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閑話 竹 5 これまでの説明

 あったかい。落ち着く。安心する。

 あたたかい風が私を包んでいる。私を守ってくれている。

 ここなら大丈夫。ここにいれば大丈夫。

 あのひとがいるから。

 あのひとがいてくれたら、そばにいられたら、それだけで私は『しあわせ』だから。




 ふ、と目が覚めた。

 あったかいお風呂でぷかぷかしてるみたいな夢を見ていた気がする。包まれて、満たされて、あったかくて。


 瞼をひらくと、トモさんのお顔があった。

 ―――寝てる……。

 すう、すう、と寝息を立てて、安心したようなお顔で目を閉じている。



 トモさんはいつも早起き。

 私が起きたらもうキチンとした服で「おはよう」ってにっこりしてくれる。

 あの鬼に襲われて死にかけたとき以外でトモさんが寝てるのを見たことがない。


 なんだか、かわいい。

 

 寝てるトモさんはいつもの凛々しいトモさんよりも幼く見える。愛おしくてニマニマしちゃう。


「好き」

 ちいさくささやいた。それでもトモさんは眠ったまま。

 なんでかそのことがうれしくて、胸の奥がきゅうんとして、お顔が勝手にゆるんじゃう。


「だいすき」

 ポロリと言葉がこぼれた。

 どうにか顔を寄せて唇にそっと口付けした。

 トモさんは眠ったまま。でも、なんだかしあわせで、満たされて、トモさんにぎゅっと抱きついた。


 いつも寝るときみたいに腕枕してくれて抱き寄せてくれてる。なんだか繭に包まれてるみたいで安心する。


 くっついてるだけで霊力が循環するのがわかる。トモさんの風が私の中に吹き込んでくる。私の水がトモさんに流れていく。

 なんだか山深い沢のよう。綺麗で、清らかで、すがすがしくて。


 一緒にいるだけで『しあわせ』。

 そばにいられるだけで『しあわせ』。

 こんな気持ちになれるなんて、考えたこともなかった。



 ずっと『罪』を背負ってきた。

『罪人』の私には『しあわせ』なんて赦されないと思っていた。

 罪を償うために働くのは当然のことだと思ってた。

 できることはなんでもやった。でもなにひとつうまくできなかった。


 私のそばにいるひとには『災厄』が降りかかる。

 私は『魔物』だから。『災厄を招く娘』だから。

 だから『災禍(さいか)』の封印が解けた。高間原(たかまがはら)が滅んだ。国が滅んだ。たくさんのひとが死んだ。

 そんな私のそばにいてくれるひとなんて黒陽だけだと思ってた。


 黒陽は強いから大丈夫。私が生まれる前からずっといてくれてたから大丈夫。

 でもほかのひとは無理だと思ってた。

 私の招く『災厄』のせいで迷惑をかけると思ってた。

 だから動けるようになったら山にこもった。ひとに会わないように。迷惑をかけないように。これ以上ひとを傷つけないように。


 トモさんのそばにもいちゃいけないって思ってた。私がそばにいたらトモさんが危険な目に遭うって思ってた。

 それなのにトモさんはそばにいてくれた。


 そばにいられるだけの強さを手に入れてくれた。

 私の考えを変えてくれた。

 そのまんまの、ダメな私を好きになってくれた。


 いっぱい「好き」って言ってくれた。

 いっぱい抱きしめてくれた。

 いっぱいキスしてくれた。


 トモさんのおかげで私は満たされた。

『しあわせ』を知った。『好き』を知った。


 好き。

 好き。


 私の『半身』。私の唯一。私のただひとりの夫。

 また逢えた。また抱きしめてもらえた。


 なんて『しあわせ』。


 たとえもうすぐ死んでしまうとしても。

 たとえもうすぐお別れだとしても。

 この『しあわせ』があれば、もう充分。

 それほどの『しあわせ』をもらった。


「――ありがとう」

 ちいさく言ったけどトモさんは眠ったまま。


「だいすき」

 ちゅ。

 口付けしてもトモさんは眠ったまま。それでもちょっぴり笑顔になったみたい。


 かわいい。愛おしい。大好き。


 お顔が勝手にゆるんじゃう。ニマニマしちゃう。こんなの、五千年生きててはじめて。

 胸の中にトモさんの風が吹く。あたたかくてやさしい風。

 そのせいかな。胸がキュンキュンしてしまう。


 眠るトモさんに甘えてぎゅうっと抱きつく。寝ぼけてるのか、トモさんが抱きしめてくれた。えへへ。うれしい。しあわせ。



 トントントン。


 突然のノックの音にびっくりしてしまう! なに!? 誰!?

 トモさんからそっと抜け出して身体を起こす。

 扉をじっと見つめて警戒してたら鍵が開いて扉が開いた。


「姫」

「黒陽」


 扉の隙間から入ってきたのは黒陽だった。ホッとして警戒を解く。


 扉を閉めた黒陽はトテトテと私のところに来た。


「どうしたの? 転移は?」

「使えません」

「え?」


 そういえばさっき私も使えなかった。なんで?


