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第百六十四話 対価

トモ視点に戻ります

 瞼を閉じ微笑みを浮かべた彼女の唇がかすかに動いた。


『だいすき』


 握ったその手から力が――失われた。



 ――そんな。そんな。そんな!


 愕然としたその瞬間!


 カカッ!!

 妻の身体が光った!


 なにが起こったのかわからなくて呆然と彼女を見つめた。

 彼女は目を閉じ、にっこりと微笑んでいる。

 なにが起こった? 一体なにが。

 呆然としながらも握った手に異変を感じた。

 霊力が――注げない?


 よく見ると呼吸をしていない。死んではいないことはわかる。さっきまでの生命力が失われていく感じも止まっているのがわかる。

 これはまるで、彼女の時間だけが止まったような――。


 そう気付き、ようやくその考えに至った。

 時間停止? 彼女の時間を止めた? 誰が?『異界(ここ)』では使えないんじゃなかったのか?


 のろりと彼女から視線を動かす。あたりを桜の花びらが舞っているのがようやく目に入った。

 どうにか頭を動かすと視界の全てが花びらで満たされていた。桜吹雪の最中(さなか)にいるようだった。


 目の前の蒼真様とポニーテールの女がどこかを見ている。

 一体なにがあるのかと視線を追うと、西の姫がゼエハアと肩で息をしていた。


 両手両膝をつき、うつむいて息を乱す西の姫。白露様が心配そうに前足で身体を支えている。


 ゼエゼエと息を乱していた西の姫は「はあぁぁぁ」と大きく息を吐き、顔を上げた。


「竹に『時間停止』かけた。かけられた」


 その言葉の意味を理解するのに時間がかかった。かけられた? 本当に!? つまり、どういうことだ!?

 竹さんは、俺の妻は、どういう状態なんだ!?



 時間停止がかかった。

 息を引き取る前に。

 つまり――まだ、生きている!!


「―――!!」


 信じられなくて、信じたくて、聞きたいことがあるのになにも言葉が出ない。

 はくはくとただ口を開け閉めするしかできない俺の代わりのように晃が聞いた。


「竹さんは助かった、ということですか?」

「そうとは言えない」


 白露様に渡された回復薬を飲みながら西の姫が答える。


「今はあくまでも一時停止しただけ。このまま時間停止を解けば竹は死ぬ」


「!」

 そんな。そんなの。嫌だ。嫌だ!!


「どうすればいいですか!?」

 彼女の手を握ったまま西の姫に問いかける。


「どうすれば彼女は助かりますか!? なにをすれば彼女を助けられますか!?」


 俺にできることならなんでもする。どんなことでもやる! 彼女が助かるならば!!

 必死で言い募る俺に西の姫は眉を寄せにらみつけてきた。


「アンタが『竹を救う方法を教えて欲しい』と『願う』ならば、もしかしたら教えていただけるかもしれない」


「『願い』ます!!」

 考えるよりも早く叫んだ!

 彼女の手をそっと置き、西の姫に向かってガバリと両手をつき平伏した!


「教えてください!! どうすれば彼女は助かりますか!? なにをすれば彼女は助かりますか!!」

「俺にできることならばどんなことでもします! お願いします! どうか、彼女を救う方法を! 俺の妻を救う方法を教えてください! お願いします!!」


 必死で願った。額を地面にすりつけた。

 彼女のためならばなんでもやる。俺の生命を差し出せというならばいくらでも差し出してやる!


「頭をあげよ」


 西の姫の声にすぐさま頭を上げる。

 西の姫はその黄金色(きんいろ)の瞳でじっと俺を見つめていた。

 その雰囲気が、まとう空気が、変わっていた。


 畏怖に知らず再び平伏する。

 その迫力。その気配。これはまるで――神――。


 そこまで考えてようやく気付いた。

『神降ろし』。

 そうだ。報告書で見た。西の姫をはじめとする『白』の一族は『神に仕える一族』。

 神に仕え神とヒトとの橋渡しをする一族。

 神の声を聞き人々を導く一族。


『白』の姫――いや、『白』の女王を依代として神々が俺の『願い』に応え『降りて』きてくださった――!


 ブルリと震える。感動か、武者震いか、畏怖か、感謝か。

 グッと拳を握り震えをこらえる。

 再度深く頭を下げ、願った。


「お願いします! 我が妻をお助けください! 妻を救う方法を教えてください!!

