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第百六十七話 降魔の剣

 なにもない、真っ白な空間に、刀が一本刺さっていた。


「『紫吹(しぶき)』」


 その刀身はほのかな反りがあった。紫がかった刀身には水面にそっと息を吹きかけたかのような見事な波紋。(かしら)には紫色の透明な霊玉が嵌めてあった。



 黒陽は刀から手を離し、サッと俺の肩に移動した。

 周囲をうかがい問題がないのを確認してから蒼真様から降りる。

 

 シュルシュルと蒼真様の身体が縮む。

「ふぃ~。どうにかたどり着けたー」

 いつものサイズになった蒼真様はぐったりと俺にもたれてきた。


 ボスリと蒼真様の身体が当たった途端、まとっていた竹さんの布がボロリと崩れた。

 見ると抜け殻のように落ちた蒼真様に巻き付けていた布もボロボロと崩れていくところだった。


 黒陽の結界があってもそれほどの負荷がかかっていたということだろう。

 そして黒陽の言ったとおり、竹さんの布があったからここまで無事にたどり着けたようだ。



「とりあえず」と蒼真様が回復薬を出してきたので遠慮なくいただく。

 手にしたままだった刀を黒陽に返却。アイテムボックスに入れたのを見届けて回復薬を受け取った。


 グビグビと一気に飲み干してしまった。俺も相当負担があったらしい。

 黒陽と蒼真様は言わずもがな。一本では足りなかったようでもう一本ずつ飲んでいた。


 落ち着いたところで改めて刀に目をやる。

「これが――『降魔の剣』」

 俺のつぶやきに黒陽が「うむ」とうなずく。


「『黒』の一族に代々受け継がれてきた名刀『紫吹(しぶき)』だ」


 黒陽はトテトテと刀に近づいた。つられて俺もその後を追う。

 疲れたらしい蒼真様は俺の肩に乗っかったまま。


 あと一歩というところで歩みを止めた黒陽は厳かに拝礼をした。


「我が名は黒陽。高間原(たかまがはら)の北、紫黒(しこく)の『黒の一族』がひとり。

『降魔の剣』『紫暮(しぐれ)』の主」


「『降魔の剣』『紫吹(しぶき)』にお願い申す」

「我が姫 竹様の『半身』であり夫の、この西村 智にチカラをお貸し願いたい」


 そう言って黒陽は頭を下げた。

 俺も一緒に頭を下げた。

『降魔の剣』は『使い手を選ぶ』と黒陽が言っていた。 

 ということはこれは必要な手続きなのだろう。


「トモ」黒陽が振り向いた。

「名乗れ」と短く命じてきたので、その場に片膝をついた。

 蒼真様は俺の肩から離れた。


 改めて拝礼し、名乗りを上げた。


「日本の京都市北西部、鳴滝の退魔師、西村 智と申します。

 我が『半身』、我が妻である竹を救う為、御身のお力が必要です。

 どうぞ、私にご助力くださいませ」


 深々と頭を下げた。

 そのままじっとしていると、空気が揺らいだのを感じた。

 なんだろうとそっと頭を上げると、そこにはひとりの男が立っていた。



 四十代半ばくらいに見える男は、黒髪黒眼。

 俺と同じ『黒』の鎧をまとっている。

 刺さった刀の頭に両手を置いて、じっとこちらを見ていた。


 吊り目に吊り眉で怒っているように見える。

 威風堂々とはこのことかと思わせる(たたず)まい。

 だがよく視るとその身体は少しだけ透けていた。


「―――(しょう)―――」

 ポツリと、黒陽がつぶやいた。


「―――『黒』の、王―――」

 蒼真様ももらした。


 つまりこの人物が『黒』の王。竹さんの実の父親。

 似てないな。と思ってから思い出した。

 似てなくて当たり前だ。『今』の彼女には今生の両親がいる。

 そちらに似るのであって、目の前の男とは似ていなくて当然だ。


 だが、強く感じる。

『彼女の父親だ』と。

『礼儀を尽くさねばならない』と。


 だから改めてキチンと正座をし、きっちりと拝礼をした。


「お初にお目にかかります。お嬢様の夫の、西村 智と申します。

 ご挨拶が遅れまして申し訳ございません」


「現在、お嬢様は死の縁におられます。

 お救いするためには『降魔の剣』が必要なのです。

 どうぞ、お嬢様を救うため、その『降魔の剣』をお譲りくださいませ! お願いします!!」


 深々と頭を下げた。額をすりつけ、一心に願った。


 と、「黒晶(こくしょう)」と黒陽の声が聞こえた。


「このトモは姫の『半身』だ。

 姫もトモを好いておる。

 この男が姫にふさわしいことは、この黒陽が保障する。

 どうかトモに『紫吹(しぶき)』を譲ってくれ」


「『紫吹(しぶき)』よ。

紫暮(しぐれ)』の主、黒陽が今一度伏してお願い申す。

 姫の夫であるこの西村 智にチカラをお貸し願いたい」


 黒陽も頭を下げてくれたのがわかった。俺の横の蒼真様も頭を下げてくれた。

 三人でじっと頭を下げていた、そのとき。


 グワッ!

 すさまじい威圧を向けられた!


