第百六十八話 『紫吹』
『小説家になろう』さんのメンテナンスにより投稿がいつもより遅くなりました。
いつもどおり18時に来てくださった方、スミマセン(汗)
なにが起きたのかわからずただ呆然としていた。
手には『紫吹』の柄頭に埋め込まれた霊玉がある。
そっと触れてみると、先程の抵抗が嘘のようにすんなりと撫でられた。
つるりとした霊玉から俺の霊力を感じる。どういうことだ?
「お前が『染め変えた』んだ」
黒陽の声に顔を向けると、黒いちいさな亀はトテトテと近寄ってきてぴょんと飛び上がった。
俺の肩に着地した黒陽はそこから『紫吹』の霊玉を観察した。
「うむ。見事だ」
なにかはわからないが合格をいただけたようだ。
俺がわかっていないことがわかったらしい黒陽が説明してくれる。
「『降魔の剣』は『主を選ぶ』と言っただろう。
その刀の核となる霊玉を己の霊力で『染める』こと。
それが『降魔の剣』の主となる方法だ」
「初耳だぞ?」と文句を言ったら「言ってないからな」とあっさりと返された。
「教えたからといってできるものでもない。
下手に情報があるとそれにとらわれて失敗することもある。
だからどうすれば『降魔の剣』の主となるかは、挑戦者に教えないことになっている」
説明されれば『そうかもしれない』と思うが、それでも『説明しといてくれよ』と思ってしまう。
そんな俺の考えなど黒陽にはお見通しのようで、俺の肩の上で苦笑を浮かべた。
「とは言っても『染める』など簡単なことではない。
まずは刀に認めてもらうこと。刀に受け入れてもらうこと。
そうしてはじめて『染める』ことに挑戦できるんだ」
「………つまり俺は『刀に認めてもらった』のか?」
信じられなくて問いかけると「そうだ」と黒陽が断言する。
「――竹さんの父親に『認めてもらおう』とは思ったけど……」
そうつぶやくと「ああ」と黒陽がうなずいた。
「黒晶が現れたのは、おそらくはアイツが最後に霊力をこれでもかと込めたからだろうな。
いわゆる残留思念とかいう存在に近いか?」
元の主の霊力と思念が再生されたということか?
それにしてはすごい威圧だったぞ?
「まあ、仮にも『王』だからな。
アイツが『魔の森の侵攻を防ぐために』と『願い』、込められるだけの霊力を込めたとしたら、『降魔の剣』であればあのくらいできるだろう」
そうなのか。すごいな『降魔の剣』。
感心して手の中の『紫吹』の霊玉を眺めていると、黒陽がどこか遠くを見つめて言った。
「アイツの霊力と『願い』を受け、『紫吹』は『要』と成った」
「『紫吹』のおかげで、黒晶に『姫の夫』を紹介できた」
――黒の王は黒陽の従弟だったと以前聞いた。
幼い頃から共に過ごし、共に旅をし、国作りに邁進した、かけがえのない相手だったと。
たとえば俺がハルや霊玉守護者の連中と死に別れて。何千年も経って再会したとしたら。
きっとこんな表情をするんだろうな。
なんとなく、そう思った。
「それにしても見事な霊力操作だったな。成長したなトモ」
黒陽に褒められてうれしいやら照れくさいやらで、つい「どうも」なんてぶっきらぼうに答えてしまった。
そんな俺に黒陽は楽しそうに笑った。
が、すぐに表情を引き締め、言った。
「これでお前は『紫吹』の主だ」
