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ヒロ 34 南の姫

 本拠地(ベース)に着くとすぐに後方支援の坂本さんが来てくれた。菊様が視てくださったらしい。

「重傷者はこちらへ」「軽傷の方はそちらへ」テキパキと指示してくれる。それぞれ回復役のひとが待機していて順番に対応してくれた。


「こっちでごはん食べられます! よかったらどうぞー!」

 ナツの同僚のマキさんが声をかけてくれる。温かな湯気と豚汁の香りにフラフラと何人もが吸い寄せられていく。


 あ。竹さんの水で料理作ってんの。そりゃ回復するね。あとでぼくももらお。


 背中に乗せていたひとをみんな安倍家のひとに預けた蒼真様はシュルシュルとちいさくなり、梅様を支えるように巻きついた。

 地に足がついた梅様は一瞬ふらついたけれど、すぐに毅然と立ち上がった。


「梅」

 そこに白露様の背に乗って菊様がいらした。


「菊。白露も。久しぶりね」

 簡単に挨拶をした梅様がキョロキョロとあたりを見回した。


「竹は? いるんでしょ?」

「いるわよ」


 あっさりと答えた菊様は、どこか呆れたようにため息をつかれた。


「『半身』にくっついて泣いてるわ」

「……………は?」


 キョトンとする梅様。徐々に理解していったらしく、その大きな目をさらに大きく見開いた!


「『半身』!? って、アレ!? 確か――」

「青羽」

「そう! そいつ!?」

「そう」

「え!? ウソ!! また会えたの!? ていうか、いるの!? ここに!? 一緒に!?」


 口を挟んだ蒼真様に食ってかかる梅様。「そうなんだよ」と答える龍に梅様のテンションが上がる!


「え!? すごい!! すごくない!?」

「しかもこの前結婚式したんだよ」

「はあぁぁぁあ!? 竹が!? 結婚!?」


 ああ。やっぱり、竹さんをよく知るひとにとっては『竹さんが結婚』って、信じられないことなんだなぁ。あのひと生真面目な頑固者だからなぁ。


 蒼真様から「『夫婦』と呼び交わしてて」「でもまだ肉体関係はないよ。口付けまで」なんて具体的に説明されて、梅様は目が落っこちそうになっておられる。


「で? 今も一緒にいるの? 竹と『半身』が?」

「いるいる。ちょっと離れてたから、べったりくっついてイチャイチャしてるよ」

「はぁ!? 竹が!? あの竹が『イチャイチャ』!?」


 驚きすぎて疲れも吹っ飛んだらしい梅様。

「ヒロ。写真持ってる?」と蒼真様に聞かれたので写真を表示させてスマホを渡す。

 トモと竹さんの結婚式で撮った写真。ふたりがしあわせそうに見つめ合ってる、我ながらよく撮れた写真。

 それを目にされた梅様はスマホを握り潰すんじゃないかってくらい掴んで、穴が開くんじゃないかってくらい凝視された。


「……………そう……………。竹は、ようやく、素直になれたのね……………」


 ぽつりとこぼされた梅様。ジワリとその目に涙が浮かぶ。


「―――よかったわねぇ。竹―――」

 グスンと鼻をすする梅様に蒼真様がそっと寄り添う。


 ああ。この方はやさしくて情に厚い方なんだな。

 素晴らしい方だと敬意を抱いていると、梅様はパッと顔を上げられた。


「いいものを見せてもらったわ。ありがとう」

「とんでもございません」


 そこにまたどやどやとひとが戻ってきた。実働部隊が数チーム帰って来たみたい。

 その中にナツがいた。

 ナツはぼくらの姿を見つけるなりびっくりした顔で駆け寄ってきた。


「ヒロ! みんなも!」

「ナツ! 無事!?」

「うん! どうにか倒した! ――トモは?」


 ザッと周囲を確認してトモがいないことに気付いたナツ。顔がこわばるナツにぼくは苦笑するしかできない。


「竹さんと一緒」

 それだけでナツは察した。「ああ」と安心したように、どこか呆れたように肩を落とした。


「とにかく情報を擦り合わせましょう。互いに報告を。坂本。どこか場所を用意して」

「はっ」


 坂本さんは菊様の手下のようになってる。さすが菊様。

 坂本さんが部下のひとを呼んで部屋を準備させるよう指示。部下のひとが走って行ったのを見届けて「では皆様、こちらへ」と声をかけてくれた。


 そこに「あのさ」と挙手したのは田神くん。


「オレ、まだ残ってるヤツら、迎えに行ってくる。

 梅がいれば報告はいいだろ?」


「まあね」と梅様も納得のご様子。菊様はなにもおっしゃらない。


 あのエリアをまとめていたのは梅様とこの田神くんみたいだったから、田神くんからもこの四日の様子を教えてもらえたら助かると思うんだけど、確かにまだ残ってるひとも心配だよね。


