閑話 竹 4 『異界』へ
竹視点です。
時間を戻してバージョンアップからお送りします。
「三、二、一。――オープン」
晴臣さんのカウントダウンに合わせるように、真っ暗だったスマホの画面の真ん中に光の筋が浮かび上がった。
徐々に広がる光が画面いっぱいにあふれた。
そのとき。
ふっ、と、支えが無くなった。
「――トモさん?」
あれだけピッタリとくっついていたのに。
しっかりと肩を抱いてくれていたのに。
―――消えた。
消えた。
トモさんが。
「―――」
のろりと顔を上げる。皆様がバタバタしておられる。
あれ? 晴明さんやひなさんは居残り組だったはず。なんでおられるの?
え? もしかして――私、連れて行かれなかった――?
――トモさんが、連れて、行かれた――?
「ヒュッ」息が止まった。心臓が絞られる。
ドッドッドッドッ、聞こえるのはナニ?
目の前が真っ暗になっていく。身体からチカラが抜けていく。どうしよう。あのひとがいない。なんで。どうして。
誰かがナニカ言ってる? けど、聞こえない。ナニが。どうして? あのひとはどこ?
『貴女が後悔しないために』
ひなさんの声が聞こえる。
『「言っとけばよかった」って、後悔するんですよ』
ああ。ひなさんのおっしゃるとおりだ。
言えばよかった。伝えればよかった。あのひとはきっと喜んでくれたのに。私が弱虫だから。あのひとがいなくなるなんて考えもしなかったから。
死ぬのは私だと思ってた。
あのひとを遺して逝くと思ってた。
あのひとがいなくなるなんて考えなかった。
あのひとが、いない。
いない。
ごっそりと、削がれた。
身体が。気力が。魂が。
うごけない。わからない。なにが。なんで。あのひとはどこ? 私のあのひとは。
ズブリ。床に沈む。
板の間だったはずなのに、泥沼になっていた。
このまま沼に沈んだらあのひとと同じところに逝ける?
このまま目を閉じたらあのひとにまた会える?
私の『半身』。私の唯一。私の、ただひとりのひと。
あのひとに会えるならこの生命もいらない。
あのひとのいない『世界』なんて、いる意味がない。
責務も、罪も、王族としての責任も、どうでもいい。
あのひとのそばに。あのひとと共に――。
「しっかりしてください竹さん!!」
激しい爆発!
強い光と熱が目の前に突きつけられた!
ハッとしたら、目の前に強いまなざしがあった。
ほっぺ、ぎゅうされてる。い、痛た、痛い!?
「トモさんは生きてます! まだ死んでません!!」
―――生きて、る――?
あのひとが、生きてる? どこに?
「『異界』に連れて行かれただけです!! 助けに行きますよ!」
助けに、行く?
「あなたが! あなたが助けるんです!!
あなたの『半身』を! あなたの夫を!!
あなたが、助けに行くんです!!」
「―――私が――助ける――」
呆然と繰り返したら「そうです!!」と返された。
私が。助ける。あのひとを。私の夫を。
「―――!!」
助ける! 私が! まだ生きてる!! 助けに行く! 絶対にまた会う!!
真っ暗だった目の前に『光』が点る。
ポッと一点に点った『光』が一気に私を包む!!
ハッと気付いたら、目の前にひなさんがいた。
私のほっぺを両手ではさみ、こわい顔つきでにらんでおられる。
その目に宿るのは『光』。
強い『光』が私を貫く。
「トモさんを、あなたの夫を助けに行きますよ!」
「!」
コクリ! うなずくと、ひなさんもうなずいた。
「強く『願い』を込めてください。
神様達に『お願い』してください。
『夫のところに行かせてください』と。
『また会わせてください』と!」
「! はい!」
ひなさんがほっぺを離してくれた。
すぐに祭壇に向かい両手を合わせ、強く強く願った。
あのひとに会いたい! あのひとのところに行きたい!
どうか! どうか!!
「高間原の北、紫黒の『黒の一族』がひとり、竹!
尊きお方に、伏してお願い奉ります!」
儀式も、型も、なにもない。
ただ両手を、頭を床に擦り付けた。
「お願いします! 私の夫に、『半身』に、会わせてください!
あのひとのところに行かせてください!!
あのひとのところに行く『道』を示してください!!
お願いします! お願いします!!」
必死でお願いした。何度も何度も「お願いします!」と申し上げた。
でもなんの反応もない。なんで?『祈り』が足りないの? それとも霊力?
私が捧げられるものはなんでも捧げます! だから、あのひとに会わせてください!!
捧げる。――そうだ! 笛!
バッと立ち上がり笛を吹いた。必死で吹いた。込められる限りの霊力を込めた。
お願いします。お願いします! どうか、どうかあのひとに会わせてください!!