 黙ってこらえる。

 障壁を出すこともできるが、これは受けて立たなければならないものだと感じる。

 だから黙ってただこらえた。


『悪しきモノ』どころか『(まが)』レベルの威圧。

 宗主様のところの修行がなければたちどころにつぶれていただろう。

 身体中がビリビリする。重圧で潰されそう。それでもまだ耐えられる。


 そうだ。この程度こらえられなくて何が『彼女の夫』だ。

 認めてもらうんだ。『彼女の夫』だと。救うんだ。彼女を。


 意を決して顔を上げた。

 紫色の霊玉に手を添えた男が不機嫌そうに眉を寄せた。

 さらに強い威圧をぶつけられる! 負けるか!!


 ぐっとにらみつけると男は驚いたように目を丸くした。

 その表情は俺には見慣れたもので、ああ、やっぱり親子なんだなあとおかしくなった。

 ついフッと笑ってしまった俺に、男も表情をゆるめた。

 ニヤリと笑うその口元が黒陽に似ていた。


 男――黒の王は黒陽に目を向けた。黒陽は黙ってうなずいた。

 うなずきを返した黒の王は威圧を収め、すっと一歩下がった。


「トモ」黒陽が声をかけてきた。

「『紫吹(しぶき)』のところへ」


 指示されたので立ち上がり、一歩進み出た。

 刀をはさんで黒の王と真正面に対峙した。

 黒の王はじっと俺を見つめてきた。まるで品定めをするように。

 俺が竹さんにふさわしいか。『紫吹(しぶき)』にふさわしいか。


 だから俺も黙ってじっとその目を見つめた。

 俺の全てをさらけ出すつもりで。

 俺がどんな人間か、どれだけ彼女を想っているか、見せるつもりで。


 先に目を逸らしたのは黒の王だった。

 誘導されるように視線を追うと、黒の王がその柄頭から手を離し、片手でその霊玉を指し示した。

『ここに手を置け』と(うなが)されているとわかった。


 そっと黒陽に目を向けると、黒陽は黙ってうなずいた。

 ちいさくうなずきを返し、そっと両手をその霊玉に伸ばした。



 触れようとした、その途端!


 ブワワワワーッ!!

 すさまじい勢いの水が霊玉から吹き出した!!

 その勢いのまま俺に襲いかかる!!

 ぐらつきそうになるのをどうにかこらえる。

 離れた手を再び霊玉に近づけようとするが、霊玉の周りの水の勢いがすさまじくなかなか近寄れない!


 拒絶しているのか。それとも試しているのか。

 わからないが、ここで諦めるわけにはいかない!


 ググググ。力ずくで霊玉に手を近づける。

 が、(かえ)って水の勢いが強くなる。

 ついには水刃となって俺に襲いかかってきた!


 くそう。負けるか!

 絶対に竹さんを助けるんだ!!


 歯を食いしばりこらえる。

 こらえながらどうすればいいのかと考えを巡らせる。

 どうすればいい!? このまま力ずくで攻めていいのか!? それともなにか術を使うか!? ヒロのように『水』の霊力を操作して従わせるか!?


 そう考えていて、ふと、思い出した。


『降魔の剣』は『使い手を選ぶ』と黒陽が言っていた。 

 つまり、これは『試験』。

 俺がこの『降魔の剣』にふさわしいかの。


 ならば、先程の黒の王と同じだ。

 俺自身をさらけ出す。

 俺がどんな人間か、どれだけ彼女を想っているか、見せる。


 ふ、と力を抜く。途端に水が俺を包んだ!

「トモ!」蒼真様の叫びが聞こえた。心配させているようだ。


 立ったまま水に呑まれた状態になった。が、不思議と苦しくもなんともない。

 この感覚には覚えがある。どこだっけ? なんだっけ?


 考えて、思い出した。

 彼女と指輪を作ったとき。

 俺の『風』に彼女の『水』を混ぜた、そのときの感じだ。

 彼女の『水』に包まれたときの感じだ。


 あのときの喜びが胸を駆け巡る。

 あのときの彼女の笑顔が胸をあたためる。


 ふたりの霊力がひとつにまじる感覚。

 そうだ。あんなふうにしてみよう。

 思いついて『風』を展開した。


 水に混ぜる。あのときのように。俺の『風』を。俺の霊力を。

 俺達はひとつだった。再びひとつになった。

 愛おしい、俺の『半身』。俺の妻。

 待っててね。必ず助けるから。

 これで終わりになんて、させないから!


 お願いだ『紫吹(しぶき)』。

 俺に力を貸してくれ。

 竹さんを助けたいんだ。 

 あなたの力が必要なんだ!


 俺の『風』を、霊力を水にまぜていく。込めていく。

 次第に水の様子が変わってきた。

 ふと、あのとき彼女が渦潮を収縮させていった映像が浮かんだ。


 あれは見事なものだった。

 ふたりの霊力がまじった渦潮を徐々に収縮させていき、最終的に霊玉にまとめて――。


 そう思い出していたら、イメージがそのまま水に伝わったらしい。

 シュルシュルと渦を巻きながら俺の手のひらの中に集まっていく。


 気付いたときには俺の手のなかに柄頭があった。

 黒の王がそうしていたように、そこに埋め込まれていた霊玉に手を添えていた。



「うまくいったようだな」

 黒陽のつぶやきの意味がわからない。なんのことだ? どういうことだ?


 じっと自分の手の中の霊玉をただ見つめていたが、ふと視線を感じて顔を上げた。


 黒の王が微笑んでいた。

 細められた吊り目は意外とやさしく、慈愛を感じた。

 王の唇がゆっくりと動いた。


『頼む』


 それだけを伝え、黒の王の姿は薄れていった。

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