 私にできることはなんでも致します! どうか、どうかお願いします!!」


 必死で声をあげる俺の手元に進み出た黒い亀も平伏した。


高間原(たかまがはら)の北、紫黒(しこく)の『黒の一族』がひとり、黒陽!

 尊き方々に伏してお願い奉ります!

 どうか、どうかわが姫をお救いくださいませ!

 今しばらくこの西村 (とも)と、夫婦として過ごさせてやってくださいませ!

 お願い奉ります! お願い奉ります!!」


 黒陽の必死の叫びに俺も「お願いします!」と一緒に叫ぶ。


「頭をあげよ」

 再びの指示に頭をあげる。と、その場の全員が平伏していた頭をあげたことに気付いた。

 みんなが俺達のために一緒に願ってくれたことがわかって鼻の奥がツンとした。


 神を降ろした西の姫は俺に向けて言った。


「『願い』には『対価』が必要」

「承知しております」


 理解している。彼女のためならばなんでも差し出す。

 その覚悟で西の姫に向け首肯した。


 西の姫はじっと俺を見つめていたが、つい、と地べたに置いた鏡に目を向けた。

 つられてその鏡に目を向けた。丸い鏡は空の闇を映していた。

 鏡の表面がまたたくようにちいさく光るのは夜空の星を映しているのだろう。


「――これまでお主が献上してきた霊力や聖水だけでは『足りない』」


 厳かに、威厳たっぷりに西の姫は言う。

『これまで』? 俺は言うほど霊力も聖水も献上してはいない。

 宗主様のところに修行に行く前は自分のことで精一杯だったし、戻ってからは彼女の護衛としてあちこちにご挨拶行脚に行ったが俺は霊力を献上してはいない。


 そういえば彼女に飲ませるための聖水を作るのに『(ヌシ)』のところで作らせてもらったことがあった。

(ヌシ)』達は長命で、俺の前世である『智明』のことも『青羽』のこともご存知だった。


 それか? 前世も前前世も献上記録が残ってるのか?『対価』としてカウントされるのか?


「そうだな」と肩の黒陽がつぶやく。

 どうやら俺の思念を『読んだ』らしい。

 ちいさくうなずくことで感謝を伝える。


 ならば、もっと霊力を献上すればいいのか? 聖水を作ればいいのか? そんなことでいいならばいくらでもやる!!


「では今すぐに!」

 聖水を作りに行こうとしたのに、ヒロに肩をつかまれて止められた。

「話は最後まで聞け」なんて言われるが、そんな時間ないだろう!?

 ヒロに文句を言う前に西の姫が口を開いた。


「『ふたりの「想い」が混じったモノ』」

「それが『対価』」


「『想い』が―――混じった、もの………」


 そんなものあるのか!? 思い出せ。思い出せ!

 俺より先に晃がハッとした。


「指輪は!?」

「!!」


 確かに!!

 すぐさま指から指輪を抜く。彼女の指輪は黒陽が術でスルリと抜き取った。


 ふたつの指輪をぎゅっと握り、西の姫に向けて両手で差し出した。


「夫婦の誓いをした、ふたりの霊力から作った指輪でございます。

 こちらを『対価』として献上致します!」


 頭を下げ差し出すと、手のひらの上の指輪がふわりと浮いた。

 そのまま西の姫の鏡の上で浮かんでいたが、フッと消えた。


 西の姫は指輪が消えた鏡をじっと見つめていたが、ボソリとつぶやいた。

「まだ『弱い』」


『弱い』? なにが? 足りないということか?

 じゃあ他になにを献上する? 

 彼女がくれたお守り? 他に彼女はなにをくれた? 俺があげたものはなんだ?

 彼女の霊力を糸にして作った布。霊玉。俺からはポニーフック。パン……は、違う。ふたりの写真。スマホ。ほかには――。


 考えていたらまたも晃がハッとして言った。

「トモ! 童地蔵!」

「童地蔵?」


 確かにあれは昔の彼女の作った霊玉を白毫にした、昔の彼女の姿を写したものだが。彼女の『依代』といってもいいほどのモノに成っているとは聞いたが。

 それが『ふたりの「想い」が混じったモノ』になるか?


