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ヒロ 36 乞い願う

 今日は満月だった。『現実世界(むこう)』では。

 この『異界』は『現実世界(むこう)』の時間から四日経ってるって話だけど、同じように満月が空に浮かんでる。なんでだろ? そーゆーモンなのかな?

 まあ『異界』のことを細かく考えるだけ無駄だよね。


 それよりも。


 満月の明るい月明かりの下、おそろしいほどの霊力の渦が生まれていた。

 思わず空を見上げて現実逃避しちゃった。

 ダメダメ。ちゃんと現実を直視しなくちゃ。


 目の前には竹さん。地べたに敷いたシーツの上に横たえられてる。

 その右手を握ったトモが必死に霊力を注いでる。

 反対側からは梅様と蒼真様が色々してる。

 投薬や霊玉は効果あるみたい。でも術はやっぱり効かないみたい。


 竹さんに、梅様が真っ赤な勾玉を押し付けた。

 すさまじい量の霊力がドン! と立ち上がったけれど、それは竹さんに吸い込まれることなく周囲に散った。


異界(ここ)』では高霊力の術や技が効かない。梅様はおそらく治癒とか蘇生とかそういうのをしようとしたんだろうけど、高霊力すぎて術も霊力も散らされちゃったみたい。

 そうやって散った霊力がこのおそろしいほどの霊力の渦を生んでいるらしい。


「姫! ダメだ! 薬で対処しよう!」

 蒼真様がそういうけど、梅様は悔しそうに歯を食いしばった。


「『特級』は!?」

「……ごめん。まだ……」

 短いやりとりに梅様は拳を握った。


「とにかく、できることをやろう! 霊力の補充はトモがするから、ぼくらは『(うつわ)』の修復!」

 蒼真様の言葉に梅様がうなずく。


 ふと思いついて口をはさんだ。

「『バーチャルキョート』の治癒は試しましたか!?」

「試したわよ!」

 泣きそうな叫びが返ってきた。スミマセン。

 でも蒼真様は「いや」と真面目な顔を自分の主に向けた。


「『バーチャルキョート(そっち)』のほうが効果あるかも! 姫! 試して! ぼくは投薬する!」

「! わかった!」

 そうしておふたりは竹さんに向けて必死に術やら薬やらかけた。


 その竹さんの右側に座り込んだトモは必死の形相で彼女の右手を両手で握り霊力を注いでいた。

 彼女に直接注ぐからか、トモの霊力は霧散することなく竹さんに注がれているようだった。


 なんなのその霊力量。ぼくも増えたと思ってたけど、トモ、そんなに増えてたんだね。

 無言で、ただ必死に彼女を見つめ、トモは霊力を注ぐ。

 汗が滝のように流れ落ちてる。

 その必死さが、どれだけ竹さんが危険な状態かを示していた。


 菊様は地べたに座り込んでじっと鏡を見つめておられる。その目が黄金色(きんいろ)になっている。

 その菊様も必死の様子。いつもの優雅なお嬢様の皮はどこに脱ぎ捨ててこられたのかというくらい、鬼気迫っておられる。


 菊様梅様が他に気を配る余裕がないからだろう。蘭様が刀を構えた状態で周囲を警戒しておられた。



「蘭様」

 ちいさく呼びかけたらうなずきを返された。

 ぼくらも周辺警戒にあたろうとしたら「ヒロと晃は菊様のところへ」と緋炎様に指示された。

「さっき呼ばれてたから」


 それってホントに呼ばれてたんだ。勝手な行動をしたぼくらを呼び戻して護衛させるためだけかと思ってた。だから先に蘭様に声をかけたんだけど。


「了解しました」とちいさく答え、晃とふたりで菊様のおそばに片膝をつく。

 白露様に包まれるように守られた菊様はようやく顔を上げられた。


「このままじゃまずい」

 そのお顔は初めて見るこわばったもので。

 なんだか支えたくなった。


「『先』が全然『視』えない。神々の意思もつながらない」

 その細い指が指し示す鏡の表面は真っ黒になっている。


「竹が『鍵』なのに。どうにか助けないといけないのに」


 菊様にも『先見』などしなくても『竹さんが危ない』と理解できるらしい。

 嘆くご様子にそれほど危険な状態だと示されてトモに目をやる。


 トモの眼は、黄金色(きんいろ)になっていた。

 歯を食いしばり必死で霊力を注いでいる。

 まばたきひとつせず、自分のナカの霊力を一滴残らず注ごうとでもいうように竹さんに注いでいた。


 とそのとき。

 トモの肩にくっついている黒陽様が手にした回復薬の中身が消えた。

 多分竹さんにしてたみたいに、トモの胃に直接流し込んだんだろう。

 そのサポートもあってトモはこの高霊力を延々と注ぎ続けられているみたい。


 痛々しい様子のトモにこっちも痛くなる。

 どれだけ竹さんが好きか、どれだけ竹さんが危険な状態か見せつけられて、ぼくも泣きそう。


 でも今は泣いてる場合じゃない。

 それこそ竹さんを助けるためになにかしなくちゃ!