必死の祈りは通じた。
大きくなった蒼真の背に乗り、ただただあのひとに会うことだけを願った。
私の『半身』。私の唯一。ただひとりの、私の夫。
気付いてた。
いつからか胸の中に咲いた、このちいさな花の意味。
カラカラの大地に水を注いでくれた。一本、二本と草が生え、花が咲いた。
からっぽだった私を満たしてくれた。
私の『半身』。私の唯一。ただひとりの、私の夫。
好き。
私、あのひとが、好き。
赦されないって思ってた。
『罪人』の私が『しあわせ』になるなんて、赦されないって思ってた。
あのひとのそばにいたらあのひとの迷惑になるって思ってた。
私は『災厄を招く娘』だから。『魔物』だから。もうすぐ死んでしまうから。
だから、言えなかった。
あのひとのことが『好き』って気付いたけど、言えなかった。
言っちゃいけないって思ってた。
それでもあのひとはいつも私を大切にしてくれた。
「好き」って言ってくれた。抱きしめてくれた。キスしてくれた。
たくさんのものをくれた。満たしてくれた。かわいげのない私を「かわいい」って言ってくれた。甘やかしてくれた。赦してくれた。そばにいてくれた。
どんなにつらいときもすぐに駆け付けてくれた。
どんなに苦しいときも「大丈夫」って言って抱きしめてくれた。
いつだってあのひとは私を大切にしてくれた。
私の『半身』。私の唯一。私の、ただひとりの、好きなひと。
好き。
好き。
好き。
今まで言えなかったけど。ずっと言うつもりはなかったけど。
でも、今は言いたい。
貴方に伝えたい。
私、貴方が好き。
好き。
『「残り時間」なんて考えてはいけません』
『「今」の「この時間」を生きるんです』
いつかひなさんに言われた。ひなさんのおっしゃる通りだった。今頃気付くなんて。あのひとを失って初めて気付くなんて!
『今』を生きる。
生きる!
あのひとと一緒に。諦めない。絶対にもう一度会う!
あのひとが困っているなら、今度は私が助ける!
あのひとに会うまで絶対に死なない。絶対にあのひとのそばにいく!
あのひとのそばに行って「好き」って言う!
ただ必死であのひとを目指した。
エレベーターを飛び出し、あのひとの気配をたよりに駆け出した。
無事な姿を目に入れた途端、胸がぎゅうって締め付けられた!
トモさん。トモさんがいる。生きてる!
「竹さん?」
「!」
トモさん。トモさんだ。私の。
全身から力が抜けた。安心して、ホッとして、いまさらこわくなって、ぐちゃぐちゃで、わけがわからない。
立っていられなくて膝が勝手に崩れた。びっくりしたトモさんがすぐに駆け寄ってくれたから手を伸ばした。
ぎゅうっと抱きしめる! トモさん! 私のトモさん!
トモさんもぎゅうっと抱きしめてくれた。
帰ってきた。私の場所へ。私の。私の!
「うわあぁぁぁぁん! トモさん! トモさん! トモさん!!」
子供みたいにしがみついてわんわん泣いた。トモさんは怒らなかった。
いつものようにぎゅうっと抱きしめてくれた。やさしく名を呼んでくれた。
安心して、うれしくて、しあわせで。
満たされる。霊力がまじる。私とこのひとはもともとひとつだった。やっとまた巡り逢えた。なんて幸運。もう離れない。大好き。大好き!
「好き」
「大好き」
熱に浮かされるように言葉がこぼれた。
間欠泉のように『好き』が吹き出す。
トモさんがキスをしてくれる。うれしい。しあわせ。大好き。
「好き」
「好き」
馬鹿みたいにそれしかうかばない。そんな私に呆れることなくトモさんはやさしくキスしてくれる。「俺も好き」って言ってくれる!
好き。
好き。
大好き。
私の唯一。私の『半身』。私の、ただひとりのひと。
これまでいっぱい話をした。
いつも私の弱気を潰してくれた。
ダメなところを教えてくれた。
「一緒にがんばろう」って言ってくれた。
私のいいところを教えてくれた。
褒めてくれた。
認めてくれた。
やさしく笑ってくれた。
抱きしめてくれた。
愛してくれた。
私の唯一。私の夫。ただひとりの、私の。
「好き」ちゅ。
「好き。好き」ちゅむ。ちゅ。
『好き』があふれてる。伝えたい。どれだけ私が貴方を好きか。
唇を重ねる。抱きしめる。重なるぬくもり。まじる霊力。私達はひとつだった。感じる。愛を。ぬくもりを。つながりを。
「好き」
「俺も」
何度も何度もキスをした。何度唇を重ねても足りない。もっと伝えたい。私がどれだけ貴方が好きか。
「好き」「好き」
「俺も。好き」「好きだよ」「愛してる」
ああ。そうだ。『愛してる』って言えばいいんだ。
愛してる。愛してる。私の夫。私の唯一。
貴方がいてくれたら他になにもいらない。
貴方がこうして抱きしめてくれたら、私はそれだけで満たされる。
いつものようにトモさんが抱きしめてくれて横になった。
いつもそうやって寝かしつけてくれてるからか、横になった途端にとろんと瞼が重たくなった。
まだ足りないのに。もっと伝えたいのに。どれだけ私がトモさんを好きか。どれだけ愛しているか。
「すき」
キスをしようとしたらトモさんがキスしてくれた。
そのままぎゅうっと抱きしめてくれるから、なんだか安心して満たされて、しあわせな気持ちのままいつの間にか眠ってしまった。