 俺は懐疑的だったのに黒陽もヒロも「そうだ!」「それがあった!」と乗り気になった。

「あの童地蔵には姫がしっかりと霊力を注いでいただろう! 姫の霊力が満ちている。充分『姫の依代』となる!」

「トモ、ずっと抱いてたじゃないか! ちいさいときからずっと!

 そういう、長い時間そばに在ったモノにはトモの気配がついてるよ!」

「トモ、宗主様のところであの童地蔵を『竹さんだ』って思って抱いてたんだろ!?

 それなら『想い』は注がれてるよ!!」


 晃にまでそう言われ、『そうかも』と納得した。

 どのみちなんでも試すつもりだったんだ。駄目で元々!


 アイテムボックスから童地蔵を出し、そっと頭をなでた。

『頼むね』そう念じながら。

 童地蔵はただにっこりと微笑んだ。


 その微笑みに励まされるように、西の姫に向けて童地蔵を差し出した。


「こちらを『対価』として献上致します!」


 にっこりと微笑んだ童地蔵がふわりと浮き上がり、西の姫の鏡の真上で浮かんだ。

 パァッと鏡から光が放たれた、次の瞬間には童地蔵は消えていた。


「『対価』を受け取った」

「善き『想い』を受け取った」

「『黒』の姫の『お主を守りたい』という『想い』」

「お主の『黒』の姫への『恋慕』」

「四百年に渡り注がれてきた『想い』」

「代々続いた『逢わせたい』という『願い』」



 ――ガキの頃ばーさんがよく聞かせてくれた、昔ばなし。

『開祖様には大好きなお姫様がいらしたの』

『大好きだったけど、お別れしなければならなかったの』

『開祖様はずっと、お姫様にまた逢うことを願っておられた』

『ご先祖様は開祖様がお姫様にまた逢えることを願ってきたの』

『いつか生まれ変わって、おふたりがまた逢えることを、私達はずっと願っているの』


 ――退魔の寺、鳴滝の青眼寺(せいがんじ)

 その開祖と伝わる男が『青羽』。前世の俺。

 寺は弟子のひとりが継ぎ、その一族が守ってきた。

 開祖の大切にしていた童地蔵とともに。


 その一族――西村家に伝わっていた昔ばなし。

 開祖とお姫様の恋の話。

 遺されていた『青羽』の手記に書いてあった。『いつか生まれ変わってまた妻にする』

 その『願い』を、四百年伝えてきた。


 ――ああ。ばーさん。ありがとう。

 これまで守ってくれて。これまで伝えてくれて。

 じーさん。ありがとう。

 ばーさんを救ってくれて。俺につなげてくれて。


 感謝が、感動が胸にひろがる。颯々とした風が吹く。

 すべてはつながっている。時間も。血も。『想い』も。

 すべては積み重なっていく。

 その積み重ねが今、チカラになる!



 西の姫が指をさした。その先にあるのは、夜空に浮かぶ満月。


「『道』を進め」

「その先に『黒』の姫を救う薬がある」


『薬』のワードに蒼真様とポニーテールの女がハッとした。

「まさか――」

「『究極回復薬』――『賢者の薬・エリクサー』!?」


 蒼真様の叫びに西の姫は重々しくうなずく。

「確かにそれなら死の縁にいる人間でも回復させるって聞いてるけど……材料が……」

 難しい顔をしてうつむくポニーテールの女に反し、蒼真様は「そうか!」と叫んだ。


高間原(たかまがはら)に『降魔の剣』を取りにいけと、そういうことですね!!」

(しか)り」

「わかりました!! ありがとうございます!!」

 

 蒼真様がお礼を申し上げた途端、西の姫がふっと倒れた。あわてて白露様が支えて事なきを得た。

 すぐさま意識を取り戻した西の姫はふらつく身体で白露様から離れた。


「―――どういう、こと?」

 西の姫にぎろりとにらまれても蒼真様はテンション高くポニーテールの女にむけて騒いでいる。


「姫! 姫! 作るよ!!『究極回復薬』『賢者の薬・エリクサー』!」

「『賢者の薬(エリクサー)』!? だって蒼真、あれは材料が――」

「あるんだよ! そろってるんだよ!!」

「!!」


 ふたりでわあわあと騒ぐのを見守るしかできない。話からするに、死にかけの竹さんを治す薬ができると、そういうことか!?