「どうやらこの『異界』では高霊力を必要とする術は使えないようです。

 逆にゲームの『バーチャルキョート』で使える術は使えるようですね」


「そうなんだ」

 黒陽の説明にちょっと考える。じゃあ私の結界なんかも使えないのかな? いつも自動展開してる自己防衛結界は作動してるみたいだけど。

 そんな状態で『災禍(さいか)』の封印とか、できるのかな?


 ううん、って考えてたら黒陽がさらにお話してくれた。


「ですから姫が寝ている間、時間停止はかけられませんでした。

 今は『異界』に到着して四時間経過したところです」


 四時間!? そんなに!?


「――ごめんなさい! 私、のんきに寝ちゃって――!」

 あわてて謝る私に黒陽は「大丈夫です」と言ってくれる。


「その間にヒロ達が梅様と蘭様を迎えに行きました。今本拠地(ここ)におられますよ」

「そうなの!?」


 梅様と蘭様も『異界(バーチャルキョート)』にいらしてたの!? すごい!

 あれ? でも、おふたりとも覚醒してなかったんじゃなかったっけ?


「おふたりとも覚醒したばかりだったので休息が必要でした。ついさっき仮眠から起きてこられたところですよ」


 そうなんだ。ちゃんと覚醒されて、しかもお休みもできたんだ。

 それならよかった。


「ほかの場所に避難していた者をヒロ達が連れて来ました。

 トモも休ませなければならなかったので、姫がついて休めてよかったです。

 この四日、かなり無理をしていたようですから」


 ふう、とあきれたように黒陽が言う。


「……………四日?」

 意味がわからなくて復唱したら黒陽はなんてことないように「ええ」と答える。


「『異界』ですからね。そんなこともあるでしょう」


 それもそうか。納得。


 視線を隣のトモさんに落とす。安心しきったように穏やかに眠ってる。

『がんばってくれてありがとう』

 そっとトモさんの頭をなでる。いつも私がしてもらうみたいに。


 寝てるトモさんがうれしそうに微笑んだ。

 きゅうん。

 かわいい。

 喜んでくれたのが伝わって、またなでなでと頭をなでる。


「ゴホン」

 黒陽の咳払いにビクッとする。な、なに!?