「じゃあぼくも同行するよ。ササッと行ってササッと戻って来よう」


「おれも行くよ」「オレも」

 晃も佑輝も同意してくれた。


「助かるよ」ニパッと笑った田神くんは菊様に向けて「じゃ! ちょっくら行って来る!」と手を挙げた。



「待って」

 それを止めたのはナツだった。


「あなたは休んだほうがいい。どこかに行くならおれが行く」

「え? 大丈夫だぞ。回復薬飲んだし」

「回復薬じゃ精神的な疲れまで取れないよ。

 この四日ずっとみんなを守ってきたんだろ? 休まなきゃダメだ」


『残ってるヤツら』のワードと田神くんの手にしている長剣で、ナツは彼が『取り残されたエリア』にいた戦闘職だとわかったらしい。


 ナツもこの四日大変だったんだろう。田神くんに向ける目には心配の色が浮かんでいる。


 ナツの親切に田神くんは一瞬グッと詰まった。

 でもすぐにニパッと笑いかけた。


「大丈夫だって! オレ、丈夫だから!」

「丈夫だとしても休まなきゃダメだ」

「大丈夫だ!」

「ダメだ!」


 いつになく真剣にナツは田神くんに厳しい声を向ける。

 なんでだろ? ぼくが見る限り田神くんはまだ動けそう。確かに精神的な負担は外見からはわからないけど。精神系能力者の晃がなにも言わないってことは、ナツが心配するほどの負担はかかっていないんだと思うんだけど。


「女の子は無理しちゃダメだ! あとからどこに負担が来るかわからない!」


 ……………。


 ……………?


 ……………!?


「……………おんなのこ?」

「は?」

「誰が?」


 ポカンとするぼくらの前で田神くんは硬直していた。


「誰って、このひとだよ」


 至って当然のようにナツが指差すのは―――田神くん。


「……………は?」


 おんなのこ? 田神くんが?


「すごいわねナツ。なんでわかったの?」

 呆然とするぼくらの横から緋炎様が楽しそうに問いかける。


「なんでって、見たらわかるじゃないですか」


 首をかしげるナツは当たり前のことを言ってるとしか思ってないみたい。でも。


「はあぁ!? 女!? こいつが!?」

 指差し叫ぶ佑輝にナツが「失礼だよ佑輝」とたしなめる。


「まあ、佑輝みたいなのが普通よね。いつの時代も、何度生まれ変わっても、ウチの姫は勇ましくて。

 これまでに初見で説明なしに『女の子』と見抜いたひとは誰一人いないわ。すごいわねナツ」


「……………え?」


 ……………緋炎様。今なんておっしゃいました?


「……………『ウチの』………『姫』?」


 聞き違いかと思ってつい復唱するぼくに「アラ」とオカメインコはかわいい目をさらに丸くした。


「言ってなかった?」

「は?」「え?」

 キョトンとするぼくらに向けて、緋炎様は楽しそうに、妖艶な笑みを浮かべられた。


「こちら、ウチの姫。高間原(たかまがはら)の南、『赤香(あこう)』の王の末の姫であり、戦闘集団『赤香(あこう)』の近衛第五隊『蘭舞(ランブ)』の隊長。蘭様よ」


「「「―――えええええええー!!」」」


 そ、そそそそういえば!! 報告にあった!

『南の姫』は現在高校一年生。剣道強豪校で剣道一筋の生活を送ってる。名前は――『田神(たがみ) (らん)』!


 佑輝の妹のミキちゃんも剣道強豪校の剣道部員。そうだ! だから『試合で会う』んだ!

 女子だから女子の試合に出場するから! だから一学年下でも佑輝と対戦がなかったんだ!


 うわあぁぁぁ! ヒントはいっぱいあったのに!! 蒼真様緋炎様を見ても平気にしてることとか! 緋炎様が自分のお姫様についてなにも言わないこととか!!