「あの『封じの森』で採取した球根。あれが最後の材料の曼殊沙華(まんじゅしゃか)だったんだ!

 あと数日で咲く状態だったから時間停止かけて成長を止めてる。

 あれと『降魔の剣』があれば、材料全部そろうよ!!」

「聞いてないわよ!?」

「言うの忘れてたんだよ! ゴメン!!」

「どこにあるのよ!?」

曼殊沙華(まんじゅしゃか)青藍(せいらん)の温室!『降魔の剣』は紫黒(しこく)で『(かなめ)』になってる!」


 以前聞いた守り役達の説明によると、竹さんたちの元いた『世界』高間原(たかまがはら)は魔の森に囲まれていた。

 その魔の森の周囲に張り巡らされていた結界が壊れ、高間原(たかまがはら)は滅びた。


 当時の『黄』の王の身勝手な『願い』に『災禍(さいか)』が応え、封じられていた己を開放するために竹さんを利用し、共に居合わせた四方の姫と守り役は『呪い』を刻まれ異世界に落とされた。

 それを聞いた四方の王は『黄』に攻め入った。『災禍(さいか)』を滅し、『世界』の崩壊を防ぐために。

 王族や貴族がいなくなっては魔の森の結界を保てない。そのために四方の国の王がそれぞれに魔の森の侵攻を少しでも遅らせようと『(かなめ)』となるものを設置していた。


 その『(かなめ)』として『黒』の国が用いたのが、王に伝わる『降魔の剣』だという。


「『賢者の薬(エリクサー)』の材料はいろいろあるんだけど、そのうちのひとつが、曼殊沙華(まんじゅしゃか)の花が咲いた瞬間に『降魔の剣』で茎を斬って出てくる水なんだ。

 蘭様の刀も『降魔の剣』だけど、蘭様は火属性だから出てくる水を蒸発させちゃう。

 黒陽さんも『降魔の剣』の使い手だけど、この身体じゃ刀が振れない。

 だから、いつか紫黒(しこく)の『(かなめ)』を取りにいける、水属性か金属性の剣士が現れないかって探してたんだよ」


 そういえば宗主様のところに修行に行く前にそんな話が出たな。なんかやたら緋炎様に止められたが、そういうことか。


 それなら話が早い。


「俺ならばその紫黒(しこく)の『(かなめ)』を取りにいけますか?」

「多分!」

「じゃあ行きます!」

「よし!」

「待て!」


 蒼真様とふたり飛び出そうとしたら黒陽に止められた。

 なんで止めるのかとにらみつけたら「私も行く」と言う。


「結界が張れる者がいるだろう」

「うん! お願い!」


 話はまとまった。黒陽が俺の肩にぴょんと乗る。蒼真様がでかくなった。

「乗れ! トモ!」「はい!」

 蒼真様の首に乗り、そのツノをつかむ。

「じゃあ姫! 行ってきます!!」

 すぐさま飛び出そうとする蒼真様に西の姫が注意をする。


「一度『現実世界』に戻るのよ!? 神泉苑の泉の『道』を戻って『現実世界』に戻ってから高間原(たかまがはら)に転移するのよ!?」


 西の姫の指摘に蒼真様は「あ」とちいさく声をもらした。おいおい。しっかりしてくれよ。

「わ、わかってます!」

 あわててごまかす蒼真様をジトリとにらんだ西の姫は俺に目を向けた。


「トモ!『バーチャルキョート』の転移は使える!?」

「使えます!」

「じゃあそれで神泉苑まで転移しなさい! この結界は壊したくない!」

「! 了解です!」


 指摘されればそのとおりだ。「ステータスオープン」唱えて『転移』を選ぶ。座標指定。よしできた!

「行きます!」

「がんばれ!」「気を付けて!」声援を受けて転移を発動させる。

 転移陣が浮かぶ地面のむこう、横たわった妻が見えた。


 桜の花びらに満たされた空間で穏やかに微笑む彼女。

 ああ。あのときみたいだね。初めて会った、あの船岡山の枝垂れ桜。

 あのとき、俺は『とらわれた』。

 あの瞬間、貴女に『恋』をした。


 待っててね。絶対に薬の材料を取ってくるから。

 絶対に諦めないから。助けるから。

 待ってて。


 待ってて。

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