 周辺警戒は蘭様と緋炎様に加えてナツと佑輝も受け持ってくれてる。四人が四方それぞれを警戒してるから大丈夫。

 竹さんについては梅様蒼真様とトモに託すしかない。

 それならぼくと晃のやるべきことは、菊様と白露様と一緒になにができるのか考えることだ。



「なにかない!? ひなから、タカから、晴明から、なにか策やアイテムを預かってない!?」


 初めて頼ってくださった。

 それが父親とはとこの実力(チカラ)というのが情けないけど、でもこの場にいるのはぼくなんだから、ぼくにできる限りで菊様の期待にお応えしなくちゃ!


 とはいっても、こんな場面は誰も想定していなかった。

 だから策もなにもない。

 ただ、これまでに蓄積してきたもので解決策を出すことはできるはず!



『とりあえずなんでも出してみる』

 今回の取り組みでひなさんが示したやり方。

 無謀でも、突拍子もなくても、とにかく思いつく限りの意見を出す。

 そうすることで別の案を引き出すこともある。


 そうだ。まずは意見を出そう。

 そうしているうちになにか思いつくかも。


「『時間停止』は試しましたか?」

「試したわよ! 全然効かなかったわ!」


「ハン!」と投げやりに(わら)う菊様に重ねて問う。


「結界は?」

「!」


 ハッとされた菊様。同じように白露様や蘭様達もハッとされたのがわかった。

 全員がバッと黒陽様に目を向ける。

 注目を集めた黒陽様は話を聞いていないらしいトモの肩で首を振られた。


「結界が展開できない」

「結界石を使ったらどうですか?」

「結界石?」


 驚く黒陽様に説明する。

本拠地(ベース)は竹さんの結界石で結界展開してました。

 少ない霊力でも展開できるヤツです」


「さっき聞いたんですけど、一定量以上の霊力使う術は使えないそうです。

 てことは、逆に言えば、一定量以下の霊力使う術なら使えるってことですよね?」


 パカリとお口が開いた亀様。

 けどすぐにキッと表情を引き締め、パッと石を取り出された。


「試作で作ったぶんだ」

「試してみます」


 ぼくも実験に付き合ったから組み方はわかる。

 全員を囲うように四隅に結界石を置く。竹さんの作ったこの結界石は複数を組み合わせてひとつの陣を作るもの。一応向きがある。陣が真上を向くように、中に描かれている陣の(しるし)が四隅の直角に位置するよう気をつけて配置。

 念のため『バーチャルキョート』で使われている結界を石の外側に展開してから結界石を起動。

 うまく結界が展開できた!


「理論上は結界のなかも『異界』と言えなくはないですよね」

 ぼくの確認に黒陽様が「そうだな」と同意してくださる。


「ここでならなにか『視』えませんか!?」

 ぼくの意見に菊様がバッと鏡に目を落とされた。

 じっと鏡を見つめておられたけれど、悔しそうに頭を振った。


「―――足りない。ナニカが」

「霊力? でもいつも以上に注いでるのに――」


 ブツブツとつぶやく菊様は声が出ていることに気付いてないみたい。

 大きな目をうるませて必死で鏡を見つめる菊様に『どうにかしてさしあげたい』と思う。


 なにかないかな。

『足りない』っておっしゃってたよね。

 じゃあナニカを補充すればいいってことだよね?

 霊力? 霊力石があった。使えるかな。

 あとはなんだろう。ぼくの水はどうかな。それか晃の火。

 よく浄化するのにぼくの水や晃の火を使うから、なんか清めのパワーかなんか注がれたりしないかな?



「そうだ!」

 突然晃が叫んだ!

 と思ったら立ち上がりパンと柏手を打った。


 合わせた手を広げる晃の両手の間にブワリと炎が帯を引く。

 そのまま晃は舞い始めた。いつもやってる、浄化の儀式。


 晃の動きに合わせて火の粉が舞う。飛び散った火の粉がはじけあたりを浄化する。

 ぼくも、菊様も、ナツも佑輝も蘭様もただ見守ることしかできない。晃がなにを考えてなにをしようとしているのかわからない。


 そんな中でもトモは必死に竹さんに霊力を注ぐ。

 梅様と蒼真様もあたりで飛び散り弾ける火の粉に気付いていないみたい。


 火の粉は竹さんにも降り注ぐ。

 晃の『火』も竹さんに吸い込まれていく。


 晃の舞と『火』で、結界の内側はどんどん浄化されていく。清められていく。まるで神様をお迎えするときみたい。


 最後にパン、パンと柏手を打ち深々と平伏して晃の舞は終わった。

 結界の内側はものすごく清浄な空気に満たされてる。


 なるほど。この清浄な空気で竹さんを癒やすんだね!