 ああ、これまた『甘い』って怒られるヤツ。うう。ぼく、実年齢はもう社会人なのに。まだまだだなぁ。反省。



 硬直していた田神くん――いや、蘭様はハッとして、ムッとされた。


「女扱いすんな!」

「『女扱い』って、女性なんだから女性扱いするよ。当然だろ?」

「性差別だ!」

「『差別』じゃなくて。あなたのココロが男性か女性かわからないけど、身体は女性なんだからいたわるのは当たり前でしょ?」

「姫はこんなだけどちゃんとココロは女性よ」

「緋炎!」


 があっと蘭様に吠えられても緋炎様は涼しい顔。

「そんなんどうでもいいだろ!」

「アラ姫。大事なことですよ。ちゃんと恋愛対象として見てもらわないと困るでしょ?」

「誰にだよ!!」


 ギャンギャン吠える蘭様を放置してナツが同僚の皆さんのところに行く。

 戻ってきたときには豚汁の器をふたつ持っていた。いいにおいがあたりにただよう。


「とりあえず、あったかいものをどうぞ。竹さんの水を使って作ってるから霊力補充されますよ」


 先に差し出された梅様が「いただくわ」と手に取り一口召し上がった。


「―――おい、しーい!!」

 その声に緋炎様をつかまえようとしていた蘭様の動きがピタリと止まる。じっと梅様の様子を見つめておられる。


 蒼真様がアイテムボックスから取り出した椅子と机を坂本さんが邪魔にならない場所にセッティング。「姫様。どうぞ」と勧められ梅様はそちらに着席された。


 落ち着いたところで再び豚汁を一口召し上がる梅様。

「美味しい! こんなに美味しい豚汁、初めて!」

 手放しの賞賛にナツの同僚の皆さんが「ありがとうございます!」と喜んでいる。


「おにぎりもどうぞ!」

「ありがとう」


 差し出されたおにぎりも一口召し上がる梅様。

「んー! これも美味しい! なんで!? フツーのおにぎりに見えるのに!」


 ちゃっかり着席した菊様が「私にも」と命じられ、菊様も豚汁とおにぎりを召し上がった。


「アラホント。こんなに美味しいのはなかなかないわ。やるわねアンタ達」

「「「ありがとうございます!!」」」


「竹さんの水を使ってるんですよ」

「だからなの!? 食べるだけで霊力も補充されるなんて、下手な回復薬よりも効果あるんじゃない!?」

「それだけじゃないわよ梅。このひと達、本職の料理人よ」


 ナツ達の勤め先の料亭の名を菊様が告げると「あの!?」と梅様のテンションがさらに上がった。


「きゃー! そんな有名店の料理人が作るごはんが食べられるなんて! ラッキー!」

「ホント美味しいわね。毎日でもいただきたいわ」

「ねえねえ。おかわりある?」

「ございます!」

「うれしい! おなかいっぱいになっても食べたいわ!」

「ご無理なさらないでください。明日もまたご用意致しますので」

「明日!? 明日もあるの!?」

「はい!」

「嬉しい! 四日間ずっとコンビニごはんだったから、こういうやさしい味が沁みるわ!

 コンビニごはんはコンビニごはんで美味しいんだけどね」

「四日間どうしてたのよ」

「それがね」


 きゃっきゃと楽しそうな梅様と菊様に蘭様はぷるぷると震えておられる。その顔に『美味しそう』『食べたい』と書いてある。


 そんな蘭様におふたりが気付いた。というか、今までわざと無視していた。

 さも『今気がついた』みたいなお顔でおふたりは蘭様に告げられた。


「アラ蘭。まだいたの?」

「残ってるひと達迎えに行くんでしょ? さっさと行ってらっしゃい」

「がんばってね」


 ひらひらと手を振り「それで?」「それがね」なんて話を再開しようとするおふたりに、蘭様が叫んだ!


「――オレも食べるー!」


「わあぁぁん」と半べそでおふたりのところに駆け寄って「仲間はずれにすんなよぉ!」と()ねる蘭様。

 そんな蘭様を梅様と菊様はやさしい笑顔で迎えられた。


 すぐさま着席し、差し出された豚汁をニコニコと召し上がる蘭様。なんていうか、かわいいひとだなあ。

 そしてさっきの話はもう忘れちゃってますね?


 菊様がぼくに目を向けられた。

 視線で『行け』と命じられた。

 ちいさく目礼してこっそりと下がる。

 坂本さんがすぐに来てくれて、後方支援のひとと実働部隊のひとをつけてくれた。

 そのひと達と晃と佑輝とで取り残されたひとを迎えに行くべくビルを出た。


 蘭様はぼくらに気付かずニコニコとごはんを召し上がっていたらしい。




 取り残されたひとのところにはすぐたどり着けたけど、説得に時間がかかった。

 一箇所だけじゃなくて何箇所もあったから、全部まわって本拠地(ベース)に連れて帰ったのは出発してから三時間近く経っていた。


 クタクタになって戻ったぼくら。ナツの同僚が豚汁とおにぎりをくれた。めっちゃ沁みた。


 ぼくらが悪戦苦闘している間に姫達と守り役様達はザッと話し合いをし、安倍家のひと達から報告を受け、「ひとまず休もう」と仮眠を取られたという。


 梅様と蘭様は覚醒したばかりで休養が必要だった。蒼真様も『異界(ここ)』に来るのにパワー使っちゃったから一緒に休んだ。そのぶん緋炎様と白露様が皆様を護衛していた。


 その皆さんも起きてこられて「これからどうしようか」みたいな話をしていたら竹さんが来た。


 なんか、すっきりさっぱりした顔になってる。

 元気満タン! やる気いっぱい! みたいな態度に、相当イチャイチャしたんだろうなぁと生ぬるい笑顔になっちゃう。


 改めて竹さんと黒陽様にこれまでのことを話し、できることできないことを話し、検証。

 トモはまだ寝ているという。珍しい。それだけ疲弊していたんだろう。


 デジタルプラネットに攻め入るには『境界無効』の特殊能力を持っているトモがいないと難しいだろうという話になった。

「それなら私、トモさんが起きたらここに連れてきます」

 竹さんはうれしそうに微笑み、いそいそとトモのもとに戻って行った。

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