「では姫。そろそろ菊様のところに行きましょうか」

「え?」

「これからどうするか、皆様と話し合う必要があるでしょう」


 そっか。確かに。

 黒陽はいつもこうやって至らない私をサポートしてくれる。ありがたい。黒陽はすごいなあ。


「トモさんはどうしたらいい?」


 起こす? でもせっかくよく寝てるのに。

 黒陽は少し考えて、言った。


「今しばらく寝させておきましょう。寝たら寝た分回復します」

「はい」


 よかった。私もトモさんにはちょっとでも寝てもらいたい。

 離れるのは名残惜しいけど、行かなきゃ。


「……行ってきますね」


 また頭をなでなでして、どうにか立ち上がってお部屋を出た。




 黒陽に案内されて別のお部屋に行くと、菊様と白露だけでなく梅様も蘭様も、蒼真も緋炎もいた。ヒロさん達も。


「遅くなってごめんなさい」

 あわてて謝ったら「大丈夫だよ。ぼくらも今いま帰ってきたばかりだったから」ってヒロさんがなぐさめてくださった。



 ヒロさんがこれまでの話をしてくださった。

 後方支援の皆様が聞き取り調査をした結果、この『異界』に連れてこられたのは『京都市在住』の『一人暮らし』のひとだったみたい。

「共通事項がそれしかなかった」って。

 だからトモさんとナツさんが連れて行かれて、私が残されたみたい。

 梅様と蘭様も寮暮らしだから「『一人暮らし』で登録した」っておっしゃる。


 その連れてこられたひと達は新風館に集められた。

 そこで社長から「ゲーム説明」をされて、終わったときに鬼がたくさん来た。

 鬼は新風館の建物を壊して襲ってきた。

 その壊された建物の巻き添えになって怪我をしたひとがたくさん出たけど、梅様と蘭様が指揮をとって近くにいたひと達で助け出した。

 鬼はトモさんがひきつけてくれてたから、その間に梅様達がけがをしたひとを助けられた。

 そうしてトモさん達西側にいたひと達は安倍家のこの本拠地へ、梅様達東側にいたひと達は近くのコンビニへ移動した。



 梅様は最初に新風館に社長が現れたとき、その手に持った水晶玉が「『災禍(さいか)』だ」って気がついて覚醒したとおっしゃる。

 その水晶玉を目にした途端「雷に打たれたみたいに覚醒して」、一気に記憶を取り戻し、激しい頭痛と霊力の暴走に襲われた。

 それをどうにか抑えながら怪我したひとを救出し、近くにいたひとを指揮し、本拠地を作ったって教えてくださる。梅様すごい。


 蘭様も覚醒したのはその水晶玉を目にしたときだとおっしゃる。

 蘭様は覚醒してすぐに記憶も霊力も馴染んだって。すごいなあ。


 私は完全に覚醒するのに何年もかかるのに。そのうえ覚醒してからもしばらく寝込むのに。おふたりはすぐに覚醒してすぐに動けるようになる。

 おふたりがすごいのかなあ。単に私がダメな子なだけかなあ。そうかも。私、やっぱりダメな子だ。



 そう考えている間にも皆様のお話は続く。

 この烏丸御池を中心に周囲二キロくらいを結界の四角い塀が囲んでいること。六つの門があって、そこから鬼が出てくること。スマホに『ミッション』ていうのが送られてきて、鬼に向かわせようとすること。今のところ死者は出ていないこと。

 本拠地(ここ)のパソコンへ攻撃がしかけられたこと。トモさんしか太刀打ちできなくて、トモさんがすごくがんばっていたこと。時間停止の結界が使えなくて、この四日、小刻みな仮眠しかとっていないこと。


 それであんなに疲れてたのね。少しでも休めたならいいんだけど。



 高霊力を使う術も技も使えないこと。高霊力でなければ使えること。

 私の転移や結界は高霊力を用いてる。だから使えない。でも安倍家の皆様用に作った、少ない霊力でも展開できる結界は起動できてると説明してくれる。

 蒼真と緋炎も「このくらいに霊力を絞ったら雷が出せた」「火の技もこの程度なら使える」って教えてくれる。


「試しに」って水の術を展開してみた。いつもの調子で水を出そうとしたら出なかった。ホンの少しだけ、と意識したら、量は少ないけど出せた。

 結界も自分の周りに薄く展開するくらいならできた。

 霊力の刀は出なかった。みんなでああでもないこうでもないと相談して、小刀くらいのものなら出せるようになった。


『現実世界』でいつも使ってる術や技はそんなかんじだけど、ゲームの『バーチャルキョート』の術なんかは普通に使えるって教えてもらう。

 言われるままに「ステータスオープン」って言ったら、なんか透明な板? が出てきた。


 そこに書かれてるものが使えるもの。念のためにすぐに使えるように取り出してアイテムボックスに入れておく。

 術なんかは媒介になる杖とかに発動寸前まで霊力を込めてた状態にしてアイテムボックスへ。これであわてなくて大丈夫。なはず。


 私どんくさいから、しっかり準備したり心づもりしておかないと、なにかあったときに動けない。なにがあってもいいようにいろいろお話を聞いて、簡単にだけど練習して、「こんなときはこうしたらいいよ」っていうアドバイスをもらった。

 


「姫も守り役もそろってるし、この『異界』から脱出もしたいし、デジタルプラネットに攻めに行こう」って梅様と蘭様がおっしゃる。


 社長が最初に現れたときに手にしていた水晶玉。

 それが「『災禍(さいか)』だ」って梅様も蘭様もおっしゃる。

「『災禍(さいか)』もこの『異界』にいる」「叩くなら今だ」って。


「『現実世界』に逃げられないように『境界の扉』を確保したい」

「そのためには智白が必要」菊様がそうおっしゃる。


 デジタルプラネットの周りには『現実世界』と同じ結界が展開されてるらしくて、それを突破できるのはトモさんだけだろうって。

『境界の扉』がわかるのも「智白だけでしょう」って菊様がおっしゃる。



「祐輝の『絶対切断』で結界ごとビルを斬ったらダメかな?」

 晃さんの提案に菊様が顔をしかめられた。

 つまり『ダメ』ってことね?


 祐輝さんは「やるぞ!」ってニコニコ顔をしておられる。

 菊様の反応を察したらしいヒロさんが「それもいいんだけどね」と苦笑いを浮かべてる。


「それだと『災禍(さいか)』にも社長にも逃げられちゃうだろうから。

 今回はやめといたほうがいいかな。

 またチャンスがあったらお願いね」


 ヒロさんにそんなふうに言われて祐輝さんは「わかった」と納得しておられた。



「とにかくトモが起きてからだね」ってヒロさんのまとめに「それなら」と提案する。

「私、トモさんが起きたらここに連れてきます」


「そうだね。お願い」ってヒロさんがニコニコしておっしゃった。

 他の姫も守り役も「竹様はトモについてて」「無理して起こさなくていいよ。少しでも回復させて」って言ってくれた。

 だから急いでトモさんのところに戻ることにした。黒陽を肩に乗せて。


 いつもはトモさんが私の護衛をしてくれるけど、今日は私がトモさんを守るんだ。

 なんだかうれしくて誇らしくて、お部屋に向かう足取りが早くなった。

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