その声に、今更ながら重圧やら責任感やらを感じる。
が、『主』なんて言われてもピンとこない。
黙ったままの俺に黒陽は俺の肩からピョンと飛び降り、強い眼差しを向けてきた。
「トモ。『紫吹』を抜け」
黒陽の指示に「ああ」と答え、改めて『紫吹』に正対した。
グッと柄を握る。
そのまま引き抜こうとして――手が、止まった。
抜かなければ持ち帰ることができない。竹さんを救う薬をつくることができない。
わかっている。理解している。だが。
『紫吹』は『要』。
魔の森の侵攻を防ぐための。
その『紫吹』を抜くということは、『要』でなくなるということ。
高間原が本当に滅びる、ということ。
――もう一度グッとその柄を握った。が、貼り付いたように手が、腕が動かない。
ひとつの『世界』を終わらせる、その覚悟が、できない。
重い。
これまでの何よりも、重い。
重圧に動くことができない。ただその柄頭の霊玉を見つめた。
紫色の霊玉のなかに白い風が踊っている。
俺の霊力で『染め直した』、そのために霊玉も変化したのだろう。
じっと動けない俺に蒼真様はなにも言わない。ただ心配そうに見つめてくれている。
黒陽は「ふぅ」とため息を落とした。
「――これだから頭のいいやヤツは――」
なんかブツブツ言っていた黒陽だったが、俺にむけて顔を上げた。
「構うことはない。抜け」
簡単に言う黒陽をジロリとにらみつけると、ちいさな黒い亀はいつもどおりにそこにいた。
気負いも、恐怖も、嫌悪もない。
あっさりとした佇まいに、肩の力が抜けた。
「お前がそこまで背負うことはない。
もう何千年も昔に滅びていた『世界』だ。
奇跡的に『要』同士が影響しあって保っていた。
偶然その線上に蒼真の温室があり、偶然『界渡り』のできる蒼真が『飛べた』から『世界』が残っていることがわかったのであって、そうでなければ誰も『世界』が残っているなどとは考えなかった」
「このまま残っていても何にもならない。
ここで『要』の一角を崩して『世界』が滅びるほうがいい。
そうすれば、そこからまた新しい『世界』が生まれることもあるだろう」
――そうか……。
そうかも。
黒陽はいつもどおり。淡々と、冷静に説明をしてくれる。
その声を聞いているうちに俺も冷静に考えることができるようになった。
完全に滅びないと新しい『世界』は生まれないかもしれない。
この、言ってみれば死に体の『世界』をこのまま保つよりはいっそひと思いに殺したほうがいいのかもしれない。
「他の『要』がナニかは私は知らぬ。
だが、他の『要』も、蒼真の温室も、あのとき『世界』と共に滅びていたはずのモノだ。
偶然が重なって残っていただけで、本来ならばとっくの昔に消えていたものだ」
「だからお前が気にすることはない。
お前はお前の成すべきを成せばいい」
そこまで言って、黒陽は厳しい目つきを俺に向けた。
「お前の成すべきはなんだ?」
「お前の『願い』はなんだ?」
覚悟を促すその目に、芯が入った。
「――俺の成すべきは、『降魔の剣』を手に入れること。
彼女を救う、その薬の材料を手に入れること」
「俺の『願い』は、彼女を救うこと。
ずっとそばにいること」
言葉にすると、よりしっかりとした芯が入った。
そうだ。俺は彼女と一緒にいたい。
ここで『お別れ』なんて、嫌だ!
