じてくる。
「了解しました」と頭を下げ、チラリと姫達の様子をうかがった。
即断即決、行動力のありそうな梅様。
外見も態度も男にしか見えない蘭様。
偉そうにふんぞり返っている菊様。
三者三様だが、どなたも自信に満ち、確固とした己を持っている。『上に立つ人物』だと感じる。
『姫』として育てられたのならばこれが『普通』なのかもしれない。俺の妻のほうが『姫』としては珍しい部類だろう。
気が弱くて自信がなくて控えめで。
穏やかで礼儀正しくてやさしくて。
やさしい笑顔が浮かぶ。愛らしい、俺の唯一。
――ウン。やはり俺の妻が一番かわいいな。
控えめに言ってもウチの妻は最高だ。
内心でひとり納得していると後頭部をペシリとはたかれた。
振り返り見上げると、ヒロが困ったような顔で立っていた。
「菊様に『殴ってこい』って命じられた。ゴメンね?」
「……………」
ジトリと菊様に目を向けると、心底馬鹿にしたような顔をしていた。
責める俺の視線を一切気にすることなく「いいからさっさとやりなさい」と偉そうに命じてきた。




