ヒロ 31 これまでの報告
ヒロ視点です
どうにか無事『異界』にたどり着いたぼくら。
竹さんは本拠地の一室にトモをみつけるなり膝から崩れ落ちた。
すぐさまトモが飛んできて彼女を抱いた。
竹さんはトモの首にしがみついてちいさな子供のように泣き出した。
ああ。よかったね。また出会えて。よかったね。
わんわん泣く竹さんと抱き合うトモ。
でも入口でこれは邪魔だよね。
ホッとしたらそんなことが気になった。
部屋の中に目を遣ると、数人のなかに安倍家のデジタル部門の沖田さんがいた。呆然として抱き合うふたりを見ている。
入口をふさぐふたりをどうにかよけて部屋の中に入り、沖田さんのところへ。
「沖田さん。おつかれさまです」
「ヒロさん」
ホッとしたような沖田さん。沖田さんもなんかやつれてる?
「とりあえず、どっか空きスペースないですか? あのふたり、あそこに居させたら邪魔ですよね」
「邪魔って」
沖田さんは頬を引きつらせていたけれど、他になんて言えばいいの?
「ええと、じゃあとりあえず、資材倉庫はどうですか?」
「じゃあそこに押し込みます」
「押し込むって」
再び頬を引きつらせる沖田さん。
「すぐ押し込んでくるんで。そのあと報告お願いします」
それだけ言ってふたりのところに戻る。
「トモ。移動して」
ぼくの声に向けられたトモの顔は涙でぐしょぐしょになっていた。こんなトモ初めて見た。
トモはいつも冷静沈着。つらいことや苦しいことがあっても自分を律して人前で泣くことなんてない男だった。
それが。こんな。
「竹さんの泣き顔、他のひとに見せたくないでしょ?」
わざとそういう言い方をしたらトモはすぐに反応した。
わんわん泣く竹さんの顔を隠すように自分の肩に埋めさせ、ひょいと抱き上げ立ち上がった。
「資材倉庫ならひともいないだろ? ゆっくり話しな」
涙に濡れた顔で、それでもコクリとうなずいたトモ。
そのまま竹さんを抱いて資材倉庫にしている部屋に飛び込んだ。
バタン。
扉が絞まる音に「ふう~」と脱力した。
「――逢えてよかったね」
晃の言葉に「そうだね」と同意する。
うん。よかった。
それはそれとして、話をしなきゃ。
これまでのこと。これからのこと。
「とりあえず沖田さん。話をしたいんですけど、今いいですか?」
「今は、ええと――」
「ちょっと待っててください」と沖田さんは他のひとのところへ行った。
パソコンの前でなにか相談していたけれど、なにか諦めたらしい。
二、三打ち合わせをしてこちらに来てくれた。
「お待たせしました。あとは他の者に任せたので、ぼく、大丈夫です。――そちらは?」
目線で誰何されたので簡単に紹介する。
「こちらは主座様の恩人の方と同じ異世界の姫様、こちらの皆様は守り役様です」
「! し、失礼しました!」
沖田さんも安倍家のひとだから『姫』と『守り役』について教育されている。すぐさまその場に片膝をついて平伏する。
「あとこっちはぼくと同じ主座様直属のふたりです」
「あの、トモさんとナツさんと同じ――」と言う沖田さんに「そうそうそれです」と答えておく。
「ナツもここにいますか?」と問えば「今は出動していていない」と言う。
「とにかく、これまでのことをご説明します。こちらへ――あ、いや。後方支援の坂本さんも一緒のほうがいいかも。ちょっと待っててください」
そう言って沖田さんはバタバタと走って行った。
「ヒロ」「はい」
菊様の呼びかけにすぐにお側につく。
白露様の背に腰かけたままの菊様はこれまでずっと鏡を視ておられた。
「ひとまず梅を迎えに行きなさい。場所は蒼真、わかるわね」
「わかります!」
今すぐに飛び出して行きたいのを我慢しているらしい蒼真様がピッと手を挙げる。
そのとき、沖田さんが坂本さんを連れてきた。
「ヒロさん!」
明らかにホッとする坂本さんも疲れてるみたい。なんで? この一時間足らずの間になにがあったの?
「あんたが責任者ね」
菊様の威厳たっぷりのお言葉に坂本さんがピッと背筋を伸ばす。すぐさまその場に片膝をつき平伏する。その横で沖田さんも同じようにしていた。
「お初にお目にかかります。安倍家所属、後方支援担当の坂本と申します」
「デジタル部門の沖田です」
「名乗りはいい。――ここにきて何日経った」
「四日です」
四日!?
どういうこと!? 『異界』は『現実世界』と時間の流れが違うの!?
疑問をぐっと飲み込んで菊様が二人に質問するのを聞く。
「鬼は」
「出ました。今も出てます」
そうしてふたりが口々に説明してくれた。
「我々は最初全員新風館に集められました。そこに保志社長と思われる人物が現れ、『ここは新しいゲームの世界だ』と言い、ゲーム説明をしました。
その直後鬼が新風館を襲い、集められた人間は散り散りになりました。
現在は声をかけたり救出したりして百二十人ほどの一般人を保護しています」
「『ゲームのミッション』として、不定期に各自のスマホに『ミッション』が送られてくるんです。それに向かえば鬼がいるというかんじで」
「丸太町通、堀川通、四条通、河原町通が塀で囲まれ、結界が展開されています。それぞれの通りに大きな門があり、そこから鬼が出現するようです」
坂本さんが差し出したスマホにはぼくがさっき式神を通して視た門があった。
「トモさんがずっと風を展開して情報収集をしてくれて実働部隊を的確に向かわせてくれていました。
そのおかげで現在までに死者はゼロです」
「ただ、さきほど出された新しいミッションで、鬼が百体以上出現しました。
現在戦える人間は全て出払っています」
「なんでトモは残ってたんですか?」
そんな状況ならトモこそが出動しないとダメだろう。
ぼくの質問に沖田さんが答えた。
「トモさんはここのパソコンへの攻撃に対処してくれていました。
――ぼくらでは太刀打ちできなくて、対抗できるのはトモさんだけで――」
情けなそうに、くやしそうに言う沖田さん。
そこでハッと気が付いた。
トモが抜けて沖田さんがここにいるってことは、パソコンへの攻撃はどうなってんの?