「わかっているではないか」
偉そうにニヤリと笑う黒陽に笑みを返す。蒼真様は『仕方ない』とでも言うように肩をすくめた。
ふたりにうなずきを返し、改めて『紫吹』に向かう。
「――頼むな。『紫吹』」
ささやいて、柄をグッと両手で握った。
不思議なほど手にしっくりと馴染む。まるで何年も握ってきたかのような。
「お前の霊力で染め直しているからな。お前に馴染むのは道理だろう」
黒陽の説明に「そんなもんか?」ともれる。
「少しずつ霊力を注いでみろ。『紫吹』が応えてくれるはずだ」
言われたとおりに少し霊力を注いだ。
『紫吹』が喜んだのが何故かわかった。
そうか。お前も俺を気に入ってくれたのか。
そうココロで話しかけると、『紫吹』がうなずいたのがわかった。
霊玉守護者の仲間達とも、愛する『半身』とも違うところで『紫吹』と結びついていることがわかった。
不思議な感覚。
ポンと『相棒』という言葉が浮かんだ。
ああ。そうだ。『相棒』だ。
『主』なんて俺にはらしくない。
俺はこの刀の『相棒』。
この刀は俺の『相棒』。
うん。いいじゃないか。
ふわりと風が俺達を包む。俺の風が『紫吹』を揺らす。『紫吹』も霧のような霊力を乗せてきた。
「――頼むぞ。『相棒』」
『まかせろ』
『紫吹』が応えてくれる。
頼もしさに励まされ、グッと手に力を込めた。
とそこで気が付いた。
「――俺が『紫吹』を抜いたら、どうなるんだ?」
「『どう』とは?」
首をかしげる黒陽に問いかける。
「『世界』が崩壊するんだろ?
俺達が元の『世界』に戻るのはどうするんだ? 崩壊前に離脱できるのか?」
「そこは大丈夫!」
蒼真様がエッヘンと胸を張る。
「お前が刀を抜いたらすぐにぼくと黒陽さんがお前に乗っかる。
で、すぐに『界渡り』発動させて離脱する。
一瞬勝負だからな! しっかりと刀持っとけよ!」
それなら安心だ。
「了解しました」と返事をし、改めて『紫吹』をしっかりと握った。
「頼むぞ。『紫吹』」
『まかせろ』
頼もしい『紫吹』に、ふとこれまでの礼を言わねばと思いついた。
「……これまで『要』を勤めてくれてありがとう。
『世界』を守ってくれてありがとう」
「お前が守ってくれたから蒼真様の温室が残った。
お前が残っていたから彼女を救う『道』ができた。
ありがとう『紫吹』」
『紫吹』がちいさく震えた。
うれしい。誇らしい。報われた。そんな感情が手から伝わってくる。
なんだか愛おしくて、つい、言った。
「お前は立派な『降魔の剣』だ」
『紫吹』が声にならない歓喜で満たされたのがわかった。ああもう。かわいいヤツだなあ。
自分よりずっと年長の、格上の存在なのに、そんなふうに感じた。
「これから、頼むな。『相棒』」
短く頼むと誇らしげに了承してくれたのがわかった。
「――行くぞ!」
グッと『紫吹』の柄を握り、霊力を込める。
『紫吹』は俺に応えるようにその刀身を輝かせた。
ズ、と持ち上げると意外なほどすんなりと刀身が動いた。
そのままズ、ズ、と抜いていく。
あと少し。あと少し!
ズアッ!
抜けた!!
その瞬間!
黒陽と蒼真様が俺の両肩に飛び乗った!
「行くぞ!!」
蒼真様が掛け声をかけた!
あっと思ったときにはもう眼前に水面があった!
一瞬で大きさを変えた蒼真様のたてがみを咄嗟につかむ!
ドボン!
大きな音を立てて蒼真様は水に飛び込んだ!
肩の黒陽が結界を展開してくれているのがわかる。
左手は『紫吹』をしっかりと握り、右手で蒼真様のたてがみを握る。
どうにか体勢を立て直し、蒼真様にまたがる。
龍はそんな俺にはお構いなしでグングンと進む。
来た『道』を戻っているのがなんとなくわかる。
「もうすぐ出口だ!」
蒼真様が叫ぶ。
「出たらすぐに転移! できるなトモ!」
「はい!」
転移してきたときの陣があの結界内に残っているはずだ。それを目標にすれば戻れるはず!
すぐに行動できるよう脳内シュミレーションをする。大丈夫。いける!
「出るぞ!!」
一拍後、ザバリと水面から飛び出した!
満月の光を浴びながら『バーチャルキョート』の転移陣を展開させる!!
すぐさま転移陣の光に包まれた。