 そう納得してたら、晃はアイテムボックスに手を突っ込んだ。


 晃が握った拳をパッと広げると、ブワッと桜の花びらが広がった!


「『吉野の桜』だよ」


 晃がまたアイテムボックスに手を突っ込み、花びらを取り出して広げる。

 まるでさっきまであった晃の火の粉のように桜の花びらは結界の内部に広がった。


「吉野の神様仏様の高霊力が形作ったはなびら。

 まえにいっぱいもらったんだ」


 ああ。そういえば報告にあったね。

 なんか奉納舞をしてめっちゃ喜んでもらって桜の花びらまみれになったって。


 その花びらをひなさんが晃のアイテムボックスに保管させていたという。

 何枚かは押し花にして栞にしたけれど、あまりにも大量にありすぎた。

 捨てるのも罰当たりになりそうだし、でも地に還すのももったいないからって晃のアイテムボックスに「入れとけ」って回収させられたらしい。

「アイテムボックスなら時間停止かかるんでしょ?」って。

 さすがひなさん。



 結界の中を桜がひらひらと舞う。清浄だった空気がさらに清浄になる。まるで神域。――神域?


「神様仏様の高霊力に満たされたこの空間は『神域』といってもいいよね?」


 にっこりと微笑む晃。

 なんだよ! いつの間にそんな頼りがいのある男に成長したんだよ!


 晃の言葉に菊様も反応された。

 ハッとなにかを思いついたらしく、結界の中央――竹さん達の近くに移動して、地面に鏡を起き直した。


 鏡を包むように両手を差し出した。

 と。

 ブワリ! 鏡からも桜の花びらが吹き出した!!


「鏡に写すことで花びらを複製したの」

 白露様がこっそりと教えてくださる。


 晃の手のひらから、菊様の鏡から桜の花びらがあふれる。白露様が風を使って地面に落ちないよう結界内にただよわせてくれる。はらはら、ひらひらと舞う花びらはとても幻想的で、こんなときなのに思わず見とれた。


 結界内に神力が満ちていく。

 まるで『異界』。

異界(バーチャルキョート)』のなかにあらたに『異界』を作り出すなんて。



 清められ神力が満たされたおかげか、トモの霊力のおかげか、竹さんの意識が戻った。

 でも会話の内容が穏やかじゃない。これ、ヤバくない!? もう時間ないんじゃない!?



 ブワリ。晃が衣装チェンジした。

 確か、緋炎様が持ってたっていう『赤』の神職の衣装。


 パン、パン、と柏手を打った晃はどこかに向かってガバリと深く拝礼した。


「尊き方々にお願い奉ります!」


「我が名は日村 晃。吉野の修験者で、日村 大樹と宮本 遥の息子」


「どうか、我が声にお応えくださいませ!

 どうか、この場にお出ましくださいませ!」


「どうぞ、我らにお力をお貸しくださいませ!」


 晃の叫びにナツが隣で同じように平伏した!


「京都祇園の神々の『(いと)()』、中村(なかむら) 奈津(なつ)です!

 私からもお願い奉ります! どうぞ、どうぞお出ましくださいませ!」


「我が友、西村 智を! その『半身』竹さんを!

 どうぞ、どうぞお助けください!!」


 佑輝が黙ってナツの横に並び平伏した。

 必死にお願いしてるのが伝わってくる。

 だからぼくもそれに(なら)った。

 晃の横に座り、どこに向けてかわかんないけど平伏した。


 お願いします。お願いします!

 ぼくの友達を助けてください!

 やっと結ばれたんです。やっと『しあわせ』になれたんです!

 ここで『お別れ』なんて、させないでください!!



 そのとき。



 ふ。


 空気が、変わった――?



 その瞬間!!

 カカッ!!

 菊様の鏡が強く光った!

 ガッと鏡を手にした菊様がその光を竹さんに当てる!


 竹さんが光に包まれた!? え? 見間違い!?


 なにが起こったのかわからなくて竹さんと菊様を交互に見比べる。

 梅様と蒼真様も呆然としたように菊様を見つめていた。


 トモ以外の全員の注目を集める中、菊様はうつむいてハアハアと肩で息をされている。

 ガックリと倒れそうになる寸前で白露様がその大きな前足で菊様を支えた。


「―――ま、間に、合った―――」

 ハアハア、ゼエゼエと息を乱しながらも菊様がつぶやきを落とす。

 間にあった? なにが?


 どうにか座った菊様が「はあぁぁぁ」と息を吐く。


「竹に『時間停止』かけた。かけられた」

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