「そっちは今どうなってるんですか?」
「つい先ほどトモさんが撃退したところです。これから反撃しようとしていたところで、その、姫様が――」
ああ。なるほどね。
「つまり反撃のチャンスを逃しちゃったんだね」
「………まあ、その………」
ごにょごにょ言っていた沖田さんだったけど「スミマセン」とうなだれた。
「ぼくらが反撃できればよかったんですけど……その、トモさんが抜けた途端に……逃げられました」
「スミマセン」
しゅんとする沖田さんに「過ぎたことは仕方ないですよ」となぐさめる。ぼくはパソコン関係全然わかんないけど、トモってホントに優秀なんだな。改めて思い知らされた。
「それでナツは出てるんだね。実働部隊も全員?」
「はい」
坂本さんが手にしていた地図を広げる。
「最初の段階の鬼の動きを書いたものです。トモさんが風で調べて書きました」
そこには六つの門から鬼がどう動いたか赤の矢印が書かれている。
「このマルはなに?」
「ひとのいるところです」
この本拠地に入らずコンビニで過ごすことを選んだひとも何人かいるそうだ。そしてまだ接触できず本拠地の存在を知らせられていないひと達もいる。
「それがこの一帯のひと達です」
坂本さんが指さした途端、蒼真様が叫んだ。
「姫のいる場所だ!」
蒼真様のお姫様。東の姫。梅様。
医術薬術に精通した人物。
その方が、ここにおられる。
「早く迎えにいかなきゃ! 菊様! ぼくちょっと行ってきます!」
「待ちなさい」「ぐえっ」
飛び出す寸前の龍の首根っこをひっつかむ菊様。
「落ち着きなさい。梅は大丈夫。覚醒してるでしょ」
「だから心配なんじゃないですか! 覚醒直後はいくら姫だって休まなきゃいけないの、菊様も知ってるでしょ!?」
ぎゃんぎゃんかみつく龍を気にすることなく菊様は鏡と地図を見比べた。
さらには手品のように白い小鳥を何羽も出し、飛ばした。
「―――梅のいるところが一番危ないわね……。他は実戦経験積んできて、どうにかなりそう」
「ナツは………ダメね。手一杯だわ」
ひとつため息を落とされた菊様。
「緋炎」
「はっ」
「わかってるわね?」
「はい」
にっこりと妖艶に微笑むオカメインコに菊様は満足そうにうなずかれた。
「ヒロ。晃。佑輝」
「「「はっ!」」」
平伏するぼくらに菊様が命じられた。
「すぐに出動しなさい。梅とその周囲の人間をこの本拠地に連れて来なさい。いいわね?」
「かしこまりました」
「蒼真。緋炎。同行を」
「もちろんです!!」
「御意」
「先に行くよ!」
言うなり蒼真様は飛び出した!
「そ、蒼真様!?」
「蒼真は放っときなさい。梅のところでしょ。
白露。アンタはこのまま私の護衛。黒陽は竹の護衛を」
「「承知致しました」」
「さあさ。アンタ達。行くわよ。覚悟はいい?」
緋炎様が楽しそうにおっしゃる。
そこにハッと坂本さんがなにかに気付いた。
「じつは! トモさんが受け持つ予定だったところが人員配置できていません!」
「え!?」どういうこと!?
なんでも『ミッション』として鬼の持つ『宝玉』を五つ集めないといけないらしい。
そのうちの一箇所をトモが受け持とうとしていたけれど、出る直前にパソコンに攻撃しかけられて出られなくなった。
代わりのひとを派遣したくてももう戦えるひとは出払ったあとで、本拠地にも鬼が向かっているのがわかっていたから本拠地の守備にあたるひと達を遣るわけにもいかなくて、結局放置になっているという。
それが東の姫がおられるであろう場所。
つまり、ぼくらがこれから向かう場所。
「『霊力の刀』は『使えない』そうです! ナツさんもトモさんもそう言っていました!」
「術も使えるものと使えないものがあります!」
「『バーチャルキョート』の装備を取り出して使えるので、そちらを使うようにしてください!」
「ありがとうございます」
わあ危なかった! いつもの調子で戦いに向かって霊力の刀が出なかったらパニックになるとこだった!
試しにと刀を取り出すことにする。ていうか。
「どうやって出すの?」
「『ステータスオープン』と唱えてください」
「『ステータスオープン』」
ブンッ。目の前に液晶画面みたいなのが浮かび上がる。晃と佑輝の前にも。
「それで、装備したいアイテムをタップしたら出てきます」
「なるほど」
マンガやラノベの定番のやり方だね。
タップするとなるほど。刀が出てきた。
父さんとトモが不正アクセスを重ねてぼくらみんな高威力の装備になってるから、これで十分鬼と戦えるだろう。
「術も『バーチャルキョート』と同じ要領で使えます」
「わかった。ありがとう」
「準備はいい? じゃあ、行くわよ!」
「「「はい!」」」
緋炎様に先導され、三人で駆け出した。